第4話 迷宮最下層
ああ、この先に迷宮の主がいるんだ
おそらく誰が見てもそう思う光景が広がっていた。
「こりゃひでえな」
広い空間。私達が来た道もそこそこ広かったがそこからさらに空間が広がり、大きな通路がいくつか先に延びている。
そこにあったのは死体が7つ。
カイルにとってはいくつかは知ってる顔らしい。真っ黒になり顔の判別もできない死体もいくつかある。
「先行したAランクパーティ2つが全滅か」
死体にはさっきと同じように、爪痕や丸焦げになるほど焼かれたものが多い。おそらくさっきの4人と同じ相手にやられたと思われる。
「他にいるのかわからねえが、他にいても無理だろうなあ」
鍛えられた体と、使い込まれた装備を抱えた彼らが恐らく為すすべなく全滅したのだろう。とんでもない相手がいるに違いない。
「ねえカイル、どんな魔物がいると思う?」
「龍だろうな。サラマンダーよりももっと大きくてもっと硬いやつ」
「どうしてそう思うの?」
そう聞かれたカイルは2つの死体の間にしゃがみ、それぞれを指さす。
「まずはこいつ。爪で掻かれるだけじゃない。突き刺されてから抉られてる。蜥蜴じゃこんなことはしない。そしてこいつ。丸焦げだ。一部の骨が溶けてるほどだ」
そう言いながら剣で真っ黒な死体をひっくり返す。
「背中はそうでもない。皮膚がまだ生焼けだ。つまりこいつは火だるまになる間もなく正面から浴びせられた火炎にやられてそのまま倒れたんだ。並大抵の火力じゃない。サラマンダーには不可能だ」
「つまりその2つを両立できるのが」
「ああ、龍だ。そういえば、出口に近い死体は背中を焼かれているな。最後の一人が逃げようとして逃げ切れなかったんだろう」
前世でも龍との戦闘は何度もあった。火炎を吐いてくるものや爪で攻撃してくる相手がいたが、フェリナの護りの神聖魔術と私の水壁のおかげでこんな目には合わずに済んできたからそこまで苦戦した記憶はない。
ここは天井も高くない閉鎖空間だから空を飛ばれるということはないだろうが、厄介な相手だ。
「サラマンダーとか、他の死骸もある。ここは餌場か?」
「ところで、魔術を使う魔物じゃなかったの?」
ギルドに出ていた依頼は強力な魔術を使う魔物が出現したというものだったはずだ。
「まあ、この死体のでき方からしたら、第一発見者が相当強力な火炎でも吐かれたんだろうさ。それを強力な火球の魔術か何かと誤認したんだろう。龍なんて滅多に見ないからな」
「二人で倒せそう?」
「わからない。だけどまあ、大丈夫じゃないか?」
「は?」
こちらを見ながらカイルは大して考えることもなくさっきからの気楽な発言を維持したのだった。
「俺一人じゃ無理だ。だけどレベッカがいるならなんとでもなる」
どうなのだろう。前世の私ならカイルがいなくても一人で倒せたと思う、上位水魔術の絶対零度。あれを使えばよかったのだから。凍らない魔物はまずいない。相当の耐性があろうとも力づくで凍らせてみせた。凍らせて、土魔術で叩き割ってはいいっちょ上がり。
でも今はそんなものはないから別の手段でどうにかしなければならない。
「ただ、こいつらが仲間を失っても前進した理由がわかるな」
「なんで?」
「龍なんてめったに出ないからだ。鱗も爪も、内臓に骨だって滅茶苦茶高く売れるし龍殺しは冒険者の誉だ。一生褒めたたえられる。上位ランクが集まってるんだから色気を出したくもなるだろうな。だが龍は一筋縄じゃいかねえ」
なるほど、金銭欲と名誉欲、どちらも最大限満たしてくれる相手で仲間は手練れ揃い。それなら正しい判断力が鈍るのか。
そこでふと疑問が湧いた。
「ねえカイル」
「なんだ?」
「龍がそんなに珍しいというならどうしてあなたはそんなに詳しいの?ひょっとして魔物の研究が好きだったり?」
「ん?……ああ、それはだな」
カイルはどう答えたもんかというような顔をしたが、返答する時間はなかった。
なぜなら強い振動が突如足元から襲ってきたからだった。
「え、何?」
「早速おいでなすった。やるぞ」
奥から巨大な気配がやってくる。
私は右手で剣を構えつつ左手に魔力を込める。
そいつは、前進赤い鱗に覆われ、人の大きさと比べれば体高は軽く3倍。体長は7,8倍はある。人の大きさ程度しかなかったサラマンダーとは異次元のものというのがはっきり分かった。
「先制するわ、いいわね」
「やってくれ!」
先ほどのより大型で、先端を鋭利にした氷槍を複数生成し、できるだけ勢いと回転を付加して、放つ!
それは先ほどまで出現していたサラマンダーなら串刺しどころか突き抜けるほどの貫通力を付加したつもりだった。
が、龍の硬い鱗は甲高い音とともにそれを弾き飛ばし、カランカランと地面に落ちた氷の乾いた音が響いた。
「うそ!?」
私達の害意を明確に感じ取った龍は大きく息を吸った。
「レベッカ!火炎がくるぞ!」
「わかってる!」
龍が息を思いっきり吸ったら次には火炎が吐き出されてくるのは分かり切っていることだ。
即時かなり厚めにした水壁を私達の前に形成し、備える。
ほぼ同時に、龍の口の奥に火炎……というにはあまりにも密度の濃い光が発生した。
直感的に水じゃないと思った。水じゃ無理だと。
瞬時に別の壁を出現させた。
一瞬遅れて火炎なんかでは生じない強烈な閃光が空間を包む。
吐き出されたとにかく熱くて推進力のあるぶっとい光の束は即時構築した土と水の壁にぶちあたり轟音を響かせる。
剣を持っていた右手を放して両手から全力で魔力を放出し。土壁を形成し目いっぱい分厚く!硬く!
それだけじゃない。土と言っても煉瓦のように硬くぶ厚くした層を複層的に展開しその間には水壁を詰める。左右の手から違う魔術を同時に起動。
カイルにはまだ私のできることを明かしたくはなかったから異種同時起動ができることは隠していたが、もはやそんな余裕はない。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎ!!」
信じられない!食い破られる!
とにかく水と土の壁を絶やさず、同時に穴の開いた壁を修復するようにとにかく脳が焼き切れるんじゃないかと思えるほど魔力を注ぎ込む。
しかしそれでも龍の放ったものは最後の一層に到達し抉り取ろうとする。初級魔術の組み合わせでも手の込んだものを大量に並列するのは下手な上位魔術以上の出力を必要とするのだ。これ以上は作れない!
「カイル!もう!」
カイルに限界を告げた。彼は動き出す。
龍は相応の知性を持つという。
だから、最初の一撃が防御されたのは龍にとって衝撃的だったのだろう。
驚きなのか、閃光する熱の束を吐き出しながらやや唖然としていた龍に対して、カイルはその隙を見逃さなかった。
鱗の硬さは私の魔術が通じなかったことで分かっている。だから、彼は目を狙った。
「くらえぇぇぇ!」
私は異種の魔術を複数同時に使えるという手を隠していた。これは前世でもできる人は限られていたから、魔術が盛んではないこの国ではできる人はいないだろう。
しかし同時に、彼も力の一部を隠していた。
カイルの動きは今まででも、前世のアレクやカーターほどではないが相当強いだろうと思えていたし、デーモンらを相手にしても見かけ以上に余裕があるとは感じていた。
だが、今龍の目に刃を突き立てた動きは恐ろしく早かった。龍から見て光線で視界が悪くなる足元を急速に接近して懐に潜り込み疾風のようなステップで龍の体を駆け上がる。
これならかつてのアレクたちともいい勝負をするに違いない。
閃光の陰から躍り出て、動きに弛緩が見られた龍の左目に刃が突き立てられるのは一瞬だった。
龍の目が反射で閉じる方が早かったが、鱗の守りがない瞼を突き破り、剣が柄付近まで深々と刺さったのだ。
「ギャアアアアアアアアア!!!!!」
龍は叫び声をあげながら頭を振り回し、耐えられなくなったカイルは剣をそのままに転げ落ちた。何とか着地はしたものの、追撃してきた龍の爪を何とか躱して飛びのくように下がらざるを得ず、カイルは武器を失った。
「脳にはいかなかったか」
片方の視力を奪っても無力化できずカイルは歯嚙みするがどうしようもない。
「レベッカ!、剣借りるぞ」
「ええ!」
カイルに向け足元の剣を蹴り飛ばし、地面を滑った剣は彼の足元へ。
彼は器用に足で剣を弾くとその柄がちょうど手元に。それを掴んだカイルは片目を失いもだえ苦しむ龍のもう片目も奪うべく恐るべき跳躍力で飛び掛かる。
だが龍はそれを察知すると宙にいて避けられないカイルを閃光で焼き尽くそうとした。
「させない!」
数より大きさを重視して作った氷槍をその口に叩き込んだ。
火系統の龍にとっては弱点でもあるそれが鱗で守られていない喉の奥に突きたてられたのだ。
温度でとける前に喉奥に到達したそれは龍の力の収縮を妨げ、火炎を阻止する。
だが龍の攻撃は爪や火炎だけではなかった。
宙を飛んだカイルに氷の柱をかみ砕いた勢いのままその牙が襲い掛かる。
宙を飛んだカイルは避けられない。
「エレクトリック!!」
左目に刺さっている剣をめがけて、そもそも大した威力はないがそれでもめいっぱい威力を増やしたエレクトリックを放つ。
電撃は一瞬未満の速さで突き刺さった剣に到達し、龍の体内に襲い掛かる。
痺れた龍は痙攣しながら噛みつきを中断、動きが鈍る。
同時にカイルはその首筋に取り付き、無傷な右目に剣を突き立てた。
龍は暴れようとするが電撃で鈍った運動神経では緩慢な動きにとどまり、右目に剣が突き立てられるのを阻止することができなかったのだ。
それでもカイルは振り落とされたものの、今度は剣を手放さず、抜きさった剣と共に上手く着地。
龍の右目から抜き取られた剣からは、どろりと瞳を構成していた組織や体液が零れ落ちる。龍の右目からは血と組織が留まることなく垂れ続ける。
この手の魔物は自然治癒力も高いはず。だがいくらなんでもこの戦いの間に潰された目が治りますなんてことはない。これで龍の視界は塞いだ。
それでも龍を倒すに足りる決定打にはならない。
電撃で痺れさせても何度も繰り返せば耐性が付く。
弱点の属性に対する攻撃には比較的鱗も脆くなるはずだが、初級の氷魔術単体だと駄目なのはわかっている。
「首を落としたい!何かないか?」
案はある。あると言えばある。でもそれを開示するということはほとんど私の手札をすべて明らかにするに等しい。
しかし、龍がふさがった視界に対して無差別に、全方位に例の閃光を吐き出し始めたため、最初のそれを慌てて間一髪回避したとき、もう選択肢は残されていなかった。滅茶苦茶に撃たれたら壁も作れず、当たるのは時間の問題だったからだ。
「カイル!その剣に氷属性乗せるからそれで攻撃して!」
「は……?まさか付与魔術!?」
「その通りよ!アイスエンチャント!!」
瞬時にカイルの持つ剣に氷属性が付与される。
同時に、こっそり、そう、こっそりとカイルの体に身体強化魔術をかけた。後から何か言われてもしらを切るつもりで。
「マジかよ!ならいくぜ!はああぁぁぁぁ!!!」
これまでのカイルの動きの一番いいものを想定して、それを少し強化して斬撃に必要な筋力ももう少し後押ししてあげるような、そんな身体強化魔術。
ガツン!
カイルは驚くべきほどの俊敏性を見せ、目が見えずのたうち回る龍の首筋に刃を振り下ろす。
弱点属性を付与された剣に対しても龍の鱗はその役割をそれなりに果たし、その斬撃は首を両断するには至らなかったが、首の中ほどまで達し、首の骨で止まったようだ。
だが付与した氷属性は並みの魔物相手なら凍り付かせる威力がある。その力は無防備な龍の内側から奥に浸透。
龍は見るからに動きが鈍り、吐き出し続けた閃光が止まる。
「とどめ!」
カイルは一度引き抜いた件を今度は首の骨を貫くように剣を突き立てた。
鱗の守りを失った傷口から突き立てられた剣は、半ばでの一瞬の引っかかりの後、ずぶりと鍔まで沈み込み、そのまま彼は左右に薙ぐような剣で首を支える腱や肉を断ち切り、そのほとんどを切断された龍の首は大きな音を立てながらそのまま落ちた。
頭と胴体を切り離されれば、龍といえども絶命するしかない。
首を失った胴体部分も倒れ、動かなくなった。
倒れた龍に巻き込まれることなく、離脱したカイルは宙で一回転して着地。
もう龍は動くことはない。私達は龍を討伐したのだった。
次の更新予定
失われた魔術を求めて ちむる @sorakake
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