終章 1 一週間後

 あの不思議な体験から一週間が経った。日常はその経験の前後では何も変わらなかった。今日も久乃はモニターの前で四苦八苦していた。唯一ある正しい正解を求めようとしている自分を意識してしまう。推理とは違ってそんなものはない。


 謎については一週間ずっと考えていたわけではなかった。ふとした瞬間に解決して真実に辿りつくことが出来た。そして解決できるとその道筋がどうしてその時わからなかったのだろうという後悔に襲われる。


 今回の事件を文字にして公開するつもりはなかった。そもそも公開していいものであるはずがなかった。ただ、五人の巫女が殺害された事件については独自に調査を進めていた。それは事件がきちんと解けた後にした。解ける前にしてしまえば先入観で間違えると思ったからだ。


 時計を確認するともう五分前になっていた。久乃はこの前のスーツを相変わらず着ていた。今回は観客を呼んでいないため厳密なドレスコードはなかったが、いつも着ている服は着られるはずがないと思った。


 呼び鈴が鳴った。久乃が扉を開くと七海と石田がいた。

「こんにちは、謎は解けたかな?」


「もちろんだ。どうしてこんなことが分からなかったのかと思うと本当に恥ずかしい」


「となると解けたということだね。解けたとしても君は全く嬉しそうな顔をしない。もっと自分を誇ってもいいんだ。少し早いが車に乗っていこうか。あるいはお茶を用意してもらえると嬉しい」


「出発しようか」


 久乃は最低限の荷物を持つ。七海は久乃の作業机を見る。


「作業は少し進んでいるようだね。この前よりも資料が整頓されている。あのゲームがいい刺激になったということかな?」


「そうかもしれない。もっと適当に考えるようにしただけだ。どこかの誰かの推理のようにね」


 久乃は言い返しながら部屋を出た。


 館への道中の車窓は前とほとんど変わらない。人も景色も再現されたかのように同じだった。


「偽の推理をした理由が分かった。それは犯人のためを思っての事だろう?」


 久乃は尋ねる。七海は人差し指を久乃の前で振った。


「ここで解決してもどうしようもない。依頼人の前で解決してあげなよ。今は次の原稿について考えるといい」


「流石にこんな状況では考えられない。一週間も宿題を持っているというのは本当に気持ちが落ち着かない。爆弾を抱えているような気分だった。早くどこかの穴に投げ込んで爆発させたかった気分だった」


「それじゃあ、今日の日をとても楽しみにしていたってこと?」


「そうでもないな。爆弾というよりもテストのような気がするな」


 久乃は言い直すと腕を組んだ。


「色々とあのゲームについて尋ねたいことがあるんだが、七海はいつもどうやって黒のカードを手に取ることにしているんだ?」


「私はまず負けないことが最優先、その次に森慧を楽しませること、三つ目に観客を楽しませること、四つ目に依頼人で、最後に対戦相手、これが順番」


 七海や指を立てて数を示しながら答える。


「本当に酷い話だ」


 この前のゲームも間違いなく久乃を弄ぶことを前提に推理を組み立てていた。久乃が本当の真相に辿りつけていないことを察するとすぐに順番を満たす最後の推理を的確に投げて来た。


 館に到着した。一週間前に見たはずなのにその大きさに驚かされる。そして、個人で劇場を持っていることも未だに信じられていない。黒服の男に案内されて先週は言った楽屋に通される。


「着替えておこうか。せっかくだから、雰囲気を出していこうよ」

 七海は石田が持ってきたトランクに視線を移す。七海も自前の衣装を持ってきた。


「別に着替える必要はないだろう。依頼人に推理を披露するだけだ。そうだろう?」


「いいや、本来君が負けていたはずだから。それをきちんと同じ状況で取り返させてあげたいのさ。きっと君は一週間前、解くことが出来なかったことを悔やんでいると思ってね」


 七海はやはり久乃のことを理解していた。次のゲームが仮にあったとしても勝てる予感はしなかった。


「別に悔やんでなんかいない」


「いいや、悔やんでいない人間はそもそもきちんとここに来ない。自分の無力さに向き合うことさえもできない。あとは推理が正しいか銅貨だけね」


 久乃は用意されていたコーヒーを飲んだ。二度目の訪問だったが、この部屋で少しだけくつろげるようになった。


「どうもごきげんよう。二人ともお揃いね」


 森慧が入ってきた。部屋にいた七海と久乃と石田の三人にそれぞれ会釈する。七海は立ち上がり、彼女の元へ向かった。


「もちろん、楽しみにしておいて」


「それじゃあ、時間は本当は十時の予定だったけれど、役者は揃ってしまったからもう推理を聞かせてもらおうかしら」


 森慧が提案すると七海は彼女の隣に立って舞台への道を並んで歩いていく。

 久乃はその様子を見ながら会場への一本道を歩いていった。

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