第2話 迷宮上層

 崖の下部にある迷宮の入口は迷宮内から噴き出すやや湿気のあるぬるい空気のせいか、やややわらかい粘土質の土が足元を占めていたため先行パーティの足跡が残っていた。

 

「最近出てきた足跡はないな。いまこの足跡を付けたパーティはみんな迷宮の中だ。足跡の感じからして入ったのは昨日の今頃ってところか」


 それだけのことがわかるのか。前世ではそんな細かいことを気にする必要はなかったが、冒険者として生きていくなら身に着けておいた方がいいのかもしれない。


「早いわね」


「まあランクが高いパーティーには掲示板に張り出される前から話が行ってたりするんだろうな。そうでもなきゃここまで早くはできねえよ」


 実際そうなんだろうと思う。中位ランクの冒険者たちが二の足を踏んでいた上に私達は最速でここに来たつもりでいたのだ。

 緊急特別依頼の札がかかっていながらも、実質的には上位ランク冒険者たちが稼ぐための仕組みがあるのかもしれない。


「だが妙だ。ほら、見て見ろ」


「え?」


 カイルが指さした入口の奥。

 そこには数体の黒いデーモンのような魔物がいて、こちらに気づいているのか向かってきているところだった。デーモンはどこの迷宮にもいるありふれた魔物だが、弱いわけではない。それなりにうまく武器を振るってくる、 油断したら危ない魔物だ。



「奥に侵入者がいるならあの手の知性が高めの魔物は奥のやつらに集まるはずなんだが……?」 

 

 先行パーティーの方に集まるはずの魔物がこっちにきている。それはつまり…


「先行パーティーは全滅した?」


「その可能性は、あるな。ほら、来たぞ」


 さび付いた剣を構えて、敵意をむき出しにしながら迫ってきた。


「先制するわ」


 迷宮の奥に向けた右掌から火球を通路に叩き込む。

 総勢4体のうち3体は私の火球にかかり倒れたが、1体は火球を躱して至近距離まで迫ってきた。


「甘いな」


 カイルが私と、私に剣を振り上げたデーモンの間に割って入り、剣を受け止め逆に弾き飛ばした。

 バランスを崩したデーモンは姿勢を立て直す前に、既にカイルに剣を持った腕を根元から跳ね飛ばされていた。


 そのせいでバランスを崩しさらによろけたデーモンを見逃さず、剣を振るって首を跳ね飛ばし、デーモンはこと切れた。


「やっぱり結構やるのね」


 前世基準だと、デーモン相手に臆せず立ち回れる剣士は少なからずいたが多かったわけでもない。弱小剣士なら1対1では普通に負けてしまう相手なのだ。


「まあな。お前もやるじゃねえか。ところで休憩は要らないのか?」


「いらないわ。大丈夫。カイルこそ疲れたんじゃないの?」


「そんなわけないだろ。俺は剣士だぞ。これくらい散歩みたいなもんだ」


 カイルは意外そうな顔をしたが、これくらいで休んでいいわけがない。

 前世では全力の連戦続きは当たり前だったのだ。心身共にまったく疲れた感じはしない。幸いにしてこのレベッカの体は商品を幾らか背負っての移動が日常茶飯事だったのだ。

 細く見える割に体幹が鍛えられていて、疲労はない。


 そんなことを考えながら、迷宮の奥に足を踏み入れていった。


***


 基本的にはカイルが前衛、私が後衛として進んでいく。

 二人で進む最小限度かつ基本的な陣形。前衛が盾となり後衛の私が援護して前衛がとどめを刺す。

 不思議と相性の良さを感じていた。昔から組んでいるほど、とまでは行かないかもしれないし、前世の勇者パーティの頃と比べたら全然劣るが、十分にやれている。


 そもそもあの当時は前衛のカーターとトップ下のアレクと中衛のフェリナに後衛の私。攻撃、盾、援護、魔術とフルコースだったのだ。

 そしてタイプは違ったが世界屈指の剣術を持つ二人、神に愛されたとさえ言われていた大聖女、そして大魔術師こと私。

 あれと今を比べるのは間違いと言えるだろう。


 それにカイルは視野が広い。


 とある戦闘の最中。


「アイスランス!」


 氷の槍を魔物に次々と飛ばしていた私だったが、攻撃対象の魔物が多かったこともあり背後からの魔物の接近に気づくのが遅れた。

 遅れたと言っても奇襲を許したわけでもないが、斬りかかってきていたデーモンを切り捨てたカイルが一度こちらに視線を送っていたらしい。


「レベッカ!後ろからも来てるぞ!」


 その声に私はすぐに振り返り、剣を抜いて飛び掛かってきた闇蝙蝠を切り捨て、遅れてきたフレイムスピリットと呼ばれる炎の塊のような魔物に水球を叩きつける。

 その頃にはカイルの方も片付いていて、互いに無事を確認し合ったのだった。


「ありがと、カイル。助かったわ」


「いや、レベッカならあれくらいすぐに気づいてたろ。余計なお世話だったか?」


「いえ、そんなことないわ」


 実際、もう数秒で気づいていただろうなとは思う。

 だけど、その数秒が生死を分けることもある。闇蝙蝠の飛び掛かりを受けてしまった上に

フレイムスピリットから火炎攻撃を受けていたら不味かったかもしれないのだ。

 確実に無傷で抜けられたのはカイルのおかげと言えるだろう。


 しかしそれからカイルをよく観察していると、戦闘の隙を見てきちんとこちらを気にしている。

 彼はよくできた前衛だ。そして強い。


 正直なところ、カイルとのペアは悪くないと思えた

 最近会ったばかりの相手なのに生じたそんな不思議な感覚を持ちながら、迷宮の奥へと進んでゆく。


 内部の詳細な地図もあるのだ。何の不自由もない。迷わず奥へと進んでいく。


 ただ一つ、気になり始めたことがある。先行パーティがやはりどこにもいないのだ。凄腕の冒険者パーティーが先行しているらしいが、彼らはどこに?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る