第3話 迷宮中層

「おらぁ!」


 カイルはサラマンダーと言われる火炎を吐き出す大きな蜥蜴に近い魔物の遠距離から放たれる火炎を巧みにかわし、斬り結んでいたデーモンの首をはね落とした。

 さっきから連戦が続いている。

 今だってサラマンダーとデーモン混成の群れに遭遇したのだ。剣や斧を振りかざし襲ってくるデーモンとその後ろから火炎を吐き出すサラマンダー。

 さながら前衛と後衛の関係のように動く彼らに私達は後退しながらの戦いを強いられた。

 

「カイル!結局どっちから?」


「サラマンダーをやってくれ!デーモンは後でどうにでもなる!」


 私達はデーモンの接近戦よりもサラマンダーから撃たれる火球の方に手こずっていた。

 ふいに遭遇してなし崩しに戦いが始まり連携を取れずにいたせいだったが、前で戦うカイルと意思の疎通が図れたから、私は右手でカイルとサラマンダーの間に水壁を生じさせ維持しつつ、左手で鋭く精製した氷弾をサラマンダーに叩き込み続ける。

 氷や水を弱点とするこの火の蜥蜴は氷弾が突き刺さると露骨に動きが鈍る。

 サラマンダーは蜥蜴に見えるが多少の知性は持つようで、彼らにとっての脅威がカイルではなく私だと認識したらしい。


「……っ!レベッカ!」


 残ったサラマンダーの火球ではなく直線的に伸びる高圧の火炎がこちらに集中する。

 それなら!


 多量の魔力をつぎ込んで目の前に体よりも大きな半球型の水壁を作り出す。

 それが壁となり、幾重にも折り重なったサラマンダーの火炎を受けとめ続け、沸騰し、蒸発しようとする。

 しかし私も水球の維持のための魔力を絶やさず、むしろ次の手を準備した。サラマンダーの数、場所、それらの情報を意識に刻み付ける。


 炎を吐き出し続けていたサラマンダーの火炎が一息ついた。

 せわしなく響いていた沸騰と蒸発の音が消え去り、今度は私の番だ。


 水球に別の魔力を込める。

 するとたちまち水球は氷結して百本を超える鋭利な氷の矢へと変化する。


「いっけええええええ!」


 10体近くいたサラマンダーすべてに照準を割り振った氷の矢を一気に解き放つ。

 1体あたり最低5本。


 弓矢の速度で飛翔した1本1本がロングソードほどの大きさもあるそれらはサラマンダーに殺到し、多くが命中。サラマンダーの鱗を突き破り血を吹き出させあるいは足を落とし、口を縫い付ける。


 もれなく弱点属性の氷を体の芯まで叩き込まれた蜥蜴たちは、全てがその動きを止めた。

 同時に、サラマンダーの脅威がなくなったカイルは次々とデーモンを斬り捨て、魔物の群れは制圧された。


「ふう、しかしお前…」


「なに?」


「よく魔力が持つな」


「え?」


 軽く息をつきながらカイルは意外そうな目を向ける。


「そう?まだまだいけるけど」


「信じられないが、そうらしいな」


 そう言って迷宮の奥を目指そうとしたカイルだったが、再び私に振り向いて続けた。


「なあ、それ、あまり見せびらかさない方が良いぞ」


「え、どういうこと?」


「そのままの意味だ。レベッカは魔術が上手すぎるし、強すぎる。最低でも今までくらいの魔力を使ったら休憩を求めた方が良い。魔力切れを装っておけ」


「あ……うん、わかった」


「それに聞きたいんだが、レベッカは本当に商人としてやってきたのか?今のだって、魔術学校の教官でもできるやつはそう多くないぞ。お前は何だ?誰に魔術を習った?」


 返答に困った。そもそも今みたいな場面では辺り一帯を凍り付かせる中・上級魔術で面制圧してしまう場面だったのだ。効率よく、似たようなことをしつつ無傷で切り抜けるために思いついた最適解がさっきのやり方だったにすぎないのだから。

 

「えーっと、私のお師匠様はシモンって名前なんだ。もうずっと前に亡くなっちゃったけど」


「シモン…?そんな良い腕をした魔術師がこの国にいたなんて聞いたことがないが」


「まあこの国じゃないから」


 こういう嘘は言わないけど本当のことはもっと言わないのが定番になってしまうんじゃないかと思い始めた。 

 それはそれで息苦しいが、本当のことを言ってしまうと異常者扱い待ったなしだ。だけどここは反論するべきところなのではないかと思って、言い返すことにする。


「でも魔術なんて、もっとすごくて強いものがあるんじゃないの?」


「なに?」


「今だって、本当なら有無を言わさず一面凍り付かせてサラマンダーどころかデーモンもまとめて一気に黙らせることだってできるはずじゃない」


「…」


「今の私にはそれはできないけど、それができることは知っている。だから私の使った魔術なんて大したことないわ」


「ふうん、そうか」


 彼は怪訝な顔をしながらも会話を打ち切り、奥へと進み始めたから私も付いてゆく。

 彼は剣士だからそこまで魔術に興味はないのかもしれない。それはそれで深掘りされなくて好都合ではあるのだが、もう少しこう魔術に対する向上心を理解してほしいなと、そう思ったのだった。



***



「なるほど、やっぱりな」


 これまで魔物の出現が収まらなかったから想定していたことではあるが、その想定が想定通りになってしまうことは嬉しいことではない。


 ここは第6層終盤のちょっとした広間になっている場所。

 地図が正しければあと少しで第7層へと降りていく坂がある。

 

 広間に満ちる死臭。

 そこには先行パーティのなれの果てがあった。


 死体は4人分。全員ではなさそうだ。

 広がった血だまりは一部はまだ粘度を保っていて、死亡してからそこまで長時間経過していないことを物語っている。


 「ひどい……」


 前世でもこういった光景はよく見てきたし慣れたつもりではあったが、だからといって気分がいいものでもない。

 死臭は鼻を突くし、迷宮の奥のどこに生息しているのかわからないが蠅がたかり始めている姿はとてもじゃないが見るに堪えない。


 「全員じゃないが、一人は見たことがある。Aランクパーティの…なんだったかな。確か3人パーティの内の一人だったはずだ」


 でも真新しい死体は4つある。


 「てことはパーティは最低二つはいたってこと?」


 「そうなるな。おそらくここまで来て、パーティに損失が出て合流した。そんなところだろう」


 私は冒険者のお作法はまだよくわからない。でも迷宮で死体を放置したら死体は魔物と化していずれ魔物として動き出すはずだ。


 「ねえ、これ、放置していていいの?」


 「よくない。放っておいたら魔物化する。知らないのか?」


 「知ってるけど……じゃあ、燃やすわね」


 「頼む」


 死体は爪で抉られた痕もあれば火傷の痕もあった。何にやられたのかはわからないが、死因と思しき外傷を確認できた以外は特に収穫もなかった。なんせポーション等のアイテム類は一切持っていなかったのだから。


 4つの遺体全てを魔術で燃やした。

 一度燃やして灰にしてしまえば、多少骨が残ってもスケルトンになることもない。

 埋めるところまではやる必要もないし、ひょっとしたら彼らの仲間が死体を回収しに戻ってくるかもしれないから、燃やしてそのままにした。

 墓標代わりに傍に落ちていた剣や槍を頭の脇の地面に突き刺し、立てておく。


 「アイテム類は回収していて、燃やさずに放置か」


 「半端な気がする。何があったのかしら」


 「ひょっとしてアイテム類は使い切った後だったのか?」


 「じゃあ物資がなくて、死体を処理する暇もなくて……ってこと?Aランクパーティって強いんじゃないの?」


 「ああ、強いはずだ。シャレでAにはなれない」

 

 そう言われてみれば、この広間、ところどころ真っ黒に焦げた跡や地面に傷がある。

 ここで戦闘があったのだ。今は魔物の気配はないが、上位ランクのパーティーの複数人を落命させてしまうような魔物がいる。


 「魔物の死骸は……ないか」


 魔物を倒したからといって死骸が残るとは限らないが、何もない。その一部すらも落ちていないのだ。手がかりがない。


「さて、どうする?貴方はAランクパーティが危機に陥るようなところで命を張る気はある?」


 私としては正直どちらでもいい。魔術が微妙なことになっているのは痛いが、行って不味かったら逃げ出すくらいはできるだろうと思ったのだ。


「ん?余裕だろ。いくぞ」


「え?あ、待って!」


 ずかずかと歩みを再開したカイルに慌ててついていく。

 カイルは命知らずなのだろうか。Cランクと聞いていたし、実際弱くはないけど大丈夫だろうか。

 これまでの戦いでも複数のデーモンらを同時に相手に回しても遅れは取っていないし、それなりに腕が立つのはわかるが、強いというAランクの冒険者パーティがこんなことになる場面でも臆さないのは単に虚勢を張っているだけか、はたまたランクが低いだけで強いのか。


 ただ、彼の背中には謎の安心感があるのも事実だ。

 どんな魔物が現れてもなんとかしてくれそうな、そんな感覚が。


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