第十二話 ドラゴン襲来
絡みつく肌。吐息。微熱。抱きしめる。血液の奔流。粘膜。ひとつに。
高揚。浮遊。遠くに聞こえる潮騒。
俺はミサと……
眩しい。
朝だ。
起き上がる。
なんてこったい!
ピンク色の夢を見るなんて俺は中学生かよっ。
あ今の肉体はそれぐらいだな。
隣で寝ているミサを見る。
そうだ、あれだ。
生物は命の危機を感じると生殖行動に励むとかなんとか。
うん、そうに違いない。
それか昨日の昼に食べた亀だ。亀は基本的に美味い。
丸ごと火にくべて甲羅を割ればそのまま食せるお手軽調理。
あの亀は地球のスッポンと同じに違いない。
滋養強壮効果恐るべし。
そんなことを考えながら天幕を出る。
夏の陽射しは容赦ない。
迷彩模様に塗られ、擬装ネットを被せてる天幕。
人の往来は制限できないが、上空から見て集落があるように見えないはず。
これで鷲騎兵が見逃してくれたらいいんだが。
「早いねぇ。今日はうちで朝ごはん食べなよ」
オミだ。彼女が眩しく見える。スレンダーだけどムチムチだ。細ムチ。やばい。目線を逸らす。エロガキの視線はすぐに気付かれる。
「うん、ミサを起こしてくるよ」
誤魔化すために話題を振る。
「オミ、それ、似合ってる」
オミの頭にはブッシュハット(麦わら製)。本当に似合ってる。
「これ、良いねぇ。みんなも喜んでるよぅ」
草履用途の麦わら(にしか見えない)を加工して、つばの広い帽子を作ってもらった。染めて森の中では目立たなくしてる。
人の頭は髪の毛とも相まって、森林ではすごく目立つ。そのシルエットを隠すだけでも効果は抜群。狩人達も重宝してるそうだ。
さらにやるなら草の葉や蔓を差し込めるので、偽装効果はさらに上がる。小さな子ども達は草むらに伏せるだけで生存確率は上がると思う。
それと熱中症が怖いし。倒れるんだよ、突然。
この前も大巫女さま付きの婆さんが倒れたからな。氷なんて無いから全身に水かけて事なきを得たけど。やばいよね。
「ミサー起きろー」
起きない。
くすぐる。腋の下から横腹、下腹。
「きゃはははっ!やめてー」
俺はおじさんなのでな、くすぐったい部位=性感帯だってのを知ってるぜ。
いかん。まだピンク脳になってる。食欲で上書きしよう。オミの作る朝飯は美味いから。
それは突然だった。
オミの天幕でミサと一緒に朝食をご馳走になり、外へ出た瞬間。
オミが上を見上げる。
身構える。
影。
大きな影。
突風。
次に衝撃。
大きくて白っぽい毛並み。
長い。
長い胴体。五メートルはある。
大きな翼。
四本の脚。鋭い爪。
頭には角。似たものを見たことない。
顔は……なんだ?
敢えて例えるなら馬?
翼があって胴体が長くて四つ脚の白い獣。
ネバーエンディングストーリーに出てきたドラゴン、あれに似てるな。
「わ、鷲騎兵じゃないのかよっ」
俺の声に反応し、ドラゴンはこっちを向いた。
俺を睨む。
足がすくむ、動かせない。手が震える。
「ミサを連れて逃げテッ」
オミが飛び出しドラゴンの前に立つ。
「あれ何っ?」
「いいから走れっ!」
怯えるミサの手を引っ張り走る。全力。
俺たちの背後で獣の雄叫びと格闘音が交差する。
オミの姿がひとまわり膨れ上がり、形が変わる。
初めて見る獣化。
狼っぽい。
銀毛。
美しい。
咆哮。
オミの部隊の戦士達も駆けつけてきた。彼らも変身済みだ。
獣化したオミ達とドラゴンの取っ組み合いが始まり、他の戦士も集まってきた。
しかし両者の動きが激しく早過ぎるため、槍も矢も狙いをつけるだけになる。
フレンドリーファイアはまずいから。
オミ達は巧みにドラゴンの胴体へ喰らいつき、爪を立て離脱。
ヒット&アウェイ。
ドラゴンは体を捻り、尾を振り回して近づかせまいと暴れ回る。
さらには翼を羽ばたかせようと……
よっしゃあ!
三本の槍が突き立つ。
大型の獣用に開発したパイプ状の槍、血抜き槍だ。
うまく動脈に刺さったようで、血が勢いよく噴き出す。大量の血液を失うと、どんな屈強の生き物も死に向かう。
ますます暴れるドラゴン。
血飛沫。
咆哮。
ドラゴンの白い毛が鮮血に染まるが、弱った様子はない。くそっ。蛇もそうだけどああいう形状の生き物は異様にタフだな。
「ケモノつき戦士達よ!離れろ」
声と同時に飛んでくる投網。ドラゴンに絡みつく。『まと』から派遣された狩人達。
投網の四隅には長いロープ、その先端を杭で打ちつける狩人。彼らはドラゴンを地面に縫いつけた。
さらに激しく暴れるドラゴン。
!
打ちつけた杭が地面から飛び出す。
何てぇ馬鹿力だよ。
「押サエルヨッ!」
オミが叫ぶと同時にケモノつきの戦士達はロープを掴もうと……回転したドラゴン、彼らを薙ぎ払う。
矢も槍も殺到するが、当たらない。
『まと』の狩人達が次々と薙ぎ倒される。
元々は大鷲を想定していたのだ。こんなくそったれな化け物が来るとは思ってなかった。
ドラゴンは木に打ち付けられ気絶したオミの方へ向かう。
オミが!
オミが危ない!
オミが死んじゃう!
気づいたら走り出していた。
やらせるか!
パワードスーツを喚び出す。
あれの攻撃に装甲が耐えられるかわからない。
俺は戦いの素人だ。
だけどずっと一緒だったオミを守らなきゃって一心で震える膝に喝を入れる。
動け!
もっと早く走れ!
目の前に尻尾が見えたと思った瞬間、横なぎに吹き飛ばされる。
おおぅ。
全天球の視界はあっても、体を動かせるかは別の話。
あんなん対処出来ん。
大木にぶつかるも、衝撃はマイルド。
生身なら即死だったろう。
次の衝撃。
爪の斬撃を喰らい、また吹き飛ばされる。
こんちくしょう!
戦闘訓練受けてない俺はクソ雑魚だよ!
ならこいつはどうだ?
走る。全力で。姿勢を低く。
パワードスーツのおかげでチーター並みだ。
落ちてる槍を拾う。
やつの背後へ回り込み、尻尾を避けつつ腹の方へスライディング。
その勢いで尻尾の付け根、排泄孔がある場所へ槍を突き刺す。
一際大きな叫び。
離脱する際に槍を蹴飛ばしさらに深く突き刺す。
痛いよな?
痛いだろう?
腸だけじゃなく肝臓か膵臓あたりに届いたと思うぜ?
そこらは神経も集中してるだろうし。
よろめいた後、力なく倒れるドラゴン。
やったぜ!
急所への攻撃は効果抜群だ。
動けないだけで、死んではいないと思う。
警戒は他の戦士にお任せして、オミのもとへ。
獣化は解け、ミサが手当てをしてる。
無理に揺すったりせず、骨折がないかの確認と傷の消毒。
泣きながらもやることやってる。ミサ、できる子だ。
呼吸はしてる。
「オミっ!オミっ!」
気を失ってるオミに呼びかける。
「オミ!ねぇ起きて」
ミサも。
うっすらとオミの目が開かれる。
跳ね起きて動いてないドラゴンを見た後、俺たちへ柔らかく笑うオミ。
「あんたがやったの?」
少しきつい目になって問うオミ。
「う、うん。オミがやられたから頭がカッとなって……」
「無茶するんじゃないよぅ。でもよくやったねぇ」
そう言ってオミは俺とミサを優しく抱きしめる。
俺とミサは泣きながら……以下略だよ!
その後は集まってきた部族の皆と一緒に他の戦士や狩人の救護にあたる。
骨折、打撲、脳震盪、皆満身創痍だ。
幸い死亡者は無し。
怖すぎるだろドラゴン。
ドラゴン襲来は大きな波紋を『き』だけではなく、この国全体へと影響を及ぼした。
ドラゴン、捕縛された後びっくりしたことに少女へと姿を変えた。どこかユリーカに似た顔立ち。
ユリーカによると第四十ニ皇妃の娘、つまり皇女だそうだ。能力についてはユリーカも知らなかったらしい。ケモノつきと同じ原理だろうとのこと。
こちらの言葉がわからないのでユリーカが尋問をしているが口が重いので遅々として進んでいない。
捕虜って普通はそうだ。ユリーカが異質だったんだ。
『まと』にも激震が走る。どこまでも広がる大森林、その背後にそびえる山脈の向こうに大帝国があり、その片鱗をこちらに現した。
各部族の長が集められ連日の会議。
ユリーカは偶然やってきたが、ドラゴン皇女は明確な意思のもと、この国へやって来た。
戦って対等な関係を築くか、恭順か。
ユリーカは言う。
「帝国にとってこの国を征服するのは、赤子の手を捻るよりも簡単だ」
だよなぁ。何もかもが違いすぎる。
帝国にとってあの山脈や大森林を越えてこの国を攻めることに見合うだけの貴重な資源……うん、無いね。それが救いか。
鷲騎兵が数騎、そしてあのドラゴン皇女しか派遣していないので、本当に小規模な偵察程度のものと信じたい。
それにしても帝国はユリーカをどうしたいんや?
「私を取り込みたい者たちと始末したい者たち、他にも色々といるだろう。鷲騎兵どもとアレ(ドラゴン皇女のことをユリーカはこう呼ぶ)は、それぞれ別の思惑によって動いてる」
鷲騎兵達は取り込みたい派、ドラゴン皇女は始末したい派かな?はぁぁ、でかい国となると様々な思惑が複雑怪奇に錯綜しまくるな。
始末したい派の方は諦めないだろうし。
オザマから呼び出しがあったので薬師天幕へ向かうと、そこにオミ達もいた。
「外敵に備えるために幾つかの部族が森の中に監視拠点を作ることになった」
「『き』は二箇所を担当する。うち一つはお前たちが詰めることになる」
国境警備というか前線基地。備えあれば憂いなしだな。
「森林部隊はこれまで通り巡回する。いざって時は協力してことにあたれ」
「それとお前、大巫女様のところへ行け。名付けだ」
「お!やっとだね」
実のところ俺には名前が無い。『き』に引き取られる前、どうせ口減しで売るからと名付けさえされてなかった。
『き』では大巫女さまが子どもの魂を見て名付けをするが、俺の場合まぁ普通じゃない有り様だったので、ずっと名無しの権兵衛だったわけ。
ここでの生活じゃ名前がないってのはそこまで不便じゃないからな。
「良かったね!」
「とうとうだねぇ」
喜んでくれるミサとオミ。
ミサと一緒に大巫女さまの天幕へ。
「お前の名は『ハヤ』だ」
「ありがとうございます。今日から俺の名前はハヤです」
意味などわからないけど俺は自分の名前が決まったことで、やっと今の人生がリアルなものになった気持ちになる。
そらからミサはやたらと俺を呼ぶ。
「ハヤ、ご飯食べよう」
「ハヤ、川に行く?」
「ハヤ、仕事しよ?」
お前、ハヤって言いたいだけやろ?って言いたくなる気持ちもミサの嬉しそうな顔を見ると萎んでいく。
それからは拠点への引越しに追われる毎日だった。
ドラゴン皇女の尋問はほぼ進んでない。頑として口を割らないし、こっちの言葉も覚えようとせず。
変身を防ぐために弱い毒薬を飲まされ弱った身体で、ほぼ黙秘を続けている。
一週間後、引っ越しが終わる。
『き』の拠点となる集落から五キロメートルほど離れた山の中腹。
俺は遠くに見える山々を見ながら、ドラゴンが帰還しないことで、ガチの部隊が来たりするのだけは勘弁してほしいと思う。
薬の調合は変わらず続けて、森林部隊へ手渡す。仕事の合間にミサとトレーニング。俺はパワードスーツを使いこなすべく、オミ達に戦闘訓練もしてもらう。あのパワードスーツ、エネルギーは何だろう?
「ご飯できたよ!」
ここに引っ越してから食事はオミ達と一緒になった。
「オミの飯は美味いなぁ」
すぐにミサに脇腹を突かれる。
「ミサの飯が美味いのはもう当たり前だし」
背中を小突かれる。地味に痛い。やめろ。
「オミ、鷲騎兵って来てるの?」
「それがねぇ、あのドラゴンが来てからは姿を現してないみたい」
帝国の意図が読めないから考えても仕方ないと諦めることにした。この辺は偉い人の仕事だ。
オミが山の麓に顔を向ける。
「ユリーカが来たよ」
しばらくするとサイが木々をへし折りながら近づいてきた。まんま戦車だな。
「こんなとこに来てていいの?」
「今日は気晴らしだ。毎日尋問ばかりしていると気が滅入る」
そうだよね。そればっかりだったもんな。
監視兼護衛もどこかにいるんだろう。
「やった側としてちょっと気になるけど、ドラゴン皇女さんの体調はどんなもん?」
「完全に回復している。またドラゴンになっても困るので弱い毒を打ち込んで弱らせてるがな」
内臓に達するまで槍を突き刺したのに、回復が早いなー。やばすぎるわ、あいつ。
「ディザ帝国の皇族、やばいのばっかり」
「それが皇族だからな。おかげで謀反など起きたことがない」
「マジか……いや、そりゃ当然か。あんなんに出てこられたら何も出来んわな。ユリーカだって暗殺やり放題だし」
「ふふっそうだな。ただな、私が請け負った暗殺は帝国が為したそれのごく一部だぞ」
「ひょえ〜暗殺部隊とかあちこちに放ってそう」
「そうだ。だから私には難易度が高い任務だけだ」
「んーすると、ユリーカを失っても帝国はそこまで損しない?」
「皇帝は大きな損失と見るだろう。私は皇帝直属だからな」
「あちゃー、諦めてくれなさそう」
「必要に迫られた時がくれば、私を本気で探すだろうよ」
そんな日が来ませんように!
俺、ほとんどファンタジー知らないんだよなぁ はるゆめ @tujishoukai
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