第23話 もうすぐベータテスト終了なんですけど
甲斐源氏に盾無しの鎧があるように、白井長尾家中興の祖である景仲が愛用した具足は、末代まで受け継がれるべきものであった。
「五郎、苦労して羽継原を戦い抜いたのにこのざまだ」
景春は父景信がいなくなると、座をはずしていた五郎に力なく語った。
「義兄上、何があったのですか? 」
「五郎が言ってくれたように、おれは大将失格だと叱責された」
「次からは過ちを犯さぬよう努めましょう。それしかないです」
「そればかりじゃなくて具足を失ってしまったことも、強くお怒りなのだ」
「でしょうね。でも安心してください、実はすでにおタマが探しまわっております。事情をよく知っているので、すぐに見つかるでしょう」
「なるほど、じゃあ吉報を待つしかないってわけだな」
「そうですね、待ちましょう」
◇◇◇
翌朝景春は今まで経験してきた内容を振り返っていた。
「おいアナキン、クエストの状況ってどうなってるんだ? 」
『ぴんぴろりーん』
『専用に生成されたサブクエストは順調にクリアしていますね』
「じゃあ、メインはどうなってる? 」
『はい、景春となれってのが未クリアです』
「なんでだよ、お館(管領房顕)様から四郎右衛門尉景春の名乗りを許されたじゃあないか、これでクリアじゃね? 」
『確かにそうですね、だけど、今ひとつ足りないようです』
「なんだよそれ、うん? もしかして欠けた具足か? 」
『お調べしますね』
「おいおい、前みたいにゲームを落とすなよ」
『大丈夫ですよ、そのへんパッチを当てましたから』
「当てましたって……」
『私AIアシスタントのアナちゃんが、春ちゃん用のゲームプログラムにパッチを
当てたってことですよ。あ! サーバもだった』
「あぶね~な」
『お答えします、どうやら羽継原で春ちゃん自身が最後切り込んだせいで、クエストが分岐したみたいですよ』
「なんとなく分かって来たぞ、欠けた具足を探して親父に見せればクリアだな、そうだろ? 」
『ネタバレになりますのでお答えできません。ですが、良い方向へと向かうでしょう』
「何だよいいじぇねえかよ、そんくらい」
『ぷっつん・・・・』
「消えやがった」
アナちゃんの登場により、止まっていた時間が動きだした。
「義兄上、さっきからぼ~っとしてますが、どうされました? 」
「あ、いや、ちょっとな考え事してたんだ」
「そうですか、実は兄上、さきほどおタマ様から伝言がありまして【きっぽうをまて】ですって」
そんな話をしていると、バタバタとけたたましい足音がやって来た。早すぎる。
「はあっ、はあっ、見つかったにゃ―――」
ドスンと置かれた包みが開けられると、欠けた所を戻され、傷ついたところは繕われた具足が現れた。失われた景春の具足であった。
「おタマ助かるよ、よくやってくれた」
「春ちゃん、アタイに何でもお任せにゃ」
「義兄上、さっそく左衛門尉様(景信)にお見せしましょう」
「わかった」
◇◇◇
景春が急ぎ父のもとへ足を運ぶと、八木原が待っていた。
「八木ちゃん親父殿は? 」
「お出かけになりました」
「出かけたって、どこへ……」
「―――若様、伝言があります」
「伝言とは? 」
「もし、もし若様が鎧を見せに来られたら、双輪寺へ届けよと承っております」
「そうか、わかった。では双輪寺へ向かう事にするが八木ちゃんはついて来てくれるか? 」
「申し訳ありません、兄為業が療養中ゆえ五十子に残れと申し渡されております」
「そうか、それじゃしかたないな」
「でも、ご安心ください、六郎をお付けいたします」
「ありがたい」
景春は五郎の所へ戻ると、状況を説明した。
「それじゃあ、さっそく仕度したら出かけましょう」
「出かけるにゃあ」
景春たちは数騎の護衛と鎧を荷駄に付けて、五十子をでた。
「お~いまってくれ~、おれを置いてくな~!」
「六郎、お前ホントにのろまだにゃあ~」
「うっせえ! おタマには言われたくねえわ」
六郎を加えた景春たち一行は、上武国境の烏川を渡河して一路厩橋を目指した。
◇◇◇
厩橋城へ着くころには日もだいぶ傾いていたが、虎口にはかがり火がたかれていた。そこには為業の妻、節が出迎えてくれていた。早馬で景春の動向を知れされていたからであった。
「若様お疲れでしょう、どうぞこちらへ」
「これは奥方様、ありがとう」
侍女は用意してくれた湯桶で景春の足を洗い、丁寧に布でふき取ってくれた。これが一軍の大将を迎える姿なのかもしれないと景春は思った。そして、まだまだ至らない自身にその優しさがしみいるのであった。そして景春は座敷へ案内された。
「若様、明日には殿、為業が戻りますので、ゆっくりなさいませ」
「わかった、ありがとう」
そう言って奥方が下がると、鎧櫃を抱えたおタマが入って来た。
「おいおタマ、それは俺が運ぶって言っただろう。男の俺の役目だし」
「なに言うかにゃ、おタマのが六郎よりずっと強い、お前には任せられないにゃ」
「そうかよ、ったく、やってらんねえぜ」
「はっはっは、六郎、かた無しだな、だがおタマにかなうやつは、そうそう居ないから、安心しろ」
「若様、勘弁してくだせえ」
「義兄上のいう通りです」
「五郎、お前も言うか」
景春のいわば側近どもがそろったところで、今日もまた厩橋の夜は更けていった。
◇◇◇
翌朝になると伊香保温泉から戻った為業は、景春の所へやって来た。
「若、五十子にて四郎右衛門尉
「まあな、為業ちゃんも元気になったみたいで、よかったな。だけど俺は……」
為業は景春の浮かない様子を察した。
「軍勢を率いる者は始めからりっぱな大将ではありませんぞ、過ちを犯しては学び、だんだんと学んでなるのです」
「そういうものなのか、よく分かんないや」
「若、いずれ分かる時が来るでしょう」
為業を加えた景春一行は、白井の双輪寺を目指した。
この物語の始まりは、そもそも為業に連れられてこの寺にやって来た時から始まった。門前に付くと小僧に案内され部屋で待つように言われた。
「しばらくここでお待ちください、じきにお迎えに参ります」
そう言うと小僧は部屋を出ていった。
「義兄上、ここまでやってまいりましたが、どのような要件なのでしょうね」
「何でしょうね、ここで五十子へ行けって言われて、また戻ってきた訳だけど……」
「戻ってきたにゃ、きっとご褒美がもらえるにゃ」
「俺にはそんな風には思えないんだがな」
状況を悟る為業は、景春の様子に労りとも哀れみともつかない言葉をかけた。
「どうなるか、いずれ分かる」
事の結末をまるで知っているかのようで、その言葉に場は静まり返った。鬼が出るか蛇が出るか、そのような空気に包まれていったのであった。
「お待たせしました。景春様と為業殿は私について来て下さい」
住職はそう言うと鎧櫃を小僧に持たせた。
「おタマも付いて行っていいかにゃ?」
「他の方々は、ここでお待ちいただくよう、申し付かっております」
「おいおタマ、言いつけは守らないとダメなんだぞ」
おタマは六郎の言葉に、この時ばかりは耳をしゆんとさせた。
「わかったにゃ」
案内されて部屋の前へやって来ると、住職が膝を折り声をかけた。
「景春様を、お連れいたしました」
「ご住職、いつも世話になるな、通してくれ」
部屋に入ると座るよう促され、あとから鎧櫃が運び込まれた。
「そう畏まるな、おもてを上げよ」
父とは言え、山内上杉家の家宰であるが故、いや先日の叱責があったからだろうか、景春は自然と頭を下げたままでいたのだった。
「よく務めを果たしてくれたな、春香」
「えっ! 景春じゃ……」
「孫四郎、これへ」
そう呼ばれると、奥から人影が現れた。
「父上、お呼びでしょうか」
『ぱんぱかぱ~ん、ぱぱぱ、ぱんぱかぱ~ん』
辺りには花弁が舞い、きらめきと共いファンファーレが鳴り響いた。するとアナちゃんが現れ、エフェクトで白飛びしていた画面が色を取り戻すと、そこはテストセンターの自室だった。
『春ちゃん、おめでとう。メインクエストクリアですね』
「なんだよ、こんなんで終わりなんか。納得できねえぞ、このクソゲーが! 」
『春ちゃんは、ちゃんとお勤めを果たしたんですよ。双子の弟に成り代わって、四郎右衛門尉の名乗りを許されて、認められたんですから、クリアです』
◇◇◇
そのころ、ラウンドエックスのコントロールルームでは。
「川元、一時は心配したが、どうやら上手くいったようだな」
「はい、推田さんこの新型AIアシスタントシステム、中々上出来ですよね」
「そうだな、男子キャラで始まるシナリオを、予想外にも女子キャラでインされたが、AIがつじつまを合わせるために、見事シナリオをリジェネレートしてくれた」
「この、ユーザーに合わせて柔軟に対応する生成システムが、プレイヤーへ無限の可能性と冒険を与えてくれます」
「川元、この新型AIはゲーム本体とは別なプロジェクトとして立ち上げよう」
「推田さん、僕に任せてください」
「つうことでGomiコースの方々には、続けてテストしてもらおう」
「そうですね、で、機材はどうしますか、自宅でそろえるのには、かなり費用がかさみますよ? 」
「そうだな‥‥。 希望者には開発費用からねん出して、無料で提供させてもらおう」
「太っ腹ですね、まあ、機材を設置するのに、更に費用が掛かりますから、まるっきりただじゃあないけど、ゲーマーなら何とかするでしょ」
「ふふふ。まあな……」
◇◇◇
場面は春香の所へ戻ります。
「アナキンそれで、これからどうするんだよ」
『はい、ベータテストは終了ですので、今日は別ゲーでも楽しんでください。明日の帰りの足も事前に確保してくださいね』
「わかった、気晴らしに例のやつで遊ぶわ」
『了解しました、ルミンサへご案内いたしますう』
会話だけで色々なゲーム、色々な世界へ案内してくれるアナちゃん、こんなシステムが無事開発されたなら、誰もがオンリーユーの世界でオンリーワンの冒険が出来るようになるのであろう。そしていつものルミンサ競売前。
「おいーい、ヒヨ! インしてるか~? 」
「ちょっ、まって、マッチング中」
「何だそうかよ、ところで俺の話をきいてくれ。俺は頑張って負け戦をうまい事やり退けたのに……」
「だから、マッチ…… おっと」
「それでさ―――、ぐちぐち―――、でよ……」
しばらくすると、フレのヒヨが鋭い目つきで春樹(春香)の前へ現れた。
「マッチング中だっていったろが、PT全滅して放り出されちまったじゃねえかよ、どうしてくれんだ」
「そんなことより聞いてくれ」
「何がそんな事よりだよ、○ちゃんねるか、ったく、しょうがねえ言ってみろ! 」
「この戦国ゲーム最高かよ! と思ったのに勘違いだったんだよ。クソゲー以下」
「なんだ、結構楽しんだみたいじゃないか、そんなに自慢すんなよ。秘密の新開発ゲームなんだろ、つうかお前、シャウトしてんぞ……」
「え! ……」
第一部 完
この戦国ゲーム最高かよ! と思ったのは勘違いだった件 夏目 吉春 @44haru72me
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