第31話 告白

 またこれだ。

 意識がふわふわして、定まらない感じ。

 起きているのか、寝ているのかはっきりしない。

 この感じは、二度寝と三度寝の間と言ったところか。

 こっちの世界に来てから、いや来るときから何度も経験している気がする。

 深く考えようとしたその時、形容しがたい感覚に陥り俺は目を覚ます。


「……ぁ」


 声が掠り、上手く言葉にならない。

 こんなことばかり起こったせいか、喉の渇き具合で自分がどれだけ意識を失っていたか分かるようになった。


……そんな知識欠片もいらなかったが。


 今回は、それなりに長いらしい。


「……すぅ」


 近くで寝息が聞こえる。

 とても穏やかで、安心する音。

 なんとなく予想はつくが、何とか起き上がり誰か確認する。

 やはり、寝ていたのは賢者だった。

 ベッドの近くにある椅子に座り、器用に寝ている。


「……んん」


 身じろいで音が出たからだろうか、彼女も起きそうだ。

 眠そうに目を擦った賢者は、パチパチと瞬きして俺と目が合う。


「ぁ……にの……二ノッ!」


 意識がはっきりしたのか、俺の名を呼びながらすぐさま飛び起きた。


「よう」

「よかった……っ」


 泣き出した彼女の顔はひどくクマだらけだった。

 さぞ、心配させたようだ。

 どれだけ重傷だったのか。


……あまり聞きたくはないな。


「か、からだは……もういいの?」

「ああ、特に違和感はないな」


 棚に置いてある水を受け取りながら答える。

 このやりとりも、もう慣れた。

 そうか、ずっとこうやって世話になっていたんだな。


 俺の方が世話していると思い込んでいたから、気付かなかったよ。


「どれくらい寝ていたんだ?」

「うーん、1週間くらい?」

「そうか1週間……1週間!?」


 そんなに寝ていたのか……。

 よく生きていたな。


「ちなみに、どんな怪我だったんだ?」


 怖いもの見たさ、この場合は聞きたさか。

 俺はついつい禁断の質問をしてしまった。


「聞くの?」

「え、じゃあやめと」「身体に穴空いた」


「えぇ、言っちゃうの……」


 そうか、まさかとは思っていたが本当に空いたんだ、身体。

 正直、これはあえて聞かないようにしていたのだが、この際聞いてしまおう。


「その…グラトーナは帰れたのか?」

「……」


 賢者は黙って首を振った。


「そうだよな……この傷治してくれたのって」

「魔王とセイの二人がかりで何とか」

「そうか。後でお礼を言いに行かなくちゃな」

「わたしも言いに行く」

「母親か……研究所はどうなった?」


 賢者は言いづらそうにしていたが、おずおずと言い出した。


「私が――壊滅させた」

「っ!?」


 それは予想外だった。


「あの後、二ノが倒れてから……どうして良いか分からなくて、私は誰かを治す魔術が使えないから……」


 意外かもしれないが、チサトは治癒魔術が使えなかった。

 というより、覚えていなかったのだ。


「そうか、それで」

「周りが見えなくなった」


 何となく想像がつき、それ以上聞くのを止めた。


「じゃあ、リグレは……」

「あの人は、新しい所長になったって」

「そうなのか!?」


 てっきり、賢者に消されたのかと……。


「詳しくは私も分からないから魔王に聞いて」

「お、おう」


 後聞きたいことは、そうだ。


「ユウさんとセイさんはどうしてんだ?」

「あの二人はひとまず帰った」

「そうか……もとの生活に戻れたんだな」


 あの二人については、俺達が無理矢理巻き込んだようなものだから心配していた。


「顔はバレちゃったけど、リグレ?さんがもみ消したって」

「それは良かった……っ」


 ひとしきり聞き終わり、心も落ち着いた。


「「……」」


 賢者の顔も安らかそうだが、相変わらずクマが目立つな。

 でも、それはこの世界に来てからずっとそうだった。


 今回、もとの世界の仲間ともう一度共闘し、彼女はどう思ったのだろうか。

 果たして、もとの世界の彼らは味方なのだろうか。

 どんな気持ちで賢者を裏切ったのだろう。


 いや、それは俺も同じだ。

 心細いに決まってる賢者を置き去りにし、ずっと自分のことばかり考えていた。

 結果、勝手に死にかけて彼女をこんな顔にしてしまった。

 なんて俺は馬鹿なんだろう。

 何をこんなに意地張っていたんだ?


「あ、あの…」

「ん?」

「えと……ど、どうしたの?」


 ずっと見ていたからか、モジモジしながら賢者が聞いてくる。

 いつもだったら、はらわたが煮えくり返りそうな嫉妬心も苛立ちも。

 今となっては、スッと消えていた。

 きっと、身体に穴が空いたからかもな。

 とにかく、俺はこの時。


「心配かけて悪かったな……


 いつもでなかった言葉彼女の名前が、スッと出た。


「え……」

「悪かったよ」

「あ、いや……そうじゃ、なくて」

「チサト?」

「……っ!」


 チサトは、ひどく驚いた様子で顔を押えると、またしくしく泣き出した。


「っ、おいなんで泣く」

「だ、だって……なまえ」

「前は呼んでただろ」

「だからだよ…っ」

「っ!?」


 初めて、チサトからツッコミを受けた気がする。

 そうか、彼女にとってそれほど重要だったのか。

 それすらも分からない自分に情けなさを感じる。

 しばらく泣いてるチサトの背をさすり、様子を見守った。

 彼女が落ち着いたところで。


「そうだ」

「……?」


 あの報告をしてみるか。

 俺が、腹から剣が生えてきたとき。

 あの時、時空魔術が使えたこと。

 だが。


「そ、そういえばさ、俺」


 中々、言葉にすることが出来なかった。

 胸のドキドキが収まらない。

 本当に言って良いのか。


「実は」


 もし、俺が言ったとして。

 チサトにとっては簡単なことだから、こう返されるかもしれない。


『そう、だから?』


「……ッ」


 そう思うと、中々口に出せない。

 俺にとっては人生の中で最も大切かもしれない報告でも、彼女にとっては当たり前で取るに足らない出来事。

 二度と、彼女の横には立てないのだろう。

 それでも俺は。



「――時空魔術、使えるようになったよ」



 並ぶことが許されないとしても。

 せめてこれだけは、言いたかった。


「……」


 固唾を呑んで彼女の反応を見つめる。

 これほど、誰かの返答が気になったことはない。

 受験の合格発表よりも、勇者にサインをねだったときよりも。


 彼女は、感情を見せない表情で数秒黙り、そして言った。


「――この世界で、その魔術を使えるのは賢者とあなただけ。その意味が分かる?」


「ッ!?」


 彼女が、自らを賢者と言ったことに驚きを隠せない。

 あれだけ、俺がコンプレックスを抱いていたのにもかかわらず、それを欠片も理解していなかった彼女が。

 これは、彼女なりの気遣いに他ならない。

 ついに、俺という存在魔術師を認めてもらえた。

 そう、思ったのだが。


「そう、つまり」

「ん?」


 雲行きが怪しくなる。


「あなたと私は、特別な関係……ちがう?」


 結局、相変わらずチサトは賢者のままだった。


「はぁ」


 でも。


「ま、今はいいか」


 怒りの気持ちは湧かず。

 つい、彼女の鈍感さに笑ってしまったのだった。

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