第三章:鬼の宴

領内では稲の刈り入れも終わり、以前にも増して冷たい風が吹くようになってきていた。

そんなある日のことであった。

銘信は、足りなくなった薪を取りに、山へ芝刈りに出かけていた。

居候の身とはいえ、舞を舞う以外はすることもなく、そうは言ってもなにかをしておらねば気持ちが悪いもので、銘信の性格から、進んで山へ入ったのであった。

既に木々の枝々からは青みが失せ、山全体はうっすらと赤みがかってきている。

なたを手に、銘信は方々の枝を切り落とし、それを背負う背負子へと束にして加えていく。

一本、また一本と、枝を拾っていた時、すぐそばで、明らかに小さな動物とは思われない動物の動く気配がした。

銘信は体をこわばらせた。

しばらく――。

「おお、銘信ではないか」

顔を見せたのは、馬上の力であった。

「力様……ここで何を……」

銘信は突然のことに目をぱちくりさせる。

「なに、熊鶴丸を引き連れて狩りにな」

見ると、力のすぐ後方に熊鶴丸がひかえている。

「それはそれは、よいことでございます」

銘信は赤らむ顔をおさえようと、気づかれぬようそっと力から視線を外す。

「おぬしは何をしておった」

馬上からの声は止まない。

「は、薪拾いをしておりましてございます」

「ほぅ、聞いたか熊鶴丸。薪拾いとよ。俺はしたことがない。銘信、ひとつ教えてはくれぬか。やってみようではないか」

思ってもみなかった会話の流れで、銘信は平伏しながらも冷や汗をかいた。

「めっそうもないことでございます。力様みずからが薪拾いなどと……」

銘信が言い終わらぬうちに、力は馬を降りて手綱を熊鶴丸へと渡していた。

熊鶴丸に視線をやると、こればっかりは誰にも止められないとばかりに苦笑いを返された。

そういうわけで、銘信は、不慣れな力になたを渡し、手ごろな枝を見つけては折ってゆくという作業を繰り返したのであった。

はじめのうちはたどたどしかった力であったが、生来飲み込みのはやいたちなのであろう、すぐにこつをつかんで自分一人で枝の束をこしらえるようになってしまった。

そんな三名は、力が一人ずんずん進むのに任せて、日が暮れるまで、山中を歩き回ったのであった。

そこへ、ぽつり――と、雨粒が額をついた。

「力様、雨でございます。どこか雨宿りのできるところを探しませぬと」

銘信と熊鶴丸、両名にせっつかれ、やっと無心に枝を折っていた力は身を起こした。

「おお、腰が大層痛いな、はは、これは難儀なことじゃ」

そう言いながら、力は銘信と熊鶴丸の二人に案内をさせて、そこらじゅうで一等大きな木のうろを見つけ雨宿りをすることにした。

雨は止むことを知らず、さあさあ、さあさあと暗闇の中を降りしきるのだった。

秋の雨は三人の体を芯から凍えさせた。

「うう…冷えるのう…」

三人は身を寄せ合い、体の熱を逃がさぬよう、互いに互いを抱いていた。

銘信の腕が力を抱き、力の腕が、銘信を抱いていた。

互いの吐息が触れ合う距離で、銘信は力を感じていた。

銘信が目の前の現実にめまいを起こしそうになっていた頃、ようやく雨があがってきた。

そうして、雨雲が抜ける空には、ぽっかりと、あと数日で満月ともなろう月が浮かび上がってきたのであった。

月明かりは、あたりで滴る水滴をきらきらと照らした。

そこへ、どこからともなく人の声が聞こえてきた。

「しっ。野盗かもしれませぬ。うかつに出て行ってはいけませぬ」

銘信と熊鶴丸は、二人して力をかばうように体を寄せた。

やがて月明りに照らされてその身を明らかにしたのは、なんと世に言われる鬼の行列であった。

三名はうろの中で目を見開き、一言も漏らさぬよう、急いで口に手をやった。

鬼たちは、三名が見ていることも知らずに、うろの前にある開けた場所に車座になると、腰に携えていたひょうたんに口をつけだした。

見ると、鬼たちは気持ちよく酔っ払い始めている。

ひょうたんの中身は酒なのであろう。

そのうちに鬼たちは手拍子をはじめ、歌を歌い始めた。

宴会が、始まったのである。

鬼たちの中には笛を吹く者もおり、ぴーひゃらぴーひゃらという音に合わせて、踊る者も出てきた。

こうなると、うろの中で縮こまっていた銘信などは、体が動かずにはいられない。

気づけば銘信は、鬼たちの笛の音に合わせて、いつの間にやらうろの中から飛び出て、鬼たちの目の前で踊りだしていた。

驚いたのは鬼たちである。

突如現れ見事な舞を披露してみせる人間の老爺の姿に、鬼たちは大いに盛り上がった。

「おい、誰だこの爺を呼んだのは」

「知らないが、まぁいいだろう。見事な舞じゃ」

鬼たちはそう口々に言うと、ぴーひゃらぴーひゃらと、飽きるまで銘信の舞を楽しんだのであった。

ひとしきり盛り上がった後に、ひとりの鬼が銘信に尋ねた。

既に祭囃子はおさまり、あたりには再びしんとした静寂が訪れている。

「おぬし、名は何という」

「め、銘信と申します」

銘信は今更ながら震えがきて、歯をがちがちと鳴らしながら鬼の問いに答えた。

「ふむ、銘信。今宵は楽しかった。満月の晩、再び来れたら来てほしい。そうだな、人質ではないが、おぬしの肩に乗っておる子供の霊を預かっていこう」

そう言うと鬼は、銘信の肩に手をやり、何かをつかむそぶりを見せた。

するとその途端、どこかから子供の泣き声がし、鬼がつかんだその手の中に、明らかに赤子と思える霊の姿が見えたのだった。

銘信は息を飲んだ。

鬼が銘信の肩から手をどけると、銘信の肩は急にすとんと軽くなるように感じられた。

あれだけ重くのしかかっていたものが――。

銘信には信じられない気持であった。

やがて鬼たちは銘信に礼を言うと、千鳥足で山の奥深くへと帰って行った。

辺りに何もいないのを確かめてから、木のうろから出てきた力は、開口一番こう言った。

「いや、面白いものを見た。銘信、おぬしには感謝せねばのう」

「いや、力様、よいものをご覧になりましたな」

傍にひかえる熊鶴丸までもが上機嫌である。

三人は、雨粒のきらきら光る夜道を、月明りを頼りに館まで帰った。

三名が見聞きしたことは、一日もたたぬうちに領内で噂となり、その噂は隣国の領主である明記の耳に届いた。

明記はこの噂を聞くや、「老人の舞など面白くもなかろうに。しかしその鬼たち、よい的ではないか。ようし、この俺が直々に狩ってやろう」と漏らしたのであった。


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