【短編】ピン札だけで買える喪服【ホラー】

ほづみエイサク

全編

 俺には今、喪服が必要だ。


 明日は母方の祖父のお通夜がある。

 しかし常に金欠だった俺は、入学時に親に買い与えられた喪服をすでに売ってしまっていた。


 最悪だ。

 大学在籍中に親戚が亡くなるわけがない、と高を括っていたのに……。


 このまま実家に帰ったらどうなるだろうか。

 想像もしたくない。

 最悪、勘当されて大学に通えなくなる可能性がある。



 そんな事態だけは避けなくてはいけない。



 単位を落としてでも射止めた彼女がいるし、高卒で就職するのはプライドが許さない。 


 しかし、今の俺には喪服を買う金もないのも事実だ。


 友達に借りることはできるだろうか?

 いや、そんなことが出来る交友関係を持っていない。

 ナンパなどを繰り返した結果、男友達はどんどん離れていき、サークルにも居場所がない状況だ。



 俺は途方に暮れながら、裏路地を歩いていた。


 こういう場所に掘り出し物があるかもしれない。

 しかしタダはダメだ。


 タダより高いものはない。

 最初に品物をもらったが最後、どんどん高額な物を買わされてしまう。

 一度、そんな詐欺まがいなことをする女性に声を掛けてしまったことがあるのだが、苦い思い出だ。 



「そこのお兄さん」

「あ?」



 声を掛けられて振り向くと、そこには老婆が立っていた。

 どこにでもいそうな老婆で、特徴を挙げる方が難しい。



「少し見てってはくれないかね?」

「店か?」

「いいものがあるよ」



 老婆は優しく微笑んだ。



「俺も暇ではないのだが」

「絶対に後悔はさせないよ」

「では、今俺が何を求めているか当ててみろ」

「ふむ……。喪服、かな?」

「……」



 驚きのあまり、俺は目を見開いた。



「なぜわかった?」

「ルールとしか言えない」



 老婆の言っている言葉の意味は分からなかったが、興味本位で彼女の店に入ってみることにした。


 この店はかなり簡素な造りをしていて、田舎でよく無人でアダルトビデオを売っていそうな見た目をしていた。


 しかし、品ぞろえは目をみはるものがあった。

 壺やDVDレコーダー、ドラム缶テレビにエロ本、ミックスナッツにハエトリグサまであった。

 物色していると、男物の喪服を見つけた。

 サイズまでぴったり。


 これは運命とし言いようがない。


 俺は早速値段を確認しようとしたが、どの商品にも値札はついていない。



「ここにあるのは全て1000円だ」



 老婆の言葉に、俺は顔をしかめた。



「怪しいな」

「怪しくても、あなたは買うしかない。そうだろう?」



 店に入ったせいだろうか、老婆の態度が少し荒々しい。



「別にいいんだよ。売れなくても、私は一向に構いやしない」

「じゃあ。なんで俺に声を掛けたんだ」

「それは君が必要としていたからだ」



 確かにその通りだ。

 俺はこの喪服が欲しくて仕方がない。


 さっきから、喪服に異様な魅力を感じてしまっている。

 それこそ、10万円以上払ってもいいと思ってしまうほどに。



「じゃあ、この喪服をもらおうか」

「ほう。それでは1000円だ。だが、ピン札で払ってもらう。折れ目がついたお札ではダメだ」



 思わず舌打ちをしてしまった。

 ピン札なんて、用意しないと持っているわけがない。



「ピン札でもクシャクシャの札でも価値は変わらないだろ」

「それは私達が決めることじゃない。その喪服が決めることだ」

「まるで喪服に意思があるような物言いだな」

「意思はない。ただ物にはルールがあるだけ」



 ルール。

 俺の嫌いな言葉だ。


 別にルールを守らないと死ぬわけじゃない。

 ルールを大事にするやつらが文句を言いに来るだけだ。

 それなのに、ルールルールと縛り付けられるのが鬱陶しくて仕方がない。



「他には、どんなルールがあるんだ?」

「それは私にもわからない」

「それでは話にならないだろう」

「それがルールだからだ。私はただ品物を必要としている人間に声をかけて売る。それ以上も以下も定められていない」



 頭が痛くなってきた。

 さっきから少し話がかみ合っていない。


 まあいい。

 こんな店はさっさと購入して


 俺は一度店外に出た後、ピン札を持って戻ってきた。



「そういえば、今は6月。今亡くなったのなら、新盆は近いね」

「ああ、そうだな」



 俺は適当に相槌を打った。

 ただの世間話だろう。



「最後にいいかね?」

「なんだ?」

「私はいかがかね? ヨレヨレの1000円札でもええぞ」

「1万円もらえてもいらねえよ」



 老婆は「それは残念だ。これでもテクニックには自信があるのだがね」と呟きながら、店の奥へと消えていった。


 何とも気色の悪い店だったが、喪服を手に入れることができた。



 次の日、早速お通夜に出席すた。



 棺桶の中に花を入れて、最後のお別れを済ます。

 お坊さんは念仏をブツブツと上げ始めたのだけど――



 突然、笑いがこみあげてきた。


 抗いようのない、飢餓にも似た衝動。

 まるであらかじめ決められた、ルールのような。



「あーはっはっはっはっは!」



 周囲の視線はかなり厳しいものだった。

 お通夜が終わると、親父に殴られた。

 親戚の前で恥をかかせやがって、と叫んでいる姿は少し滑稽だった。

 鼻でわらうと、さらに殴られた。



 結局葬式に出ることを禁止されて、帰らされた。



 なんで俺は笑ってしまったのだろうか。

 お通夜に出るのはこれが初めてではない。

 こんなことは起きる気配すらなかった。

 

 きっと、この喪服のせいだ。


 俺は早速、喪服を買った店へと向かった。

 だが、影も形もなくなっていた。


 いくら探し回っても老婆すら見つからず、このことは次第に忘れていった。



 そして、祖父の新盆。



 俺は仏壇に飾られていた。

 精霊馬しょうりょううまとして。


 俺の体はきゅうりとナスに分けられて、それぞれ馬と牛に見立てられている。

 なんでこうなっているかはわからないけど、これがルールだった気がする……。



「あ、やっと来た」



 母親の声と同時に、仏間に誰かが入ってきた。

 いや、誰か・・ではない。


 俺だ。


 俺の喪服を着た、俺ではない俺が立っている。

 頭部と胴体はきゅうりやナスの集合体で形作られていて、さらには手足の代わりに割り箸で出来た義手や義足がつけられていた。


 ゆっくりと歩いているのだけど、常にフラフラしていて危なっかしい。



「…………」



 喪服の俺は、精霊馬の俺をじっと見つめている。


 そして、仏壇の前で正座をして、線香に火を点け始めた。


 ふと、喪服の俺の瞳が間に入ってしまった。

 喪服の真っ黒いボタン。

 ただただ黒くて、吸い込まれるようだった。



「…………」



 喪服の俺が、火の点いた線香を近づけてきた。


 先端は赤く燃え、燃えた線香は白くなってポロポロと落ちている。

 独特な香りの煙は、ゆらゆらと静かに立ち昇っていく。


 線香が俺に当たった瞬間、何が起きるのだろうか。


 熱いのだろうか。

 痛いのだろうか。

 それとも、もっと別のことがおきるのだろうか。

 今よりもおそろしくて、気味の悪いことが……。


 怖い。

 逃げたい。


 だけど、頭の中ではある言葉が浮かんでいた。



【ルールだから仕方がない】



 仕方がないから、受け入れるしかない。

 そんな思いが、線香の匂いみたいにこびり付いて取れなかった。



 緩慢に近づいてくる、血のように赤い線香の先端。


 俺は震えて見つめることしかできなかった。







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