第33話 帰宅

 魔王達を見送った俺達は、久しぶりに会うということもあって近くの店で食事を取っていた。


「それで、本当に教えて貰って良いのか?」


 俺は、目の前でパスタをくるくる巻く金髪シスターに尋ねる。


「はひ、もひほんひひべふほ」

「セイ、はしたないよ」

「ごくっ……はい、もちろんいいですよ」


 いや、答えてから食えば良かったのでは。

 と、思ったが口に出さない大人な俺。


「非常に助かるけど、俺達これからもとの世界に帰るんだぜ?あまり返せるものがないというか」

「では、そちらの世界の私達を助けてください」


 セイは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「あの後ユウと話したのです」

「そうそう、きっとそっちの僕達は後悔していると思う」

「それは……」


 二人で顔を見合わせる。

 そうだ、俺は知っている。

 刺されたチサトは分からないだろうが、たしかにあの時。

 フードを被った勇者は僅かに動揺していたような気がした。


「信じる……本人だから」


 あの時と同じようにチサトがそう言うと、二人は嬉しそうに笑った。


「ですから、あなたたちがもとの世界で元気になることはきっと、未来の私達を助けることにつながりますよ」


 全てを包み込むような言葉とともに、聖女は微笑んだ。


……口元にソースがついていなければ完璧なんだが。


「それと二ノ。君に言おうと思ったことがあるんだ」

「な、なんだ……藪から棒に」


 未だに未来のスターに萎縮してしまう俺を苦笑いで誤魔化した勇者。


「――僕と一緒に特訓しないかい?」

「……え?」


 思ってもみなかった一言に思考が停止する。


「前から思っていたんだ。二ノは、近接の方が得意なんじゃないかって」

「さすが二ノ」


 何故か胸を張るチサト。


「それはグラトーナにも言われたけど」

「逆にチサトは苦手そうだしね」

「よく知ってる……私にはできない」


 今度は背をすぼめる以下略。


「ふふ、それでは二ノ君は”賢者の右腕”ですね」

「おいおい、言い過ぎだろうそりゃ」

「どうだい?損はさせないよ?」

「それは…願ったり叶ったりだけど」


 なんだか、人を乗せるのがやけに上手いユウとセイによって、1ヶ月に及ぶ訓練が始まった。



 場所は変わって、だだっ広い荒野に俺達はやってきた。


「ここは、あっちの私達が特訓した場所」


 良い場所があると言ってチサトに連れられた俺達は準備運動も程々に早速教えを受けていた。


「それでは始めますね」


 意外かもしれないが、セイの訓練は非常にスパルタだった。

 まず、俺の場合は基礎的な魔力操作が甘いということで、魔力を全体に通わせ続けるという訓練から始まったのだが、これが非常にきつかった。

 例えるならそう、全速力で走り続けるようなものだ。

 しかも、キツさに耐えきれず膝をつけば、セイが俺に治癒魔術を施しながら。


「ハアッ…ハアッ…」

「良いですか二ノ君。人が限界を感じるのは、実際には四分の一程度なのです」

「う、嘘だろ……」

「私と会話できているのがその証拠です。大丈夫、あと75%出し切りましょう」


 それは死を意味するのでは?

 しかし、実際に治癒魔術を施して貰うことで二人の見稽古にもなる一石二鳥の訓練であった。


 そして。


「『ヒール』……大丈夫?二ノ」

「ああ、サンキューチサト」


 早々にチサトは習得していた。

 しかも、詠唱短縮で。

 というか、こいつあれ以降実力を隠さなくなってるぞ。


 また、セイは中々言葉も重いのである。

 たとえば。


「かの者を癒やせ――『ヒール』!」


 しかし、擦り傷程度の治癒力しか発揮できない。


「二ノ君」

「はい先生」

「イメージしてください」

「イメージ、ですか」

「ええ、もし二ノ君がその魔術を失敗したとき、目の前の人は死にます」

「ッ!?」

「そこで後悔しても遅い。状況は私達の成長を待ってくれません」

「……」


 そこで聖女は言葉を句切った。


「だから死ぬ気でやるのです」

「死ぬ気……」


 そういえば、グラトーナも言っていた。


『死ぬ気でやれよ?』


「自分が、ではありません。(失敗すれば相手が)死ぬ気でやるのです」

「……はい!」


 ということがあった。

 その時からはもう、チサトと比べることはなくなっていた。


 一方、ユウとの訓練は走り込みや筋トレはしなかった。

 曰く、「これがもっと長い期間ならやってもいいんだけどね?今回は時間ないからひたすら戦闘訓練かな」とのこと。


「『覚醒』」


 俺は自由に『覚醒』ができるようになっていた。

 この状態で、ユウとの手合わせを行っている。


「フッ!」


 ひたすら速いユウの剣捌きに、なんとか魔術を合わせる。

 また、当てられるときも常にダメージが最小となるように受け身をとる。

 この訓練をひたすら行う。


「ハアッ…ハアッ…」


「もう一回」

「グッ……はいっ!」


 ユウは、訓練中特にアドバイスや言葉をかけない。

 実践の中でどうすべきか示してくれた。

 これが、非常に俺の性格に合っており、またもともと戦闘向けなのだろう、成長が分かりやすく実感できた。

 それに、憧れの人との訓練はやる気を非常にアップさせてくれた。


「いいね、大分反応が良くなってる」


 とは言いつつ、俺が剣を持って戦うのではなく、あくまで近づかれた際の徒手格闘や魔術を交えた戦闘を行っていた。

 なんと、この勇者。

 魔術も達者であり、そこらの宮廷魔術師よりずっと滑らかに魔術を展開できる。

 当然、俺より上手いので参考になることが多かった。


 午前中、セイと魔術の訓練をこなし、午後ユウとの訓練を終えた後は傷ついた身体を自ら治癒魔術で治す訓練を行うという中々ハードの日々を行った。

 正直、ガリアのしごきと同等、いやそれ以上の辛さがある。

 しかし、自主的に何かを行うより、ずっと精神的には楽でありそこも俺の性に合っているといえよう。


「私もがんばる」


 隣でチサトが意気込んでいたが、じっとしていてほしいというのが本音だ。

 それから、月日が経ち。


「かの者を癒やせ――ヒール!」

「おお、ありがとうございます」

「いえいえ、お大事に」


 実際に聖女が通う教会で、俺は怪我人を治していた。


「ちゃんとマスターしましたね、二ノ君」

「先生のおかげです、ありがとうございます」

「もうっ、セイでいいですよ」


 茶目っ気で笑うセイは、聖女の時の神々しさはなく、可憐な少女そのものだった。


 ユウとの特訓でも。


「『ジガルタ』――『レグルサ』」

「いいね、これは?」

「……ッ!」


 勇者の剣を防御魔術で防ぎ、空いた右手で魔力弾を放つ。

 軽やかに避けたユウの回し蹴りを今度は生身に魔力を通した状態で受ける。

 あれからさらに成長し、今では反撃を交えて戦いになる程度までこなせるようになったのだ。


「うんうん、良い感じだ」

「ハアッ…ハアッ…ありがとう、ございます」

「これだけ出来れば、各上相手にも一定時間は稼げるんじゃないかな」

「ハアッ……ヨシッ!」


 お墨付きをもらい、思わずガッツポーズが出た。


 さらに日は経ち、約束の日がやってくる。


「もう行ってしまうのか?早いのぅ」


 グラトーナが再びやってきて数日。

 俺とチサトはもとの世界に戻る準備を進める。


「本当はもっと皆と一緒にいられたら良かったんだけどな」

「あっちでどれだけ時間が経っているかも分からない」


 チサトが答える。


「でもチサトがまだ元気ってことは止まっている可能性の方が高いんだろう?」


 勇者が元気づけてくれる。


「まあ厳密に言うと説明が長くなるが、大体そんな感じじゃ。心配せずとも、チサトはギリギリ生きておるよ」

「なんだか寂しくなりますねぇ」


 ちなみにガリアは今日は来ていない。

 聞くところによると、内政争いが激化しているらしく駆けつけている暇がないんだとか。

 なおさら、グラトーナが来て良いのか疑問だったが。


「なに、この程度で揺れるほど妾達はやわではないわっ」


 余裕綽々だった。


「これが母の形見じゃ」


 魔道具を渡される。

 これで、俺達はもとの世界に帰ることになった。


「ああ、色々助かったよ」

「ありがとう」

「よいよい……手順は決めておるのか?」

「ああ」

「もどったら、私の懐にある魔力石を使って自己治癒を試みる」

「俺はそのサポート」

「……ざっくりじゃなぁ、まあよい」

「これをやる、そこに跪け」


 そう言って、グラトーナは俺に秘石のついたネックレスを掛けてくれた。


「これは?」

「ちょっとしたお守りじゃ……お主が不甲斐ない状態なら渡さんかったんじゃが」

「普通逆じゃね」

「細かいことは良いのじゃ……しっかり訓練したようじゃし?」

「……おうっ」

「それと」


 魔王はおでこに口づけをした。


「え……っ!?」

「お」

「あらぁ」

「グ、グラトーナッ!?そ、そろそろ行こう、二ノっ」


 無理矢理腕を引っ張られる。


「ふっふっふ、そうじゃな」


 それから魔王は笑い、居住まいを正して言う。


「礼を言う、チサト。そして、二ノ。この世界に来てくれてありがとう」

「そっちの僕達によろしくね」

「あなたたちに祝福を」


 チサトの肩に手を置き、俺達も返事をする。


「ああ、そっちこそ元気で」

「……ばいばい」


 チサトが魔道具を起動させる。



 魔王の放ったその言葉を最後に、俺とチサトの意識は沈んでいった。

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