第29話 特級


 賢者の飛んだ先は勇者の傍。


「「ッ!?」」


 突然現れた賢者に敵だけでなく、勇者まで驚く。


「ユウ、策あるんでしょ」

「驚いたな……あるよ」

「特級を打つ」

「!……君には驚かされてばかりだ。分かった、打ってくれ」

「ッ……なるほど」


 敵が接近する直前。


「『テレポート』」


 再度、テレポートを行う賢者。

 今度の行き先は、ガリアの近くだ。

 だが。


「読んでいる!」


 行き先を知っていたかのようにヤーランが向かっていた。


「……ッ」


 ヤーランの爪が、賢者の顔を薄く切り裂く。


「ハハッ、ドウダ人間!」

「……」


 ポタポタと、頬から血が流れる。

 賢者がこの世界に来て初めて流した血である。

 そのまま追撃を与えようと近づくヤーランに対し、無詠唱で簡易魔術を放ちながら少し距離を取り瞬間移動をする……が。


「『テレポート』」

「馬鹿め、もう種は割れているッ!」


 その膨大すぎる魔力量によって、飛んだ瞬間すぐ位置が分かってしまうため、魔力増強剤によって素早さの上がったヤーランからは逃げられない。

 しかも。


「ハハハハ!」

「……ッ」


 右手はテレポートの発動に割かれ、左手は防御魔術に集中せねばならず特級魔術の術式を描く余裕がない。


「どうして、少しの距離しか飛ばないのでしょう」


 離れたところから聖女は瞬間移動の短さに疑問を抱いていた。

 戦場の縁に沿うように、円を描きながら賢者はテレポートする。


 しかも、あえてヤーランをギリギリまで引きつけることで囮の役割も買っていた。


「チッ、ちょこざいな……!」

「のろま……」

「フフ、フハハハ!それはどうですかねェ……あなた血が出すぎでは?」

「ッ!?」


 賢者の体勢が一瞬ふらつく。

 先程から、テレポートのタイミングが微妙に間に合っておらず、ヤーランの爪が少しずつ、肌を切りつけていた。

 それに、段々その傷が深くなっている。


 すでに十を超えるほど切り続けられる中で、賢者の血が大量に地面に流れていた。


「このままじっくりいたぶってもいいんですが!」

「……ッ!」


 それでも、何とかして戦場を一周する。

 その時、突然賢者は大声を出した。


「セイ!」

「ッ!分かりました――『セイクリッド・レガリエ』」


 聖女が唱えたその瞬間。

 敵の眼前に聖なるバリアが突然現れる。


「『テレポート』」


 円の中心に賢者がテレポートし、さらに唱える。


「特級魔術」


 賢者の流した血が媒介となり、地面に巨大な魔術陣が浮かび上がる。


「……!」


 同時に、自由になったガリアが意図を理解したように中央へ走り出す。


「無駄無駄ッ!」


 ヤーランがバリアに触れると、パリンという音がして高速移動を開始した。


「私がお前ごときの考えに至らないとでも思ったか!貴様が逃げも隠れも出来ない瞬間、それは今!」


 ヤーランの凶刃が賢者の首元に迫らんとしたその時。


「――そのまま返すぜ、ヤーラン」


 急に飛び込んだガリアにヤーランは反応できない。


「ッ!?ガリアァァァア!」


 ガリアの胸が大きく切り裂かれる。


「グフッ……やれ、賢者」

「まだだッ!やらせないッ!」

「させないぜ」


 ガリアはなんと、そのままヤーランを羽交い締めにして自分諸共攻撃を食らう体勢に入った。


「――『カミ・バシラ』」

「今だね――『覚醒』」


 勇者が地面に剣を突き刺す。

 魔術陣が光り、地面から雷が生えた。

 雷は、全ての敵を串刺しにする。


「グオオオオオオ」

「ギャアァァアアア」


 感電したガリアが叫んだ。

 そして、それはヤーランも同じ。

 流石に特級魔術は容量を超えたようで、痛みと共に身体を焦がす。

 研究所の追っ手は漏れなく沈黙し、辺りは静まりかえった。


「ガリアッ!」


 聖女と賢者が駆け寄る。


「ハアッ…ハアッ…」

「『ヒール』!……やったのですか?」

「――何を言っている」

「ッ!?」


 黒焦げに倒れ伏したヤーランの身体がピクリと動く。


「特級なら倒せると思ったか?そうかもなあ――以前の私なら」


 ゆっくりと立ち上がるヤーラン。

 反動で、賢者は動くことが出来ない。

 しかし。


「これが最後――『カミ・バシラ』」

「ッ!?」


 最後の力を振り絞って打った魔術により。

 ヤーランの足下が光……ることはなく、明後日の方向に柱が昇った。


「……は、ははは、フはハハハ!どうした賢者!」

「エンチャント」

「血迷った……は?」


 ヤーランが振り向くと、そこには雷を帯びた剣を引き抜いた勇者の姿が。


「はは、何の冗談ですか……攻撃魔術をエンチャント?化け物ですかあなたは」

「心外だな……僕は勇者候補だよ?」

「冗談になってないですねェ」


 ビリビリと強大な魔術が剣の禍々しさを物語る。

 勇者は歩み続けた。


「君さ、外側は防げても――内側からなら効くんだろ?」

「……ッ」

「そうじゃなきゃ、魔力増強剤が効果を発揮するわけがないんだしさ」

「……!アハハハハッ!」


 半狂乱になり勇者に向かっていくヤーランを。


「チェックメイトだね」


 軽やかに避け、その胸に剣を突き刺した。


「ギャアァァァァァァァァアァァア!」


 内側から雷が走り回り、ヤーランの身体を蝕む。

 それは、彼の身体が灰になるまで続き、やがてヤーランは塵と化した。


「ハアッ…、お嬢……っ」


 血だらけになりながら、グラトーナのもとへ歩こうとするガリア。


「かの者に癒やしを――ヒール」


 切り裂かれた胸が塞がり、回復した。


「これは……」

「さ、行きましょう?」

「……礼は言わんぞ」

「求めてなどおりません」


 魔族を癒やす聖女を見た勇者と賢者。


「すごい、歴史的瞬間を見ているようだ」

「意外」


 しかし、倒したはいいものの問題が一つあった。


「それで……彼女たちはどこに?」


「「「あ」」」


 そうである。

 目的地を知っているのは二ノだけ。


「大丈夫私が探る」

「さ、さすがだね」

「こいつ、いつか捕まるんじゃねえか」

「しつれい……っ!?」


 軽口を交わしていた賢者の表情がこわばる。


「ど、どうしたのですか?」

「二ノの魔力反応が……ない」


「「ッ!?」」


「お嬢…ッ!」


 焦ったように駆け出すガリア。


「ちょっと待ってくれ、場所が分からないんだよ?」

「うるせえ、とにかく行かなくては!」


 その時だ。


「「「「ッ!?」」」」


 四人が、固まる。

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