第32話 未来

「おお、二ノ!起きよったか!」


 せっかく起き上がれたので、少し歩こうと思い外に出ると魔王グラトーナに出会った。


「ああ、俺の身体治してくれたんだろ?ありがとな」

「なにを、妾の不手際でお前が死にかけたんじゃ。こちらこそすまんかった」


 突然頭を下げる魔王。

 道行く人々が何事かと振り返る。


「いやいやっ、全然気にしてないんだ。頼むから頭を上げてくれっ」

「いや、言葉だけで済まそうなどと都合が良すぎる。ここは、東国から伝わったというドゲザなる謝罪を」

「おい、絶対止めろよ?」

「おぬし、分かっておるな。それはフリとかいうやつであろう?」

「ちげーよ!?……ちょっと移動しよう、ここじゃ人目を浴びすぎる」

「こらこら、引っ張るでない」


 無理矢理彼女の手を引き、近くのカフェまで連れていく。


「で、なんじゃ話って」

「いやな?戻れるか心配だったんだよ。俺のせいで帰れなかったから」

「次そんな申し訳なさそうな顔をしたら今度こそするぞ?」

「わ、わかったから止めてくれ……なんで俺が言われてるんだ?」


 釈然としなかったが、一旦飲み込んだ。


「分かれば良いのじゃ。それにな?帰路については心配せずともよい。リグレが用意している」

「リグレさんが?」

「そもそも、お主は疑問に思わなかったか?」

「何を?」

「リグレが待ち伏せていたことじゃ」

「あ…」


 確かに、言われてみればなんであそこにリグレさんがいたんだ?


「あの密航船、リグレが裏で手を回していたらしいのじゃ」

「ああ、そういう」

「じゃから、次の新月には何もせずとも帰れる――新しい研究所所長じゃしな」


 それから、俺はグラトーナ目線の後始末を聞いた。


「もう、チサトのやつから聞いておるかもしれんが、あの後やつが暴れてのぅ…めちゃくちゃじゃ」


 何でも、追っ手を一人残らず叩きのめしただけには飽き足らず、もっと上層部の奴らをも追い詰めたらしい。

 一瞬で居場所を割った辺り、元から調べはついていたのだろう。

 そこに駆けつけたのが、リグレさんだ。


「あやつは、自分がチサトから庇う代わりに所長の権限を約束させた――破ればその瞬間命はないとな?」


 えげつねえな、おい。

 チサトはテレポートが使えるから、その人にとってはさぞ悪魔に見えただろう。


「今のがあの日の出来事じゃな」

「色々あったってことはよく分かったよ」

「そうじゃな…ああ、あとお主に謝りたいと言っておったぞ」


 本当、リグレさんは律儀な人だ。


「もう、伝わったからいいさ」

「そうか」

「それに、あの人のおかげで自分を見つめ直すことが出来たんだ。感謝してる」

「ふふっ、それも伝えておこう」


 魔王はお茶を一口含むと、それからの話をしてくれた。


「新所長となったリグレは、あれから方々を駆け回り組織の刷新に奔走しておった」

「そうか…」


 それはきっと、目の前にいる彼女との約束を守るためだろう。

 ようやく、セラフィムさんの見たかった景色が実現できそうだ。


「まあ、やることは死ぬほどあるがな?」

「それでも…きっと出来るよ、グラトーナなら」

「そうじゃな…してみせる」

「ああ」


 なんだか、気持ちがほっこりしてしまったので話題を変えることにする。


「そういえば、どうしてチサトの姿のグラトーナを看破できたんだ?」

「それは…」

「それは?」

「うーむ…」


 何故か言いづらそうにしているグラトーナ。


「……からじゃ」

「なんて?」


 小声でよく聞き取れない。


「だ・か・ら!愛だって!」

「あ、あい?」

「親友の愛娘を見間違えるわけないって」

「えぇぇ」


 そんな突破方法ある?


「だから言いたくなかったのよ!あー恥ずかしい」


 そんなキャラ崩壊するほど恥ずかしかったのか。


「そ、そうか…ふふっ、愛かっ」

「…次笑ったらこのカフェ吹き飛ばすわよ」

「え……」

「冗談じゃ、冗談っ」


 いやいや、あの時の魔王様見たら冗談に聞こえねえって。

 他人事のように茶を啜る魔王。

 もう、考えないようにしよう。


「二ノ」


 すると、不意に名前を呼ばれる。


「お主――使えるようになったんじゃな」


 使える、というのはもちろん時空魔術のことだろう。


「おう、チサトにも言ってやったよ」

「チサト……そうか、それはなによりじゃ」


 相変わらず、こちらを見透かしたようかのように微笑む魔王は、本当にカリスマ性を感じさせる。

 きっと、もうのじゃ語尾をする必要はないと思うが、言うのも野暮ってものだろう。


 二人で少し休憩していると。


「お嬢、こんなところにいたんですかい」


 人に扮したガリアがやってきた。

 何気に初めて見る幻影魔術だ。

 誰を模した者なんだろう。


「お主を参考にしたそうじゃぞ?」


 いたずらっ子のように目を細めた魔王。


「お嬢!それは言わないでくださいって約束じゃあ!」

「ほほほ、忘れたのぅ」


 相変わらず、魔王に強く出られないガリアだった。


「おい」


 いきなりこっちを向いたガリア。


「は、はい」

「勘違いすんなよ、選択肢がなかっただけだ」

「…はあ」


 知らんがな。


「言うことがあるじゃろうが…!」


 座ったまま、つま先でガリアの臑を蹴る魔王。


「あいだっ…わ、わかってますって…はあ」


 ガリアは気をつけの状態で俺に向き直ると。


「お嬢――我が主人を助けていただきありがとうございます」


 深く、頭を下げた。


「……ッ!」


 まさかの行動に、何も言えない俺。


「だが!」


 ガリアは、特訓の時の厳しさをどこかに置いてきたような間抜けな顔になるとこう続けた。


「お前が生きているのはお嬢のおかげなんだからな!」

「知ってますよ…別に借りがあるなんて思っていません」

「当然だ、あの時のお嬢は…っ。それはもう真剣にお前の治癒に励みッ!三日三晩張り付いていたんだからなッ!」

「余計なことを言うでないっ!」

「あいたッ!」


 また蹴られるガリア。

 本当に、同一人物か?


「とにかく!妾達は次の新月にこの国を出る!見送り頼むぞっ」

「ああ、任せてくれ」


 それだけ言うと、グラトーナとガリアは店を出て行った。




 それから数日後、俺とチサト。

 それに勇者と聖女も合流し、魔王一行を見送っていた。


「そうじゃ二ノとチサト」


 思い出したかのように言う魔王。


「どうした?」

「?」

「お主等もとの世界に帰る方法分かったのか?」

「それは…」

「全然」


 俺の身体が完治してから、二人で探し回ったのだがろくに方法がなかった。

 やはり、唯一の手がかりとなるのはあれしかないだろう。


「では、やはりあの魔道具しかないのじゃな」

「まだそうと決まったわけじゃないさ」

「いや、恩を返す良い機会じゃ――魔道具をもって次の新月にもう一度ここへ戻ってくるとしよう」


「「「え!?」」」


 魔王を除く全員が驚く。

 これには、あのガリアも目を見開いた。


「い、いや…だってあれはお母さんの」

「?」


 事情を知らない賢者が首を傾げる。


「いいんじゃ、それが正しい使い方のはず。気にするでない」

「まあ、そう言うなら」

「それより、あっちは良いのか?」

「「あっち?」」


 俺とチサトは二人して首を傾ける。


「――たしか、チサトの身体は瀕死なんじゃろ?」


「「あ」」


 二人で顔を見合わせる。


「やばい、何にも考えてなかった」

「やはりな……」


 頭を手で押えたグラトーナ。


「まあ、治癒魔術についてはそこの聖女にでも教えてもらえば良いじゃろ」

「ええ、構いませんよ」


 聖女はあっさり頷いた。


「忙しいんじゃないか?」

「良いのです。私もチサトさんには助けられました」


 思い当たる節はないが、必ずしもつまびらかにする必要はないだろう。

 だが、グラトーナは人差し指を上げて言った。


「お前も習得に参加しろ――二ノ」

「……え?」


 唐突な使命にぽかんとしてしまう。


「なんで俺まで?」

「そりゃあ、保険に決まっておろう。それに」


 グラトーナは意地悪く笑い、言った。


「また、差が付いてしまうぞ?」

「……分かったよ」

「――死ぬ気でやれよ?」

「お、おう」


 やけに強い言葉を使う魔王におっかなびっくりするも確かに頷く。


「それじゃあ、皆の者世話になったな」


 魔王は、今度こそお別れとでも言いたげに皆に向かった。


「こちらこそ、ありがとう」

「ん、助かった」

「次会うときも敵にならないことを祈るよ」

「お二人に祝福を」


 それぞれが魔王に言葉を掛ける。


「ガリアもね?」


 勇者がウィンクをしながらガリアに話しかける。


「フンッ」


 ガリアは鼻を鳴らしただけだったが。


「礼を言わんかい」

「あいだっ」


 いつものように臑を蹴られた。

 そして、魔王は痛がるガリアを無視して行ってしまった。


「お待ちください、お嬢っ!ぐっ……世話になったな……お前ら」


 ぶっきらぼうに言い放ち、ついて行こうとしたガリアだったが。

 ふと、俺に近づき耳打ちしてくる。


「今回お前が生きているのは奇跡だ――次は死ぬぞ?」

「ッ!?」

「もっと鍛えろ、いいな?」

「は、はいっ」


 だが、耳から離すと。


「ならいい、じゃあな」


 ほんの少し笑い、魔王について行った。


 なんだよ、ちょっとかっこいいじゃねえか。

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