第30話 結局


 俺にやっと気付いてくれた魔王。

 俺は、全力で声帯に力を入れた。


「この…まま…で、いいのか…ッ」


 あの時、俺を元気づけてくれたように。

 今度は、俺が返すんだ。


「ッ!?」

「おま…えの…夢」

「だってろ、クソ雑魚があああああああ」


 今度こそ避けられないほどの数を繰り出した魔力弾が俺に向けられる。

 しかし、寸前誰かが前に立った。


「あ……」

「私は…私は……ッ!」

「……オイ、オイオイオイ。今度はなんだよ…なああ」


 リグレが二人の前でバリアを張る。


「副所長…じゃねえよな、リグレ…なにしてんだてめえ?」

「私は中途半端さ。徹しきれないんだ」

「は?」

「もうこれ以上…後悔はしたくないッ」

「イカれてんのか?」


 マシンガンのように魔力弾が降り注ぐ。


「グッ」


 戦い慣れていないリグレでは、そう時間は持たないだろう。


「グハッ……グラ、トーナ」


 流れ出る血が止まらない。

 だが、今だけ。今だけは持ってくれ、俺の身体。


「じゅ、従僕!」

「…なあ、グラトーナ――このままで、良いのか?」

「…ッ!よ、よくはない…でも、わたしどうすれば……っ」


 どうすれば、か。


 俺はこっちに来てからのことを思い出す。

 やり直しの機会を得られて。

 初めての自主練をして。

 文化祭の実行委員をして。

 賢者と勇者の実力に絶望して。

 挫折に気づけて。

 グラトーナに出会えた。

 そして、ガリアとの特訓で気づいたんだ。


「どう、すればいいか、なんて……分からなくて、当たり前なんだ」

「……っ」

「動かなきゃ……分かるわけがない」

「でもっ」

「それを、教えて、くれたのは……きみ、なんだよ」

「っ!?」


 その時、何かが割れる音がした。


「もう、いいよなァ……手こずらせやがって……オラァッ!」

「ガハッ」


 リグレが蹴飛ばされ宙に舞う。


「あ…」

「悲劇のヒロインごっこも終わりだよゴラァ」


 俺は限界を迎えた身体にむち打ち、グラトーナの手を掴んで、目を合わせて言う。

 最後に一言、これでいいんだ。


「――俺は良いと思ったぜ?人間と魔族の仲直り」

「……ッ!」

「証拠は俺と君…だ」

「死ねや」


 敵の腕が俺に迫る。

 なんとなく、動きがゆっくりに見えて。

 これが走馬灯か、などと呑気に。

 何となく、これで終わりなんだと思ったその時。


「アア?」


 敵が素っ頓狂な声を上げる。

 それが聞こえたって事は、俺は死んでいない。

 何事かと思い、奴の手を見ると。


――腕から先が


「なんだよ…これ」

「少し、黙っていろ」

「……ッ!?」


 敵が一瞬で飛び退く。

 今のは本当にグラトーナの声か?


「従僕、いや二ノ……おぬしには、礼を言わねばならぬな」


 ゆっくりと立ち上がる魔王グラトーナ。

 右の手のひらからは、敵の手を消し飛ばした後だろう煙が燻っていた。


「『覚醒』」


 魔王が告げると同時に、彼女の魔力が桁違いに増えていく。

 雲が魔王を中心に渦巻き、雷と風が辺りを舞い散る。

 気温がぐっと下がった気さえしてきた。

 皆の目が魔王に注がれる。

 それほどの、圧倒的な魔力量。

 これが――魔王グラトーナの『覚醒』。


「ハア?なんだこれ、おい……」

「聞こえんかったか?」

「……ッ」


 敵の口が強制に閉じたように動かない。


「約束しよう、二ノ――妾はこれから作るぞ?人と魔族が手を取り合える世界を」

「ああ」

「しばし、ゆっくりしておれ…すぐ治してやる」

「……」


 魔王グラトーナは敵を見ることすらしない。


「だ、だいじょうぶさ……コレを飲めばァ」

「はぁ……では、飲んでみせよ――まあどっちにしろ」


 ゴクリと飲んだ瞬間、敵の魔力量も跳ね上がった。


「ギャはははあ!」


 ハイになったのか、笑いながら魔王に向かっていく。


「――飲んでも飲まなくとも、結果は変わらんがな」


 魔王が手のひらを向けると。

 人一人を優に超える大きさの魔力弾が生成される。


「……ハアアアア!?」

「去ね」


 同時に、発射された魔力弾が敵の右半分を消し飛ばした。


「こんなに、あっけなく……」


 リグレが呆然と呟いた。


「リグレ」

「ッ!?」


 魔王がリグレに向き直り、リグレの肩が揺れる。


「手伝って……くれるな?」


 彼女は優しく微笑んだ。


「ああ……ああっ!」


 リグレの目からは涙があふれ出した。

 この涙は誰に向けられた者か、それを知る者はいない。


「さて、二ノを速く治してやらんと」


 その時。


「二ノッ!!」


 焦った形相で駆け寄ってくる賢者。

 傍に勇者達はいない。


「なんて…ひどい傷…ッ」

「悪いがチサト、すこしどいとくれ」

「魔王…あなたがいながら…ッ」


 怒った表情の賢者。


「それは…」

「ぐら、とーな」

「二ノッ!大丈夫なの?」

「あ、ああ…行ってくれ、グラトーナ」

「なにッ!」

「くる、んだろ?」

「…っ、アジト前の」


 俺達がテレポートで撒いた追っ手がそろそろ来るはずだ。

 きっと、賢者も魔王の魔力で場所が分かったのだろうから。


「…そう、だね……こっちにはセイがいるし」


 賢者も状況を飲み込んだのか、渋々答える。


「……分かった。助かったぞ、二ノ、チサト」


 それだけ言ったグラトーナは踵を返して目的地へ向かった。





「ハアッ…ハアッ…ハハッ」


 誰も気付かない。

 左半分だけとなった男の執念に。


「『ク゛レ゛イ゛ス゛ヒ゛ア゛』」


 魔力が渦巻きながら形を成していく。

 出来上がったのは、黒い槍。

 それが、無防備な背中を晒していた魔王に向けられていた。


 そして、その姿を見ていたのは俺だけ。


 だから、何となく思った。

 それを魔王に伝えられたら、と。


 すると――気付けば俺は魔王が立っていた場所に、腹から槍がのだ。

 

 どうしていきなり出来るようになったのかは自分でも分からなかった。

 死の淵を彷徨ったからかもしれないし、突然才能が目を覚ましたのかもしれない。


 とにかく言えるのは、今この時俺は時空魔術が使えるようになっていた。


 最後に覚えているのは、そう。

 全てがスローモーションに見えていた俺の目には。

 振り返った魔王の顔が驚愕に満ちていて。

 慌てて走ってきていたチサトの目が見開いていくのを、はっきり感じたことだった。


「二ノッッッッッッ!」


 つんざくようなチサトの悲鳴が耳を通り抜ける前に、俺の意識はゆっくりと暗闇に沈んでいくのだった。

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