第十話 ファンタジー……かな?

 今日は想定訓練の日。

 正直、部族衆の中には多少の戸惑いは見られるが、大巫女さまの威光を存分に発揮してもらい強制参加だ。


 少しでも皆の生存率を上げるためだと割り切って欲しい。


 天幕の擬装も見抜かれた上で敵が侵入という最悪の想定でやる。

 現代のモンゴル人、見渡す限りの草原の中で暮らしているから、視力は四か五ぐらいだと何かで読んだ。

 恐ろしく目が良い猛禽類に騎乗する兵士も視力がそれぐらいだと予想された。


 消火のためのバケツリレー、子どもは地下へ、敵役を演じる戦士はユリーカのいる天幕へ。訓練とはいえ実際に転移してもらう。


 メンバーはユリーカ、オミ達、俺、ミサ。

 俺とミサはメディック(衛生兵)だ。


 外が騒がしくなる。

 悲鳴と怒号……意外とみんな迫真の演技やん。 


 俺たちのいる天幕の外で戦闘の芝居が始まる。  


「やられたぁ〜」


 ……オミは大根役者だった。

 敵役の戦士によって出入り口の垂れ幕を跳ね上げられる。


「今だっ」


 俺が叫ぶと同時に目の前の光景が一瞬で光苔が淡く光る空間へと変わる。


 すげぇ! ブラボー! ワンダフル!

 人生初の瞬間移動体験に俺は興奮する───そして違和感。

 あれ? 

 ここはどこだ?

 足元には光苔が隙間なく生えている。

 壁の方にも。しかしその壁は遠い。かなり広い空間だ。


 少なくとも転移予定としていた遺跡じゃない。

 そしてオミ達がいない。キョロキョロと辺りを見渡しているミサと俺だけだ。


 光苔の明かりを頼りに周囲を伺うと、どうやら階段状のピラミッドの頂点に俺たちは立っているらしい。広さは六畳間ぐらいか。

 一段あたりの高さが十メートルはある巨大なピラミッドだ。

 

「オミっ!」

「ここだよー」


 下の方からエコー付きで聞こえるオミの返事。

 見てみると三段下にオミ達らしき人影が見えている。

 全員居るみたいだ。


「おーい、みんな無事?」

「大丈夫〜」


 オミの返事にホッとしていると、ミサが俺の肩を掴んできた。


「あれ何?」


 ミサが指差した先にラグビーボールがあった。何かのオブジェだろうが、形がラグビーボールそっくりだ。

 色は黒っぽいが、二箇所まるで目のように光っている部分が目立つ。


 機械なのか、生き物なのか?

 

「よし。調べてみよう」


 一歩踏み出すと


「やめときなよ」


 とミサが俺を引き止めようとした。


「あっ」


 一瞬のことだった。

 俺より端に立っていたミサ。

 俺を止めようとした際に、光苔に足を滑らせ体勢を崩し、下へ落ちかけた。


 ミサの腕を掴む。

 ミサを引き寄せる。

 位置が入れ替わるようになる俺とミサ。


 しまった。

 でもミサが怪我するよりいい。

 スローモーションのように流れる時間。


 足が浮き、重力に引っ張られるように落ちていく俺の視界は暗転した。けどすぐに復活する。

 顔だけじゃなく全身が何かに包まれている


 背中に軽い感触。

 そうだ、俺は十メートルの高さから落ちたはず。

 なのにこれは何だ?

 まるで布団の上にゆっくり寝転がったみたいだ。


 視界も変だ。

 上から泣きそうな顔で俺を見下ろすミサの顔。と同時に自分の左右や背後も見えている。

 俺は何かに優しく包まれている。


 自分の腕を確かめる。甲殻類みたいな外皮――まるで装甲板だ――で覆われていた。

 頭、身体と触って感触を確かめると腕と同じだった。

 全身が堅いもので覆われている。


 何だろうこれ?


 皮膚に触れてる部分は少しだけ温かい。そして僅かに脈動してる。


 こいつは生きている。直感的にそう感じた。

 例えは変かもしれんが、犬や猫を撫でたりしてる時、そこに感じる生命。

 それと同じものを今、俺の身体を覆っているものに感じるんだ。


 コレ……生体装甲? パワードスーツ的な?

 ホワイ?

 なぜ?



「大丈夫かい?」


 オミの声に振り返ると彼女は目を見開いて固まった。上から顔出しているミサもだ。

 すぐにオミは険しい目つきになり身構えた。殺気までいかないけど警戒してる。


「誰?」

「俺だよ、オミ」

「え?」

「わかんないけど落ちたと思ったら、こうなってたんだ。これのおかげで助かったんだ」


 そう言って胸を軽く叩く。金属とは違う、そうまるで蟹の甲羅をつついたような音。


「身体はどうもないんだね?」

「うん」


 身体を動かしてみる。

 軽く腕を振ってみると、かなり速く動かせる。

 自分の身体なんだけど、そうでないみたいな感覚。パワーアシストを感じる。


 それよりこれ、どうやって脱ぐんだ? と考えた途端に一瞬でキャストオフ。

 どこにも見当たらなくなった。

 消えた?

 わからん。

 思考伝達か。どれだけ進んだテクノロジーだろう。


「わっ」


 オミが俺を抱いてミサの待つ頂上部へ跳び上がる。


「ぐえっ」


 ミサが俺の胸に飛び込んできた。


「よかった!」

「ミサ」


 俺もミサを抱きしめる。


「落ちたのが見えた時は驚いたが、無事で何よりだ」


 ユリーカが後ろに立っていた。


「まず全員集まろう、ここは狭い」


 最初にオミ達がいた三段目へとユリーカの転移で降りる。

 幅は五メートル、長さは三十メートルはありそうだ。


「戻ろう」


 オミの一声で全員集落へと戻った。


 すぐに俺たちは大巫女さまに報告し、その後ユリーカにもう一度⁠転移を試してもらった。

 今度は当初の予定だった遺跡へ行けたし、普通に帰ってこれた。

 あそこはどこだったんだろう?

 答えは誰にもわからない。


 そうそう、あのパワードスーツ、装着はどうする? と考えただけで俺の身体は包まれた。

 ユーリカも悲鳴を上げるんだな。

 他の人が触って試したけど、俺専用になった模様。生体認証かな。

 こんなテクノロジーを持ちながら、あの遺跡を残した文明はなぜ滅んでのだろうか。


 それから俺はパワードスーツにかかりっきりになる。

 まず全天球の視界に慣れないと、酔いそうになるからだ。


 弓や槍を使って模擬戦をしてみた。オミ達と互角に戦えた。 

 しかも剣、槍、矢、投石、全てのダメージがこのパワードスーツには通らない。

 火も平気。⁠炭火に手を突っ込んでも何ともない。⁠


 何か弱点があるんじゃないかと心配だけど、これは装着する時間を重ねていくしかないな。


 パワードスーツのまんま歩くと、小さな子どもが俺を見て泣くか追いかけてくるか、二極化するのが面白い。


 鷲騎兵の目撃報告が五十km付近になった。


 ユリーカを逃す策としてさらなる検討も重ねた、

 彼女は行ったことある場所ならどこにでも転移出来るので、なんなら『まと』へ転移するってのも有りだ。


 オミ達は短めの槍で猛禽類を狩る訓練をしてる。

 易々と当てちゃうんだよなぁ。すげぇ身体能力。


 学術部族『ぬ』からハバ達がやってきた。パワードスーツの解析だ。俺の顔を見るなりハバは笑みを浮かべる。四角い笑顔。


 おっさん達に囲まれ、触られ、覗かれ、弄られまくった。


「これは生き物ではない」

 いつもより上機嫌でハバが結論を出した。


「それわかるの? それがすごい」

「妖術師が視たらすぐにわかる、魂の有無がな。『き』の大巫女様も視えるぞ」


 そうだった。俺のことお見通しだったもんな。


 俺はてっきり生き物だと思ったけど、それっぽいメカというわけだ。


 俺の朧げな記憶では、地球でも自己増殖する無機物や生殖を行う生体ロボットってのが開発されてたから、何ら不思議ではない。


 そんなある日、支配部族『まと』から鳥類専門だという狩人隊が派遣されてきた。王の指示だって。


『き』に貸しを作っておくためらしい。

 大巫女さまが教えてくれたんだ。


『まと』は各部族から戦士を派遣させ、王の直属部隊として常駐させている。


『き』以外の部族にとって戦士は貴重な働き手でもあるから、派遣する人数はそこまで多くはない。


 部族の中で『き』が一番多くの戦士を派遣している。

『まと』王の常設部隊に占める『き』の戦士は過半数を超えるらしい。

 それを王は『借り』だと思ってるそうで。


 狩人達は投網で鳥を捕まえる。傷つけないためだろう。大きな猛禽類やダチョウっぽい飛べない鳥がたくさんいるもんな、ここら辺には。


 狩人隊と『き』の戦士達は合同訓練。ギリースーツとフェイスペイントは狩人達にも喜ばれた。


 俺はというと連日、ミサと二人で薬の調合とパワードスーツを使いこなす練習だ。


 晴れ渡った空の下。

 広場に立つ三人の少女。全員がケモノつきと呼ばれる戦士で、俺とミサは彼女らに頭を下げる。


「ユリーカの影武者になってもらうのを快く引き受けてくれてありがとう。よろしくお願いします」


 もう一度頭を下げる。


「なーに。気にするなって」

「ここを守るためだもん」


 危険や役割を受けてなお、屈託なく笑う彼女達。


「ヘアメイク兼スタイリストのミサがみんなをユリーカに変えるからね」


 三人とも背格好がユリーカによく似てる。だから依頼したんだが、髪と肌の色が決定的に違う。


 肌はメイクでどうにか出来るが、髪の色は苦戦した。

 髪を染める文化はないから紫色の花弁を使って染料を苦心して作ったよ。


 衣装はお揃い。

 この準備が空振りに終わったらいいなと思う。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

『き』の拠点集落より数十キロ離れた場所。

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ディザ帝国の鷲騎兵が集まっている。

 翼長が五メートルにも及ぶ大鷲。飛行速度は時速百キロをゆうに越える、空の覇者だ。


「明日は皇女様の捜索範囲を南へ広げる」

「この大森林、どこまで続くのだ」

「正確なところは不明だが、この大陸の半分ほどだと聞いている」

「なのに我らだけで探せとか、正気とは思えぬ」

「皇女様は転移能力をお持ちなのに、何故お帰りにならない?」

「そう出来ない状態なのであろう」

「長耳どもの言う『帰らずの森』に住むと言う蛮族に捕えられたか、或いは……」

「滅多なことを言うな。皇帝陛下の耳は大陸全土に及ぶ」

「その皇帝陛下の目はここまで届かぬのか」

「不敬なことは言うな」


 そこへ通信用の鳥が舞い降りる。


「ふぅむ。待機命令が降ったぞ。第十三皇子様からだ」

「皇族様が動くか」

「次の命あるまで待機だ」


 そして日は暮れていき、全ては闇に包まれる。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

『き』の拠点

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 俺は夕げの支度中。森で採れた枇杷っぽい果実と川で捕まえた淡水魚。

 薬草や毒のある植物には名前があるが、それ以外には名前が付いてない。


「不思議だよなぁ。日本で食べてたものが恋しくならないのは」

「何の話?」


 ミサが不思議そうな顔をして訊く。実は彼女、俺が前世のことを覚えているということがよく理解出来てない。


「何でもないよ。ミサが可愛ければそれでよしだ」

「また言ってる」

「だって本当だし。お前さ、自覚あるか知らんけどかなりの美少女だぞ。アイドルになったらそりゃもうウハウハだな」


 聞き慣れない言葉にミサは当惑したような顔になる。


「最近ドタバタしてるけど、落ち着いたら連休取って旅行とかしたいなぁ」


 それは難しいだろうと俺は予感している。ユリーカ捜索にディザ帝国が乗り出した以上、何事もなく終わるとは思えない。


 最悪、帝国とことを構える事態になった場合、ここは、いやここだけじゃない。国が戦場になるのだ。


 交渉で穏便に済ませる道は無いだろう。ユリーカの話を聞く限り、併合されればまだ良い方で、下手したら飼い殺しの植民地化。


「あぁやだねぇ覇権主義なやつらは。どれほど血を流しても満足しやがらない」


 日本での自分。その気が無くても社長と常務の派閥争いに巻き込まれ、翻弄された思い出はある。

 心底くだらないと思ってた。


 単身赴任であちこち行ったのもそれが原因であり、家族、特に娘達には寂しい思いをさせた。


 だからミサに同じ思いはさせたくないし、万が一にも自分が死ぬことは避けたい。

 また『き』の誰も死なせたくない。


『き』は大所帯の家族なのだ。


 その為には皆が生き延びられる手助けを頑張る。改めて決意した俺だった。


 天幕に入り寝床に転がると、眠たそうにしていたミサはすぐに寝息を立てる。

 親指と人差でミサの鼻を摘む。

 離す。

 また摘む。

 喉をくすぐる。

 ミサが寝返りをうつ。

 脇腹をくすぐる。


 俺は何をしているんだ?

 ありえない衝動が湧き上がってることを自覚して俺は愕然となった。


「肉体に精神が引っ張られてる……」


 悶々としたまま眠りにつく俺であった。

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