第34話 結末

「ここは……!」


 目が覚めると、俺は路地裏の奥で寝そべっていた。

 起き上がろうとする。


「おもっ」


 身体が少し重たい感じがした。

 そうだ、今の俺は二十歳を優に過ぎていたんだった。

 それに、過去へ飛ぶのに魔力はすっからかん。


「戻ってこれた……チサトッ!」


 現状を思い出し、勢いよく首を振ると、チサト傍で血だらけに倒れている。


「おい、やるぞっ」


 しかし。


「……」

「チサト?」

「……」

「うそ、だろ……」


 全くと言っていいほど、反応がない。


「まさか……」


 俺は彼女の懐から魔力石を取りだし彼女の手に握らせる。


「お、おいっ起きてるんだろチサト!早くしないと……ッ!」


 それでも、彼女の起きる気配はない。

 おいおい、この血の量まさか死んでるのか。

 胸に顔を近づけ、鼓動を図ろうとするが。

 やべえ、わからん……これは動いてるのか?

 それとも俺の心臓の鼓動か?


 段々、取り返しが付かないのでは?


 などと、無意味な仮定が湧いて出てくる。

 もしかして、俺だけ成功したとか?

 チサトはまだあっちにいる可能性もあるのか?

 その場合は人格が二つあっちにいることに…。


「馬鹿!しっかりしろ!俺がやればいいんだろ!」


 そうだ、今考えるべきは俺がこの身体を治癒すれば良い、それだけだ。

 集中しろ、今まで何のために訓練してきたんだ。

 そのまま詠唱を唱えようとするが。


「そうだ、魔力切れだった…どうする?」


 やばい、このままじゃチサトが死んじまう…!


「ちげーよ馬鹿!魔力石使うんだよ!」


 ダメだ、パニクって冷静になれていない。

 思い出せ、セイになんて言われた?


「まず深呼吸……フウ」


 そして。


「魔力石を握り、詠唱を始める」


 冷静に、冷静にだ。

 この規模の治癒魔術を行使するにはこの魔力石でギリギリ足りるかどうか。

 だから勝負は一回、失敗できない。

 集中しろ。


「失敗したら…チサトは死ぬ」


 失敗したら……死?

 訓練ではイメージしてたけど、全然違うじゃねえか。


「あれ」


 どうしよう、また心臓がバクバクこれ以上無いほど音を立てる。


 その時、大きな音がした。


「なんだ!?」


 今、心臓飛び出なかったか!?

 ちがう、気のせいだ。

 今のは猫が植木をひっくり返した音。

 あの猫、後でしばいてやる。

 ちがう、気を散らすな、集中しろ!


「グッ……ハアッ…」


 全身から汗が噴き出し、呼吸のやり方を忘れる。

 頭が真っ白になり、キーーンと、耳鳴りが鳴り響く。


「ハアッ…ハアッ…ハアッ…ッ」


あれ……。


――最初なんて言えば良いんだっけ?


『馬鹿者!』


 その時だった。

 どこからか声がした。

 これはグラトーナの声だ。

 こんな時に幻聴か?


『幻聴じゃないぞ?ネックレスを見ろ』

「え……ネックレス?」


 それは、別れ際にグラトーナが渡してくれたネックレス。

 着いていた秘石が光り出す。


「グラトーナ……なのか?」

『そうじゃ、いくぞ二ノ、お主がチサトを助けるんじゃ』

「俺が……ッ」

『申し訳ないが、妾も流石にこの姿じゃ治せんぞ』

「そ、そう……だよな!俺が、俺がやるしか」

『パニクりおって…大丈夫一緒にやってやる』

「……あ」

『自信を持て、魔王が隣にいるんじゃ。二ノ、お主なら出来る』

「……ああ、ありがとう。目が覚めた」


 こんなことで情けない限りだが、事態は一刻を争うんだ。

 両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。


「やるぞ――グラトーナ」

『――死ぬ気でな?』

「ああ!」


 俺は、治癒魔術を行使する。


「かの者を癒やせ――ヒール!」

『妾もちょっとだけ手伝ってやる』


 俺の手のひらから、癒やしの光がチサトの身体全体に広がっていく。

 そこに秘石から光が漏れ出し、混ざり合う。

 額から汗が流れ目に入ったが、それも厭わない。

 片目をつむりながらも魔術への集中を止めない。


『クリーン』


 同時に、グラトーナの魔術が俺の身体を落ち着かせる。

 そして、ついに。


「チサト――戻ってこい!」


 魔力石に込められた魔力を使い果たしたその瞬間。


「……スゥ」


 やっと、チサトの寝息が聞こえてきた。


『お主で瀕死の者を治すコツは分かっておる。これで、取りあえず終了じゃ』


 彼女の頼もしい一言で、俺は思わず仰向けに倒れる。


「やった……やったよ、グラトーナ」

『よくやった二ノ……と言いたいところじゃが』

「え?」

『まだやることあるじゃろ?』


 魔王が言う。


「やることって、なに?」

『待ち合わせしておるんじゃろ?』

「待ち合わせ?……あ」


 そうだ、メイ!


 随分と昔過ぎて完全に頭から抜けていた。


「あ、ああ行かなくちゃな……グラトーナってまだ魔力残っているか」

『ああ、多少ならな』

「ちょっと分けてくれ」

『それくらい訳ないが……ああ、なるほど』


 俺は魔王からもらった魔力を使ってある魔術を唱える。


「『テレポート』」


 行き先は自分の寝室だ。

 ベッドにチサトを寝かせる。


「じゃあ、早速行ってくる」

『これ、待たんか!』


 魔王に呼び止められた。


『クリーン』


 俺の衣服が綺麗になっていく。


『いきなり血まみれの男が現れたらビビるじゃろうが、それと妾をここに置いておけ』

「え?」

『チサトの様子を見といてやる。それにそのメイとやらに悪いしのぅ』

「何から何まで……っ。ありがとう母ちゃん!行ってくる』

『誰が母ちゃんじゃ!せめて、お姉さんってよびなさいよ!』


 プリプリ怒る魔王を置いて行き。

 俺は駆け出した。



 待ち合わせの店に入る。

 メイは……あ、いた。


「あ、二ノ……ってどうしたの!?」


 メイは、いきなり俺を見るなり目を見開いた。


「え、何か変か?」

「何か、雰囲気変わっていうか……なんだろ」

「まあ色々あってな」


 いや本当に……。


「へえお仕事の話?」


 俺は席につくと、料理を注文しメイに話す。


「ああそれがさ――」



 聞いてくれよ。



――賢者と往くタイムスリップを!

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賢者と往くタイムスリップ 前田マキタ @tonimo_kakunimo

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