終章

エピローグ むかしあるところに

「――その植物に寄生されると、欲望を抑えられなくなるのです……衝動に従ってふる舞い、自身と周囲に破滅をもたらし、生育に適する環境に変えるのです……」


 金髪の娘は瞳を閉じたまま、うたうように語り、手のひらを天に掲げた。


「この世を蹂躙じゅうりんし、この世となりかわる森羅万象の木……あぁ!! 音に聞こえし、その名は世界樹ユグドラシル!!」


 彼女はクワッと目を見ひらき、話を結んだ。


「やれやれ! ニアヴの妄想にはついていけないよ!」


 金髪の青年は、言葉とは裏腹の感情を、ほほえみに込めて言った。


 ニアヴと呼ばれた金髪の娘の妄想は、青年の言葉に動ぜず、さらにふくらんだ。


「ねぇ、オシアン。もしあなたがそんな植物に寄生されたら、どうなるのかしら? やっぱり殿方は、美女のお尻を追いかける?」


 両手を後ろに組み、少し前傾で上目をつくるニアヴは、からかい顔で尋ねた。


 オシアンと呼ばれた金髪の青年は、負けじと返した。


「それじゃあ僕はいずこへと、さまよい続けることになるな。その美女は、いつでも物語の中を旅して、フラフラとどこかへ行ってしまうからね」


 ニアヴは瞳を閉じた。片手で肩を抱き、片手で腰を抱き、自身を抱きしめてささやいた。


「……いにしえの女神は、しいる求愛をいとい、木に化身してその貞淑ていしゅくを守ったそうよ……?」


 謎めかす彼女へ、そよ風が金髪をかして、女神の絵図は完成された。


 オシアンは、清爽せいそうな微笑に真摯しんしなまなざしを浮かべ、イタズラな女神を見すえた。そして、穏やかな口調でつづった。


「それなら僕は鳥になって、君のこずえにとまりにいくよ」

「ハイハイ! よくもよくも、恥ずかしげのないことですこと!」


 ニアヴは顔をあさってに、紅潮するほおをごまかして続けた。


「でも木に化身して、歴史の終わりまで見とどけられたらステキよね!」


 取りもどされた彼女の調子に、オシアンも合わせて言った。


「冗談だろ? そんな寂しい思いをするくらいなら、死を選ぶよ!」


 彼の言葉に、ニアヴはゆるく握ったこぶしを口もとにそえて、あざとくつぶやいた。


「……鳥になってでも、そばにいてくれるんじゃなかったの……?」


 コロコロと調子を変える彼女に翻弄ほんろうされるオシアンは、どうしたものかと困惑と思案に言葉を詰まらせた。


 ニアヴはクツクツと笑いだし、満面に広がっていく笑みを彼に向けた。オシアンはあきれ顔を破顔させ、彼女に視線を返した。笑いあい、見つめあうふたりは、やがてそぞろに歩みを始めた。


 彼女は夢みる瞳を彼方へ向けた。空想が翼を広げ、羽ばたいていく。


 彼はかたわらに寄りそい、静かに見まもった。この時がいつまでも続くようにと、心に祈りながら。


「ねぇ、オシアン。こんなお話知ってる? むかしむかし、あるところに――」

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なんじゃもんじゃ異聞樹譚 ヤマワロ @imoyaite

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