第十一話 ふぁ、ファンタジー
今日は想定訓練。
正直、部族衆の中には多少の戸惑いは見られるが、遂に始まる。
天幕の擬装も見抜かれ敵が侵入という最悪の想定でやる。
現代のモンゴル人、視力は四か五ぐらいだと何かで読んだ記憶がある。
恐ろしく目が良い猛禽類に騎乗するからには視力もそれぐらいだろう。
消火のためのバケツリレー、子どもは地下へ、敵役を演じる戦士はユリーカのいる天幕へ。訓練とはいえ実際に転移してもらう。
メンバーはユリーカ、オミ達、俺、ミサ。
俺とミサはメディック(衛生兵)だ。
外が騒がしくなる。
悲鳴と怒号……みんな迫真の演技やん。
俺たちのいる天幕の外で戦闘が始まる。
「やられたぁ〜」
オミは大根役者だった。
出入り口の垂れ幕を跳ね上げられる。
「今だっ」
俺が叫ぶと同時に浮遊感。目の前の光景が一瞬で光苔の淡い光で照らされたものに変わる。
すげぇ!ブラボー!ワンダフル!
俺は興奮する。人生初の瞬間移動だ。
そして違和感。
あれ?
ここってこないだ調査した遺跡か……?
石は同じように置かれてるが、壁と床を除いて光苔は俺とミサが持って帰ったはず。
なのにここには隙間なく光苔が生えてる。
「外を調べてくるよ」
オミ達はすぐに動いた。
「違う遺跡に来るとは……」
ユリーカも戸惑っている。
「あれ何?」
ミサが指差した先には……デカいラグビーボールがあった。
高さ二メートルぐらいの灰色をしたオブジェ?
石っぽく見える。
まさか……人の体内で成長し腹を突き破って出てくるアレの卵じゃないよな?
「何だこりゃあ」
恐る恐る触ってみる。
あっ
という間だった。
ラグビーボールは弾けるように展開し俺を包み込み、視界が暗転する。
だがすぐに視界は戻る……んんー?
俺の背後で驚いた顔をして固まってるユリーカとミサ。
振り向いたわけでもないのに見えてる。
天井と足下も同時に視界にある。
これって周囲三百六十度が視えてるのか!
両手を確認。
なんかそんな感じとしか言いようのない装甲?甲冑?甲殻?で覆われてる。
皮膚に触れてる部分は少し暖かいし、僅かに脈動してる。
そんでもって生き物の気配を感じるんだ。直感的に。
例えは変かもしれんが、赤ん坊を抱っこしたり、犬や猫を撫でたりしてる時、そこに感じる生命。
それと同じものを感じるんだ。
コレって……生体装甲?
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あたしはオミだよ。
あの子とミサは遠くの部族で口減しの為に売られてうちに来た。ここにいる子どもの半分はそうだよ。珍しい話じゃない。
二人とも小さくて痩せっぽち。
ミサはずっと俯いてたねぇ。
男の子の方はあちこち見ていたよ。
少し大きくなってから男の子は薬草集めが大人顔負けに上手い、だから薬師にするよう大巫女さまに決められたんだ。
ミサは片時も男の子のそばを離れないし、そこそこ薬草を見つけるのをこなしてみせた。
あの子に引っ張られたんだね。
「オミ、オザマ、お前たちがこの子らの育て役だよ」
大巫女さまはそうおっしゃった。
あたしは二人の母親代わり。簡単に死なせないよ。
強く生きていけるような大人になるようあたしが面倒みるからね。
男の子はある時から変わったねぇ。
「あれは森に住まう悪霊が取り憑いた」
ってオザマは慌ててた。あたしはそうは思わない。悪霊なんて取り憑いてない。
あれはおじさん。
最初はさ、色気づいたかなと思ったけど、私の身体をちらちら見てる目、あれは部族のおじさん達と同じだよ。
オザマにあの子にはこことは違うところで生きてた人間の記憶があるって聞いた時、何となくわかった。
まぁでもね、男は若い子もおじさんもそういうもんさ。
その代わりあれこれ考えたものを形にしていってくれたし。
「これらを作るのはオミ達に死んでほしくないからだよ」
そう言ったあの子の目は本気だったねぇ。
あんな小さかった子が言うようになったもんだと感心したさ。
でね、ユリーカの転移ってやつで違う場所の遺跡に来て、外へ出たらやはりそうだった。
川に近い場所にある遺跡だよ。冬はお風呂に入ったね。
で、中に戻ったらあの子が変なことになってから驚いたよう。頭から足の先まで、うん、蟹というか虫みたいな鎧を着てるんだから。
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身体を動かしてみる。
軽い。
シャドーボクシングしてみる。
早い。
パワーアシストあるね。
そもそもコレは何なんだろ。
NBCスーツ?
潜水服?
パイロットスーツ?
宇宙服?
パワードスーツ?
どれにでも使えそうな感じ?
武器とかないんか?
そんなこと考えてたらオミ達が戻ってきた。
「変なことになってるねぇ?」
「そこは置いといて!外はどうだった?」
「川のそばの遺跡だよ、ここは」
「やはり違う遺跡かぁ。何でだろう?」
それよりこれ、どうやって脱ぐんだ?
……と考えたら、おおぉ、一瞬でキャストオフだ。
俺の考えてることわかってるみたいだな。
古代のスーパーテクノロジーすげぇ!
うぉっ!
ミサが飛び込んできた。勢いに押されよろめいてしまう。
「心配したよ!」
「あーごめん。こういうのってさ、空想物語ではよくあるんだよ」
「お前の記憶にある国の話か。何でもあるんだな」
ユリーカは感心している様子。
「いやいやいや。テレポーテーション、いや転移する皇女さまもびっくり人間ですよ?」
「で、どうするぅ?」
オミが訊いてくる。ここでまた転移して違う遺跡に行っても困るしな。
「念の為歩いて帰ろう」
「それがよかろう」
「だねぇ」
拠点に帰ったら、大騒ぎの真っ最中だった。俺たちは大巫女さまに報告し、その後ユリーカに転移を試してもらった。
今度は当初の予定だった遺跡へ行けた。そして帰ってこれた。よくわからん。
そうそう、あの謎スーツ、持ち帰らなかったんだけど念じると一瞬で装着できた。
距離は関係なしっと。
他の人が触って試したけど、俺専用になった模様。生体認証だろうね。
あの遺跡を残した人々はなぜ滅んでのだろうか……他天体へ移住したとか?この星の衛星に住んでて、こっちを観察とかしてたらやだなぁ。
その後俺はパワードスーツを使う練習にかかりっきりになる。まず全天球の視界に慣れないと。
酔いそうになるんだよ!
それとこのスーツ、尿意をもよおしたらそのまんま吸い取ったぞ。どうすんだ?処理して飲み水にしてしまうとか?
すると大の方は……今は考えたくない。
弓や槍を使ってみた。驚くなかれ!オミ達と互角だぞ。しかも剣、槍、矢、何を使っても傷がつかないし、ダメージは俺に通らない。
火も平気。
これで何をするつもりだったの?古代人さん。
装着による副作用っていうか、何かのデメリットが心配だけど、これは装着する時間を重ねていくしかないな。
パワードスーツのまんま歩くと、小さな子どもが俺を見て泣くか追いかけてくるか、二極化するのが面白い。
鷲騎兵の目撃報告が五十km付近になった。
ユリーカを逃す策として、視野が狭いことを反省。
彼女は行ったことある場所ならどこにでも転移出来るので、なんなら『まと』へ転移するってのも有りだ。
オミ達は短めの槍で猛禽類を狩る訓練をしてる。
当てちゃうんだよなぁ。すげぇ身体能力。
学術部族『ぬ』からハバ達がやってきた。パワードスーツの解析だ。俺の顔を見るなりハバは笑みを浮かべる。四角い笑顔。
おっさん達に囲まれ、触られ、覗かれ、そりゃもう徹底的だ。
「これは生き物ではない」
「わかるのがすごい」
「妖術師が視たらすぐにわかるのだ。魂の有無がな。『き』の大巫女様も視えるぞ」
そうだった。俺のこと見抜いていたもんな。
俺はてっきり生き物だと思ったけど、生体パーツを使ったメカというわけだ。自己修復やら考えたら有機というか生体パーツの方がローコストだろうし、多分。
俺の朧げな記憶では自己増殖するロボットや生殖を行う生体ロボットってのが開発されてたから、何ら不思議じゃない。
そしてもう一つ。なんとパワードスーツとミサの間に繋がりがあり(不可視の線で結ばれているとか)、それが何かは不明だが重要なものだろうと言われた。
な、なんだってー?!
ミサ、お前は何なんだ?
比較検証してみたところ、確かにミサがそばにいる時パワードスーツが心なしか軽い、というか調子がすこぶる良い。
が、外部エネルギーパックみたいなもんか?わからん。
そんなある日、支配部族『まと』から鳥類専門だという狩人隊が派遣されてきた。王の指示だって。
『き』に貸しを作っておこうというわけか。
『まと』は各部族から百名の戦士を『まと』の周辺に王の常設部隊として常駐させている。
『き』以外の部族にとって戦士は貴重な働き手(農業、林業、漁業など)なので、『き』に依頼をする。これは王も認めている。
つまり『まと』の王が抱える常設部隊、『き』の戦士が割合が多い。それを『借り』だと思ってるそうで。
狩人達は投網で鳥を捕まえる。傷つけないためだろう。大きな猛禽類やダチョウっぽい飛べない鳥がたくさんいるもんな、ここら辺には。
狩人隊と『き』の戦士達は合同訓練。ギリースーツとフェイスペイントは狩人達に喜ばれた。
俺はというと連日、ミサと二人で薬の調合と合間にパワードスーツの訓練だ。何か武器ってないのかなぁ。
晴れ渡った空の下。
広場に立つ三人の少女。全員がケモノつきと呼ばれる戦士、そして少年とミサ。
「みんなにはユリーカの影武者になってもらうから。よろしくお願いします」
頭を下げる。
「ヘアメイク兼スタイリストのミサがみんなをユリーカに変えるからね」
三人とも背格好がユリーカによく似てるが、髪と肌の色が決定的に違う。肌はメイクでどうにか出来るが、髪の色は苦戦した。
髪を染める文化はない。紫色の花弁からパウダー状の染料を苦心して作ってどうにか出来た。
衣装はお揃い。よし!
この準備が空振りに終わったらいいなと思う。平和が一番だと。
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そこより数十キロ離れた場所。
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ディザ帝国の鷲騎兵が集まっていた。翼長が五メートルにも及ぶ大鷲。最高速度は時速三百キロを越える、空の覇者だ。
「明日は皇女様の捜索範囲を南へ広げる」
「この大森林、どこまで続くのだ」
「正確なところは不明だが、この大陸の半分以上だと聞いている」
「なのに我らだけで探せとか、正気とは思えぬ」
「皇女様は転移能力をお持ちなのに、何故お帰りにならない?」
「そう出来ない状態なのであろう」
「耳長どもの言う『帰らずの森』に住むと言う蛮族……捕えられたか、或いは……」
「滅多なことを言うな。皇帝陛下の耳は大陸全土に及ぶ」
「その皇帝陛下の目はここまで届かぬのか」
「そもそも南征に関しては優先順位が下の方だと聞いている」
「それは我らの関わることではない」
そこへ通信用の鳥が舞い降りる。
「ふぅむ。待機命令が降ったぞ。第十三皇子様からだ」
「皇族様が動くか」
「次の命あるまで待機だ」
そして日は暮れていき、全ては闇に包まれる。
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『き』の拠点
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俺は夕げの支度中。森で採れた枇杷っぽい果実と川で捕まえた淡水魚。薬草や毒のある植物には名前があるが、それ以外には名前が付いてない。
「不思議だよなぁ。日本で食べてたものが恋しくならないのは。寿司や焼肉、中華が好きだったって覚えているのに」
「何の話?」
ミサが不思議そうな顔をして訊く。実は彼女、俺が前世のことを覚えているということがよく理解出来てない。
「何でもないよ。ミサが可愛ければそれでよしだ」
「また言ってる」
「だって本当だし。お前さ、自覚あるか知らんけどかなりの美少女だぞ。アイドルになったらそりゃもうウハウハだな」
聞き慣れない言葉にミサは当惑する。
「最近ドタバタしてるけど、落ち着いたら連休取って旅行とかしたいなぁ」
それは難しいだろうと俺は予感している。ユリーカ捜索にディザ帝国が乗り出した以上、何事もなく終わるとは思えない。
最悪、帝国とことを構える事態になった場合、この国は戦場になるのだ。
交渉で穏便に済ませる道は無いだろう。ユリーカの話を聞く限り、併合されればまだ良い方で、下手したら飼い殺しの植民地化。
「あぁやだねぇ覇権主義なやつらは。どれほど血を流しても満足しやがらない」
日本での自分。その気が無くても社長と常務の派閥争いに巻き込まれ、翻弄された思い出はある。
心底くだらないと思ってた。
単身赴任であちこち行ったのもそれが原因であり、家族、特に娘達には寂しい思いをさせた。だからミサに同じ思いはさせたくないし、万が一にも自分が死ぬことは避けたい。
また『き』の誰も死なせたくない。
『き』は大所帯の家族なのだ。
その為には皆が安泰でいられるようにする!
自分のできることを頑張ろうと改めて決意した俺だった。
天幕に入り寝床に転がると、眠たそうにしていたミサはすぐに寝息を立てる。
親指と人差でミサの鼻を摘む。
離す。
また摘む。
喉をくすぐる。
ミサが寝返りをうつ。
脇腹をくすぐる。
気がつく。
ありえない衝動が湧き上がってることに。
「肉体に精神が引っ張られてる……」
悶々としたまま眠りにつく俺であった。
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