第33話 人魚との邂逅

「はあ? 人魚がお前の従魔かもしれないって? ……テイマーならちゃんと躾とけよ、そんなんでよく聖女だなんて名乗れるな」


「あなたね、もう少し言い方ってものがあるでしょ。マナミにも事情が……」


「ミレイさん、この人の言う通りですから……」


 熊の獣人……ベベルさんと一緒に海に出た私は、一通りの事情を彼にも説明したんだけど、手厳しい一言が返ってきた。


 聖女は私が名乗ってるわけじゃないとか、言いたいことが全くないわけじゃないんだけど、私が悪いのは事実だし。


「ふん。でもまあ、本当に人魚がSランクの化け物ならどうひっくり返っても俺じゃ勝てない相手だ。本当に犠牲が出ちまう前に、しっかり名誉挽回しやがれ」


「はい! 任せてください!」


 私の家族が迷惑をかけてるなら、連れ戻して叱るのも私の役目だ。


 絶対にやり遂げないと。


「ならいい。それで、人魚がいる場所はどこだって?」


「ここです、まずはここに向かってください!」


 ワールドマップを指し示し、目的地を伝える。


 それを見て、ベベルさんは目を丸くした。


「なんだその地図、すげえもの持ってんな……どうやって手に入れたんだよ」


「まあ、私のその……大事なものです」


 上手く説明出来なくて、そう伝える。

 そんな私の答えに、ベベルさんは「そうかよ」とぶっきらぼうに言って前を見た。


 今回の船は、前の輸送船と違って小さなヨットみたいな船だ。


 ただ、風を受けているというより、帆の部分から魔法で風を発して移動してるって感じ。


 だからなのか……この船、すごく揺れる。


「うぷ、う、うぅ……」


「マナミ、大丈夫……?」


「う、うん、何とか……」


 船酔いでフラフラになっている私に、ネルちゃんが声をかけてくれる。


 痩せ我慢して親指を立てて見せるも、すぐに吐き気に襲われて船の縁に崩れ落ちた。


「お前、さっき任せろって言ってたけどよ、そんなんで本当にやれるのか……?」


「や、やれます、やれますから……!! うぷ」


「ほらマナミ、ポーション飲んで」


「はぁい……」


 ミレイさんに膝枕をして貰いながら、ポーションを飲む。


 今回は効果が出るまでゆっくり待っている余裕はないから、ハイポーションで一気に治していく。


 ……いやうん、ポーションって本来傷を治すものだから、いくらハイポーションでも酔い止めとしてはあまり効果はないんだけど。他にないから仕方ない。


「やれやれ、先が思いやられるな……」


 そんな私達を、ベベルさんは呆れ顔で見つめていた。




「……ここもハズレか?」


「うーん、そうかもしれないです」


 なんとかハイポーションが効いて酔いが収まってきたはいいけど、肝心の“人魚”の姿は一向に見えなかった。


 情報が確かなら、この辺にいるはずなんだけど……。


「とりあえず、最後のポイントまでお願いします」


「分かったよ」


 ベベルさんがそう言って、船を操作しようとする。


 その瞬間、私の耳に声が聞こえた。


『ミツケタ』


「へ……? わわっ!?」


 私の体が引っ張られるように、海中に引きずり込まれる。


 船の上でミレイさんが手を伸ばしているのが辛うじて見えたけど、とても届きそうになかった。


 もしかして、人魚!? だとしたら……と思って、私を引きずり込もうとしている“それ”に目を向ける。


 けれどそこにいたのは、私の想像とは違った。


 人と魚を合体させた、正しく人魚ようなモンスターの一体……セイレーンだ。


『ミツケタ』


「んんっ……!!」


 モンスターが人を襲いながらも殺す意思はなくて、更に喋れるほどの上位存在なら、もしかしたら私の従魔なんじゃ……って思ったんだけど、私はセイレーンなんてテイムしていない。


 けど、それならそれで疑問がある。

 なんでこの子は、私を指して見つけたって……?


『ツヨイニンゲン、ボスノトコロツレテク』


「っ……!?」


 ボス? よく分からないけど、セイレーンはこのまま海底に引きずり込むつもりらしい。


 セイレーンはレベル40相当……そんなに強くないとはいえ、この水中でまともに戦える従魔は今……ええい、仕方ない!


(《強制召喚》……来て、ヴァール!!)


『グオォォォォ!!』


 私の号令で現れた、巨大な水竜。

 これには流石にセイレーンもびっくりしたのか、私を掴んでいた手を離した。


『マナミよ、これはどういう状況だ?』


(説明は後! 私を"乗せて"!!)


 水棲モンスターの最大の特徴は、特別なアイテムがなくてもテイマーを乗せて水中を自由に移動できること。


 つまり、水棲モンスターの力があれば、プレイヤーはエアポーションなしでも水中で息が出来る……はず!!


 でも、それを説明しようと思っても、海の中じゃ声にならない。

 どうしよう、と焦っていたら、ヴァールが私に向かって小さな泡を飛ばしてくれた。


『ふむ……? これで話せるか?』


「ぷはっ……! ありがと、ヴァール。助かったよ」


 泡に包まれ、息が出来るようになる。

 そんな私を背中に乗せてくれたヴァールは、改めて眼下のセイレーンを睨む。


 それで? と視線で問いかけて来るヴァールに、私は答えた。


「そのモンスターに、溺れさせられかけて……」


『ほほう?』


「あ、待ってヴァール、その子には聞きたいことがあるの」


 ちょっと殺気立ったヴァールをどうどうと抑えて、私は改めてセイレーンに向き直る。

 言葉が通じるかは怪しいところだけど、ダメで元々、試すだけならタダだ。


「ねえ、あなたの"ボス"って何なの?」


 セイレーンには、上位個体はいなかったはず。

 そんなセイレーンが言うことを聞くボスって一体……。


『────』


『む? この鳴き声は……』


「歌……!?」


 そんな時、私達のところに歌声が聞こえて来た。

 歌詞のない、リズムだけの音響。けれど思わず聞き入ってしまうそれの出所は、まさにセイレーンが引きずり込もうとしていた海底からだ。


 そこから、一体のモンスターが出現する。


『懐かしい気配……やっとお会い出来ました』


 その姿を一言で表現するなら、天使の輪を持ったマナティ。

 セイレーンよりは一回り大きいけど、ライガルガより小さい、ギリギリ人間サイズの水棲モンスターで……シルエットだけなら、人魚に見えなくもない。


 "深海の歌姫"、エンジェルマナフィン。


 私の、大切な家族の一体だ。


『我が主……マナミよ』


「ルーナ!!」

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ちびっこテイマー、異世界で行商人を始めました ジャジャ丸 @jajamaru

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