第26話 物語の果て

 深き森の奥、大剣が突きたっていました。木漏こもに光をまとい、勇者の到来を待ちわびるかのようでした。


「……乱痴気らんちきいたか、寝ほうけてやがる」


 男はつぶやきながら、散乱する枯れ木の山を踏みこえ進みました。枯れ木は、頭蓋ずがいなりが混じって、しかばねの山とも見えました。


 男の横目には、緑髪の娘が映っていました。体を丸めて横たわり、たち枯れた大木の、露出した根にすがっていました。


 立ち枯れの大木は、老婆のようななりでしたが、頭は朽ちて、うろがうがたれていました。体は、骨と皮の凹凸おうとつに、乳房をたるませていました。片腕はなく、残った手がひざの上で眠る木霊兎グリーンヘアへ、慰めるようにそえられていました。


 男は、大剣へとたどり着きました。ふり返って腰を落とし、後ろ手に縛られた両腕を大剣にあてがいました。


 ギコギコギコギコギコギコギコギコ…………ぶちりッ


 男は解放された両腕で、大剣を大地の封印から抜きはなちました。


 ふたたび大剣を手にした男――大剣の外界人ストレンジャーは、立ち枯れの大木へと半身を向けました。大剣を両手に構えなおして、しおれ耳の娘へ鋭い視線を送り、怒声を発しました。


狂宴サバトは、俺が引きつぐぜ……にえはテメェだ、鬼婆バーバヤガーッ!!」


 『鬼婆バーバヤガー』と呼ばれた娘――プーカは、みだれ髪にゲッケイジュの葉をちらほらと絡ませ、穏やかな寝息をたてていました。


 大剣の外界人ストレンジャーが一歩前へ踏みだしたその時、男の背後でドサドサガラガラと落下音がありました。男が降りかえるとそこには、ちぎれた腕、脚、胴、そして頭が三人分――枯れ木にえられて、積まれていました。


 大剣の外界人ストレンジャーは、その頭――剛腕、銀毛、黒額縁がくぶち――三人の外界人ストレンジャーに向かって言いました。


「待っていろ……せめてかたきは、討つぜ……」


 大剣の外界人ストレンジャーは、ふたたび立ち枯れの大木へ向きなおりました。そして仲間への弔辞ちょうじを続けながら、歩きはじめました。

 大剣は、構えが解かれ片手持ちになっていました。男の歩くにつられ、後ろへ振られた、その瞬間でした。


「お前たちの墓標にそえるのは、こいつの――」


 男の視界の外で、大剣がグンッと引かれて、男の言葉はとぎれました。

 男がふり返ると、大剣に樹が絡みついていました――いびつな顔とやせぎすの体に、ナラの葉をそえる亡者の樹が。


「チェストォーッ!!」


 気合一発とどろかせ、天から娘がりました。


 大剣の外界人ストレンジャーは、幾本もの亡者の樹にいだかれて、なすすべもありませんでした。頭上でふり上げられた娘の片足を、ただ眺めるばかりでした。


 枝上しじょうから身を躍らせ、左右に結った緑髪をさかだてる木霊兎グリーンヘアの娘――ワッピティは、落下とともに脚をふり下ろしました。大剣の外界人ストレンジャーの脳天へ、かかとがめり込みました。


 大剣の外界人ストレンジャーは、目の中に星を飛ばしていつくばりました。地上へ降りたったワッピティは、間髪入れずしこたま蹴りを入れました。


 木の陰から、槍を携えた緑巻き毛の青年――ブバホッドが現れました。加勢のために近よりましたが、ワッピティの気勢に押されて立ちどまっていました。


 そんな光景を背にして、左こめかみから枝葉えだはを生やす緑髪の青年が、プーカを抱きおこしました。


 ナラの葉をそえる片角かたつの木霊兎グリーンヘア――パックは、プーカの破れた服を整え、自身の上着をはおらせました。


 プーカは、パックが語りかけてもなま返事で、寝ぼけまなこが遠くを見やっていました。


 プーカは夢を見ました。夢の中では若者がふたり、他愛ない会話に戯れていました。なぜだかそれは、温かくて、切なくて、うら寂しさが心にわだかまりました。


 想いはやり場もなく、プーカは両の手の内に、祈るように閉じこめるのでした。


 ***


 その娘の金髪は、彼女が腰を下ろす大地に、豊かにあふれていました。彼女は、そのひざに頭を預ける青年の金髪を、優しくなでました。


 娘のもとへ、天使たちが集い、寄りそいました。天使たちは、あくびをしたり、目をこすったり――木彫りの短剣を娘に渡すと、横たわって眠りはじめました。


 娘は、両手で短剣のつかを握りました。短剣は、刃が上向きに握られていました。娘は短剣を内に倒し、切っ先が胸もとへあてがわれました。恥じらうようにうつむくと、刀身は静かに、深く沈んでいきました。


 伏し目がちにほほえむ彼女の姿態したいは、物語に想いをはせ、夢みるようでした。


 *


 娘を取りかこんで、芽が生えました。


 芽は伸び、様々なしゅの草木となり、ひしめきあい、枯れました。

 枯れた草木の残滓ざんし苗床なえどこに、新たな草木が育まれました。


 生まれ、育ち、枯れ、また生まれ――連綿れんめんと、多種多様の木々が絡みあい、ささえあい、天高く繁茂はんもしました。


 それは、千万無量せんまんむりょうの生命が織りなす森であり、雲をたなびいて蒼穹そうきゅうを貫く、一条の樹でした。


 樹冠じゅかんは、神域へと達するかのようでした。神の御使みつかいが翼をたたみ、樹海遥か、人界じんかいの果てまでを眺めやっていました。


 *


 樹をなす森のいただきに、ちっぽけな実がなっていました。うっそうとした木々に隠されて、何人なんぴとの好奇も阻むようでした。


 ただ物語だけがそれを知り、伝えるのでした。

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