第28話 死闘

「ッ!?」

「君は…」

「……」


 リグレの魔術が終わり、現実へと戻ってきた俺達の前に現れたのは、研究所の追っ手。

 しかし、服装が他と異なっていた。

 武器の質からして、戦闘により特化した追っ手なのかもしれない。

 そいつは、ぶっきらぼうな口調で甲高い声を発した。


「こそこそなーんか怪しいと思ってたんだよなぁ、副所長さんよぉ」

「君は……他のメンバーはどうした?」

「いいんすよ、どうせ俺無しでも勝てるっしょ」

「なんと……」


 何だこの不真面目丸出しのやつは。

 だが、俺達はこの異様な乱入者に場を支配されていた。


「それに、ターゲットがいるじゃねえか……なあ、副所長さん俺に手柄クれねえか?いいだろぉあんたはもうその位置にいるんだからよー、少しくらい俺に分けてくれてもバチはあたんねえじゃねえかぁ?なあ」


 もはや、グラトーナは幻影魔術を維持するほどの余裕もなかったようだ。


「……好きにしろ」


 その時、リグレと目が合ったような気がした。

 そうか、リグレは研究所の立場を取っている。

 それにこの追っ手、まるで底が見えない…。

 リグレがいても勝てるかどうか分からなかった。

 俺はチラリと、グラトーナに目を向けるが。


「……」

「なんつうか、そこのモルモットちゃんもなよってんのか知らねーけどよぉ、これってチャンスなんじゃないの~?」


 そのまま魔術を唱え始めた研究所の追っ手に、俺はやきもきしながらグラトーナを見る。

 彼女は、依然として心ここにあらずといった様子だ。

 このままじゃ、戦えるはずもない。

 かと言って、リグレが邪魔をする様子もない。

 リグレは、じっと右手で左腕を押さえ、我慢しているように見受けられた。


「じゃあ、早速食らってみよっか――『ヘル・ウェル』」


 黒い魔術陣から、闇の魔力弾が発射される。

 性質は漆黒。

 食らえば、持続的な痛みが残り続けるクソみたいな魔術だ。


「…ッ!」


 おい、どうすんだ……?あんな奴でも、俺なんかより遙かに戦闘力を持っている。

 俺が叶うはずもない。

 だが、ここで俺以外に戦える人間もない。


――代わりがいない。


 どうする?戦う?

 馬鹿言え、瞬殺されて終わりだ。

 グラトーナに任せる意外の選択肢はないはずだ。

 ああ、リグレも俺の方なんて見るんじゃねえよ。

 分かるだろう?俺じゃ叶わないんだよ。

 さあ、いつものように理論武装を。

 腹痛でも目眩でも、手の震えでも何でも良いから。


「……」


 玉はどんどん近づいてくる。

 もう、ここからじゃ間に合わないんじゃ――。


 その時、俺の脳裏をよぎったのはガリアの一言だった。



『お嬢に何かあったら……殺してやるからな』



 着弾の衝撃で、砂埃が舞う。

 それらが晴れると、もろに食らったグラトーナ……ではなく。


「えぇぇ、何してくれちゃってんの?」


 動向が開いたままでこちらを見てくる追っ手は非常に恐ろしいが。

 同じく、驚いたままの顔をした俺が魔力壁を張っているのを目の当たりにしたのだった。


「何?やんの?俺と?」


 くそ、いっぱい疑問符浮かべんじゃねえよ、こえーな。

 俺が一番驚いてんだよクソッタレ。

 是非口に出して言ってやりたいが、生憎そんな余裕はない。

 俺は、短くなった呼吸を整えようと大きく息を吸った。

 とにかく『覚醒』で時間を稼がなくては――


 その瞬間。


「クソ雑魚が、粋がってんなよ」


 ノータイムで発射された、今度は性質が付与されていない魔力玉が直撃する。


「ガあッ」


 先端が鋭い槍状の魔力弾が俺のももを貫通した。


「え゛、ァァアァァア」


 一瞬の浮遊感と冷たい感覚の後、激烈な熱さと痛みが全身を駆け巡る。

 無意識に涙と鼻水が溢れて止まらない。

 こんな痛みなど生まれて初めてだった。


「弱すぎない?大ジョブそ?」


 ハテナ野郎は、すぐに俺に興味を無くすとグラトーナに向き直った。


 俺は、歯を食いしばって立ち上がる。


「それじゃ俺の踏み台に」

「オ゛イッ!」


 思い出せ。

 奮い立たせろ。

 ガリアとの特訓を。

 賢者に置いてかれた悔しさを。

 自分の役割を――!


 俺は口に溜まった血を吐き捨てながら言ってやった。


「きかねーよ、三下!」

「……へえ、言うじゃんお前」


 相手は俺の格上。

 だが、ガリアよりは弱いはずだ。

 落ち着いて、相手の動きを観察するんだ。

 反撃はしなくていい。

 今は死なないことだけを意識しろ。


「『ジガルタ』」


 防壁を張り、魔力弾を防ぐ。

 魔術の殺し合いの場合、等級の高い魔術を使うことはあまりない。

 それよりも、より簡易で威力の高い魔術をどれだけ速く、多く出せるか。

 それが重要となる。


 相手も同じ魔術師だ。

 だからこそ、戦い方も何となく予測が付く。

 こいつは魔力弾を相手が対応しきれないほど撃ち込んでくるタイプ。

 だから俺がやるべきことは。


「へえ、なんだよ急に動きが良くなったじゃねえか」


 避けられる玉は身体で避け、リガルトは最低限避けられないときだけ。

 そして、作った時間で。


「『ジラトミー』」


 より小さく、威力の低い魔力弾を相手に浴びせること。


「チッ、うっとうしい」


 相手を攻撃するためではない。

 防御に意識を割かせるための魔術だ。


「距離を取りてえのが見え見えだぜ?」


 そう、それが俺の狙い。

 そこを逆に近づいていく。

 俺の真の狙いは。


「蹴りッ!?おおっと、おもしれえな」

「な……ッ」

「だが、あいにく俺は近距離も嫌いじゃねえのさ」


 カウンターの蹴りが腹に突き刺さった。


「カッハッ!」

「ハハハッ」


 そこからは、ハテナ野郎のいたぶりが始まった。

 魔力弾が俺を襲う。

 右肩、次は左肩。その次、右膝左膝と来て、最後に鳩尾。

 それぞれに重い衝撃を感じながら、体液を撒き散らし俺は跳ねる。

 もう、何も出ないんじゃないかって思うが、人の血は意外とあるようで、その辺はもう俺の血で一杯だった。


 ああ、一応胃の中からにしてきて良かった……。


 ボロぞうきんのように吹き飛ばされる最中、俺は他人事みたくそのようなことを考えていた。

 でも、もう良いよな。

 充分戦ったさ、後はグラトーナに任せよう。

 でもあいつ、完全に戦意喪失しているよな。

 ってことは、俺は死ぬのか?

 本当に死ぬのかもしれない。

 死ぬで思い出したけど、そういえばグラトーナに言われたことがあったな。


『お主は考えない方が強いかもしれんのぅ』


 あの時は、馬鹿にされているようで腹が立ったけど。

 もう、何も考えたくない。

 考えると痛いことばかり浮かんでくるから。

 だからもう、考えるのを止めよう。

 その方が、楽に死ねるよな?


「お、おい。もうその辺で良いだろう、いつ仲間が現れるかわからない」

「あ?意見しないでくださいよぉ。気配ならすぐ分かりますし、こいつらなぞいつでも殺せるんだから」

「……」

「……あー、分かりましたようっさいなぁ」


 追っ手は、未だ放心状態のグラトーナに手を向ける。


 だが。そんなのは俺が許さない。

 子鹿のように震える膝に活を入れて、フラフラ立ち上がる。


「……ッ、いい加減しつけえって」


 敵の足が俺の顔面にめり込む……前に頭を逸らす。


「……お?」

「……」


 まただ。

 頭が真っ白になり、敵のシルエットだけが浮かび上がってくる。

 色が消え、体が軽くなる。


「……」

 

 俺は魔力弾を避け、避けた先の蹴りをくぐって避ける。

 飛んできた拳を手のひらで沿わせて受け流し、魔力弾をジガルタで防ぐ。


「は?手抜いてたのか……ちがうな」

「……」

「『覚醒』かよ……チッ、めんどくせえ」

「……」

「徹底的にやってやる」


 その後も、敵の魔力弾と肉体言語をとにかく避け、沿わせ、受け流す。

 捌き続ける度に、相手のいらつきが増していくが、先に限界が来たのは俺の身体だった。


「……っ」


 つるっと、自身の血で足が滑る。

 そこに魔力弾が直撃。


「グフ……ッ」

「しねやオラぁ!」


 偶然吹き飛ばされた先が魔王グラトーナの近くだった。


「ぐぅ……ぐらとーなァ」


 おおよそ、上手く話せているか分からないその声に、しかし彼女は気付いた。


「ぇ……じゅ、じゅうぼく」

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