終章 2 真犯人

 森慧一人が観客席の最善席に座り、久乃と七海は前と同じ位置に立った。今度は派手な入場曲もなく、スポットライトもなかった。リハーサルをしているような気分になる。


「こうしてみると空席が目立つね」


 七海は観客席を見渡した。本来であれば彼らのために推理する必要はなかった。依頼人のために依頼人が知りたいことをきちんと教えるだけで十分だった。


 白野早希が静かに入ってきた。彼女も先週と同じ服装をしていた。そして語部として立った証言台の前に立つ。司会進行をしたピエロの面を付けた男はいなかった。


「それじゃあ、推理をお願いしてもいいかしら?」


 森慧が久乃に促す。久乃は促されるがままに推理を披露することにした。


「最初に結論を述べると藤堂が犯人だ」


 依頼人の表情は一瞬驚きに変わったが、すぐにいつもの表情に戻っていた。どんな結末でも受け入れようとしていることが伝わる。


「一週間前に七海は藤堂が犯人に成り得ない理由として自らが犯人であるにも関わらず手記を残すはずがないと述べていた。逆に自らが犯人であるにも関わらず手記を残す理由があれば彼は犯人であると証明してもいい。まずはどのようにして殺人を実行したかについて述べていこうと思う。実行不可能であれば犯人として疑うことさえもできない。


 まず、錦花の殺人についてだ。密室についてあの四択しか残っていないと思っているのが間違いだ。あの部屋の鍵が錦花の部屋の鍵であることは誰も確かめていない。あの部屋の鍵は橙莉の部屋の鍵だった。単純に橙莉を殺害して橙莉の部屋の鍵を回収して、錦花の部屋の中に置いて錦花の部屋の鍵を閉めたに過ぎない。

 こんな単純な仕掛けを誰も考え突かなかったのは橙莉が朝食の支度中に殺害されたと思い込んだからだ。それには二つの要素が絡む。一つは五龍の呪の童歌だ。殺害する順番は歌に沿う必要はない。そして、朝食の支度だ。野菜が茹でられて放置されていたから誰もが包丁を使えない橙莉が支度をしたと思い込んだ。たったそれだけの事だ」


生贄を捜索する前の二つの殺人は解決してしまった。久乃はそのまま推理を披露する。


「次に三つの殺人について考えようか。ここでも順序の逆転が使われる。祠で殺害されたのは灯紗だった。藤堂が塔那と合流したのは灯紗を殺害した後だった。殺害現場が祠だったのは人目を避けるためだった。

 前もって用意していた塔那の服に着替えさせて塔那が殺害されたようにした。儀式に用いる服装は指定されていた。だから用意することが出来た。頭部が損傷していたのにも関わらず流季が塔那であることを判別できたのは服が理由だった。


その後塔那と出会って館に戻り、あなたに無事を確認させた後に建物の中で殺害した。そうすることで、建物の中に待っている間に塔那が建物の外にいる生贄に殺害されたような状況になる。

 殺人に関しては流季を毒殺すれば殺人はおしまいだ。その経路について詳細に議論する必要はない。こんな状況であればポットに毒を盛ることは難しくない。


 そして藤堂が犯人であれば誰もいない部屋から火が上がったことになる。この前の推理では時限発火装置なんて大層なものが出てきたが、死体に火をつけるだけであればそんな複雑なものはいらない。蝋燭だけがあれば可能だ。蝋燭の下の部分に導火線として燃えるものを取り付けておいて、その先に油を掛けておいたの死体があれば蝋燭がある長さになると導火線に火がついて死体が燃える。


 犯人である藤堂は殺人の順番や死体を入れ替えることによって不可能を可能にすることが出来た。これは先週の推理よりもあり得そうな推理だろう?」


 久乃が尋ねると早希は頷いた。


「ここまでが先週思いついていた推理だ。ここで満足してしまった。犯人が特定できていたから、七海の推理を否定し続ければ同じ推理をしてくれると思っていたが。間違いだった」


七海は頷いていた。


「ここで一方的に推理を披露してもいいが、せっかく真実を知りたいというのであれば一緒に解決しようか」


 久乃が提案すると早希は迷うことなく頷いた。


「分かりました」


「探偵みたいなことをするんだね」


 七海は横で感心していた。


「この推理だけでは藤堂が手記を残した理由と夜中に死体を確認させた理由を説明できない。前者は自分が犯人であることを後悔するだけで、後者はここでもしも生贄が生きていると発覚すれば、藤堂はもちろん生贄に捧げれた人間の命も危うくなる。

 それについて考えると勝手に真実に辿りついている。そういうことだろう?」


 七海と森慧に交互に視線を向けると二人は頷いていた。二人はもう既に真相を知っている様子だった。早希だけ唇に人差し指を当てて考え始める。しばらく考えると早希の表情が青ざめていく。


「もしかして……私が生贄だったのですか?」


 早希の問いかけに久乃は頷くことしかできなかった。



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