最終話 さよなら

最終話 さよなら




…、…、


リアンくん、ありがとう…


……、……、


キールさん…?


もう僕は助からない……


身体中が痛い……血も止まらない……


………


とても疲れた。もう眠ろう……


……







「……………ハッ!?」


ガバっと身を起こし、辺りを見回す。


深い眠りから目覚めたような気分だ。

まだ頭が少しボーっとする。


誰かの部屋のベッドの上に寝ていたようだ。


誰かのベッド…?いや、これは自分の部屋のベッドだ。

見覚えはないベッドだが、頭がそう認識している。


本当にそうなのか?

頭が混乱している?


自分の部屋にいるような感覚だが、初めて見る景色だ。

部屋の中の家具や小物も、初めて見るものばかりなのに、まるで私物のような懐かしさを感じる。


ここはどこだ?


だけど、僕はずっとここに住んでいる?…ような気がする。



これは…夢か…?


状況が飲み込めず、前後の記憶を呼び起こす。


僕はキールさんの墓の前で力尽きて……死んだ……はず?

でも、生きてる?いややっぱり夢か?


すると、リアンの部屋の扉が勢いよく開けられる。


「ちょっとどういうことだ?リアンくん。もうすぐ祭りの準備で集まるというのに、いつまで寝てるんだ!?」


そこには、ずっと会いたかった顔がそこにはあった。


「すみません、キールさん。昨日飲み過ぎたみたいです」


「やはりな、昨日教師連中と前夜祭なんぞやってるからだ。祭りは今日の夜だぞ?昨日はわたしみたいに早く帰ればよかったのに」


「すみません」


そんなことを話したいわけじゃない。

口から自動的に言葉が出てくる。なぜか自分の意思で喋ることができない。


聞きたいことはたくさんある。


ここはどこなのか?

今目の前にいるのは本物のキールなのか?

なぜここで生活した記憶が無いのに、ここが自分の家だと認識してしまっているのか?

なぜ心で思ったことがしゃべれないのか?

これは…夢なのか?


疑問ばかりが心の中に浮かぶが、どれも口に出してキールに伝えられない。勝手に口が会話をする。


「キールさん、この世界は夢なんですか?」


と、言ったつもりだったが、


「キールさん、この機械は綿飴を作るやつなんですよ」


と、傍らの綿飴製造機を指差していた。


そんなことを言いたかったんじゃない。

思った言葉が発っすることができない。


「ん?そんなことは知っている。一緒にこの家に運んだじゃないか」


「……ははっ、そう…でしたよね」


「ああ、ちなみにわたしは焼きそば担当になった。激辛のやつにしようと思うんだが、味見役がいなくてな」


腕組みをしながらじっとリアンの顔を見つめる。何を言いたいのか表情を見てすぐに察した。


「……いや…味見役……僕に白羽の矢が立つ気配がするんですが、遠慮しておきます」


「むっ?察しがいいな。まぁいい。本番は食べてもらうぞ」


キールは残念そうに肩を落とす。


「そんなことより早く来てくれ。みんな集まってる」


「はい」


「わたしは先に向かってるぞ」




みんなとは誰なのか?皆目検討がつかないが、支度を始める。

自分の部屋ではないが、何がどこにあるのか何となく把握しており、滞りなく身支度を終える。


扉を開けて外に出た時、まず感じたのは『とてつもなく暑い』ということだった。


サンカエルは積雪の時期だったはすだが、この場所は違う。


照り返すような日差し。街の遥か南側には大海原が見え、たくさんの船が沖合で漁をしてるのが見える。


街を歩く人々もみんな日に焼け、半袖半ズボン、今のサンカエルではあり得ない光景だ。

自分の認識してる季節と違う…?いや、そもそもサンカエルは海に面していない。

気象状況…そして、まわりの人々の顔立ちを見てひとつの真実にたどり着く。


ここはリトナミだ。


でもどうして?


「おーい、リアンじゃねーか」


遠くから呼ばれ、その方向を見ると、一人の青年が手を振りながらこちらに向かってくる。

青年は色黒く日に焼けており、南国のヤシの木がプリントされてる上着を羽織り、頭にはサングラスをかけている。


「やっとお目覚めか!みんな待ってるよ」


顔見知りのように話しかけてくるが、リアンにはこの男の顔も名前も思い当たるものがない。


しかし…


「やあ、トリム。昨日飲みすぎたよ〜。やっぱり1次会で止めとくべきだったね!」


「本当だよ!2次会に残った人達ってみんな酒強い人ばかりだからね。合わせてたら身がもたんよ。ムム先生なんかは、無限に酒を飲めるからさ、みんなからは“ブラックホール”なんて呼ばれてるんだぜ」


「へー」


ムム先生なんてのは当然知らない。どうやら僕は2次会で“ブラックホール”と飲んでいたらしい。

不思議と何となくそんな気がしてくる。


「そんなことよりさ、お前キール先生と仲いいだろ?確か一緒にリトナミに異動してきたんだよな?」


「そうだよ」


「じゃあさ、先生って彼氏とかいんのかな?なんか知ってる?」


「いやー、いないんじゃないかなぁ?多分あの人はそういうの興味が無い気がする」


このセリフだけは、リアンの意思のとおりに出た。


「やっぱそうだよな〜。そんな雰囲気もあるからさ、高嶺の花に見えるよ。諦めるかー」


どうやらトリムという男はキールのことが好きらしいようだっが、たった今諦めたようだ。


「うん、違う人探した方がいいかもね」


これも本心。

そして、トリムが諦めたというのを聞いて、どこかホッとしている自分がいた。


「そんなことよりリアン!確か屋台で綿飴やるんだろ?機材運ぶの手伝うよ!」


「ありがとう、トリム」


出会ってから今までのやりとりでトリムが良い人なことはよく分かった。

世話焼きで、明るくて、ちょっと空気が読めない感じがオルスロンにちょっと似てると思った。


トリムに手伝ってもらって機材を運び終える。

その夜───


盛大な花火とともに祭りが開始された。


リトナミで毎年行われてる祭りで、小さな国のため、ほとんどの国民が参加している。

屋台の数だけでも100は超える出店がされている。そんな中、リアンの出店は祭りの中心部から一番遠いところに構えていた。

とはいえ、まばらながらお客さんが入っていた。


「ありがとうございました!」


リアンの店で綿飴を買ってくれた5歳くらいの少女を連れた若い夫婦に接客をするリアン。


「ふぅ、意外と忙しいな」


一息ついていると、また新しいお客さんの気配がしたため、顔を上げる。


「いらっしゃいませ!」


「こんばんは!こんなところにいたんですね!探しましたよー」


そこには、若く可愛らしい女性が立っていた。髪がいくらかカールを巻いており、ほのかに香水のいい香りを漂わせる。


「ああ、どうもです」


どうもですと言い、頭を下げる。どうやらリアンの知り合いらしいが、当然リアンの方は例のごとく、相手の名前も顔も分からない。


「あれっ?わたしのこと忘れちゃいました?」


リアンがぼんやりした顔をしていたためか、妙な質問されてしまう。


「いやいや、もちろん知ってますよ!」

いやいや、もちろん知りませんよ。どなたです…?


リアンの思考とは裏腹に、淀みなくリアンの口から言葉が出てくる。

「メーユ先生じゃないですか!綿飴ひとついかがですか?」

メーユ先生というのか。こんな可愛いい子も僕の知り合いなんだな。


「ありがとうございます!おいしそう!えっと…おいくらですか?」


「いやいや、メーユ先生からはお代はいただけませんよ!もちろん無料で!どぞっ!」


ニコニコしながらすっと綿飴を手渡す。


「ありがとうございます!やっぱり優しいですね、リアン先生」


「いやはは」


今初めて会った子だが、会話が楽しい。

段々ここでの生活も悪くないと思えてきた。


「メーユ先生も何かお店やってるんですか?」


「はい!わたしもメリー先生とクラマ先生と屋台をやってます。リンゴ飴です」


「そっちもおいしそうですね。こっちが終わったらそちらにも顔出しますね!」


「はい……というか、リアン先生の方が終わったら、わたしと一緒に他の屋台をまわりませんか?この国に来てから、お祭り始めてですよね?色々と案内しますよ!」


「本当ですか?それなら…お願いしてもいいですか?」


「はい!じゃあ、終わったら『伝達魔法』で教えてくださいね!」


「オーケーです!」


親指をぐっと立てるリアン。

手を振りながら、メーユは人混みの中に消えて行った。


「さて、もうひと仕事だ」








「随分と楽しそうじゃないか?リアンくん」


新たな綿飴を作ろうとしたときに、背後から声が聞こえた。


パッと顔を後ろに向けると、そこにはキールが立っていた。


「キ、キールさん!いつからそこに!?」


「メーユ先生が来たあたりからだな」


今のやりとりは全て見られていたのか…

恥ずかし過ぎる…


「終わったら、メーユ先生と屋台をまわるんだな」


「いや…まわらないですよ!二人きりだとあれなんで、トリム先生とかも誘おうと思ってました!」


「そうなのかい?」


クックックッとからかうようにキールが笑う。


「キールさん、この世界って何か変じゃないですか?自分の意思と全く違う言葉を話してしまいます。僕の知らない情報を僕自身が話しているんです。これはまるで…」




「この世界は夢だよ」


「えっ?」


「おっと、今はわたしも自由に話せるみたいだな。君と全く同じことを感じていたよ」


「本当ですね。僕も今は自由に話せています。一体なぜ…?」


「恐らくだけど、この世界はもうすぐ終わるんだろうね」


「世界が終わる?」


「ああ、多分これはわたしか君の夢だと思う。


だってわたし達は確かにあの時死んだのだから」


「あっ…」



「そ、そうですよね。僕も死んだと思ったらこの世界にいました」


「わたしもだよ。ちなみに、わたしも今日が初日だ。寝ている君を起こしに行った時も、実は内心ひどく混乱してたよ」


「そうだったんですね」


段々と真実が明らかになってきた。なぜこのような状況になっているかは全く分からないが、これは魔法などではなく、もっと高次元の何かが最後にキールとリアンを引き合わせたのではないかと思った。


「まぁ、何にせよ最後の最後に君と話せてよかった。久しぶりに笑った気がするよ」


「ええ、僕もキールさんと最後に話せてよかったです。あの時は突然の別れでしたから」


そうだね、と続けた後、キールがまわりの異変に気がつく。


「そろそろこの世界も終わりが近いみたいだ。夢はいつかは覚めるからね」


「まわりの音が何も聞こえなくなってきている。こんなに人がいるのに…!花火もあがってるのに…!僕達の会話以外何も聞こえない」


まわりでは無音で人々が楽しげにしゃべったり、踊ったりしているのに、2人だけが取り残されたように、静かな空間となる。


そして、段々辺りが暗くなってきた。夜ではあるが、祭りの明かりで明るいはずなのに、暗くなっていく。



段々と暗くなっていき、一筋の光さえ見えなくなる。


そして、キールと2人だけの空間となった。


「何者かの計らいか分からないが、最後に君と話すチャンスをもらえたらしいな。だが、君に伝えたいことはほとんど伝えた気がするしな………、ありがとうはもう言ったし……うーむ」


「僕はあります。別れる時に、最後に言うあの言葉を伝えたいです」


「最後の言葉か。……と言うとあれだな」


「はい!」






「さよなら、またどこかで」


「さようなら、また来世であったらよろしくね」


「次こそは戦争の無いとこに生まれましょう!」


「ふふ、そうだね。また君とは学校の先生でも一緒にやりたいものだ」


「最高ですね」






その時点で完全な暗闇となり、お互いの顔ももう見えない。







「ではまた」


「うん」






反則魔女の逃亡記 完 





後書き

これで「反則魔女の逃亡記」を完結といたします。

もし、最後まで読んでいただいた方がいましたら、長い間お付き合いいただきありがとうございました。

拙い文章でお見苦しい部分もあったかと存じますが、温かい眼差しで見ていただけると幸いです。


それではまた。


                   むらさき

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