✦第16話✦ これからも
ママが、まだ小さかったあたしとおとんを残して、死んじゃったときの夢をみた。
ママはその日、仕事に行ったまま、あたしとおとんが待つ家に帰って来ることはなかった。
ママは事故で死んじゃった。
病院に行った記憶はない。
わけのわからないまま黒い服を着せられ、お葬式に出た。
「かわいそうに……になちゃん、まだ5歳なんでしょ?」
「奏一さんも、この歳でシングルファザーにならなきゃいけないなんて」
親戚の人や、知らない大人たちが、みんなあたしとおとんを見てヒソヒソ話してる。
──しんぐる、ふぁざー?
それって、なにかタイヘンなことなのかな。
幼いあたしは、その意味こそわからなかったけれど、その言葉に、すごく胸が痛んだ。
「うっ。ふぇっ。ママぁ……」
あたしは、とにかく泣いた。
お葬式が終わったあともずっと、泣いて、泣いて、泣いて。
そのせいで、目がタコみたいにはれ上がった。
死ぬ、ってことがどういうことなのか、当時のあたしにはわからない。
でも、なんとなくもう二度とママには会えないんだろうなと、幼いながらに理解した。
ママのお葬式が終わり、おとんとふたりきり、残された日の夜のこと。
ママの気配がなくて、あたしはまた、泣きだしそうだったけれど。
おとんは、あたしの瞳をまっすぐ見つめて言ったんだ。
「にな。今日から俺と一緒に、二人でキョーリョクし合って生きような。何もっ、さびしがることなんか、ない。俺が長生きして、ずっとずっと、になのそばに、居てやるからなっ!」
うっうっ、と泣きじゃくるあたしに、おとんは、いつまでもいつまでも、優しく背中をなで続けてくれた。
たぶん、気のせいなんかじゃない。おとんだって泣いてた。
おとんの、その温かい大きな手。
おとんはいつも、左うでに腕時計をしていたっけ。
──「にな、みかん食べるか?」
おとんが、コタツに入ったあたしに、むいたみかんを差し出してくれる。
冬には、毎年こうして、コタツでほかほかになりながら、一緒にみかんを食べたね。
おとんがむいてくれたみかんの、甘ずっぱくてはじけるようなその味は、きっと一生忘れない。
☆ ★ ☆
「おとん……っ!」
「うおおっ⁉」
たまらなくなって、おとんにガバッと抱きつくと──その瞬間、そこにいたはずのおとんの姿は、ふっ、と消えた。
……あれ?
あたし、夢でも見ていたのかな。
でも、変だよ。
あたし、確かに誰かに抱きついてる。
「……れ? おとん……じゃない」
瞳をぱちくりさせる。
よく見ると、おとんだと思って抱きついたのは、キョウスケだった。
「どええぇーっ⁉」
バッ、とキョリをとって、キョウスケから離れる。
やだやだやだ!
あたし、夢の中のおとんとかんちがいして、キョウスケに、抱き……つい……ちゃっ……!
真っ赤になるあたしに対し、キョウスケはあきれ顔で、いつもの調子であたしをからかう。
「ったく。地獄から帰ってきたとたん、ホームシックかァ? になァ」
ケケケ、といじわるな顔で笑うキョウスケ。
「いこうぜ。今日は、オレらの受賞式だ」
あたしは、天国の公園の、木の根もとで寝ていたようだった。
天国の空からは、おひさまのやわらかい光が、あたたかく射している。
立ち上がったキョウスケが、なんでもないように、上から手を差し出してくれる。
「…………うん」
あたしは、ドキドキうるさい胸の鼓動を、なんとかおさえて……その手を、つかみ返した。
☆ ★ ☆
──「これより、第523期天使☆悪魔学園初等部、天使候補生最終試練受賞式を始める」
──講堂。
半年前の入学式のときと、まったく同じかっこうで、満月みつる校長先生が壇上に立って話している。
まわりにいる学生たちは全員、悔しそうな表情だけど、無事に地獄から戻ってこれたこともあってか、しょうがないか、って様子でいる。
──ぶっすうう。
そして、あたしはといえば、超☆フキゲンだった。
「どうされましたか? になさん」
と、後ろからあやみん。
どうしたもこうしたもないよ!
「だってだって! よりにもよって受賞式の今日が、天国番地2丁目の、超美味しいってうわさのクレープ屋さんのクレープ半額の日なん……!」
──あたしがあやみんに必死に話していたら、ポンッと頭の上に手が置かれた。
「キョウスケ!」
「オイオイ、にな。こんな日くらいクレープのことは忘れろよ。ったく、お前はほんっとに、怪力でチビでゴリラで、その上いじきたねーヤツだな」
「なにおう!」
ムキー!
頭に置かれたキョウスケの手をはらいのけて、つかみかかろうとするあたし。
ぐぬぬ、キョウスケめ、この後におよんでまだあたしのことからかうか⁉
ギャーギャーとさわぐあたしたちを見て、ゆっくりとその場に現れた、気が強そうな、紫のリボンをつけた女の子。
「まったくですわ。キョウスケの言う通り、品位のカケラもありませんわ。こんな、低レベルな子にどうしてこのわたくしが……。でも」
あのんちゃんは、そこまで言いかけてから、あたしの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「わたくしを助けるために、色々うごいてくれたことは、感謝しますわ。……ありがとう」
「あのんちゃん……」
うるうるうる、と瞳をうるませるあたし。
こういうの、待ってたよ!
「あたしたち、きっといい友達になれるよね⁉」
「なってやってもいいですわよ? ……にな」
あのんちゃんが、照れているのか、うでを組んで片目をつむって、そう、あたしの名前を呼んでくれた。
あたしは、もう嬉しくてたまらないっ!
「わーいっ! あのんちゃんの名前呼びキター‼ 嬉しい!」
その場で小おどりするあたし。
「あやみさん。半年前、入学式の時、あなたをいじめたりして、ごめんなさい。……許してくれる?」
「もう気にしてませんわ」
あたしの後ろのあやみんに、あやまるあのんちゃん。
あやみんは、いつもの、ふわり、とした笑顔でほほえむ。
一件落着だ! めでたいっ!
えっへへー! と笑うあたし。
近くに並んでいたセイジが、ボソッとつぶやいた。
「……あのんだって、十分いい女の子なんだけどなー。オレは怪力チビ女なんかより、お前の方が……」
きょとん、とした表情のあのんちゃん。
えっ、えっ?
なんか、セイジの今の言い方、めちゃくちゃ意味深じゃないっ?
キョウスケが、つん、とあたしのわき腹をついた。
「オレなんだけど、寮でセイジに、あのんのことが好きだって相談されてた」
「へっ⁉ ほんとっ⁉」
まじかっ。
ふーん、セイジがあのんちゃんをねー。
むふふふ。おっもしろーい!
……やっぱり、友達が多いって、いいな。
「なんですの?」
と、あのんちゃんがいぶかしげな視線を向けてくる。
「そこ! 静かに!」
と、銀のケープをつけた、エンデビ学園の先生。
「かまわん」
ギャーギャーさわぐあたしたちのもとへ、話を終えた満月みつる校長先生が、ゆっくりとやって来る。
「トップ天使候補生の、桃井にな、永倉キョウスケ、宝来あやみ。おまいらには、この後、会いたいと思う人に会わせてやろう……。ただし、天国ですごした記憶は、すべて消えるがな。わしが叶えてやろう」と、満月みつる校長先生が、得意顔で言った。
「満月みつる校長先生って、天使なんですか?」
「そうじゃ。もう500年ほど、天界で天使をやっておる」
あやみんの問いに、そう答える満月みつる校長先生。
ごっ、ごひゃくねん⁉
ひえぇーっ! すごすぎる!
──あたしが、天国に来て最初に聞いたこと。
トップの成績をとれば、一番会いたい人に、もう一度だけ、会える。
あたしが会いたい人──。
それは──家族。
おとんに、もう一度会いたい。
おとんが天国に来るのなんか、あと何十年後?
悪いけど、あたしはそんなに待ってらんないよ。
あたしは今すぐ、おとんに会って、これまで育ててくれたお礼と、早くに死んじゃったことを謝らないといけないの──。
けれど。でも。
そうしたら、あたしは──天国に来てできた、大切なみんなのことを──忘れてしまう。
あたしとはじめて会った時に、クロンが切なそうに言いかけていたこと。
あたし、気づいてたんだ。
天国で暮らすうちに、他の天使候補生たちが、みんなそう話しているのを聞いちゃってたんだ。
って、そういえばなんだけど、あやみんとキョウスケの会いたい人って、誰なんだろう?
「あやみんは? お父さんに、もう一度会うの? キョウスケは?」
あたしの問いに、まずキョウスケがうでを首の後ろに組みながら言う。
「そのことなんだけど、もういーや。天国でも友達できたしな! 最初の頃は思ってたけど、さびしいなんて、今じゃ全く思わなくなったもんなー。いつかまた会える日まで、オレは待つよ」
「私の一番の願いは、父に会うことではありません。父と、祖父と、祖母。地上にいる家族が、いつまでも元気でいてくれることですわ」
と、あやみん。
あやみんもキョウスケも、いまを生きてるんだ……。
って。もうあたしたち、死んじゃってるワケだけど。
──おとんは、あたしがおとんに会いたがってるのを知ったら、どう思うのかな。
喜んでくれるかな?
それとも──。
前を向け、いつかは必ず会えるんだからって、怒られちゃうかな?
キョウスケやあやみんと一緒にいる間、心の奥底で、ずっと考えていたこと。
考え抜いた末に、あたしは決意した。
「クロン、あたし、あたし……。おとんには、会わなくても、いい」
「なぜクロか?」
「あたしも、天国にきて、大事な友達がいっぱいできたから。キョウスケと一緒で、もうさびしくなんかないよ。あたしの願いも、あやみんとキョウスケと一緒で、家族にいつまでも元気でいてほしい……でいいかな?」
へら、と笑って見せるあたしに、クロンはうなずいた。
「と、いうことですクロ。みつる校長先生」
「むむむ。クロン。お前もよくやってくれたな。ご苦労じゃった。……よし、3人の願い、しかと叶えよう!」
あたしはそっと胸のネックレスに触れた。
おとんが、今も地上から見守ってくれてるような気がしたんだ。
ピンクの星のネックレスが、きらり、と光った。
──これが、あたしの答え。
「そうそう。言い忘れていたことがあるクロ。にな、キョウスケ、あやみ」
あたしたち3人は、クロンの方を振り向く。
「悪魔コースのミッションは、まだ続くクロよ。になたちは、これからもずっと同じチームクロ」
「へっ⁉」
あたしの目が、本当の点になる。
キョウスケとあやみんも、まったく同じ表情だ。
「最終試練を終えたら卒業じゃないの⁉」
「違うクロよー」とさらりとクロンが言う。
「これからも、天使☆悪魔学園で頑張るクロ」
そっ、そんなぁ……!
わなわなわな、と、自然と両手が、震えてくるのを止められない。
キョウスケのことが好きだなんて気づいてしまったせいで、これからどうやってエンデビ学園でやっていけばいいのかって、ゼンッゼン、わかんないんですけど!
しかもしかも、その上、ずっと同じチームですってぇ⁉
チーム編成の改め直しを、満月みつる校長先生に要望しますっ!
さらには、悪魔コース続行で、これからもずっとキケンと隣り合わせ。
いろんな意味で、あたしは、これからもずっと24時間、ドキドキしっぱなし⁉
そんなの、そんなの……
ゼッタイにありえない!
「から!」
──天国でのドタバタスクールライフは、まだまだ続くようですっ!
〈完〉
天使☆悪魔学園初等部! 桜未美亜 @ronronkuron
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