第45話 あれから

第四十五話 あれから



翌日朝、軍の人間によってリアンの遺体は発見される。

リアンはキールの墓石に寄り添いながら、深い眠りについていた。





そして数年の時は流れ─────


アルベーラ王の死により、新たな王が就任した。


その人物は、アルベーラ国王の血筋のものではなく、別の系譜の人間だった。


数年前に行われた魔人狩りに反対していた人物で、優しい人柄を民から推され、新たな王となった。


これがきっかけで軍も縮小し、他国に攻め入ることはなくなり、自国の防衛が主な業務となった。


軍の内部も、今回の一件で大幅に改編された。多くの国将と次将の席が空いたことから、実力のある者が上の役職に押し上げられた。


国将達を取りまとめるのは、ノリエガに代わりボロスが務めることとなった。


ノリエガに次ぐ古株であること、そして戦場全体を見る軍略眼を見込まれ、国民たちからの支持もあり、軍のトップの座に就いた。


空席となったネイシャルアーツ、ノリエガ、そして、アントーンの位置には、ボロス軍次将のミスズとレッド、アントーン軍次将のルーサーが就任した。


また、以前より空席となっていたキールの位置については、ユルクトが国将としてその座に就いた。

ユルクトは元キール軍の次将であり、当時キール軍次将のシュバルト、ハイゼンとともに戦っていたが、キール脱退後からは、次将の役職を自ら降り、国兵(一般兵のこと)として軍に貢献した。

多くを語らない男のため、なぜそんなことをしたのかは不明だが、ボロスの推薦により、再び軍の長となった。


そして、元国将のアントーンは今回の一件がきっかけで、国将の座を降りた。

ボロスやルーサーからの後押しもあり、国将として復帰の話が出ていたが、自らそれを辞退し、今ではミアーネ魔法学校の教師をしている。軍に戻る気はないらしい。


そして、魔人オルスロンは、当時と変わりなく、大工としてサンカエルの国に貢献ししている。

一時、ボロスから軍の誘いがあったが、「もう戦いはこりごりだ」と、その誘いを断った。今では部下も増え、町の人々に親しまれながら、平和に暮らしている。



〜サンカエル ミアーネの町〜


あれから、色々と変わったが、何事も無かったかのように世の中は動き出した。


「俺達魔人にも住みやすい世界になったな」


ミアーネの町を歩きながら、オルスロンは呟いた。

目的地に向かいながら街並みを眺める。


「あそこのタバコ屋の角を曲がると、店があるのかな?花屋に寄ってたら遅れちまったぜ」


待ち合わせをしているようで、時間に遅れて焦っている様子。

足早に歩を進める。その足取りは軽く、雑踏の間を軽やかにすり抜けていく。


ふと、赤く古びた店の前で足を止めた。

ポケットからくしゃくしゃのメモを取り出し、まじまじと見つめる。

そこには待ち合わせ場所の情報が記されているようだった。


「ここか!」


そこは飲み屋だった。

すでに先客がいるようで、中から楽しげな会話が聞こえる。


入り口の引き戸の取っ手に手をかけ、勢いよく開ける。


店内は狭いが、まばらに席が空いており、あまり繁盛していない様子だった。

まばらに配置されたテーブルの隙間を、店員らしき女性が足早に移動している。


すると、入り口付近に佇むオルスロンに気づいた様子だった。


「お客さま何名様でしょうか?」


「連れが先に来てるんだけど、、、」


と、言葉を最後まで言い切らないうちに、奥のテーブルからオルスロンを呼ぶ声がした。


「オルスロンこっちだ!」


「遅かったんじゃねぇかい?クソでもしてたか?」


そこには、オルスロンと共に戦った同志、アントーンとボロスが座っていた。

アントーンは以前のような、洒落っ気のないボサボサ頭は止めて、ピシッと整髪料でまとめ、眼鏡をかけていた。

ボロスは変わらず、赤いドレッドヘアを振りながら、ゲラゲラ笑っている。


「わりい、ちと遅れた。花屋に寄ってたんだ」


「花屋?そうかお前もいよいよできたんだな。エロ魔人」


「いや、違ーよ!勝手に話を作るんじゃねぇ!これはこの後リアンとキールのところに持って行くんだよ!」


ボロスの冗談を全力で否定する。


「そうか、それで2つ束があるんだな」


「ああ、あいつらが喧嘩しねーよーに2つ買ったんだ」


「いいんじゃないか、キールは花が似合うからな」


「アントーン、お前やっぱキールに惚れてたんだろ?」


「ん…あっいや…違う」


「めちゃめちゃ動揺してるじゃねーか!」


「黙れ、オルスロン」


アントーンはこれ以上ないくらい顔を赤くした。


あの一件から、ボロス、アントーン、オルスロンの3人で集まることが増え、今でも飲み仲間として交流が続いている。


オルスロンはふと窓の外を見る。




ここにあいつらがいればな…




そんなことを考えていると、今でも少し胸が苦しくなる。


一瞬暗い顔になったところをたまたまアントーンに見られていた。


「どうした?オルスロン」


「ん?……いや、なんでもねえ!」


「そうか?」


「ああ、俺ちょっくら先に墓参りに行ってくるわ!まだ少し明るいうちに行っときたいからさ!」


「お、おお。気を付けてな」


「すぐ戻ってくるぜ!」


そう言ってすぐに、花束を掴んで足早に店を後にした。

色々なことを思い出し、少しだけ目に涙が浮かぶ。


リアンと共に、最後に歩いた道を進んでいく。


墓の前まで来ると、先客がいることに気がついた。


墓参りに来る人を度々見かけてはいたが、今キールの墓の前にいる人物は見たことがなかった。

この町の住人ではないのかもしれない。

その人物は青い瞳に白銀の髪を持つ女性だった。歳はオルスロンより若く、20代半ばほどに見える。


「あら、あなたもお墓参りですか?」


近づくオルスロンに気がついたようだ。


「どうも…まぁそんなとこかな」


オルスロンはそのまま墓石の前まで近づいた。

今は二つ墓石が並んでおり、キールと──リアンの墓も隣に作られていた。

リアンが亡くなった後、ボロスやアントーンの意向でリアンの墓はこの場所に作られた。


オルスロンは持って来た花を、まずはリアンの墓にお供えした。



「リアン久しぶり。なかなか来れなくて悪かったな」


「お知り合いなんですか?」


オルスロンの様子を見ていた少女が、背後から尋ねてきた。


「まあな、俺の親友だった男だ。数年前に世界を救ったときに死んでしまったんだけどな」


「世界を救った……10年くらい前のあの『伝達魔法』の方なんですか?」


「おう!知ってるのか?」


「わたしもサンカエルにいたので聞こえてました。あれから色々と新聞なんかを読んで、その時の状況を知りました。この人がキールお姉ちゃんの仇を取ってくれたんですよね?」


「うん………そんなところかな。……………キールお姉ちゃん?」


「はい、わたしもキール…さんとはちょっとした知り合いで…」


昔のことを思い出し、少女の顔が少し曇る。


「本当に短い時間でしたけど、そばにいてくれて、………命を救っていただいたことがあります」


「命を?」


「はい」


「そうか…………………あいつは人付き合い悪そうで、実はいろんなやつを助けてんだよな」


「はい?」


「あっ…いやいや!何でもない!」


「?」


オルスロンが独り言を呟く様子を少女は不思議そうに見つめていた。


「昔、俺もキールに命を救われたことがあるからさ。色んな人を助けてるんだなって思ってさ」


「そうなんですね。優しい方ですもんね」


しんみりとした空気となり、オルスロンは話題を変えようとする。


「あんた、ここらじゃ見ない顔だけど、ミアーネの外から来たのか?」


「そうなんです。最近、こちらに引越してきました。ミアーネの病院で看護の仕事をしています」


「へー、ナースさんなんだな。お姉さんも優しそうな雰囲気だもんな」


「いえいえ………引越してきたばかりで、土地勘も無いため、この場所にたどり着くのにも時間がかかりました」


「ごちゃごちゃした街だからな」


笑いながら、頭の後ろに手を組んだところで、ある提案が浮かんだ。


「もしよかったら、この後ご飯でも行かないか?知り合いとご飯行く約束してるんだけど、一緒にどうだ?街の案内がてらにさ。そいつらもキールの知り合いなんだ!」


「引越してきたばかりで金も無いと思うから、飯代も奢るぜ!」


オルスロンなりの気遣いなのか、付け加えるように言った。


「奢り……は大丈夫です」


「そうか」


「でも、キールさんの話をもっと聞きたいです!ご一緒してもいいですか?」


「おう、全然オッケー!」


「ありがとうございます!」


「それじゃ、さっそく行くか!」


「はい!……あっそう言えば名前…」


「あーまだ名乗ってなかったな、俺はオルスロンってーんだ。こう見えて人間じゃなくて魔人なんだ」


「やっぱりそうなんですね!初めて見ました!角…カッコいいですね」


まじまじと見つめられて、照れくさくなる。


「あんま見ないで。ちょっと恥ずかしいから」


魔人的には角の凝視はNGらしい。


「で、あんたの名前は?」


「わたしはシルネと言います」


「シルネか!いい名前じゃん!よろしくな、シルネ!」


「はい!よろしくお願いします。オルスロンさん」


自己紹介を終えた2人は、アントーンとボロスのいる酒場へ向かい歩き出した。

ミアーネの街にたどり着き、二人の姿は雑踏の中に消えていく。


これより数百年の間、サンカエル国は平和な国として続いていく。


しかし、この平和の裏で、サンカエルのために戦った者達がいたことは、数名の人間しか知らない。


ある魔女と国を救った英雄の話。


この話は、人から人へひっそりと受け継がれ、数百年たった時代でも誰かが語り継いでいた。









シルネとオルスロンが出会っておよそ300年後、サンカエルから遠く離れたリトナミという小さな国があった。


その小さな国のある学校で、今まさに授業が行われていた。




「みなさーん!話を聞いてください!」


そのクラスは10歳前後の子ども達を受け持つクラスで、元気なちびっ子達が先生そっちのけで騒いでいた。


「はーい!授業を始めますよ。今日は世界史の授業です。教科書出してね」


「えー!先生!つまんないよ!」


「違う授業やろうよー!」


ざわつくクラスの声を無視して先生は続ける。


「はいっ!聞いてくださーい!今日はサンカエル国の歴史について授業します」



「はーい」


「サンカエルってどこ?」


「知らなーい」


「聞いたことあるかも!」


子ども達は口々に感想を言う。リトナミの国ではサンカエルは遠い国でそこまでの知名度は無いらしい。


子ども達の感想について、お構いなしに先生は続ける


「昔、サンカエルで大規模な反乱がありました。軍人さんの一人が国を乗っ取ろうとしたのね。そこで、一人の男が国を守るために立ち上がったの。その人の名前が…」





「知ってる!リアンっていう人でしょ!?」


「英雄の人だよね!」


「すごく強いんだよね!?」


「優しくてかっこいいって前に聞いたよ」


「リアンの大声って全世界に聞こえるらしいぜ!」


教室の子ども達がまた騒ぎ出す。

サンカエル国のことは知らない様子の子ども達だったが、リアンの名前は他国の小さな子ども達でさえ知っていた。


「そうですね」


生徒達が話に興味を示してくれた様子で、ひとまず安心する。

先生は話を続けた。


「そしてもう一人、リアンには仲間がいました。それが……」




「キール」


教室の隅にいた子が、ポツリと呟く。

大人しそうな表情の少女がじっと先生を見つめる。


「そう!ユキちゃん正解!よく知ってたね!」



「ユキちゃんすごい!」


「リアンしか知らなかった!」


子ども達が賞賛の目でユキと呼ばれた少女を見る。

少女は年の割には落ち着いた様子で、クラスのみんなから慕われている子であった。

少女の見た目には、少しみんなと違うところがある。

髪の毛でよく見えないが、小さな角のようなものが見え隠れする。どうやら魔人の子どもらしい。


「お父さんとお母さんから聞いた」


「そうなのね。ご両親も物知りなのね!」


先生が感心する中、一人の生徒が問いかける。


「キールってどんな人?」


「キールはサンカエル出身の魔女で、元々軍人さんでした。彼女は他の軍人さんよりもはるかに強い魔女で、誰も勝てなかったの。その彼女の圧倒的な強さと、彼女のどんな魔法でも使えるという伝説から……彼女はこう呼ばれていたの……」


目の端でユキのことをチラリと見る。

考え込んでいる様子で、キールの異名までは知らないらしい。

他の子ども達も当然知らない。

これは、ごく一部の人達の間で伝わっている話。


いつしか教室は静まり返り、みな先生の話に耳を傾けていた。

先生は静かに正解を告げる。





「彼女はこう呼ばれていたの…」




「反則の魔女 キール」










続く


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