第27話 魔力

◇魔的屋


 賢者達足止め組は、現在研究所の中でも特に武闘派な戦闘員と対峙していた。

 勇者、賢者、聖女、ガリアの4人に対して、相手は五人。

 そもそも数的不利である。


「あいつは俺がやる」


 しかも、ガリアがヤーランを名指ししたため、勇者と賢者がそれぞれ二人を受け持ち、全体のサポートを聖女が行う流れとなった。


「それじゃあ、気合いを入れなきゃね」


 勇者が全身に魔力を込める。

 研究所の追っ手全員に緊張が走った。


「チッ、これが噂の勇者候補……なんでここにいるんですかねェ」


 ヤーランが舌打ちする。

 最初に仕掛けたのは勇者だった。


「ハアアア!」


 相手からも二人、勇者に向かっていく。

 奥の二人が詠唱を始め、賢者と聖女も呼応した。


「ガァァ!」


 ガリアが吠え、ヤーランが不気味な笑みを浮かべながらガリアの前に立ち塞がる。


「ガリアァァア!」


 ガリアとヤーランが魔族同士の熾烈な争いを繰り広げる中。


「シッ!」


 敵二人からの角度を変えた攻撃を、右に左に避け反撃を試みる勇者。


「ハッ!」


 さっきまでの相手とは段違いに実力があった。


「勇育の訓練みたいだね」


 しかし、その顔に焦りはない。

 この二人、確かに実力はあるが、それは正面からの戦闘というより。


「暗殺向き、だよね」


 勇者の回し蹴りが、一人に突き刺さる。


「……ッ」


 もう一人に対して刃を振るう。

 相手は、防御に精一杯で反撃の隙が無い。


「これなら何とかなりそうだ……」


 一方、賢者は二人の魔術師に対して。


「『ジガルタ』」「『アローレイン』」


 左手で防御魔術、右手で攻撃魔術を行使し、余裕で相手をしていた。


「セイはユウのフォローに専念して」

「わ、分かりました」


 ガリアの方は分からないが、勇者は二人を相手している。

 万が一の可能性がある以上、セイにはそちらについて貰った方が良いだろう、との考えだ。


「すぐに終わらせる」


 賢者のつぶやきは、不穏な風に吹かれていった。



「てめえ、ここにきた以上分かってんだろうな」


 膠着状態に陥ったガリアがヤーランに言った。


「ええ、あなたたちはここで確実に始末します――偉大なる宰相のために」

「おいおい、戦力差を理解してんのか?数的有利だけじゃ縮まらない距離があるんだぜ?俺とお前の実力にはよぉ」

「ふふふ、あなたこそ。こちらが全力を出していると勘違いしているようですね?」

「てめえの体質のことか?だから俺が相手してるんだろうが」

「それは……どうでしょう」


 のらりくらりと、余裕の表情を崩さないヤーランに苛立つガリア。

 何か、目の前のこの裏切り者に策があるのだろうか。


「面倒くせェ。瞬殺してやる!」


 ガリアは一瞬でヤーランに近づき、刃を振るう。


「相変わらず単純な動きですねェ」


 身体の傾き一つで避けるヤーラン。

 お返しとばかりに蹴りをお見舞いする。


「グッ……『ファイボル』」


 紅蓮の炎が玉の形に収束しヤーランに飛んでいく。


「あなたがそれをするんですかッ?」


 しかし、ヤーランは両手を広げ一切の防御をせずに火の玉を直撃させた。


「知っているでしょう?私の体質を!どんな魔力も!魔術も!受け付けない魔術殺しのヤーラン!あなたの上位互……ガッ!?」

「目隠しじゃボケェ」


 突然視界が揺れたヤーラン。

 辛うじて、自身の側頭部にガリアの足がめり込んでいる事だけ分かった。


「な……にッ!」


 ヤーランは勢いに押され壁に激突する。


「これならすぐに終わらせられそうだなぁオイ」

「ぐ……っ」


 表情を歪めながら立ち上がる。


「この愚図野郎が……」

「紳士的な口調はいいのか?」

「ッ!……フフフ、フハハハッ」


 突然笑い出した。


「よろしい。では、あれを使うとしましょう」

「あれ?」


 その時だった。


「上級魔術――『ガリ・レガルテ』」


 いつの間にか詠唱を終えていた賢者が敵全体に向けて魔術を放つ。


「さ、流石魔王様……ですが」


 隕石が敵に向かって降り注ぐ直前、一斉に一箇所に集まった研究所の追っ手達。

 そして。


「何を……ッ!?」


 ガリアが見たのは、ヤーランが何かを呑み込んだ姿だ。

 その瞬間。

 隕石が直撃し、巨大な衝撃と大量の砂埃が辺り一帯を包み込んだ。


「やったのかい?」


 勇者とガリアが二人の元へ戻ってきた。


「久しぶりに打った」

「流石ですね……二人を相手しながら上級魔術を打ち込むなんて」

「しかも、幻影魔術を解かないままでね」


 聖女が驚異の目で賢者を見、勇者が肩をすくめる。


「それじゃあ……あの二人を追うとしよ……う」


 その時、勇者の目が見開かれる。


「マジか……ありえねえだろ」


 ガリアの一言の後、こちらを嘲るような声が響き渡る。


「ァハハハ!だから言ったでしょう?無駄なんですヨッ!このヤーランにッ!魔術などッ!」

「無傷……」


 当然、ヤーランの後ろにいた研究所の追っ手も誰一人欠けていない。


「なあガリア、彼の言っていることは本当なのかい?」

「いや、あいつは魔力抵抗が著しく高い種族なんだ。もう、絶滅しかけてはいるがな……だが、それでも上級魔術を食らってピンピンしてるほど現実離れはしてねえ、せめて中級レベルのはず、だが……」

「ピンピンしてるね」


 それに、不可解なことがもう一つ。

 ヤーランを筆頭に、全員の魔力が桁違いに上昇していた。


「一体何が起こっているのでしょう……」

「これは、不味いかもね」

「何か秘密があるはず…」

「……」


 ガリアは意味深に黙ると、やがて口を開いた。


「チッ、胸くそ悪ぃ」

「何か知っているんだね?」

「こいつが魔術を放つ直前、ヤーランが何かを呑み込んだ」


 本来、人間や魔族に魔力を底上げする方法などない。

 だとすれば、外部から摂取したのに他ならない。


「お嬢を連れ去ったのはそういう理由か」

「まさか……」

「ああ、お嬢の血液から作り出した飛躍だろうな――要は魔力の塊だ」


 ガリアがそう吐き捨てる。

 彼の言うことが正しければ、それを薬にしてヤーランが取り込んだのだろう。

 そして、それは研究所の追っ手も同じ。


「……研究所の最終兵器」


 研究所の恐ろしさが分かるものだ。


「内側、か……」


 勇者が何かを呟いたが、それを確認することは出来なかった。

 なぜなら。


「え」


 聖女のつぶやきの先、勇者が一瞬で消えたかと思えば。


「ガハッ!?」


 勢いよく吹き飛ばされたからだ。


 先程とは比べられないほどの強さ。

 それをすぐ実感することになった。


「グッ」


 追撃せんと、勇者と同等のスピードで接近した相手が勇者を浅く斬りつける。


「ヒール!」


 聖女がすぐ治し、加勢しようと魔術を展開するが。


「キャァァ」


 遠くから中級魔術が降り注ぐ。

 そのため、防御魔術に専念するしかなかった。


「おかしい……」


 そんな中、賢者は一人考え込む。


「あんなの、もとの世界になかった……」


 いや、そうではない。

 なかったのではなく、出てこなかっただけ。


「研究所はこれを隠してた……」


 何のために?


 疑問を持つも束の間。


「おいッ!賢者!さっさとフォローしやがれッ!」

「ハハハッ」

「ぐわっ」


 ガリアの怒号が耳に入る。


「そうだった」


 慌てて魔術を行使しようとしたその時。


「チサトさんッ!?」


 聖女が賢者に悲鳴にも似た声を上げる。

 ガリアを剥がし、賢者のすぐ後ろに近づいていたヤーランが爪を振り上げる。


「……!」


 賢者は勇者の方を見るが、先程まで相手できていた2人が今では1人で精一杯だったようだ。


「む……『テレポート』」

「なにッ!?」


 途中で魔術を書き換える神業で、聖女の傍までテレポートした賢者。

 思わずヤーランの動きが止まる。


「その魔術はセラフィム様だけの……まさかグラトーナ、貴様も……いや、お前は誰だ!」


 流石に、余裕がなかったのか賢者の顔がグラトーナから本人へと戻っていた。


「私はチサト……元賢者候補」

「まさか、魔王様に肩を並べる実力者いたとは……!」


 賢者が聖女に何かを耳打ちする。


「え?なぜそれを……いえ、は、はい。分かりました……」


 セラフィムを知っているヤーランにとって、テレポート持ちに無策で近づく無意味さはよく知っていたことだ。


 警戒しながら、じっと賢者を睨む。

 勇者、ガリアはそれぞれ一人の相手が精一杯。

 奥には、二人の魔術師がこちらの陣形を崩すべく詠唱を続ける。

 それを防ぐべく汗を流す聖女。

 対して、こちらは魔術の効かないヤーランとの一対一。

 それを打開するには。


「それなら、こっちは移動で相手を混乱させる」


 右手と左手で別々の魔術を描きながら、賢者は唱える。


「『テレポート』」


 こうして、第2ラウンドが始まった。

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