わんだふる★ステッキ!

工藤 流優空

わんだふる★ステッキ!

 空は、にごったオレンジ色に染まっている。空を渡るカラスの群れが、遠ざかっていく。目の前では男の子が悲しげな表情を浮かべていた。私の大切な友達であり、相棒。

「オレ、やっぱり才能ないのかな……」

 その顔を見て、申し訳なくなる。あなたのせいじゃないって言いたい。私ももっともっとがんばるから、一緒にがんばろうってそう伝えなくちゃ。

 そう思った時だった。一人の女の子が走ってくるのが見えた。見たことがない子。その子の目は、とってもかがやいていて。泣きそうな顔を浮かべる男の子とは、まるで違っていた。

 女の子は男の子に走りよって、にっこり笑いかける。

「魔法が使えるなんて、すてきだね」

「……っ!」

 男の子はそれを聞いておどろいた表情を浮かべる。でもすぐに、そっぽを向いて言う。

「どうせお前も、気持ち悪いって思ってるんだろ」

「そんなこと思ってない。すごいし、いいなって思う」

 きっぱりと言う女の子。彼はしばらく彼女を見つめていた。女の子も、男の子を見返す。

 やがて、男の子は女の子から目線を外してから、おずおずと切り出す。

「本当に、すてきだと思ってくれるなら……」

「くれるなら……?」

 そのあと続いたはずの二人の会話は、よく覚えていない。

「今日はバレンタインデーですが食べ物の持ち込みは禁止です。分かっていますね?」

「もちろんでーす」

 先生と女子たちの会話を聞き流しながら、ショートホームルーム終了を待つ。今日は、やけに進みが遅い気がする。リュックサックの中に手を入れた。教科書の他に分厚い箱の感触。

 昨日、友達と一緒に手作りしたトリュフチョコレートが入った箱。登校する前も、学校に着いてからも、何度も確認している。だけど、不安になっちゃう。

 いつもは使わない目覚まし時計を昨日の夜は珍しくセットした。しかも、いつも起きる時間の一時間も前に。髪型もきれいな三つ編みにしてきた。お母さんが、「明日は雨が降るわね」と言いそうな、『いつものあたしなら、やらないこと』をいくつもやっていた。

 ああ、早くこのチョコレートを、あこがれのハルトくんにわたしに行きたい。

 あたしの想い人、広瀬陽人くんは、ある理由で『ハルトくん』と呼ばれることが多い。彼に本命チョコレートをわたすために準備してきたの。サッカー部所属のハルトくんはイケメンで、いつも笑顔。学年で一、二をあらそう人気者で、ファンクラブもあるらしい。

 地味で何のとりえもないあたしが、人気者のハルトくんと両想いになれるはずはないんだけど。でも誰にだって好きな人にチョコレートをあげる権利くらい、あるはず。

 そう思って昨日、お菓子作りが得意な友達の家でチョコレート作りをしたんだ。その子とは、お母さん同士が幼稚園の頃から仲良しなんだよね。あたしはハルトくんにあげるためのチョコレート作りをして、友達は友チョコ作りをしていた。友達づきあいって、大変だよね。

 ショートホームルームが終わると、急いで教室を出る。今朝学校に来た時に、ハルトくんのくつ箱に、手紙を入れておいたの。

『放課後、一年生のわたりろうかに来てください。 月島ゆかり』

 手紙を入れる時、何度もくつ箱の名前を確認したし、周りを確認した。呼び出す場所も、しんちょうに考えた。

思った通り、わたりろうかには、誰もいなかった。元々人通りは少ないし、壁のおかげで周りから見えにくくなっているから好都合なんだ。チェック柄の紙袋を腕に抱える。

 心臓の音が早く、大きく聞こえる。すぐにハルトくんに来てもらいたい気持ちと、来てほしくない気持ちが、ケンカしている。そんな中、後ろからくつ音がした。

 いきおいよく、後ろを振り返る。そこには、広瀬くんが立っていた。でも、あたしが思っていた広瀬くんじゃなかった。というのも。広瀬くんは、同じ学年に二人いるんだ。

 広瀬蒼太くんと、陽人くん。二人は、見た目そっくりのイケメン双子。それぞれ、「ソウタ」、「ハルト」って呼び分けられることが多い。ソウタくんがお兄さんで、ハルトくんが弟。

 だけど性格は、正反対。ハルトくんは名前の通りおひさまみたいにあたたかくて、いい人。ソウタくんはいつも無表情でぶっきらぼう。何を考えてるか、わからない。ソウタくんとあたしは同じクラスで、ハルトくんとは別のクラスなんだ。

 あたしがチョコレートをわたしたかった相手は、ハルトくん。でも今あたしの方へ歩いてきているのは、ソウタくんだ。見た目はそっくりでも分かる。ソウタくんはいつも、同じピン止めをしているから。あれは、「氷の王子」って呼ばれているソウタくんだ。海の底みたいに暗い青色に、星型のラメが入っている金色の星のボタンがついたピン止め。ハルトくんもピン止めをしているけど、毎日違うものなんだ。女子からプレゼントされるんだろうね。

いつでも誰も近づくなオーラが出ている。だから「氷の王子」ってあだ名がついている。そんな彼をあたしは、どうやら間違って呼び出してしまったみたいだ。

(このピンチを、どうやって切り抜けよう? すなおにあやまったら、許してもらえるかな)

 頭をフル回転させていた時だった。ソウタくんがあたしのすぐ近くまで歩いてきて言う。

「……本当に、オレに用があるのか?」

 打ち明けるなら、今しかない。そう思って、首を左右にふる。するとソウタくんはどこか納得した表情を浮かべながら冷たい声で言う。

「……だろうな。どうせ、ハルトに用事があったんだろ」

 あたしは、うつむく。怒られるかな。そう思ったとき、ソウタくんがとがった声で言う。

「……さっさと行けば? ハルト、部活行っちまうぜ」

 気持ちがしずむ。だけどもっと文句を言われると思っていただけに、少しおどろいた。

 でも今はそんなことを考えている場合じゃない。ハルトくんがサッカー部に行ってしまったら、声をかけるタイミングを失っちゃう。たくさんの女子が待ち伏せしてるはずだから。

(ソウタくんにちゃんとあやまって、ハルトくんを探そう)

 そう思って、ソウタくんの顔を見上げた。そしてびっくりする。彼が、さびしそうな顔をしていた気がしたから。でも、あたしが見ているのに気づいたらすぐに怒った顔をする。

「行くのか? 行かないのか?」

「いっ、行きますううぅぅっ」

(やっぱり氷の王子だ! 怖い! 怒ってるもん! 言葉にとげがあるもん!)

 あわてて彼の前を通り過ぎようとする。その時、上ぐつの先が何かに引っかかるような感じがした。これはころぶ。そう思った時には体は傾き、紙袋は空を舞っていた。

 ああ、昨日のあたしのがんばりが。その紙袋の行く先を目で追うあたしは、地面にどしん。

「チョコレート!!!」

紙袋はソウタくんが見事にキャッチ。ああ、あたしのチョコレート。無事で何より。

「……ありがとう」

「いや。オレのじゃないのに受け取ったみたいになっちまって。ごめん」

 ソウタくんがぶっきらぼうにあやまってくる。あたしもすぐに、あやまる。

「広瀬くんは何も悪くないよ。こっちこそ確認もせずに手紙入れちゃって、ごめんなさい」

 ほんと、あれだけ確認したはずなのに、どうしてくつ箱を間違えちゃったんだろう。

「ごめんなさい、ありがとう」

チョコレートをわたすタイミングが、なくなっちゃう。クラブ棟へ急いだ。

 ついてみるとそこには、女子の人だかり。その中心に、ハルトくんがいた。他の女子を押しのけて、チョコレートをわたす勇気はない。視線を紙袋に向ける。そして、がっかりした。

 チョコレートは箱から出て紙袋の中に散っていた。さすがにこれは、わたせないや。一気にダブルパンチをくらった気分。あたしはとぼとぼとクラブ棟からはなれ、学校を出た。

 学校を出てみると、あちこちでかわいい紙袋をわたしたりわたされたりしている男女の

風景を見た。幸せそうな光景が、とても苦しかった。誰にも会いたくないし、話したくない。その時、公園のとなりの森のことを思い出したんだ。あそこなら、人通りが少ない。

 森の中には、休けい用の石の机といすが、いくつかおいてある。そのうちの一つに座り込む。ああ、お母さんに何て説明しよう。「うまく行く魔法をかけておいてあげるわね」なんて、都合のいいこと言ってたけど、全然うまくいかなかったよ、ホント。そういえば、お母さんは口ぐせのように毎日、『魔法』って言葉を使いたがる。なんでだろう。

 今朝見た占いは、ラッキースポットは公園、ラッキーアイテムは、魔法のステッキという結果だった。魔法のステッキを持っていなかったから、失敗したのかな。

 ああ、終わった。あたしのバレンタインデーが、終わってしまった。すっごくすっごく、楽しみにしてたのに。こんなサイアクの形で終わってしまうなんて。もう一つため息をつく。

 その時だった。地面の一部が光っているのが見えた。よく見ようと近くまで歩いていく。地面から、三角形が飛び出している。引っ張り上げてみると……。

「懐かしい! これ、持ってた!!!」

 それは、魔法少女が持っている魔法のステッキのおもちゃだった。ステッキの先端に、お星さまとリボンのかざりがついている。色がはげているし、泥だらけだ。

 あたしも昔、同じステッキのおもちゃを持っていた。どこに行くにも持ち歩いた。宝物だったけど、色がはげたりしてぼろぼろになっちゃったから、お母さんが捨てちゃったはず。

 自慢じゃないけどあたし、魔法少女アニメを毎週見てる。買い物に出かけるときはいつも、おもちゃコーナーを探す。変身グッズを見ては、にやにやしてる。他のお客さんが見たら変な人だと思われるって分かってはいるんだけど、そうせずにはいられないんだ。

 だって、同じものを持ってたらあたしも、魔法少女になれる気がするから。困っている誰かを助けられる気がするから。だけど、お母さんに「アンタ、もう中学生よ? そんなものを買う年齢じゃないでしょ?」って言われるのは目に見えている。だから、内緒なんだ。

 今年の四月で中学二年生。こういうアニメは小学校低学年までって思われてるかもしれないけど。中学生になったら魔法少女アニメは見てはいけませんって法律はないよね。

 土の中から引っ張り出したステッキを、テーブルの上に置く。誰が忘れていったんだろう。

 (いや、忘れたわけじゃなくて、わざとここに埋めたのかも……)

 タイムカプセルとして埋めたのかも。だったら、埋めなおしておいた方がいいのかな……。

 迷いつつ、ステッキを手に取る。ずっしり重たい。砂と泥で、ざらざらしてる。どこかに持ち主の手がかりがないかと、ステッキを裏返してみた。

「え!? どうして!?」

 思わず叫んでしまった理由。それは、ステッキに『月島ゆかり』って書いてあったから。

「どういうこと!? なんであたしの名前が書いてあるの!?」

 近所に同姓同名の人が住んでるのかな。でも月島なんて名字、他にいなかったはず。

『そんなにおどろかんでええ! ウチはアンタのものに違いないねん』

「誰!? ……あれ、誰もいない……」 

声が聞こえた。だけど誰もいない。あたしが首をかしげていると、もう一度声がした。

『ここや、ここ! アンタの手の中や。まーったく、どんくさいなぁ』

 手の中!? あたしは、ステッキを見つめる。すると、星のかざりがきらめく。

『せや。ウチは、魔法のステッキ様やで。しゃべれるんやで。どや、すごいやろ』

「ああ、なんだ。おもちゃか……」

 あたしは納得する。音が出るおもちゃくらい、どこにでもあるもんね。

『ちゃう! おもちゃじゃないねん! 本物やねん』

「いやいや、そんなはずないでしょ」

『そのショーコに! アンタとまともに会話ができてるやろ!?』

「たしかに……」

 会話ができる魔法のステッキなんて、聞いたことも見たこともない。ステッキを見つめた。どこかに、ひみつのスイッチがあるのかも……。すると、ステッキはぴょこんと起き上がった。おお! まるで、生きてるみたい! ちょっと感動。

『信用してへんみたいやから、一つウチの秘密を教えたろ。特別やで』

 星のかざりがピカッと光ったかと思うと、あたしと同じくらいの年頃の少女が現れた。

「ぎゃあああ! 急に人間が! こんにちは、そしてさようなら!!」

 不審者!? 不審者かもしれないから逃げよう。そう思ったけど、少女は冷静だった。

『ウチ、人間の姿にもなれるねん』

「ステッキさん!? ステッキさんなの!?」

 少女から発せられるのは、ステッキと同じ声。だとすると、やっぱりこの人はステッキ。

 ステッキが人間に変身できるなんて!!! これはもう、魔法としか考えられないよね。

「それじゃとりあえず、ステッキさんが魔法を使えるってことは信じるよ」

 あたしの言葉に、ステッキは満足げにうなずく。

「だけど、そのギャルみたいな見た目、どうにかならない?」

『誰がギャルや!! 絶世の美女っていうんや、分かってへんなぁ!』

 ステッキが怒った声で言う。

『まぁとにかく。ウチがアンタのもんであることに、変わりはない。安心し』

「分かった。話は変わるけど、ステッキさんに名前はあるの?」

 ステッキさんって呼びにくいから名前があると助かるんだけど。

『ウチか? ウチはスズって言うねん。よろしくな』

「あたしは、月島ゆかり」

『うん、それは知ってる』

 スズさんがにやっと笑って言った。

『それじゃ、さっそく行くで』

「どこに?」

『【魔法の杖工房】に、や。ウチ、どうやら故障してるみたいでな』

「故障……」

 それって、壊れてるってことだよね。

『人間の姿には短時間なれるけど。それ以外の魔法が一切使えへんねん』

 これは、本当にスズさんが魔法を使えるのか怪しくなってきたぞ……。そう思ったけど、あえて口には出さないでおいた。

「【魔法の杖工房】に行けば、魔法が使えない不具合、治るの?」

『治るはずや。せやから、連れて行ってほしいねん』

 そう言うと、スズさんは元のステッキ姿に戻る。あ、あたしに運んでもらうつもりだ。

 あたしが不満げな表情を浮かべていたんだろう、スズさんは言った。

『ウチが元のように魔法を使えるようになった時には、アンタの願い、一つかなえたるわ』

 そう言われて、断る人なんて多分、少ないよね。あたしも二つ返事で受け入れた。何をお願いするかなんて、後で考えればいい。

 スズさんの案内で、森をぬけ住宅街をぬけると、スーパーや薬局、雑貨屋などが並んでいる。そのお店がたくさん並んでいるなかに、ひっそりと建っている小さなお店を見つけた。

 お店の前には、丸字で『魔法の杖工房』」と書かれた木製のかんばんが立っている。

「本当に、ここであってるんだよね?」

『せや。なつかしいなあ』

 ゆっくりと店のとびらを開ける。ギギィと木がきしむ音と一緒に、そっと中に入った。

「すみませーん。おじゃましまーす」

 店の中は床も天井も、木でできていた。オレンジ色の明かりがてらす店内には、たくさんの杖が並んでる。おじいちゃんとかおばあちゃんが持ってる、歩くのを楽にする、アレね。

「杖がいっぱいおいてあるね」

『これは、魔法を知らない人がたずねてきても大丈夫なようにしてるねん』

 なるほど。魔法使いじゃない人が、魔法の杖が並んでいるのを見たら、大変だもんね。

「魔法の杖って、スズさんみたいな魔法のステッキのデザインだけしかないの?」

『持ち主によって、杖の形は様々や。全員がゆめかわなデザインになるわけやない』

 カウンターにおじいさんがいて、ちらっとあたしたちを見た。でも、すぐに視線をそらす。

 スズさんがあたしの腕から飛び出てカウンターに飛びのり、おじいさんに声をかける。

『久しぶりやなぁ、じいさん! もどって来たったで』

「……誰ももどってきてほしいとは、頼んどらん」

 静かだけど、すごみのある声だった。スズさんは話を勝手に続ける。

『あんな、どうも調子が出えへんねん。どっか壊れてるんちゃうかと思うねんけど』

「……それは、お前さんのかんちがいじゃないのか」

『ちゃうちゃう! ウチはもっと出きる子のはずや』

 スズさんの言葉に、おじいさんは大きなため息をついた。そして、あたしに向き直る。

「お前さんが、スズを見つけてきたのか」

 とりあえずうなずいておく。

 おじいさんはスズさんを手に取った。そしてスズさんを持ち上げたりしてながめる。

『あー、そんなに見んといてぇや。恥ずかしいやん』

「恥ずかしがる必要はない。お前さんはただのステッキだ」

『ひどいじいさんやな』

 おじいさんはスズさんを色々な角度から見たあと、あたしに向かって言った。

「壊れている、といえば壊れている。しかし壊れていないともいえる」

『どういうことや?』

 スズさんの声に、おじいさんは答える。

「スズには、部品が足りておらん。しかしその部品はお前さんたちで探しだす必要がある」

『その部品って、どこに行けば手に入るん? さっそく探しに行くわ』

 たしかに部品が足りないなら、探さなきゃいけないよね。でも、その部品がもし見つかったとしてもそれって、もらえるわけじゃないよね。あたしの持ってるこづかいで、なんとかなるかな。おじいさんはまっすぐあたしの目を見つめた。

「お前さん、本当に魔法が使えるようになりたいと思っているのかね?」

 おじいさんの問いに、小さくうなずく。スズさんのこわれている部分が分かって魔法が使えるようになったら、願いごとを一つかなえてくれるって約束してもらったからね。

 おじいさんはじぃっとあたしを見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。

「それなら、足りない部品をスズと一緒に探しなさい」

『だから、どこにあるんかって聞いてるやん』

 スズさんが少し怒ったような声で言う。けれど、おじいさんは首を横にふる。

「どこにあるのかと聞かれても答えようがない。ただ、一つ言えることがある」

 おじいさんはそこで言葉を切って、スズさんをあたしに返しながら言った。

「まずは、元の持ち主を説得することだ。それができなければ、どうにもならん」

『何を説得したらええん? 魔法でみんなを助けへんかって聞くん?』

「そうだ。アイツがまた魔法を使いたいと思えるようにしてやってほしい」

 アイツ……? アイツって誰だろう。元の持ち主のことだよね?

「スズさん、元の持ち主のことって覚えてる?」

『もちろんやで。忘れへんわ。前の持ち主の名前は、ひろせそうたっていうねん』

 あたし、その名前を聞いてかたまる。そして、おそるおそる、言う。

「えっと……。もう一度、名前を言ってもらってもいいかな」

 そう尋ねたとき、ガサガサという音がひびく。思わず音のした方を見て言葉を失う。

「ああ!? スズさんそれ……!?」

 スズさんが、ガツガツと食べているもの。それは、ハルトくんにあげるはずだったチョコレート。でももう彼にはわたせないし、これでお母さんに言い訳を考える必要もなくなった。

 口いっぱいにチョコレートをほおばったスズさんが、もぐもぐと言葉を話す。

『だから、ひろせそうた、やって。なんども言わせんといてや』

 あたしは、それを聞いてがっくりと肩をおとす。まさかあの氷の王子が元々の持ち主だったなんて! 魔法とは程遠い感じがするけど、スズさんがそう言うのなら、間違いないよね。

 ああ、同じ広瀬くんでも、ハルトくんだったらよかったのに!  その時。

(あれ……? もしかして、おじいさん、ソウタくんと知り合い……?)

 見ず知らずの人を、アイツって呼ばないはず。それに今のおじいさんの言い方だと、ソウタくんに魔法が使えた時期があったってことだよね。でも今は使ってないってこと……?

『ソウタくん、あたしと一緒にスズさんの足りないパーツを探してくれないかな。見つけられれば、魔法で願いをかなえてもらえるよ』

 そう、彼を説得するイメージ映像が浮かぶ。だけど元々彼が魔法を使えたなら、この作戦は使えない。そもそも、あの氷の王子に話しかけるってことだけでもあたしには難しい。

「無理無理!!! あたしには無理です!!!!」

『なんでや! まだやってもみてへんのやから、分からんやろ!』

 スズさんがふてくされた声で言う。

「だって相手はあの、氷の王子だよ!? 人を寄せつけなくて、魔法なんて興味ありませんって顔をしてて、怖そうなオーラ出してる、あのソウタくんだよ!?」

 そう一息に言っておじいさんを見て、おどろいた。おじいさんがとってもさびしそうな顔をしていたから。さっきのソウタくんのあの表情と似ている気がした。

『まぁアイツ、自分の意見は曲げへんからな。なかなか難しいとは思うわ』

 スズさんの言葉に、ぶんぶんと首をたてにふる。あたしにも身に覚えがあるから。

 それは、あるショートホームルームの時だった。担任の小山田先生がとつぜん、委員決めをすると言ったの。クラスから各委員会に一人ずつ、入ってもらう人を選ばなきゃいけない。

 先生は全部の委員会の担当が決まるまで全員帰らせないと言った。次々と委員が決まっていくなか、学級委員が全く決まらない。授業の号令や移動教室の時、整列させたりしないといけないから。それに放課後、会議で集められる回数が、他の委員会よりも多い。だから、みんな嫌がった。だんだんとクラスの雰囲気がピリピリし始めたその時、誰かが言った。

「そういうのって、賢いヤツがするべきじゃないか」

 他のクラスメートも次々に賛成した。それで、成績がいいソウタくんの名前が挙がったの。

 先生も早く決めてしまいたかったんだと思う。彼の名前が上がるとにっこりした。

「それじゃ、広瀬くんお願いできるかな」

 本来なら、そこでソウタくんが引き受けて終わるはずだった。でも、実際は違った。

「いえ、オレはやりません」

 ソウタくんはきっぱりと言った。先生はそれを聞いて一瞬不満そうな表情を浮かべた。

「広瀬くんが学級委員としてクラスの人をまとめてくれると、先生も嬉しいんだけどな」

 先生はあきらめきれず、もう一押し。でもソウタくんの気持ちは変わらなかった。

「オレは、人をまとめる素質はないし、まとめる気もありません」

 それを聞いて女子や男子の一部が、「おおこわっ」と冷笑していた。

 だけど、その声がまるで耳に入っていないかのようにソウタくんは冷静だった。あの時思ったんだよね、ソウタくんって自分の意見がはっきり言える人なんだなって。

 そのあとのこともはっきり覚えてる。すでに委員会決めをし始めてから三十分ほど経ってしまっていて、みんな明らかにイライラし始めていた。この時期は体験入部期間中だった。入りたい部活を体験して回って、入部する部活を決めるという時期。あたしも、早く部活動を見て回りたかった。それに、クラスのはりつめた空気がいやで仕方がなかった。

 そんな時不幸にもあたしは、小山田先生と目が合ってしまった。それからは、予想通り。

「月島さん、やってくれるかしら」

本当は、やりたくないって言いたかった。だけど言えなかった。思えばこの時ほど、自分の意見が言えなかったことをうらんだことはなかったかもしれない。でもあたしは、クラスメートにどう思われるかを考えてしまって、結局学級委員になってしまったんだ。

 断れなかったあたしと、はっきりと断ったソウタくん。これだけ違いがあるのに、彼を説得できるのかな。あたしの心は不安でいっぱいだった。

 次の日。あたしは、『氷の王子説得計画』と書かれたノートと、スズさんをリュックサックに入れて学校に向かった。彼が簡単にあたしたちに協力してくれるとは思えない。だから、前もってスズさんと作戦を立ててみたんだ。なんだか、宿題が一つ増えたみたいだった。

 スズさんは自信満々だったけど。あたしは全然自信がない。

 教室でソウタくんは、一人で本を読んでいた。ブックカバーで本のタイトルは見えない。

 なんて話しかけよう。まずは、昨日のことをもう一度あやまるべきかな。

 大きく息をすいこみ、ソウタくんの席に立つ。彼は、まったく気にせず本を読み続けてる。

「あの、広瀬くん……」

 おそるおそる、あたしが声をかけると、ソウタくんはゆっくりと本から顔を上げた。その表情は、本当に氷の王子そのもの。あたしの肩がびくっとはねる。

「何か用」

 一気に、あたしの体温が下がったような感じ。でも、ここで逃げるわけにはいかない。

「あの、あのね。昨日は、その。……ごめんなさい」

 あたしの声に、彼はひどく不機嫌な顔をした。そして視線を本に戻すと言い放った。

「用件はそれだけ?」

 それだけならもう用はないという感じ。あたしは言葉を続ける。

「ううん。まだあるの」

 仕方なさそうにソウタくんは本にしおりをはさんだ。あたしの方を見つめる顔は、あこがれのハルトくんと同じもの。だけどその目は、あたしをにらんでる。

「あのね、協力してほしいことがあるの。……スズさんのこと」

 ソウタくんは一瞬きょとんとした。けれどすぐに何か思い出したようで、顔をしかめる。

「嫌だね」

 彼は即答する。まだあたし、詳しいことは何も話していないのに。

「え? でも……」

「悪いけど、オレはもうスズとは関係ない人間だから。その話は二度としないでくれ」

 ソウタくんは教室を出て行ってしまった。ああ、作戦、一つも使えないままだった。

 結局、彼の前に立ったら頭の中が真っ白になってしまった。人と話すことが苦手な性格が、災いした。とぼとぼと、自分の席に戻る。なんとか話を聞いてもらう方法を考えなくちゃ。

 帰り道。人間の姿になったスズさんは、あたしのとなりを歩いている。

『やっぱり、アイツを説得するのは無理があったか。……しかし、どないしよ』

「ごめんね、あたしがもっとうまく説得できてたら……」

『いや、これに関してはどうしようもあらへん。ゆかりのせいやないで』

 スズさんはそう言ってくれるけど、やっぱり責任を感じちゃう。

『アイツの説得は後や。足りない部品をどうやったら見つけられるのか考えるのが、先やな』

 そう言って、スズさんはあたしの方を見る。

『まずは、魔法のステッキとして困っている人を助けることが大事なんちゃうかな』

「そうだね、人助けをしていれば、足りない部品についての情報が集まるかもしれないし」

 困った人探しをすること。それが今あたしたちにできることだと思う。ただ……。

「そんな簡単に困っている人たちを見つけることができるかが心配だよ」

『せやな。ウチ、今困ってますって口に出す人って少ないやろうからな』

 公園の前を通りかかる。ベンチに座り込んでいる人が目に入った。制服は、あたしと同じ中学のもの。立ち止まってよく見てみると、同じクラスの長井さんだった。

 一学期の学級委員は、押し付けられたあたし。二学期、三学期のあたしのクラスの学級委員は、この長井さんだった。長井萌ちゃん。ニックネームは、委員長。メガネをかけていて、髪型はポニーテール。クラスのリーダー的存在で思ったことは、はっきり口に出せる人。そんな彼女のことが、あたしは少しうらやましい。

 一学期の委員会決めのとき、長井さんは欠席だった。次の日登校した彼女は、すでに学級委員が決まってしまったと聞いて、落ち込んでいた。長井さんに代わってもらおうかと思ったけどあたしから言うのも違うかなと思って。それで一学期は、学級委員をがんばった。

 ちなみに学級委員は男女一人ずつ。男子の学級委員の田中くんは、あたしと同じく学級委員を押し付けられた形だったから、全然仕事してくれなかった。何かあっても、知らんぷり。

だから二学期になって学級委員に長井さんが手を挙げてくれたときには、すごくほっとした。これであたし、学級委員の仕事から解放されるんだって、とっても安心したんだ。

 長井さんは、人をまとめたり指示を出すのがとてもうまい。あたしみたいに、へなへなしてなくて、次々と指示をだしてくれる。指示の出し方が分かりやすいから、みんなも動きやすい。まるで魔法のように、長井さんの言葉でみんなが動くんだ。

 いつも自信たっぷりに見える長井さん。でも今日はぼーっと、膝の上の何かを見ている。

『なんや、知り合いか』

 スズさんの言葉に、あたしはうなずく。

「うん、学校のクラスメート。委員長って呼ばれてる長井萌ちゃん」

『なんか、悩んでいるようにも見えるな。声、かけてみよか』

 スズさんはそういうと、ぽんとステッキの姿に戻る。

『見ず知らずの人間がおると話しづらいやろ。アンタだけで行った方がええ』

 たしかに。話したことはあまりないけど、一応クラスメートだもんね。

『さぁ。アンタとウチの初めてのお仕事になるかもしれん。きばっていくでっ!』

 スズの言葉に背中を押され、長井さんの方へ歩き出す。ゆっくりと顔を上げた時、長井さんのポニーテールがゆれる。あたしを見ると、彼女は少しおどろいた表情を浮かべた。

「月島さん……」

「長井さん、こんにちは」

 そう声をかけて、言葉につまった。どうしたのなんて聞いたら、長井さん嫌がるかな。口をぱくぱくさせた。その時、長井さんが膝の上に置いていたものが目に入る。

 さっきまで、長井さんが見つめていたもの。それは、ピンク色のラッピング袋に入っていた。袋には、『ハッピーバレンタイン』と書かれた紙の札がついている。もしかして……。

 思わず、彼女とラッピング袋を見比べた。どうしよう、聞いてもいいのかな。迷っていると長井さんも、あたしと袋を見比べる。やがて小さな声で言った。

「……聞いてもらっても、いいかな」

「え?」

「……あ、嫌だったらいいんだけど」

 長井さんがあわてて言う。あたしは、ぶんぶんと首を横にふった。

「ううん、あたしでよかったら、話聞くよ」

 それを聞いて、長井さんの表情がかがやいた。

「ありがとう。誰かに聞いてほしいって思ってたんだ。よかったらとなり、座らない?」

 あたしは、長井さんにうながされて、となりにすわる。

「これ、本当は昨日、ある人にあげるつもりだったんだ。……でもわたせなかった」

 長井さんは両手で袋を包み込むように持つ。よっぽど、大切な人にわたしたかったんだね。

「あのさ。正直に言ってほしいんだけど。わたしのこと、どう思う?」

真剣な表情の長井さんにそう聞かれて、あたしは一瞬答えに困る。でも、正直に言う。

「あたし、長井さんのこと、尊敬してるよ」

 そういうと、長井さんの目が大きく見開かれた。

「だって、いつもみんなをリードしてくれるもん。あたしにはそんなこと、できないよ」

「でも、そういうのってうざいって思わない? 調子乗ってるって思わない?」

 長井さんがあたしの方にずいっと体を寄せる。そんなに近寄らなくても……。

「思わない。みんなをまとめることは誰にでもできることじゃないし、長所のはずだよ」

 長井さんはあたしのことをじーっと見つめる。恥ずかしい。だけど、ここで視線を外しちゃったらいけない気がする。しばらくして長井さんはほっとしたような表情を浮かべた。

「そっか、そう思ってくれる人もいるんだね。安心したよ」

「どうかしたの」

 自然と、そう尋ねていた。口に出してからあっと思った。でも、もう引き返せない。長井さん、答えてくれるかな。困っちゃわないかな。そう思っていたら、長井さんがうつむく。

「……わたし、どうやら嫌われてるみたいなの、その人に。だから、わたせなかった」

 ぽつりと長井さんは言った。あたしが首をかしげると、長井さんは少し笑って続ける。

「わたしさ、同じクラスの田中くんのことが好きになっちゃったみたいなの」

「え!?」

 田中くんって、あの田中くん!? 一学期、あたしと一緒に学級委員をやらされて、二学期も三学期も学級委員を押し付けられている、あの田中くん!?

「初めてなんだ、人を好きになったの。今まで男の子のことなんて、遊びやすい友達としか考えてなかったし。それが変わったのが、二学期始まってから少し経った頃だったかな」

 ほんのり顔を赤くした長井さんはピンクのラッピング袋にふれた。

「田中くん、ああ見えてけっこういいところ、あるんだよ? いつもは手伝ってくれないけど困ったときは助けてくれるし。手伝えることはないかって声をかけてくれるし……」

 あれ、おかしいな。あたしの時は、全部あたしに押しつけてたよ? 

 そう言いかけたけど、やめておいた。せっかくの恋心をじゃまする気はないもん。

「みんなを整列させたり、司会をしたり。一緒にいることが増えて少しずつ……ね」

 長井さんは遠い目をする。

「父親は課長で、母親は看護師長。いつも人の上に立つ人間になりなさいって言われてた。

小学生の頃、わたしが班長になったって言ったらお父さんが一言、すごいってほめてくれた。すごくうれしくて。それから、人をまとめられるリーダーでいようと思ったの」

 ああ、あたしと一緒だ。あたしと長井さんはまったく違う。でも、思ってることは一緒。誰かにすごいって言ってもらいたい。認められたい。長井さんも同じ。だから、必死に人の上に立てる人になろうとした。

「リーダーになるための本を読んだり、いい成績をとれるように必死で勉強したりした」

 生まれつき才能があるんだと思ってたけど違う。彼女は自分で道を切り開いていたんだ。

「だけど。……昨日の放課後、聞いちゃったんだ、田中くんと女子たちが話しているところ」

 長井さんは、小さくためいきをつくと一息で言った。

「その女子たちは、あたしのことをうざいって言ってた。調子に乗ってるって」

「ひどい、そんなこと言ったの田中くん」

「田中くんもそう思うでしょって聞かれて、そうだねって答えてた」

 そこで言葉を切って、長井さんは手に持ったピンクの袋を強くにぎりしめた。

「お菓子作りなんてしたことなくって。とにかくお菓子作りの本をたくさん読んで、このチョコレートを作ったんだ。でもわたす前に、その話を聞いちゃったからわたせなかった……」

 長井さんの話を聞いてたらあたしまで、悲しくなってくる。そっと長井さんの方を振り返る。長井さんはうつむいていた。何か、彼女をはげませるような言葉をかけてあげないと。

言葉によっては彼女を傷つけることになる。どんな言葉なら、彼女をはげますことができるだろう。その時、ふと昔、お母さんに言われた言葉を思い出した。

「……人をきらう人は誰かにきらわれる。悪口を言う人は、別の誰かに悪口を言われる……」

「え?」

 長井さんがあたしを見た気配がした。小学生の頃、あたしがクラスメートに悪口を言われて泣いて帰った時、お母さんに言われた言葉。

「あたしのお母さんが言ってたんだ。人をきらいっていう人は、同じように誰かにきらわれる。誰かの悪口を平気で言う人は、別のところで別の誰かに悪口を言われるんだよって」

「そう……なんだ」

 あたしは、長井さんの目を見つめて言った。

「人のことをよく知りもしないで悪く言う人のことなんて、気にしなくていいと思う。あたしは長井さんがかっこいいと思うし、そのままの長井さんでいてほしいって思う」

 そう言い切ると長井さん、すごくうれしそうな顔をした。

「ありがとう、月島さん」

 お礼なんて言われることが少ないから、照れちゃうよ。なんだか、心がぽかぽかする。

「ね、長井さん。そのチョコレート、やっぱり田中くんにわたさない?」

「え? ……でも、バレンタインデーは終わっちゃったし、それに……」

 そこで口を閉ざす長井さん。長井さんが言いたいことは、分かる。田中くんは自分のことをよく思っていないかもしれない。彼に嫌がられるかもしれない。そう言いたいんだ。

「田中くんに、直接聞きに行こう」

「え? え?」

 長井さんは、目を白黒させる。そうだよね、直接聞ける勇気があったら苦労しないよね。

 でも、ここではっきりさせておかないと、あの時チョコレートをわたした方がよかったかな、とか田中くんの気持ちはどうなんだろう、とか何かあるたびに考えることになる。

「もしかしたら、長井さんが傷つくことになるかもしれない。だけど、ここで立ち止まってたら、これからたくさん後悔することが増えるような気がするんだ」

「月島さん……」

 長井さんはあたしを見ると、少し笑った。

「いつもは自分の意見をあまり言わないのに。……わたしのために、ありがとう」

 あ、やっぱりあたしって、自分の意見を言わない人って思われてるんだ。ちょっとだけ落ち込む。でも、本当のことだからね。

 長井さんは元気よくベンチから立ち上がるとあたしに向かって言う。

「分かった。明日帰りに、田中くんに聞いてみる。そのときは一緒にいてくれる?」

「え? あたしでいいの?」

あたしは思わず長井さんの顔を見つめる。長井さんはうなずいた。

「もちろん。だって、わたしの相談にのってくれたのは、月島さんだもん。月島さんと一緒なら、聞ける気がする。協力してくれる……よね?」

 少しだけ自信がなさそうにあたしを見つめる長井さん。

「もちろん、協力するよ。大丈夫、きっとうまくいく」

 そう言いながら、決心する。もし田中くんが長井さんを傷つけたらスズさんに頼んで、いたずらしてもらうんだからっ!

 次の日。教室に着くと、長井さんがすぐに寄ってきた。

「月島さん、昨日は相談にのってくれてありがとう」

 休み時間、一人で過ごすことが多い長井さんとあたし。そんな二人が、何やら話をしている。他のクラスメートがおどろいた目であたしたちを見つめてる様子が伝わってくる。

「ううん、あたしは何も……」

 あわててそう答えると、長井さんはあたしの机の上にそっと、小さな包みを置いた。昨日見た、ピンクのラッピング袋と同じもの。

「これ、相談に乗ってくれたお礼。気持ちだけだけど、受け取って」

「え!? いいの!? ありがとう」

 何が入ってるんだろう。気になるけど、先生に見つかってもいけないし……。

「家に帰ってから開けさせてもらうね」

 あたしはそう言って、そっとリュックサックの中に包みをしまいこんだ。誰かに何かをもらったそのことだけで、とっても心があったかくなる。

 その日は、放課後になるまでがとても長く感じられた。もちろん、いつも長く感じているけれど、いつもよりさらに長く感じられた。

 終わりのショートホームルームが終わって、放課後になった。長井さんは急いで田中くんの席に向かう。そして何か彼に言うと、あたしのところへやってきた。

「田中くんに、今から少しだけ話したいって言って来た」

「じゃあ、今から……」

 ごくんとつばを飲み込む。今から、田中くんに自分のことをどう思ってるか、聞くんだね。

「ここだと他のクラスメートたちに聞かれちゃうから、中庭に来るように言っといた」

「それじゃ、先に二人で中庭に行って待ってようか」

 あたしたちは、ろうかを通って中庭に向かう。中庭に着くと、長井さんはリュックサックの中から、一つの袋を取り出した。昨日大事に持っていた袋。長井さんが一生けんめいに作ったチョコレートがこの中には入っているんだろう。

 あたしと長井さんはなんでもない話をして、田中くんを待った。頭の中では、田中くんは来てくれるのか、来てくれないかもしれないという考えがぐるぐる回っていた。

 そんな時間が数分過ぎた時、中庭に、田中くんがやってきた。制服のボタンを第一ボタンまでしっかりとめて、丸メガネをかけている田中くん。猫背な背中が、いつもよりさらに、丸まっている。彼はゆっくりとあたしたちの前までやってくると、戸惑った口調で言った。

「話があるって聞いたけど……」

「うん」

 長井さんは、短く答える。袋を持った両手は、後ろに回している。

「えっと、あのね。……あたしのこと、どう思う?」

 田中くんは長井さんを見て、すぐ視線をそらした。急に聞かれても、困っちゃうよね。あたしも昨日、同じことを聞かれて悩んだもん。そう思って、悪いとは思ったけど口をはさむ。

「同じ学級委員として、長井さんがどういう風に見えるか、長井さんは聞きたいんだって」

 あたしがそういうと、長井さんすごく安心した表情をする。言葉って、難しいよね。今、長井さんは自分の伝えたいことを充分に伝えられるだけの心の余裕がないように見える。せっかくあたしがここにいるんだから、長井さんが伝えたいことをあたしが受け止めて、田中くんに伝えてあげたい。もちろん、そのまま田中くんに届くのが一番いいんだけどね。

「長井は、学級委員の仕事に一生けんめいですごいと思う。ぼくは正直、学級委員なんてやりたくなかったから、仕事もちゃんとこなす気はなかったんだけど」

 田中くんは、長井さんの目を真剣に見つめて続ける。

「でも、長井の様子を見て変わったんだ。こんなに相方ががんばってるのに、ぼくは何もしなくていいのかって。だから、少しでも役に立とうって思った」

(田中くん、申し訳ないけどそれ、一学期の時点で思ってほしかった……)

 あたしが小さなため息をついているのには気づかず、長井さんが勢いこんで言う。

「田中くんが手伝ってくれるからわたし、すごく助かってる。ありがとう。……でもわたしのこと、本当は、うざいって思ってない?」

 田中くんは、長井さんの目をまっすぐ見た。ゆっくり言葉を選びつつ言う。

「うざいなんて、思ってないよ。どうしたらうまく人をまとめられるのか、とかいっぱい本を読んだりして知ろうと努力してるの、見てきたから」

「……ありがとう。安心した」

 長井さん、とってもうれしそう。長井さんもあたしも、田中くんがうそを言っているようには思えなかったから。しかしそこで田中くんの表情がくもる。

「ごめん」

「え?」

 長井さんが戸惑った顔をする。すると田中くんがうつむく。

「ぼくは人にきらわれるのがこわくて、周りの意見につい、同意してしまったんだ。本当はそんなこと、これっぽっちも思ってないのに。もし、思ったことをそのまま相手に伝えてしまったら、明日から自分の居場所がなくなってしまうような気がして」

 田中くんの言葉は、あたしにも、そして長井さんにもきっと納得できることだ。

「そんなの、気にすることないって」

 長井さんはそう言って、袋を田中くんの方へつきだす。長井さんと袋を見比べる田中くん。

「バレンタインデーにわたしそびれちゃったんだけど。よかったら、もらってくれないかな」

 長井さんの言葉に、田中くんの顔がぱあっと明るくなる。

「ぼくにくれるの!? ありがとう」

 袋を受け取る田中くん。よかったよかった。そっとその場をはなれる。あたしがいると、じゃまでしかないからね。

 二人が見えなくなった時、急にリュックサックが左右に揺れだす。チャックをあけると、ステッキの状態のスズさんが飛び出してくる。

「ちょっとスズさん! 誰かに見られたらどうするの」

『誰もおらへんって、大丈夫やって! それより、上手く行ったな』

「うん」

 あたしも本当は、誰かとこの気持ちを分かち合いたかったから、うれしい。

『ウチ、なんかな、心がぽかぽかしてんねん。こんなん、久しぶりやわ』

「人のために何かをするって、なんか、幸せな気持ちになるね」

 あたしも、スズさんと同じ気持ち。そう思ってステッキ状態のスズさんを見てふと気づく。

「ねえ、スズさん。スズさん、少しだけきれいになったんじゃない?」

『そうか? そんな感じ、自分ではせえへんけどな』

 そう、あたしから見るとステッキのスズさんが今朝より少し、きれいになった気がする。

『気のせいちゃうか。だいたい、ウチは元々美人やし』

 スズさん本人に気のせいだと言われると、そんな気がしてしまうけど……。まあ、なににせよ、長井さんが傷つかなくて、本当によかった。

(でも、スズさんは美人じゃなくてギャルだと思う……)

 そう心の中でツッコミを入れながらあたしたちは、るんるん気分で家に帰った。

家に帰るとまず自分の部屋に行って、長井さんからもらった包みを開けてみる。

 中にはチョコレートが入っている小さなびんと、メッセージカードが入っていた。

『色々と助けてくれて、ありがとう。よかったら友達になってください』

 そうきれいな字で書かれたメッセージカード。スズさんがリュックサックから出てくる。

『よかったな、人助けもできて、友達までできたやん。いいことだらけやな』

「そうだね。あとはスズさんの足りない部品の情報が見つかることを願うだけだね」

『そう簡単に見つかるわけないやろ。ゆっくりがんばろ』

 スズさんの言葉にうなずく。これは大事な宝物だ。なくさないように、しまっておこう。

メッセージカードを勉強机の引き出しにしまおうとした時だった。カードからオレンジ色の小さな光が浮かび上がった。そして、ステッキ状態のスズさんに吸い込まれていく。

「え? 何?」

 あたしがおどろいていると、スズさんが得意げな口調で言う。

『これが、感謝の証やな。たくさん集めれば集めるほど、そのステッキはたくさんの人を幸せにしたってことや。ステッキとしての、レベルが上がるっちゅうことやね』

「でもあたしたち、魔法で解決したわけじゃないよ?」

『魔法で解決したかどうかは、重要じゃないみたいやな』

「それじゃ、とりあえずは人助けをして、この感謝の証を集めていけばいいんだね!」

 スズさんの足りない部品がどこにあるか分からない以上、今できることをするしかない。それにスズさんのステッキとしてのレベルが上がれば、魔法が使えるようになるかもしれない。よ、よーし、がんばるぞ!

 長井さんを幸せにできたから、少し自信がでてきたみたい。これなら、スズさんと一緒にやっていける気がする。とはいえ、まだソウタくんを説得はできてないわけだけど……。

 あたしは、大きくためいきをつく。人を幸せにするためにどうしたらいいか考えるより、蒼太くんを説得することの方が難しい気がしてきた……。

『そんなに顔をしかめてたら、ホンマにそんな顔になってまうで』

 スズさんの言葉に、あたしは自分の両ほおをたたく。悩んでる場合じゃない。少しずつでも前に進まなきゃね。

『とにかく一つ前進や』

 あたしとスズさんは、まずはこの前進を喜ぶことにした。

 次の日の朝。学校に着くと、くつ箱にソウタくんが立っていた。腕組みをして何かを考え込んでいるみたい。誰かを待っているのかな。

 気になりつつも、ソウタくんの前を通り過ぎようと思ったら。

「……おい」

 低い声で呼び止められた。もしかして、あたしに言ってる?

 あたしが足を止めて、ソウタくんの方を振り返る。すると、彼は冷たい目であたしを見すえて、静かな声で言った。

「……お前、昨日誰かに感謝されたか」

 びくんとあたしの心臓がはねる。なんで、ソウタくんの前だとこんなにきんちょうするんだろう。それになんだか、周りが急に寒くなった気がする。多分、気のせいだけど。

 とにかく何か言葉を返そうと思ってあたしが口を開きかけた時だった。

「おはよう、月島さん!」

 後ろから声をかけられてふりかえると、長井さんと田中くんがこちらに歩いてくるところだった。長井さんはあたしにかけよってくると、あたしにだきついた。

「本当にありがとう! 田中くんとのきょりがちぢまった気がするの。月島さんのおかげ。感謝してるわ」

 あたしは長井さんにだきしめられながら、ソウタくんを見た。彼は、一瞬戸惑った表情を浮かべていたけれど、すぐいつもの無表情に戻ってしまった。

 ああ、せっかくかっこいい顔してるのに、なんだかもったいない。

 長井さんはあたしからはなれると、あたしとソウタくんを見比べた。

「あら。珍しい組み合わせね。おじゃまだったかしら。じゃあ月島さん、あとで教室でね」

 そういうと、長井さんは田中くんと仲良くおしゃべりしながら教室へと歩いて行ってしまった。ああ、あたしを置いていかないでよ! 氷の王子と残されたって困るんだよおっ!

 そんなあたしの気持ちは置いてきぼりで、取り残されたソウタくんと、あたし。

「……なるほど。誰に感謝されてるのかは、分かった」

 ぼそりと、ソウタくんが言う。そしてあたしに向き直ると言った。

「……人を幸せにする覚悟が、お前にあるのか」

 その表情と言葉の意味は読み取れない。あたしは、少し考えこむ。人を幸せにする覚悟。それって、一体、どんな覚悟なんだろう。

 その意味を考えていると、彼は何も言わずにため息をつくと、背中を向けて去っていった。その背中が、少しだけさびしそうに見えた。

 教室に着いてからも、授業が始まってからも、あたしの頭の中ではソウタくんの言葉がぐるぐるしていた。

 授業の内容が頭に入ってこなくて、休み時間に入っていたのも、気づかなかったくらい。

「ノートなら、見せてあげるけど……」

 授業をまったく聞いてなくて、板書をとってなかったと相談したら、長井さんは、あたしに授業のノートを貸してくれた。やっぱり、持つべきものは友達だなぁ。

 四月の入学式から、教室で一人過ごすことが多かったあたし。友達と呼べるようなクラスメートはいなかった。長井さんという友達ができたのは、スズさんと出会ったおかげだね。

 あたしは、スズさんと長井さんに感謝しつつ、ノートを写す。そんな時だった。教室の外のろうかが急にさわがしくなった。

 ろうかの窓を見る。教室の外にハルトくんが立っているのが見えた。突然、乱暴に教室のとびらが開けられたかと思うと、田中くんがあわてた様子で入ってくる。

「おい月島、広瀬がお前に用があるってさ」

 え、ソウタくんが? そう思ってソウタくんの方をふり返る。だけど彼は、前にあたしが話しかけたときと同じように、自分の席で本を読んでいる。

 あたしの視線に気づいて、田中くんが再びあたしに言う。

「ちがう、そっちの広瀬じゃない。となりのクラスの広瀬だ」

 そう言われて、あたしはびっくりした。え!? ハルトくんがっ!?

 それを聞いて、同じクラスの女子もざわめく。そりゃ、そうだよね。ハルトくんはこの学年、いや学校中の人気者って言っても過言じゃない。

 その人がクラスメートに会いに来たって聞いたら、思わずその人の顔を見ちゃうと思う。

 しかもあたしみたいな、目立たない女子に会いに来たなんて、そりゃあおどろくよね。

 痛いほどクラスの女子の視線をあびながら教室を出る。ハルトくんは、あたしを見つけると、笑顔であたしに手招きした。

 あたし、そういえば、まともにハルトくんとお話したことないかもしれない。それなのに、なぜ好きになったかと聞かれると困っちゃうけど……。

「急に呼び出して、ごめんね」

 ハルトくんはまず、あたしにそうあやまった。こういう気づかいがきっと、モテる理由の一つなんだと思う。さらに、顔がイケメンときてるし。

「ううん、大丈夫。……あたしに何か用事があるの?」

 あたしが聞くと、ハルトくんは小さくうなずいた。そして周りを見わたす。辺りには、あたしたちの様子を監視するようににらんでくる女子たちがたくさんいた。

「でも、ここでは言いにくいから。放課後、君の家に行ってもいいかな」

 あたしも、これ以上女子たちの注目をあびたくない。だから、ただうなずいた。でも、あたしの家、ハルトくんは知ってるのかな。

「それじゃ、あとで」

 そういうと、ハルトくんはさっさと自分の教室へ帰ってしまった。長井さんが教室から出て来て、あたしに小声で言った。

「めずらしいね。ソウタくんがいる教室には彼、近づきたがらないから」

 そうなんだ。あたしがそう返そうとしたとき、ろうかと教室を結ぶ窓から、ソウタくんが見えた。彼は、本から顔を上げてこちらを見つめていた。

 でも、あたしと目が合うとすぐに本に視線を戻してしまう。もしかしたら今、彼を説得するチャンスだったかもしれない。逃げた魚は大きい、かも……。

 女子たちのよく思っていない視線。これをもし、自分ひとりで受け止めることになっていたらつらかったかも。長井さんがいてくれてよかった。そう思いつつ教室の中へと戻った。

「わたしさ、広瀬家と家が近所なんだよね」

 次の休み時間。あたしのとなりに立っていた長井さんが唐突に言う。

「それでよく一緒に遊んだんだわ」 

 そっか、それでさっき、ハルトくんとソウタくんって呼んでたんだね。

「昔からソウタくん、クールなところはあったけどさ」

 長井さんはつぶやくように言う。

「でも、今とはなんか違う。今は、人と関わりたくないって感じ」

 そうなんだ……。昔は、ソウタくんもハルトくんみたいに優しくて、いい人だったのかな。

 あたしは、そっとソウタくんを盗み見る。彼はやっぱり、静かに一人で本を読んでいた。

 放課後。誰よりも先に教室を飛び出した。他の女子に何か言われるのもいやだし、ハルトくんより前に家にもどっておきたかった。

『うれしそうやな、ゆかり』

 リュックサックからスズさんが声をかけてくる。あたしは走りながら答える。

「そりゃそうだよ、ハルトくんが家に来るんだよ。家にっ」

 あたしの心はおどっていた。バレンタインデーの日は、ほんとうに運がないと思ったけど、ここにきて、運が回ってきた感じ。チョコレートはわたせなかったけど、ハルトくんとお話できるチャンス。ここで仲良くなることができれば、プラスマイナスゼロだ。

 あたしは、ぎゅっと両手をにぎりしめる。ここで一気にハルトくんとのきょりをちぢめることができれば。サッカー部の部室までついて来て、サッカー部の練習の時に黄色い声を上げてる女子たちよりも、先にいける。

今まで手の届かない存在だと思っていたハルトくん。そんな彼に、近づけるかもしれない。人を押しのけてまで前に出られないあたしが、彼に一番近い場所に行けるかもしれない。

『言っとくけど、ウチ、ハルトのことはあんまりよく思ってへんからな』

「あ、そっか。スズさんはソウタくんのステッキだもんね」

 ソウタくんとハルトくんは兄弟だもんね。ライバルみたいな関係なのかな。そういえば。

「ねぇスズさん、ソウタくんとハルトくんって、どんな兄弟だったの?」

 あたしが尋ねると、スズさんの声がくもる。

『よく覚えてへんねん。ただウチがハルトのことをよく思ってへんってことは確かや』

 いったい、スズさんはハルトくんたちとどのくらい一緒にいたんだろう。そんなに長くは一緒にいなかったのかな。だとしたらハルトくんにいい印象がないっていうのが不思議。今のハルトくんはとてもいい人に見えるけど。

「スズさんそれ、持ち主フィルターがかかって見えてただけじゃないの?」

『持ち主フィルター? なんやそれ』

「自分の持ち主のことが、全部いいように見えるっていう、アレ」

『ちゃうと思う』

 即答するスズさん。でもスズさんに、かまっている時間はない。急いで、家に帰らないと。

 あたしは家のとびらをこわしそうな勢いで開けると、リビングにとびこむ。今日お母さんは仕事に行っていて家にいない。

 リュックサックを乱暴に床におろす。すると中からスズさんの悲鳴が聞こえた。

「あ、ごめんスズさん。スズさんのことを忘れてたっ」

 そう言いながら洗面所にかけこむ。そしてかがみの前に立った。さえなくて、ごく普通の顔がそこにある。ショートカットの髪、ぱっちり二重のおめめが個人的にチャームポイント。かがみに向かって、ほほえんでみるけど、なんだかぎこちない。

 髪を軽くぬらして、はねている髪をととのえる。ハルトくんが来たら、何を話そう。ハルトくんってこの辺に住んでるのかな。あまりよく知らないや。そんなことを考えていると。

 突然家のインターホンが鳴った。あ、もしかして。あたしは、あわてて外へとびだす。

 そこには、ハルトくんが立っていた。心臓がどくんと高鳴る。あたしの家の前に、ハルトくんがいる。とりまきの女子もいない。これは夢!?  夢ならさめないでええぇぇっ!

「ちょっと来るのが早すぎたかな」

 ハルトくんが申し訳なさそうな顔をする。あたしは、急いで首を横に振った。

「ううん、全然っ」

 正直、部活があるからもっと来るのは遅いだろうとは思ってたけど。

「今日の昼間、部活ボードを見たら休みだって書いてあってね」

 職員室の前に、部活動のホワイトボードがある。そこにそれぞれの部の活動が今日あるかどうか、書かれてるんだよね。そっか、サッカー部は休みだったんだね。

 きっと今頃、部活動ホワイトボードを見て、落ち込んでいる女子たちがたくさんいるはず。

 あたしがうんうんとうなずいていると、ハルトくんがぐいっと顔を近づけてきて、一言。

「さっそくなんだけどさ。……月島さんって、魔法が使えるのかな」

 ギクッ!! もしかして、ハルトくんにバレてる!? でもあたし、魔法は使えない。魔法のステッキである、スズさんは持っているけど。とはいえ魔法のステッキを持っているって、あんまり人には話さない方がいいよね。でも、相手はハルトくん。どうしよう……。

 なやんでいると、ハルトくんがにっこり笑って言う。

「信じてもらえないかもしれないけど、僕、魔法が使えるんだ。そういう家に生まれてね。それで、最近感謝の証を受け取った人が分かるんだ。そういう人には、魔法が使える人にしか見えない、特別な印が浮かび上がる。そして、キミにはその印が見える」

 それを聞いて、納得。だから今朝、ソウタくんもあたしに声をかけてきたんだ。あたしが誰かから感謝の証をもらったって感じたから。

 あたしがまた一人でうなずいていると、ハルトくんが心配そうに顔をのぞきこんでくる。

「えっと……、だいじょうぶ? 気分悪い?」

 わあああっ!? い、イケメンの顔がすぐ近くにっ!? 心臓がばくばくしている。

「い、いや何もないよ。えっと、あたしが魔法を使えるかってことだよね」

 あたしが聞き返すと、ハルトくんがうなずく。正直に言った方がいいのかな。それとも、隠した方がいいのかな。でも、ハルトくんは自分が魔法を使えるって教えてくれたし……。

 どうしよう。頭の中が、ぐーるぐる。そう思っていたら、ハルトくんが声をかけてくれる。

「魔法が使える友達が今まで近くにいなくてね。だからそうだったらうれしいなと思って」

 ああ、友達って言われちゃったらもう、友達になりたいしお話したい。

「えっと……」

「魔法についての情報を共有する人もいなくて、困っている人を探すのも大変でね。僕はただ、近くにいる人たちは幸せでいてほしいなって思っているだけなんだけど」

 ハルトくんはあたしを気にせず、話し続ける。

「まあ、急に言われても困るよね。気が向いたら話、聞かせてよ。いつでも待ってるからっ」

 それだけ言うとハルトくんは、あたしに背を向けて帰ろうとする。せっかくハルトくんが家まで来てくれたのに、何もできないなんて。それにこのチャンスを逃したら、もう二度と二人っきりでお話できることはないかもしれない。なんとかしなきゃ!

「えっと、あのね、広瀬くんっ」

 あたしがハルトくんの背中に声をかける。すると、ハルトくんが走って戻ってくる。

「あたし、魔法は使えないの」

 あたしの言葉にハルトくんが目を丸くする。そして、首をかしげる。

「おかしいな、感謝の証を月島さんが持ってるように見えるんだけど」

「あたし、魔法は使えないの。だけど、感謝の証なら受け取ったよ」

 肝心の感謝の証は、スズさんに吸い込まれちゃったけどね。ハルトくんはあたしを見つめる。まずい、またどきどきしてきた。

「だったら魔法が使えるのと変わらないよ。どうかな、僕と一緒に困った人を助けない?」

 ハルトくんがあたしに笑いかけてくる。ああ、この笑顔を独り占めしたい!!

 気が付くと、うなずいていた。その時、お母さんが帰ってきた。なんというタイミング!

「それじゃ、僕は帰るよ」

 そう言って、ハルトくんはお母さんにあいさつをして帰ってしまった。なんてこった!

「さっきの子、広瀬さんのところの子? 雰囲気からして、ハルトくん?」

 お母さんがそう聞くからあたし、おどろいちゃった。

「え、なんで知ってるの?」

「幼稚園の頃はよく遊んでたじゃない。まあ、遊んでた相手はソウタくんだったけど」

 え? あたしがソウタくんと一緒に遊んでた? まったく記憶にないんだけど……。

 あたしが首をひねっていると、お母さんもそういえば、と考え込む顔をする。

「アンタ、ある時から急に、ソウタくんと遊ばなくなったのよ。ま、女の子と男の子だし、そういうこともあるかって気にしてなかったけど」

 それなら、お母さんがハルトくんたちの顔を知ってても不思議じゃないね。納得。

「ママ友たちの間でも有名よ、ハルトくんは。サッカー部じゃ一年生でたった一人、ずっとレギュラーに入ってて、すごく人当たりがいいって。反対にソウタくんは、いつも必要最低限の返事しかしないから、あんまりよく思われてないみたいね」

 ハルトくん、お母さんたちの間でも有名なんだ。なぜだかあたしまでうれしくなる。

「ママ友といえば」

 お母さんは何かを思い出したようにあたしに向き直った。

「アンタは、誰かに友チョコをわたしたりしなかったわね」

「友達が少ないからねっ」

 お母さん、あたしにけんか売ってるのかな。すみませんねぇ、友達が少なくて!

 あたしが怒ってることに気づいたのか、お母さんがあわてて言う。

「ちがうちがう、アンタのことを責めてるわけじゃないのよ」

「じゃあ、何」

 ついついとげのある言い方をしちゃう。

「ねねちゃんのお母さんが、ねねちゃんが友チョコのことで悩んでたって言ってたのよ」

 加藤ねねちゃん。いわゆる、幼なじみ。お母さん同士の仲が良かったこともあって、小さい頃はよく遊んでたけど、最近は同じクラスだけど話すことはほとんどない。

 ちなみに、バレンタインデー用のチョコレートを一緒に作ったのが、ねねちゃんなんだ。

 でもそんなねねちゃんが、友チョコに気を使いすぎって? 

 あたしが興味を持ってるのにお母さんは気づいたみたい。得意そうに話を続ける。

「友チョコって、あげるかどうか悩むじゃない? 年末くらいからずーっとねねちゃん、気にしてたんだって。友チョコどうしようって。手作りにしようか、それとも買おうかって」

 あー、難しいよね。友チョコじゃないけど、あたしもハルトくんにあげるチョコレート、手作りか買ったものをあげるかは悩んだもん。結局、ねねちゃんと一緒に作ったわけだけど。

「考えることがたくさんあって、テスト勉強や塾の勉強がおろそかになっちゃったみたい。この間塾のクラス替えがあったみたいなんだけど、クラス、落ちちゃったんだって」

 そんなに!? 塾の成績が下がってクラスが落ちるほど、悩んでたの!?

「それなのに、なんだか最近元気がないんですって。……どうしたんだろうね」

 お母さんはそれだけ言うと、家の中に入っていく。ほんと、どうしちゃったんだろ。たくさん悩んで決めたもの、きっとどんな形でももらった方は、うれしいと思うんだけど……。

 家に戻って自分の部屋へ。ドアを閉めたとたん、スズさんが飛び出し、人間の姿になる。

『こんな美人をほったらかしにして、アンタはお楽しみやったなぁ』

 うわ、スズさんすっごくぷんぷんしてる。

「せっかくの美人が、台無しだよ……」

 あたしがそういうと、スズさんぎろりとあたしをにらむ。こわい。

『せやな、台無しやな。だから元の顔に戻すわ。いい情報も聞けたことやしな』

 スズさん、急に楽しそうな顔をする。鼻歌まで歌い始めてる。

「え、どういうこと」

『決まってるやん。次助ける子、決まったやん』

 あたしを指さすスズさん。人を指さしちゃいけませんって、幼稚園で習いませんでしたか。

「えっと、ねねちゃんのこと?」

『それ以外に誰がおるねん。明日、さっさと情報集めてくるで』

 気合を入れているスズさんをよそに、あたしは考える。ハルトくんにも伝えた方がいいよね? 困っている人がいたら、お互いに教えあって情報共有しようって、約束したもん。

 次の日、あたしはハルトくんのくつ箱に、小さなメモを入れておいた。

『あたしと同じクラスの加藤ねねちゃんが困っているかもしれません。 月島ゆかり』

 バレンタインデーの日は間違えてソウタくんのくつ箱に手紙を入れちゃったみたいだけど。今日は絶対に大丈夫。何度も何度も確認したから。あの日も、したはずだけどね。

 ほんとは直接伝えに行きたい。だけど学校でハルトくんに話しかけたければ、あのとりまきの女子たちをなんとかしなくちゃいけない。それにあたし、あんまり目立ちたくないから。

学校が始まってからはねねちゃんの行動を観察して過ごした。すると、見えていなかったものが、見えてきたの。

今までねねちゃんは、クラスの女子数人と学校の行き帰りや休み時間を共にしていた。

 だけど今日のねねちゃんは、一人で教室に入ってきた。少ししてから、いつも一緒に過ごしてたはずの女子たちが入ってくる。

 休み時間も、ねねちゃんは一人。そして移動教室の時ものろのろと授業の準備をして、彼女たちより少し遅れて、教室を出て行った。

 移動先は、理科の実験室。この教室では好きな人たち同士でグループを作って座っていい。あたしはいつも、グループに入れない人たちが行くテーブルにいたんだけど。今日は違った。

「月島さん、こっちこっち!」

 長井さんに誘われて、彼女と田中くんがいるテーブルへ。誰かに誘われるって、幸せ。

 ふと、いつもあたしが座っていた、どこのグループにも入れない人用のテーブルに目を向ける。ねねちゃんがいた。彼女は、いつも一緒に過ごしていた女子たちの方を見つめてる。

 と、そこへソウタくんが登場する。ななめ前に座ってる田中くんが立ち上がる。

「広瀬ー、こっちこっち!」

 ええーっ!? なんで田中くん、氷の王子をこっちのテーブルに誘っちゃうのおぉっ!

 思わず長井さんを見た。すると長井さん、あたしにウインク。

「月島さん、ソウタくんが気になってるんでしょ。応援してるからねっ」

 長井さん、それ誤解だよーっ!? あたしが好きなのは、ソウタくんじゃなくて、ハルトくんだよおおっ! この前一緒にいたのを見て、かんちがいされちゃったんだ!

 でも、今さら否定するわけにもいかないし……とあたしがもんもん考えていると、向かい側の席のいすが引かれる音がする。そして、目の前にイケメンが……。

 おー、目の保養! 神様、ありがとうございます。でも、ほんの少しわがままを言っていいのなら。同じ顔でも、ハルトくんがよかったです。

 光の反射できらりと光る青色のピン止め。きっとすごく気に入ってるんだろうなぁ……。

 ぼーっと彼を見つめていると、ソウタくんが顔をしかめてこちらを見つめ返してくる。

「……何」

「な、何でもないよ! ごめん」

 ソウタくんは小さく息づいた。そして、他のところに視線をやりながら、あたしに言う。

「……さっきから、加藤のことばっかり見てるな。好きなの」

「ちがうよ! ……気になるから」

 あたしは言って、うつむいた。あれ、気になるって、好きってことになる? ソウタくん、笑うかな。いやいや、相手は氷の王子だよ? 笑うどころかバカにしてくるかもしれない。

 でも、実際の彼の反応は、あたしの想像とはちがっていた。静かな声がふってくる。

「……あいつ、バレンタインデーで大失敗したみたいだな」

 え? あたしは思わずソウタくんを見る。彼は、ねねちゃんを見つめてる。

「一緒にいた友達……とけんかか何かしたんだと思う。オレに分かるのは、そこまでだ」

いったい、どういうことだろう……。くわしい話を聞こうとしたとき、チャイムが鳴った。

 授業が終わると、彼は田中くんとさっさと教室に帰ってしまって、話しかける機会を完全に失った。そしていつの間に仲良しになったの、田中くんとソウタくん……。

 こうなったら自分でなんとかするしかない。直接、ねねちゃんに話を聞いてみよう!

 放課後。今までなら楽しそうにおしゃべりしながら帰っていたねねちゃん。でもさっきの移動教室の時と一緒で、グループの女子たちが帰るのを見届けてから、帰る準備を始めた。

 いつも一緒に帰ってたのに、声もかけずに帰る友達。やっぱり、何かあったんだ。ソウタくんの、さっきの理科室での言葉がよみがえる。

 バレンタインデーの日に、友達とけんかしたのかもしれないってことだよね。それなら、急にねねちゃんと友達がまったく別行動するようになった理由も、説明がつくもん。

 あたしは、帰る準備をしているねねちゃんのところへそっと寄っていく。この前、一緒にチョコレート作りをしたとき、少しだけ話はした。でも、『この前の小テストでひどい点数を取った』とか、『勉強って難しいよね』みたいな、誰とでもできるような話しかしてない。

「あのさ、ねねちゃん」

 あたしが声をかけると、ねねちゃんはおどろいた顔をした。そりゃそうだよね。学校で話をしたのは、数年ぶりくらいだもん。昔はいっぱい、お話したはずなのに不思議。

「うん?」

「お母さんから聞いたんだけど。なんか、友チョコのことで、悩んでたの?」

 お母さんから聞いて事情を少しは知ってるって伝えた方が話しやすいかなって思ったの。

 そして、それはどうやら正解だった。目をふせながら、大きなため息。

「お母さん、また余計なことを……」

「自分たちのいないところでお母さんたちに、勝手に話されるのって、いやだよね」

「そう、ほんとにそう。自分たちの話だけしといてくれればいいのに」

 ねねちゃんはもう一度大きくため息をつく。それから、ゆっくりと言った。

「実はバレンタインデーの日、友達と友チョコのことでケンカしたんだ」

 すごい、ソウタくんの予想通り。

「年末くらいからずっと考えてたんだよね、友チョコのこと」

 ねねちゃんは遠くを見る目をする。

「入学式の日、すごく不安だった。仲の良かった友達と別のクラスになっちゃって」

 その気持ちは、すごく分かる。あたしもそうだったから。

「とにかく、友達を作らなきゃって必死だった。休み時間、一人で過ごすなんて、考えただけでもおそろしくて。自分もいやだけど、周りにどう思われるだろうって気になっちゃって」

 周りになんて言われるだろう、どう思われるだろうってこと、あたしも常に考える。

 あたしが一学期、学級委員になったのも、同じ理由だもん。クラスメートにきらわれたらどうしよう、かげで悪口言われたらどうしよう。そんなことばっかり考えて。先生に声をかけられた時、見つめるクラスメートの視線がこわくて、自分の意見を言うことから逃げた。

「分かるよ」

 自然にねねちゃんに伝えていた。ねねちゃんは、少しほっとした顔をする。

「ゆかりちゃんは、いつもそうだったね。いつでもわたしのこと、理解しようとしてくれた」

 ねねちゃんは、幼稚園のころは気が強くて、よく泣いてた。そのたびにあたし、ねねちゃんが泣き止むまで話を聞いてあげてた気がする。

「とにかくその時わたしは必死で、彼女たちに声をかけたの。一人になりたくなくて」

 それが、今まで一緒に行動してた女子たちだったってことだね。

「そのおかげで、居場所はできた。その代わり、無理をすることが多くなった」

 ここで言葉を切って、ねねちゃんは悲しそうな顔をした。

「彼女たちが好きな歌手、雑誌いろんなことを研究して、話題を合わせるようにがんばった」

「きっと、大変だったよね」

 きらわれないために、仲間外れにされないために。ねねちゃんはすごくがんばってたんだ。

「バレンタインデーの日。わたしは彼女たちに、一生けんめい考えた友チョコをわたした」

 でもね、とねねちゃんは、いすに深くもたれかかる。

「彼女たちには、手抜きのものに見えたみたい。包装紙が気に入らなかったのかな」

 ねねちゃんは、ぽつりと言った。

「友チョコって結局、なんのためにわたすんだろうね」

 そう、ねねちゃんに言われてあたしは、返事に困る。何のためにあるんだろう。

「友情を深めるためのもの……なのかな」

「わたしもそう思う。でも、その友情を深めるためのはずだったもので、友情がこわれる人もいる。なんだか、変な感じだよね」

 ねねちゃんはあきらめたような笑いをうかべる。

「でも、こうは思わない?」

 あたしが言葉を発すると、ねねちゃんはあたしの方に向き直る。

「今、二月だよ? あと二か月でクラス替えがある。また新しい出会いがあるよ、きっと」

 あたしの言葉にねねちゃんは、目を見開いた。

「去年のねねちゃんみたいに、仲良しだった友達とはなれて、不安になっている子がいるはず。その中からまた、新しい友達を作ればいいじゃん。そもそも、無理して仲良くしてたんだし、ずっとその関係を続ける方が、しんどいよ」

 あたしはここで言葉を切って、お母さんに言われたことのある言葉を告げる。

「ピンチは、チャンスでもあるんだよ、ねねちゃん。今ねねちゃんはショックを受けて、落ち込んでる。ある意味で、ピンチだよね」

 ねねちゃんは小さくうなずく。あたしは続ける。

「そんなときは、プラス思考に生きるの。クラス替えがあるから大丈夫って考える。それと、バレンタインデーのことがきっかけで、友達と縁が切れたこと」

「縁が切れたことも、チャンスなの?」

 ねねちゃんが、顔をしかめる。

「そうだよ。いやなことだけど、そのおかげでねねちゃんは、自分と相手の価値観が合ってないことが分かったわけでしょ? その人たちといたって、自分がしんどいだけだよ。ここで縁が切れてよかったって考えるんだよ。きっと、四月になれば新しい出会いが待ってる。そこで、自分の価値観に近い友達を見つけるの。そしたら、また楽しい日々が始まる」

 ねねちゃんは、安心した顔をする。

「そうだよね。無理に一緒にいたって、いつかはこうなってたよね。ただそれが、思ったより早く来ただけ。よかった、受験の時期とかじゃなくて」

 冗談めかして、ねねちゃんが言う。よかった、元気が出てきたみたい。

「それにさ。本当に友達が必要な時は……」

「必要な時は?」

 ねねちゃんが、首をかしげる。あたしは自信を持って言う。

「あたしがいるじゃん」

 あたしの言葉で、ねねちゃんがはっとした表情をする。それから、泣いているような、笑っているような表情であたしを見た。

「……ほんと、変わらないね、ゆかりちゃんは」

 ねねちゃんの胸から、小さな光が飛び出した。それは、あたしのリュックサックの方へ飛んでいくと、見えなくなった。ねねちゃんの感謝の証だ。スズさんが吸収してくれたんだ。

 あたしがほほえむと、ねねちゃんもうれしそうに笑う。

「ありがと、ゆかりちゃん。気持ちが楽になったよ。くよくよ悩んでたのが、情けないわ」

 ねねちゃんは言うと、リュックサックを背負いながらあたしに言う。

「久しぶりに、二人で帰ろ」

「うん」

 次の日の放課後。まだ人が教室にいたけどあたしは、ソウタくんの席へ歩み寄った。ソウタくんは、まだあたしが声をかける前からいやそうに少しだけ顔を上げると、冷たく言った。

「……何か用か」

 こわい! でも、伝えなきゃ。

「あのね。昨日、ねねちゃん……、加藤さんと話した。広瀬くんが思ってた通り、友達とけんかしたみたい。でも、とりあえず解決した……から」

 そういうと、ソウタくんは目を細める。

「それで」

「それで、あの。お礼が言いたくて。……ありがとう」

 あたしがお礼を言うと、ソウタくんが少しだけ、びっくりした表情を浮かべた。けれどすぐに、彼は本に視線を戻してしまった。

「……お礼を言われるようなこと、した覚えがない」

「だって広瀬くんが教えてくれなかったらあたし、加藤さんと話せた自信がない。広瀬くんが誰かとけんかしたんじゃないかって言ってくれたから、話しかける勇気が持てたの」

 あたしの言葉に、ソウタくんは本を見たままで、ぼそっと言った。

「……別に? オレはただ、人の感情の色が見えるだけで何の役にも立たねぇよ」

(え!? 人の感情の色が見えるって、一体どういうこと!?)

 くわしく聞き出そうと思ったとき、教室がざわめいていることに気づいた。なんだろう、とあたしが振り返る。ソウタくんもちょっとだけ顔を上げて、あたしと同じ方向を見る。

 すると、教室にハルトくんが入ってくるのが見えた。となりから低い声が聞こえる。

「……あいつ、なんで」

 そういえば長井さんが、彼はソウタくんのクラスに来たがらないって言ってた気がする。

ハルトくんはまっすぐ、あたしのところへ。え、なんであたしのとこに!?

「月島さん、手紙ありがとう。加藤さんって、どの子かな」

 昨日の手紙を見て、気になってきてくれたんだ。あたしは、ねねちゃんの席を教える。

「でもとりあえずねねちゃん……、加藤さんの問題は、解決したよ」

 ハルトくんはあたしの言葉を聞かずに、ねねちゃんのところへ行ってしまった。

「……加藤の、感謝の証をねらってるな」

 思わずソウタくんを見る。ソウタくんは本を読みながら、言葉だけはあたしに向けている。

「……お前が彼女に出した解決策と、あいつが彼女に出す解決策は、まったく別のものだ。それを聞いたら少しは、あいつの性格が分かるんじゃないか」

 あたしは首をかしげる。すると、まるでそれが見えているかのようにソウタくんは言った。

「……あいつは、お前が思っているような優しい人間じゃ、ない」

 その言葉は、とても悲しげに聞こえた。でも魔法が使えるハルトくんなら、あたしが出した答えより、もっとねねちゃんが求める解決策を提案できるかもしれない。

 ハルトくんとねねちゃんの近くに行って、話を聞くことにした。

「きみが、加藤さんだね」

「あなたは、広瀬陽人くん……だよね」

 ねねちゃんは、突然ハルトくんに声をかけられておどろいているみたい。

「月島さんから聞いた。困ってることがあったんでしょ。僕にも聞かせてよ」

 ねねちゃんは、少し戸惑った顔をしたけど、せっかく聞きに来てくれたのだからと簡単にハルトくんにあたしが昨日聞いた話とほとんど同じ話をした。そしてこうつけ加える。

「でも、昨日ゆかりちゃんと話をして解決したんだ。聞きにきてくれたのにごめんね」

ねねちゃんとあたしは別人。ねねちゃんが納得できなければ、意味がないと思っていたの。でも、あたしが言った内容でねねちゃんがいいって思ってくれたなら、よかった。

「でも。……もしバレンタイデーの前日まで、時間を戻せるって言ったら、どうする?」

 いつもは明るくて優しい声のハルトくん。でも今は、ちがって聞こえる。不思議に思ってハルトくんの方を見つめたとき、あたしの視線は、ハルトくんの手にくぎづけになった。

 ハルトくんの手には、魔法使いの物語に出てくる、杖のようなものがにぎられていた。それが電池が切れかかったおもちゃみたいに、光ったり消えたりしている。それに合わせて、黒いものが少しずつポロポロと落ちる。

 周りを見回すと、教室がしんと静まり返っていた。周りを見ると、時間が止まったかのように誰も動かない。動いているのは、ハルトくんと、ねねちゃんと、あたしだけ。

「え!? どうなってるの!?」

 ねねちゃんが不安そうに周りを見わたす。すると、ハルトくんが低い声で言う。

「他の人に聞かれたくないから、時間を止めたんだよ。でもそう長くは止められない。他にも、魔法を知ってる人がいるからね」

 そう言って、ハルトくんは腹立たしげに、ソウタくんの方を見る。彼はいつも一人で本を読んでいるだけだから、本当に彼の時間が止まっているのかは、よく分からない。

「あの日をやり直せたら、友達とけんかしなくていい。さびしい思いをすることもない」

 時間を巻き戻せるのなら。もう一度やり直せるのなら。誰だって考える。

 傷つくことが一つ減るのだとしたら、それはそれですばらしいことだってそう思う。

「時間を戻すなんてこと、本当にできるの?」

「僕は魔法が使えるんだ。時間を止めたり、巻き戻したりするのは、僕の得意な魔法でね」

 ハルトくんの言葉に、ねねちゃんはうなずく。

「魔法自体は、信じるよ。魔法を使っている人を見たことがあるから……」

「え!? ねねちゃん、魔法を使っている人を見たことがあるの!?」

 思わず、ねねちゃんに尋ねる。すると彼女は首をかしげた。

「えっと……。あー……、あれは夢だったのかも……?」

 腕ぐみして何かを考えこむねねちゃん。そんな彼女を急かすように、ハルトくんが言う。

「魔法を信じてくれるのは、とてもうれしいよ。それで、どうする?」

「あ、そうだね。もし、本当に時間が戻せるのなら……。もし、できるのなら……」

 ハルトくんの顔に笑みが広がる。

「困っている人がいたら助けてあげたいんだ。その人にとって、一番幸せな道を一緒に考えたい。僕が思うに、今の加藤さんには時間を戻してあげることが一番だと思ったんだ。他に何か、こうしてほしいって思うことがあるのなら、かなえるよ」

 ハルトくんの言葉に、ねねちゃん、なやんでいるように見えた。そんな時だった。

「……よく、考えた方がいい」

 ソウタくんだった。ステッキ状態のスズさんを手に持っている。なんで!?

「ソウタ」

 怒った顔をしているハルトくんのことは無視して、ソウタくんは静かに言葉をつむいだ。

「……魔法で戻せるのは、時間だけだ。アンタがあの時負った傷は、治らない」

 ハルトくんが悪態をつく。ソウタくんはこちらに歩み寄ってくると、ハルトくんをにらむ。

「……ハルト。魔法のデメリットを話さずに魔法を使おうなんて、ルール違反だ」

「はっ。今も昔も魔法をろくに使えない、ソウタに言われたくないな」

 ハルトくんの言葉に鼻をならすとソウタくんは、ねねちゃんに語りかける。

「……魔法は、万能薬じゃない。すべてが解決されるわけじゃない」

 彼は顔をふせながら続ける。

「……それでも確かに、時間を戻せば少なくとも、自分の居場所は約束される」

「居場所があることが重要なんだから、その方がいいに決まってる」

 そうだよね、と同意を得るようにハルトくんはねねちゃんを見る。どちらがねねちゃんの本当の幸せにつながるか。それって、他人のあたしたちでは決められないんじゃないかな。

 あたしがそう思っていると、ねねちゃんは不安そうにあたしの方をふりかえって、言う。

「ゆかりちゃんなら、どうする?」

 どうしたらいいかって聞かれたら困るけど、あたしだったらどうするかなら答えられる。

「あたしなら」

 あたしの言葉に、三人があたしを見つめる。あたしの答えが、ねねちゃんの今後の人生を左右するかもしれない。あたしは、しんちょうに、言葉を選びながら話し始める。

「あたしなら、時間は戻さない」

 あたしの言葉に、ハルトくんがおどろきで目を見開いた。

「傷ついた心が直らないなら、自分はこれから、どう成長できるか考える方が大事だと思う」

 ねねちゃんとソウタくんは真剣に聞いている。ハルトくんだけ、そんなはずないって顔。

「きっと今回のことでねねちゃん、いっぱい、なやんだよね。時間を戻したら、そのなやんだ時間も、無駄だったって認めちゃうことになっちゃう。それって、なんかちがうと思う」

 伝えたいこと、ちゃんと伝わってるかな。不安で、思わずなぜだかソウタくんを見た。

 いつも冷たくて無表情で、何を考えてるかよく分からないソウタくん。でも、今はちがった。たぶんあたしが心配になってきたのに気づいてくれた。ゆっくりうなずいてくれる。

 どこからか勇気がわいてきた。きっとねねちゃんはあたしの気持ちを分かってくれる。少し言葉が足りなかったとしても、あたしがねねちゃんを本気で心配してる気持ちは、伝わる。

「今回のことはつらかったと思うけど、このことで絶対、ねねちゃんは人として強くなる。今回のことを忘れないためにも、あたしなら時間を戻さないって自信を持って言えるよ」

 ねねちゃんは、あたしのことをしばらく見つめていたけど、ゆっくりうなずいた。

「そうだよね、魔法に頼っちゃいけない。だって魔法は、いつだって使えるわけじゃない」

 ねねちゃんはそう自分に言い聞かせるように言うと、ハルトくんに向き直った。

「広瀬くん、気持ちはありがたいけど、わたしはそのままでいい。そのままが、いいの」

 それを聞いてハルトくん、顔をしかめた。そして小さな声で言う。

「魔法を使った方が、絶対うまくいくのに。分からない人には、それでいいや」

 その時、彼の手の杖らしきものがさらに、黒くなった気がした。気のせい……だよね?

「分かった。きみがそう言うのなら。……後悔しないようにね」

 ハルトくんが言ったとたん、教室にざわめきが戻ってきた。時間が動きだしたんだ。

 ハルトくんは、さっと教室を出て行った。そっとソウタくんを盗み見る。彼は出て行くハルトくんの背中をにらむように見ていた。そんなソウタくんの顔をのぞきこんで、言った。

「あの。……なんだかまた、助けてもらったみたいで。……ありがとう」

「……だから助けた覚えはないし、礼を言われる筋合いもない」

彼は言い放って、自分のかばんと本を手に取って、教室から出て行ってしまった。手に持っていたステッキ状態のスズは、途中でソウタくんの手をはなれると、あたしのリュックサックに消える。え? え? そんなに普通に宙を飛んでたら、誰かに気づかれないかな。

 あたしはひやひやしたけど、ねねちゃんも他のみんなも気づかなかったみたい。

 それにしても。彼が、言った言葉が引っかかる。

『……魔法は、万能薬じゃない』

 ソウタくんがあんなに冷たくなったのは、もしかして、魔法が関係してるのかな?

 それに。あたしは、ハルトくんの言葉を思い出す。

『今も昔も魔法をろくに使えない、ソウタに言われたくないな』

 ソウタくん、昔から魔法があまり使えなかったの? それにソウタくんが言っていた、『人の感情の色が見える』ってことについてもくわしく聞けなかった。ああ、わからないことがたくさんで、頭が混乱してきちゃったよー!!

状況を整理しているあたしのところへ、ねねちゃんが寄ってきて言った。

「あの。ありがとね、ゆかりちゃん。やっぱり二人は、今も昔も、最高の魔法使いペアだね!」

「え……」

 ねねちゃん、今、何て言った……?

「広瀬くんとゆかりちゃん、幼稚園の時に魔法でたくさんの人たちを助けてたよね……?」

「え、あたしが? ……ちなみに、どっちの広瀬くんと?」

「氷の王子の方とだよ」

 ねねちゃんの表情が、『何でそんなこと聞くの』と言っているように見える。あたしが、ソウタくんと一緒に魔法を使って人助けをしてた……? でも、そんな記憶ないよ?

 ああ、本当に分からないことだらけ!!! 誰か答えをくださいプリーズ!!!!

♢♢

 幼稚園の運動場。座っている男の子。そこへ、あの時と同じように女の子が走ってくる。

「近寄るなよ。オレ、もう魔法を使うのをやめるんだから」

 きつい口調。けれどもその言葉は悲しさであふれている。

「人助けをしても、きらわれるだけ。人がはなれていく……」

「やめるなんて、言わないで。だいじょうぶだよ、あたしはそばにいるから」

 女の子は、男の子の肩をぽんぽんとたたく。男の子は女の子を見つめて、目をそらした。

「……ほんとお前は、うそ言わないよな……」

 女の子は、男の子の肩をたたき続ける。それからしばらくして思い出したように手を打つ。

「あ、そんなことより」

「……そんなことって何だよ」

 男の子が顔をしかめて女の子に向き直る。彼女は、男の子に向かって何かを差し出した。

「これ、あげる」

 女の子が持っていたのは、青いピン。これ、どこかで見たことがあるような……?

「これ、お店で見つけた時ね、キミみたいだって思ったんだ」

「オレみたい……」

 首をかしげる男の子。女の子は得意げに説明する。

「ふかーい、青色。心の奥底に優しさを隠してる……、ソウタくんみたいだって」

「ソウタくん!?」

 そう叫んであたしは、飛び起きた。そして頭を盛大に、何かにぶつける。

『痛っ! ちょっと! 急に起きてこんといて!!!!』

 突然関西弁が聞こえて、一気に目が覚める。目の前には、人間の姿になったスズさんがいた。なんだ、夢かぁ。でもなんだか、すごくリアルなだった。外から、鳥の声が聞こえてる。

「スズさん」

『宿題、終わってへんでゆかり。一時間寝るいうてから、もう八時間経ってるで』

 時計を見ると、朝の七時半。うそでしょ!? ほんの一時間、寝てから宿題するつもりだったのに! このままだと宿題ができずに、登校しなきゃダメになっちゃうよおお!

 ふとんから足だけだす。いきなり全身をふとんから出すと、寒くてベッドから出られない。

『一昨日から肌も髪の毛もつやつやや。美人にみがきがかかってしもて、困ってまうな』

 スズさんは鏡に映る自分を見て、にやにやしてる。一生鏡を見ておけばいいと思っちゃう。

『あとは、この美ぼうに見合う、すてきな男の子に出会うことができればかんぺきやな』

 まったく、調子のいいことばっかり言って。

『しっかし、人助けをしてても、足りないパーツについての情報は、まったく手に入らんな』

 スズさんは、大きなため息を一つ。スズさん、やっぱり魔法が使えるようになりたいんだ。

 あたしの家から学校までは歩いて三十分かかる。宿題をする時間はなさそう。終わった。

 結局、宿題には手をつけられずに、家を飛び出す。曲がり角を曲がろうとしたとき、誰かにぶつかりそうになった。あわててよける。相手も、よけた。よかった、ぶつからなくて。

 相手の顔を見て、びっくり。同じクラスの高森さんだ。いつも少女マンガを持ち歩いているから、クラスメートから『少女マンガオタク』って呼ばれてる。高森さんはあたしに気づくと、声をかけてきた。

「おはよう、月島さん」

「おはよう、高森さん。こんなところで、どうしたの」

 あたしが聞くと、高森さんはドヤ顔で言う。

「恋愛マンガによくある、曲がり角でげきとつ作戦を試したくなって、人が通るのを待ってたの。そろそろ彼氏が欲しいなーって思ってさ」

 ちこくちこく言いながら走って、曲がり角で男の子とげきとつするアレのことかな。

「とはいえ、やっぱり難しいな。そもそも男の子とげきとつできる保証はないし。さっきね、おばさんとぶつかりかけた」

 てへへと、高森さん。うん、てへへじゃないね。あぶないね。

「高森さん、好きな人はいないの」

「うん。だから、何かきっかけがあれば誰かといい感じになるかなーと思って」

 好きな人はいないけど、恋はしてみたい。そういうことも、あるんだね。

「だって、あこがれるじゃん、デートとか。いろんな場所に二人で行って、いろんなものを見るんだ。考えるだけで、わくわくするっ」

 高森さん、なんだか楽しそう。

「長井さんは最近、田中くんといい感じだし。この前のバレンタインデーで、あちらこちらでリア充がたんじょうしてるんだよ。ああ、リア充ばくはつしてほしい」

 リア充ってどういう意味だろう。そもそも、ばくはつさせたらだめでしょ。人の幸せを祝えない人は、幸せになれないよ、高森さん……。

 あたしが苦笑してると、ずいっと高森さんがあたしに顔を近づける。ち、近い。

「月島さんも、最近いい感じよねっ」

「いい感じ……? 誰と……」

 まったく心当たりがない。告白したこともされたこともないもん。この前のバレンタインデーでハルトくんにチョコレートあげられてたら、変わってたかもしれないけど。

「とぼけないでよ、氷の王子とよっ」

 えええー!? あたしが、ソウタくんと、いい感じ!? 長井さんといい、高森さんといい、みんな勘違いもいいところだよ。あたしが好きなのは、ハルトくんなのに!

 そんなあたしのことはおかまいなしに、高森さんは言った。

「ここで会ったのも何かの縁。月島さん、協力してっ」

「何を?」

 あたしは首をかしげる。すると、高森さんはにっこり笑う。やばいほほえみだ。

「何って決まってるじゃない。わたしの彼氏候補探しよ」

 えぇー!? なんであたしが、高森さんの彼氏候補探しを手伝わなきゃいけないの!?

「そもそも、高森さんってどんな男の子が好みなの?」

 一緒に学校に向かいながら、聞いてみる。高森さんは考え込むように首をかしげた。

「うーん、そういえば三次元にはほとんど興味はなかったな」

 高森さんは二次元と三次元について教えてくれる。二次元はかんたんに言えば、アニメやマンガに出てくる登場人物。三次元は、実際に存在している人たち。

 高森さんは、アニメやマンガのキャラクターにしか興味がないみたい。それじゃ、現実で彼氏候補探しするのって難しいんじゃないかな。あたしがそう言うと、高森さんは笑う。

「あ、でも、氷の王子っていうニックネームとか、彼の性格なんかはなかなか好き」

「ええっ!?」

 氷の王子っていう呼び名とか、彼のあの冷たい性格が好き!?

「だって彼、すごくクールじゃない。かっこいいと思うけどなぁ」

 高森さんが目をきらきらさせてあたしを見る。ごめん、あたしには分かりません。

「それにね、ああ見えてかわいいところ、あるんだよ」

「えっと……どこが?」

「大切な人にもらったピン止めを、いつも着けて来てるんだって。すてきでしょ」

 ああ、あの青色のピン止めね。大切な人にもらったものだから、いつでも着けてるんだ。

「彼の双子の弟のハルトくんも、なんであんなに人気があるのか、個人的に興味がある」

 高森さんは、ふふっと笑う。すごく、楽しそう。

「あと、あとね。……植田くんにも、興味があるよ」

「植田くん!?」

 あたしはぎょっとする。植田くんは、あたしと同じクラスでバスケットボール部に所属していて、すらっと背が高い男の子。すごく見た目はかっこいいと思う。だけど、性格が……。

 彼のあだ名は、ヤンキー植田。くちぐせが、こわいんだ。

『あぁ?』

 声がよく通るせいでなおさら、おそろしく見える。そのヤンキー植田くんにまで、興味があるなんて。高森さん、いろんな人に興味があるんだな。

「ちなみに、何で?」

「一つ目は、あたしも同じ部活だから、彼ががんばってるのを、近くで見てるからかな」

 あ、そっか。同じ部活に入っているんだから、近くで彼の様子を見ることもあるよね。

 納得していると高森さんが、一冊の少女マンガを取り出す。あ、マンガの持ち込みは禁止なのに……。でもそれを言ったら、魔法のステッキだって持ち込み禁止だよね、きっと。

「二つ目の理由はね。ほら、これ見て。こんな感じだったら面白いなって」

 その少女マンガには、植田くんみたいなしゃべり方の男の子が出てきていた。でもそのキャラクターは甘いものが大好きで料理好きな男の子で、あたしもかわいいと思っちゃった。

 そこでふと思う。あたし、植田くんの何を知ってるんだろうって。話し方はたしかにこわいけど。それ以外の彼の何を知ってるんだろう。そしてそれは植田くんだけじゃない。

 ハルトくんやソウタくんに関してもそう。ハルトくんのことが好きだけど、ハルトくんの何を知ってるんだろう。氷の王子って呼ばれてるソウタくんの何を知ってるだろう。

「月島さん、だいじょうぶ?」

 高森さんがあたしの顔をのぞきこんでくる。首を振って、考えごとを吹き飛ばす。

「だいじょうぶ。ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって」

 考えても仕方がない。今は高森さんの彼氏候補探しに協力しよう。高森さんが好きな男の子の話をしていたら、すぐに学校に着いた。ハルトくんのくつ箱に、メモを入れる。

『今度は、あたしのクラスの高森さんがなやみごとを抱えているみたいです 月島』

 そういえば、情報を共有するって約束したけどハルトくんからは教えてもらったことがない気がする。くつ箱のメモをながめながら考えていると、後ろから声をかけられる。

「……アイツは、お前に困っている人を教えるつもりなんて、ないぞ」

 振り返らなくても、分かる。この声は、ソウタくんだ。

「でも、約束したから。誰かが困っているっていう情報は、共有するって」

「……まったく。相変わらずバカ正直だな。……感謝の証、横取りされてもいいのかよ」

 はなれていく足音。どうやら教室に向かったみたい。それにしても何で、ソウタくんはあたしが疑問に思っている内容が分かったんだろう。

(もしかして、これがソウタくんの『感情の色が見える』ってことなのかな……)

 うーん、と首をひねっていると高森さんが走ってきた。

「おお、氷の王子だ。かっこいいー」

 もう高森さんたら。調子がいいんだから。あたしと高森さんも教室に向かおうとする。その時だった。植田くんがくつ箱へやってくるのが見えた。

 でもなんだか様子がおかしい。顔を左右に振って地面を見ながらゆっくりと歩いてくる。

 しばらくして彼は、視線に気づいて顔を上げた。目が合う。植田くんは顔をしかめる。

「なんだよ、なんか文句あんのか、あぁ?」

「ひいいっ! ごめんなさいぃっ!」

 あたしはあわてて教室へと走り出す。高森さんも後ろからついてくる。

「なんか植田くん、機嫌悪そうだったなぁ。どうしたんだろー」

「植田くんが機嫌悪いのは、いつものことだよおっ」

 走りながら言う。さっき見た植田くんの様子は、頭に焼きついてはなれなかったけど。

 授業中も気づくと、植田くんの方を見つめてしまう。植田くんは、引き出しの中を探ってみたり、かばんの中を探ってみたりとじっとしていない。どうしたんだろう。

 教室移動した先の理科実験室でも、彼はじっとしていなかった。筆箱の中をのぞきこんでみたり。机の下の物入れを確認したり。そして、ため息をつくんだ。

「……おい」

「ひええっ」

 急に声をかけられて、飛び上がる。あぶない、いすから転げ落ちるところだったよ。声をかけてきたソウタくんが、あたしの向かい側の席に当然のように座りながら言う。

「……今度は、何だ」

「え?」

「加藤の次は、植田のことを気にして。次に助ける相手は、高森だったんじゃないのか」

「どっ、どうしてそれを」

 思わずソウタくんを見た。彼はふんと鼻をならして、そっぽを向きつつ言葉を投げてくる。

「分かりやすいんだよ、お前は。昔も今も。色を見るまでもない」

「すみませんねぇ、分かりやすくて!」

 ついつい、言い返してはっとする。ソウタくんから、声をかけてくれた。チャンス!

「ねぇ、広瀬くん」

「やだね」

「まだ何も言ってないって」

 あたしが言うと、ソウタくんはじろっとあたしを見る。

「……お前と関わると、ろくなことがない」

「そう言わずに。広瀬くんから話しかけてくれたってことは、あたしのこと、少しは気にしてくれてるってことでしょ。手伝ってくれたっていいじゃん」

「誰がお前のことなんか……」

 そう言いながらも、あたしがじーっと見つめていると、あきらめたように一言。

「……オレに分かるのは、植田があせってるってことだけだ」

「あせってる?」

 あたしは考える。あせってる? いったい、何にあせってるんだろう?

「あの様子だと、何かを探してるように見える」

「言われてみれば、たしかに」

 今日最初に会った時は、地面を気にしながら歩いてた。今は自分の持ち物や引き出しの中をチェックしてる。確かに探し物をしてるように見える。一体何を探してるんだろう?

「ありがとう、広瀬くん。一歩前進したよ」

「……どうする気だよ」

 ソウタくんがぶっきらぼうに聞いてくる。

「放課後、本人に直接聞いてみる」

 すると、ソウタくん大きく目を見開いた。そして大きく息をはく。

「……ほんと、バカだな」

「バカでけっこうですー」

 そう言い返しながらふと思う。昔も、誰かとこうやって言い争いしてたような……?

 思い出そうとして目を細めて考えごとをしていると、ソウタくんが一言付け足してきた。

「……考えてもむだなことは、考えるだけむだだぞ」

「考えてもむだなんて、やってみなきゃ分からないじゃない」

 あたしが言い返すと、ソウタくんは勝手にしろと言って本を読み始める。あたしはそっとソウタくんが読んでいる本を盗み見た。そしてびっくりする。

 あたしには読めない文字がびっしり。でもおかしいな、この前ソウタくんが読んでた本の中身がぐうぜん見えたとき。あのときは、普通の日本語の本だったはず。

 ソウタくんの本のことはさておき。放課後植田くんに話を聞いてみよう。そう思った。

 放課後。高森さんが寄ってきた。

「月島さん、ちょっとだけ相談に乗ってもらってもいい?」

 きっと、彼氏候補の話だよね。でも高森さんは、これからバスケ部の練習があるはず。だから、少しの時間だけってことなんだろう。高森さんの言葉に、あたしはぽんと手を打った。

「いいよ。そのかわり、ちょっとあたしにつきあってくれる?」

「え? いいけど……」

 高森さんは、不思議そうな顔をする。あたしは、ソウタくんとの話を伝えて、植田くんに話しかけてみようと思っていることを伝えた。

 すると、高森さんはうなずいた。

「いいよ、面白そうだし」

 面白いかどうかで判断するのはどうかと思うけど、今回はよかったということにしよう。だって一人で植田くんのところに行くのは、ちょっとこわいからね。

 あたしは、高森さんと一緒に植田くんの席へ向かう。そのときソウタくんの席の前を横切った。少しだけ、ソウタくんと目が合う。

 彼は小さくため息をついて、肩をすくめてみせる。あー、ぜったい、バカにしてるよ。

 そう思いながら帰る準備をしている植田くんの背中に声をかけた。

「あの、植田くん……」

「あぁ?」

 植田くん、すごい勢いでこちらをふり返る。だから、こわいって。

「あの、さ。……何か、困ってること、ない?」

「……あぁ?」

 一瞬おくれて口ぐせがとんでくる。ちょっとおどろいたみたい。

「えっと、今朝、何かを探してるように見えたから。探し物なら、探すの手伝うよ」

「わたしもわたしも」

 高森さんもあたしの後ろから出てひらひらと手をふってみせる。

「なんでだよ」

 植田くんはどすん、とかばんを机の上におくとあたしたちをにらむ。

「なんでって」

「そんなことしたって、お前らにはなんのメリットもないだろ」

「メリット? そんなもの、必要かな」

 あたしは首をかしげて植田くんを見る。困っている人がいたら、助ける。それが普通のことなんじゃないの。たしかに、スズさんのためでもあるけど、そうじゃなくたって、誰か困ってたら、ほうってはおけないんだけどな。

「はぁ!? それ、マジで言ってる?」

 植田くん、びっくりした顔をしてる。あたし、そんなに変なこと言ったかな?

「うん、本気だけど」

 あたしはせいいっぱいまじめな顔をして、植田くんを見る。植田くんもあたしを見る。数秒見つめ合ったら、植田くんがぷっとふきだした。

「え、ちょ……」

「悪い、マジか。そんなヤツ、いるんだ……」

 植田くん、おなかをかかえて笑い出す。あたしたちは、彼の笑いが止まるまで待つ。

「笑ってわるかった、悪気はなかったんだ。ただ、お前がまっすぐすぎてさ」

 植田くんはひとしきり笑ったあと、あたしにあやまってくる。

「それは、失礼しました」

 つい、ムキになって言い返す。笑われたら、腹が立つことくらいあるよね。

「たしかに、探し物してるんだオレ。……部活でもらったお守りなんだけどな」

「お守り?」

「え、それって……」

 高森さんが口をはさむ。すると、植田くんがうなずく。

「そう。高森にもらった、必勝守り」

「高森さんにもらった……?」

 あたしが高森さんを見ると彼女は大きくうなずく。

「あのね、わたしが手作りしたお守りなんだ。男子バスケ部と、女子バスケ部のメンバー全員分作ったんだよ」

「すごい! 高森さん、器用なんだねっ」

「いや、何というか……。あこがれてさ。マンガみたいなこと、してみたくなって」

 照れたように笑う高森さん。たしかに、マンガやアニメだと、誰かが作ってくれたお守りを、大事に持ち歩いていたりするよね。

 でもそういうの、植田くんは、うぜえって捨てちゃいそうだと思っちゃったあたしがいる。

「ごめん、植田くんすぐ捨てそうだって思っちゃった」

 正直に言ってみる。すると、植田くんはまた大笑いする。

「お前、本当にまっすぐだな。そんなの、言わなきゃバレねえのによ」

 そりゃ、そうなんだけどさ。なんか、だまってられないんだよね。

「表面には、一致団結って書いてあるんだ。オレ、そういう暑苦しいの、確かに好きじゃなんだけどさ、あのお守りはどうしてだか、気に入ってるんだ」

「きっと、高森さんが一生けんめい作ったことが、分かるからだね」

 全員分のお守りを作るなんて、『あこがれ』だけで作れないよ。高森さんがたくさん努力して、いっぱい時間をかけて作った気持ちが、植田くんに伝わったんだ。

「高森、こもんの先生には呆れられてるオレみたいな反抗期男子のことも見すてずに、ちゃんと話聞いてくれるから。がんばりてぇって思えるようになったんだ。必勝守りは、そのきっかけになったもんだから、失くすのはいやだなって」

 それは、なんとしてでも見つけなくちゃ。あたしは、勢いこんで言う。

「ぜったい、見つけよう。あたしたちも、手伝うよ」

「うんうん。わたしもせっかく作ったものを失くされちゃうのは悲しいし、それにそんなに大事に思ってもらえていたものなら、なおさら見つけ出したい」

 高森さんもうなずいてくれた。よし、どこから探そう? そう思っていた時だった。

「盛り上がってるところ、申し訳ないけど。その必要はないよ」

 声がした方を一斉にふり返る。そこには、ハルトくんが立っていた。思わずソウタくんの方をふり返る。彼は前と同じようにスズさんを手に持っていて、ハルトくんをにらんでいた。

「その必要はないって……。どういうことだよ?」

 植田くんはふきげんな声で言う。ハルトくんは笑って言う。

「そのままの意味。僕が探してあげるよ、魔法でね」

「魔法ぅ?」

 植田くんは呆れた表情を浮かべている。そりゃ、そうだよね。いきなり魔法でなんて言われても、信じられないよね。

「おい、広瀬。魔法なんて、本気であると思ってんの? そんなもん信じるの、幼稚園までだろ。そんなボロボロの杖まで持ってさ」

 植田くんが信じていない口調で言う。思わずハルトくんの杖を見た。前見た時よりもさらに黒ずんで、落ちる破片が、大きくなっている気がする。ハルトくん、気づいてないのかな。

「魔法を信じられない人には、魔法を使ってあげられないんだけどな……」

「だから、魔法なんてねぇよ。本の読みすぎだろうよ」

 植田くんがそう返すと、ハルトくんは肩をすくめてこちらに背を向ける。

「信じられない人に、魔法を使う価値はないね。じゃ、がんばって探せば?」

 そう言ってさっさと教室から出て行ってしまう。あたしは少し、ショックを受けていた。

(ハルトくんが、あんな言い方をするなんて……)

 いつも優しげで、笑っている学校のアイドル的存在のハルトくん。そんな彼が、『がんばって探せば?』なんて言うとは思ってなかった。

「何なんだよ、あいつ」

 植田くんは腹立たしげに、ハルトくんが去っていったろうかを見る。

「……そういう性格だからな、気にするな」

 後ろから声がする。ソウタくんだった。彼は、スズさんを持ってまっすぐあたしたちのところまで歩いてくる。

「おいおい広瀬、お前までおもちゃのステッキを持って、どうしたんだよ?」

 植田くんが、顔をしかめる。

「……オレに言われても、どうしようもないんだよなぁ……」

 ぼそりと言ってちらりとあたしを見るソウタくん。どうして、あたしを見るのよ。

「植田。魔法を信じるかどうかはその人の自由だ。だけどそのお守り、見つけたいんだろ」

「ま、まぁ……。それはそうだな」

 植田くんはうなずく。

「それなら、少しの間でいい。魔法を信じてくれ」

「はぁ?」

 植田くんは、ソウタくんの大真面目な顔を見て、小さく息をはいた。

「……お前は冗談を言うタイプに見えねぇなぁ。仕方ねぇ、とりあえず、信じるよ。それで、本当にお守りが見つかるんなら」

「よく言った」

 ソウタくんは一言、そう言った。それから、あたしに向き直る。

「……感謝の証が欲しいんだろ。手伝え」

「え……」

「協力してやるって言ってるんだよ。感謝の証集め」

『ん!? ソウタ、今、何て言ったん?』

 ステッキの星のかざりの部分が、大きく光る。

「……二度は言わない」

『感謝の証集め、手伝ってくれるって言ったな!? 言ったな!?』

「……うるさい」

「ありがとおおおおおおっ!!!!」

 思わず、叫んでしまう。びっくりする、他の三人。

「あ。……ごめん」

 とりあえず、あやまるあたし。

「でも、本当に手伝ってくれるの?」

 ソウタくんを見ると、彼は顔をそむけた。

「……仕方ないだろ、昔から勝手にオレを巻き込んでくるんだ。どうせ巻き込まれるのなら、もう最初から手伝うことにしただけだ」

 そう言って鼻を鳴らすソウタくん。

『すまんなぁ、ゆかり。【お前には負けた。手伝ってやるよ】って素直に言われへん性格やねん。許したって』

 スズさんの笑い声。そこで、おそるおそると言った形で植田くんが聞いて来る。

「……あのさ……そのおもちゃのステッキ……」

『ウチ、魔法が使えるステッキ様やで! 話せるんや、どや、すごいやろっ!』

「……魔法は一切使えない、ポンコツステッキだけどな。ハルトの時間停止の魔法がかからないようにするくらいしか、できない」

 さすが氷の王子、ソウタくん。毒舌だ。でもこれで納得した。ハルトくんが時間を止めた時、ソウタくんが動いていたのはスズさんのおかげだったんだ。

『何やて! ソウタ、もう一回言ってみぃ!!!!』

 スズさんを無視して、ソウタくんは植田くんに向き直る。

「ハルトは時間の魔法が使えて、オレは人や物の感情が見える。植田の気持ちをたどれば、お守りは探せると思う」

 植田くんの気持ちをたどる……。それって、どういうことだろう。

「簡単に言うと植田と必勝守りとの絆。それをたどっていくんだよ。……見えた」

 そう言うが早いが、さっそくスズさんを持ったまま、歩き出すソウタくん。あたしたちは、よく分からないまま彼の後をついていく。

 たどり着いたのは、職員室前の職員用くつ箱の前。『落とし物箱』と大きく書かれた箱の前に立つと、ソウタくんはガサゴソと中をあさり始めた。

 しばらくして、彼はあたしたちの方をふり返る。にやっとした笑みを浮かべて。そんな彼の手の中には、必勝祈願と書かれたお守りがにぎられていた。

「名前が書いてあるから、間違いないだろ」

 植田くんはお守りを受け取ると、お守りの裏を向ける。『一致団結』の文字の下に、たしかに『植田』とぬいつけられていた。

「間違いねぇ、オレのだっ」

 植田くんはうれしそうに、お守りをかばんにつけた。

「お前、本当に魔法が使えるんだな! すげぇな! 助けてくれて、サンキュー」

 植田くんはソウタくんにお礼を言ったあと、あたしたちに向き直る。

「お前らも、ありがとうな。一緒に探してくれるって言ってくれた時、うれしかった」

「あたしたち、何の役にも立たなかったけどね」

 あたしがそう言うと、ソウタくんが植田くんを見ながら言った。

「月島と高森が、お前と話しているのを聞いたから、手伝う気になったんだよ」

「だよな。役に立ってないはずがねぇ。お前らのおかげだ、サンキュー」

 その時、植田くんの胸からふわふわした光がとびでて、スズさんに吸い込まれていく。植田くんの感謝の証だ。

 あたしはそっとソウタくんを見る。向こうもこちらを見ていた。目が合うと小さくうなずいてくれる。これは、二人の協力プレーで手に入れた、すっごい証だ。

「やべ。オレ、部活行かなきゃ。それじゃあな」

 植田くんは、思い出したように言って走って行った。高森さんは、あたしに耳打ちする。

「さっき言ってた相談のことなんだけど。あれ、解決したからいいよ、ごめんね」

「え!?」

 彼氏候補の相談のことだよね。解決したってことは、もしかして……。

「わたし、植田くんのこと、好きになっちゃったかもしれないからっ」

 そう小声で言うと、彼女は植田くんを追いかけて行ってしまった。あとには、ソウタくんと、あたしだけが残される。

 数秒の、ちんもく。あたしも向こうも目線を合わせない。かといって、帰ろうとはしない。

 何か話しかけなきゃ。そう思った時、向こうから声をかけてきた。

「……どうして、今になって魔法を使いたいって思ったんだ」

「え?」

 あたしがソウタくんの方を見ると、彼は遠くの方向を向いていた。

「……スズを見つけられたってことは。お前がまた、魔法を信じたい、使いたいって思ったってことだ」

「また……?」

 またってことは、あたし、魔法が使えていた時があるってこと……?

「ねねちゃんが言ってた。あたしと広瀬くんが幼稚園に通っていた頃、魔法で困っている人を助けてたって」

「その言い方だと……、やっぱり、覚えてないんだな」

 ソウタくんは、大きく息をはいた。それから、あたしをまっすぐに見つめてくる。

「オレは、他に気になることがある。だから、お前に力を貸す。……何をすればいい?」

『ウチの足りない部品探しを手伝うんや!』

 スズさんが楽しそうな声で言う。

『まったく。やーっと、素直になりよった。えらい時間かかったな』

「うるさい」

 ソウタくんがスズさんに向かって怒った声で言う。だけど、スズさんは全く動じてない。

『手のかかるヤツやで。でも、悪いヤツちゃうから許したってな』

 同じようなことをさっきも聞いた。あたしは思わず笑っちゃう。

「分かってるよ、広瀬くんが悪い人じゃないってことくらい」

 ソウタくんはそっぽを向く。あたしは、そんな彼の視線の先に回り込むと、ほほえむ。

「これからよろしくね、広瀬くん」

「……おう」

 気になることは、たくさんある。だけどついに、あたしたちの最初の目的が一つ、達成できた。あとは、スズさんの足りないパーツを見つけるだけだ!

 あたしは、ソウタくんに『魔法の杖工房』のおじいさんに言われたことを話した。

「なるほど。オレを説得して、魔法使いにもどすつもりだったか、あのじじい」

 ソウタくんがいらだたしげに言う。

「じじいなんて、そんな呼び方したら、ばちが当たるよ、広瀬くん」

「かまうもんか。あのじじいは、オレのじいちゃんだ」

 それを聞いて、あたしはおどろきをかくせない。あのおじいさんが、ソウタくんのおじいちゃん!? あ、でも言われてみたらどことなく、似てるかも。性格とか。

 でも、そんなこと言ったらソウタくんが怒る未来しか見えないからやめておいた。

「じじいは、オレを説得してから足りないパーツを探せって言ったんだな?」

「うん。そう言ってた」

 すると、ソウタくんは腕組みをして考え込む。しばらくして言った。

「明日。明日の放課後、じじいの工房に一緒に行くぞ。それで、どこを探せばその足りないパーツが見つかるかを問いただす」

『せやな。とりあえず、ソウタを味方にしたって報告したいし』

 ステッキ状態のスズさんが、ぴょんぴょんとはねる。それから、少ししずんだ声で言う。

『それに、ハルトのステッキのことも気になるしな』

「……やっぱりお前も、気になってたんだな」

 ソウタくんがするどい口調で言う。スズさんは答えない。ハルトくんの杖。……ボロボロで、黒い破片が落ち続けていたあの杖。あれが一体、どうしたんだろう?

『とりあえず家にいる時、気をつけてみといてほしいねん』

「わかった」

 ソウタくん、すごくこわい顔してる。どうしたんだろ。

『ほな、とりあえず帰ろか。ソウタは明日じいさんのところへ行く心の準備が必要やしな』

 心の準備? なんでおじいさんのところに行くのに心の準備がいるんだろう? 色々分からないことがたくさん出てきて、あたしの頭はいっぱいいっぱい。

 そういえば、とあたしは手に持ったスズさんを見る。スズさん、最初に会った時よりどんどんきれいになってない? 中古品から、新品に近づいている感じ。

『ん? なんや、ゆかり。美人のウチに見とれてたんか』

 スズさんの得意げな声。

『ええで、もっと眺めてもかまへんでー』

「ちがいますっ! そもそも何で、ステッキに美人っていう評価があるのよ」

 あたしはスズさんに言いながら、ふと足を止めた。

『どうしたん?』

「ねえスズさん。せっかくだから、あたしたちも、バスケ部の練習、見に行かない?」

 あたしの言葉に、すぐ返事が返ってくる。

『せやな。せっかくやし、見学して帰ろか』

 バスケットボール部の活動場所は、体育館。体育館は一階と二階に分かれていて、二階から一階の様子が見えるようになってるの。

 あたしたちは二階に上がった。そしてそこで、植田くんを追いかけて行った高森さんを見つけた。彼女は一階の様子を楽しそうに見つめてる。

 スズさんは、そっとリュックサックの中に入る。あたしは、高森さんのとなりにならぶ。

「あ、月島さん。来てくれたんだぁ。今、男子が練習試合しててね、女子は見学中なんだぁ」

高森さんはうれしそうに、一人の男の子を指さす。

「あれが、植田くんだよ」

 それから、あたしの方へ向き直る。真剣な表情。あたしはごくりとつばを飲み込んだ。

「あのね。聞いてほしいの。……なんで急に彼氏候補がほしくなったか」

 高森さんは大きく息をすいこむ。

「うらやましかったんだ。好きな人がいる人が」

 ここで言葉を切って、高森さんはうつむく。

「恋愛の話をしている女子たちを見てると、彼女たちがまぶしく見えたんだ。そして思ったんだ。少女マンガを見るのも楽しいけど、実際に恋愛できたら、きっと楽しいだろうなって」

 あたしは、うなずく。

「恋をするには、相手が必要。でもわたし、今まで誰かを好きになったことがなかった。恋ってどんな気持ちか知らなかった。なのに、恋愛してみたいって思った。変だよね」

「そんなことないよ。自分が経験したことないものに、あこがれたっていいと思う。高森さんは、恋愛がきらきらして見えたんでしょ? それは、悪いことじゃないもん」

 あたしがそう言うと、高森さんは、はにかんだように笑った。

「そう言ってもらえてうれしい。今はちょっとだけ好きって気持ちが分かる気がする」

 そう言って、高森さんは一階を見下ろす。きっと目で植田くんを追ってるんだね。

「月島さん、ありがとう。あなたのおかげで、好きな人ができそうだよ」

 その言葉を聞いて、あたしはあったかい気持ちになる。高森さん、今きっと幸せだろうな。高森さんからふわっと光が一つ出て、リュックサックに吸い込まれる。感謝の証だ。

 しばらく二人で試合の様子をながめた。それから高森さんに見送られて、体育館を出た。

 今日は、感謝の証を二つも手に入れた。感謝の証の数が増えたこともうれしい。だけど自分が誰かの役に立てたってことがもっとうれしかった。これからも、人の役に立ちたい。立ってやる。あたしはそう、思った。

 次の日の朝。学校につくと教室の前がさわがしいのに気づいた。広瀬くんと高森さんが話をしていた。ピン止めの色は……。青じゃない。ということは、あれはハルトくんだ。

 あたしは二人から少しはなれて様子を見る。ろうかとつながる教室の窓から、植田くんが見えた。彼は少しだけ心配そうに二人の様子を見ていた。

「それじゃ、恋がしてみたかったんだね。それなら簡単だよ」

 ハルトくんの手には、やっぱり杖がにぎられていた。でも昨日よりもさらに、黒くなってもう最初から真っ黒だったかのような色になっていた。ハルトくんは簡単そうに言う。

「好きな人ができたなら簡単だ。その人と君が両思いになる魔法をかけてあげる」

「魔法……?」

 高森さんが首をかしげる。周りのざわめきが消えた。ハルトくんが魔法で時を止めたんだ。

「そう、魔法。僕、魔法が使えるんだ」

「広瀬くん、魔法が使えるの!? すごいっ」

 マンガとか、小説を読む人ならそんなにおどろかずに魔法のことを信じられるのかも。

 高森さんにほめられて、ハルトくんは少し得意そう。

「君の願いも、僕の魔法ならすぐにかなえてあげられるよ」

「ありがとう。気持ちはとってもうれしい。でも……」

 高森さんはハルトくんの目をまっすぐ見る。

「魔法で好きになってもらったって、意味がないから。まだ植田くんのことよく知らないし」

「魔法で好きになってもらえば、ふられる心配もないんだよ」

「それは、そうだけど。でも」

 高森さんは、言い返す。

「両思いになれるかどうかの不安もひっくるめて、好きになるってことなんじゃないかな」

 高森さんに言われてハルトくんは黙ってしまう。その時、ハルトくんがあたしに気づいた。

「あ、月島さん」

 ハルトくんはあたしの方へ歩いてくる。彼が手に持っている杖からぼろぼろと、破片が落ちた。そしてそれは、一人の人間の形になった。まるで、スズさんみたいに。

 長い黒髪の、大人しそうな少女はだまって、あたしに首を横にふってみせる。

 一体何を伝えたいんだろう。そう思っていたら、ハルトくんが目の前にやってきていた。

「ちょうどよかった。きみに伝えたいことがあったんだ」

「あたしに……?」

 ハルトくんは、あたしに向かって笑いかける。あたしが好きになった笑顔。お日様のように、すてきなかがやく笑顔。それが今、あたしだけに向けられている。

「僕、きみのことが好きになっちゃったみたい。付き合ってくれないかな」

 え、ええー!? ハルトくんがあたしを!?

 突然のことで、頭が回らない。ずっとずっと、言ってほしかった言葉。だけど……。なんだか、素直によろこべない自分がいた。

 ずっと考えていた。スズさんの足りないパーツが見つかって魔法が使えるようになったらどんな願いごとをかなえてもらおうって。最初はバレンタインデーの日に時間を巻き戻してもらおうと思ってた。そうすれば、ハルトくんにチョコレートをわたせるから。でも、ねねちゃんの困りごとを解決していて気づいたんだ。なやんだ時間はムダじゃないから、そんなことをする必要はないって。だとしたら、一体何をお願いしようって。

 ハルトくんと両想いになれたらいいなって思ってたけど、今高森さんが言ってたみたいに、魔法で相手に好かれても意味がない。そんなときにハルトくんから告白してくれた。つまり、あたしの願いは魔法を使わなくてもかなったってこと。

 なのに。なんでだろう、返事をためらってる自分がいる。そんな時、音のなくなったろうかに、足音がひびいてくる。ソウタくんだった。彼の手にはやっぱり、スズさんがいる。

 ソウタくんと目が合う。彼は、さっと教室の中へと入っていった。何も言わずに。

 ソウタくんと目が合ったときの気まずさ。彼の目に少しだけ浮かんだ、あきらめの色。何も言わずに教室に入っていったソウタくんの背中。あたしは教室の中が見える窓から、ソウタくんの足取りを無意識に追っていた。その時、関西弁がひびく。

『もう、答えは出たやろ?』

 それだけで、十分だった。あたしは、ハルトくんにきっぱりと言った。

「ごめんなさい。気持ちはうれしいけど、あたしには、別に好きな人がいるんです」

 それを聞いて、ハルトくんの目が大きく見開かれる。

「バレンタインデーよりも前に告白されてたら。きっとあたし、大喜びでした」

 それだけ言うと、あたしは呆気にとられている高森さんに声をかける。

「高森さん、行こう」

「え、あ、うん」

 あたしは、高森さんと一緒に教室へ入った。すぐに、学校のさわがしさが戻ってくる。自分の席までやってきたあと、ろうかの方をふり返ってみる。

 ハルトくんは、その場に立ち尽くしていた。黒髪の少女は、姿を消していた。

 放課後ソウタくんの席へ向かう。一緒に『魔法の杖工房』に行く約束をしたからね。

 でもソウタくん、様子がおかしい。読書しているのはいつものことだけど、なんか違う。

「あの……広瀬くん?」

「……オレに話しかけるな」

 ソウタくんは、本から顔を上げずにいう。うわあああ、また前の氷の王子に戻ってる!!

「でも今日、一緒に『魔法の杖工房』に行くって……」

「あそこへは、お前一人で行け。必要なら、ハルトがついてくるだろ」

 あー、やっぱり! あたしがハルトくんに告白されたこと、知ってたんだ。

「ご、誤解だって!」

 あわてて言うと、ソウタくんは本から顔を上げてあたしを見る。その目はとっても冷たい。

「バレンタインデーの時、オレとハルトのくつ箱を間違えて、落ち込んでただろ」

「それはそうだけど」

 それを言われると、つらい。でも、今のあたしとバレンタインデーまでのあたしの気持ちは違う。うつむくあたしの横を彼は通り過ぎる。すれ違いざま、ソウタくんの声が届いた。

「うまくいってよかったな。仲良くやれよ」

 いくつも気持ちがいりまじっているような声。ふり向いたときには、彼はもういなかった。

『追いかけんでええんか?』

 呆然と立ちつくすあたしに、スズさんが言う。

「うん、今は。……とにかく『魔法の杖工房』に行こう。おじいさんに報告しなきゃ」

 ソウタくんの席からはなれようとしたその時、何かが反射して、光るのが見えた。深い海の底のような、少し暗めの青のピン止め。これは……。

「ソウタくんのピン止め……」

 高森さんが言ってた。このピン止めは、大切な人からもらった宝物なんだって。

 話しかけるなって近寄るなって言われても。このピン止めは、絶対に彼に返さないと。

 そっと拾いあげる。その瞬間、いつの間にかあたしとスズさんは別の場所に移動していた。

◇◇

 あたしたちは、幼稚園の運動場に立っていた。一人の男の子がすべり台の上でひざを抱えている。名札には、『広瀬』と書かれていた。

『あれは……、ソウタの方やな』

 人間の姿になったスズさんが言う。幼稚園時代の、ソウタくんは悲しそうな顔をしている。

 彼の手には、ハルトくんが持っているような杖。彼に気づかれないように近づいてみる。

「オレ、やっぱり才能ないのかな……」

 そう、彼がつぶやいた時だった。一人の女の子が走ってくる。彼女は、幼稚園の制服を着ていない。手には、おもちゃのステッキ。あたしが持っていたのと同じ。

 思わずスズさんを見る。スズさんは女の子を見て笑う。

『……小さいころの、ゆかりや』

「あたし!?」

 小さいころのあたしは、ソウタくんのところへ走りよっていくと、声をかける。

「魔法が使えるなんて、すてきだね」

「……っ!」

 ソウタくんはおどろいた表情を浮かべる。でもすぐに、そっぽを向いた。

「どうせお前も、気持ち悪いって思ってるんだろ」

「そんなこと思ってない。すごいし、いいなって思う」

 きっぱりと言う小さいあたし。ソウタくんはあっけにとられた様子で見つめていた。

 やがて、ソウタくんは小さいあたしから目線を外してから、おずおずと切り出す。

「本当に、すてきだと思ってくれるなら……」

「くれるなら……?」

「オレと一緒に、人助けをしてほしい」

「うん、いいよ。あたし、魔法にあこがれてるんだ。見て、これ」

 小さいころのあたしは、得意げにステッキのおもちゃをかかげる。

「お母さんに買ってもらったの」

『ええなぁ、それっ!』

 ソウタくんの杖の先が光った。スズさんの声だ。

『ウチ、そっちの杖も気に入ったわぁ』

「わぁ、杖がしゃべった! すごーい!」

 小さいころの、あたしがはく手する。ソウタくんは、杖に話しかける。

「気に入ったのか、スズ」

『ソウタとハルトのお母さんが用意してくれた杖もええけど、それもええなぁ!』

「それじゃ、こっちの杖とそっちの杖を行き来すればいい。……これからは、二人で人助けをするんだから」

 彼が手に持った杖が光ったあと、あたしのおもちゃのステッキの星のかざりが光る。

『ええなぁええなぁ! これ、めっちゃええわっ!』

「今度はあたしのステッキがしゃべってる! すごいすごいっ」

 小さいころのあたし、すっごくうれしそう。

「あたし、月島ゆかり。これからよろしくね」

 あたしは、にっこり笑って右手を差し出した。

「……広瀬蒼太だ」

 そっか、これはあたしが引っこしてきて初めて、幼稚園に行った日だったんだ。そう思っているとまた、自分の体が引っ張られるように感じた。

 今度は、この前スズさんを見つけた広場に来ていた。小さい頃のあたしが、ソウタくんに紙袋に入った何かをわたしている。

「ソウタくん、これあげる!」

「何これ……」

 ソウタくんが紙袋から何かを取り出す。取り出したものを見てあたしは、はっとした。今でもソウタくんが大事に身に着けているピン止め。それが、出てきたんだ。

「これ、ソウタくんに似合いそうだなって思って買ってきたんだ。大事にしてねっ」

「ピン止めって、女子じゃねーし……」

 そう文句を言いながらも、さっそくピン止めをつけてみてくれる。そっか、あのピン止め、あたしがあげたものだったんだ!

 気が付くとまた幼稚園の運動場に立っていた。さっきと同じように、幼稚園のすべり台の上にいるソウタくん。でもいつの間にか彼の杖が、ボロボロになっていた。……ちょうどハルトくんの杖みたいに。

『……あの日、ソウタは幼稚園でいじめられていた子を助けようとして魔法を使ったんや。でも、助けた相手に気持ち悪いと思われてしまった……』

 となりに立つスズさんは、悲しそうな顔をする。

 黒い雲が、幼稚園の運動場にまとわりつく。何が起こったのか分からず走り回る先生たち。 

あたしは、先生たちの目を盗んでソウタくんのところへ走った。

「ソウタくんっ」

「なんで……。なんで、人助けをしても、こわがられるだけなんだ」

 その時見たソウタくんの顔は、とっても悲しそうで。幼稚園児のあたしは思わず叫んだ。

「あたしはソウタくんのこと、きらいになったりしない!」

 その時、思い出した。小さいころのあたしがこの後に言うことを。

「魔法なんて、使えなくなればいいんだっ」

 そのとたん、黒い雲があたしを包んだ。

『魔法なんて必要ないと思った魔法使いは、魔法に関する記憶や思い出を失うねん』

「そっか、だからあたし、ソウタくんとの思い出やスズさんのことを忘れてたんだね」

 いつの間にか、あたしたちは教室に戻ってきていた。スズさんはあたしをまっすぐ見る。

『魔法が使えなくなればいいと願ったのは、ゆかりやったから、ソウタは忘れへんかった』

「ソウタくんも本当は、魔法なんていらないって思ってただろうね……」

『せやろな。でも、いつかゆかりが思い出す時が来るかもしれん。そう思って、どうやらソウタは思いとどまったみたいや。ただあの時、ソウタの杖は壊れてしもた。せやからウチは、ゆかりのおもちゃのステッキに引っ越した。それであの公園に隠れてたっちゅうわけやね』

「でも、お母さんがあのステッキは捨てたって……」

『ああ、それはウソや。公園の土にウチを埋めてたのが、アンタのお母さんや。ゆかりってヘタクソな字で書かれてるのが、アンタのステッキである何よりの証拠や』

 わざわざ、人の名前を自分の持ち物に書く人はいないだろうし。これは信じていいんだと思う。でも何でお母さんはウソをついてまで、ステッキを隠しておきたかったんだろう……。

 そう疑問に思いつつ、『魔法の杖工房』へと向かった。

 『魔法の杖工房』のカウンターには、前と同じかっこうで、おじいさんが座っていた。

 おじいさんは顔を上げて、あたしたちをまじまじと見つめた。それから、一言。

「……ふむ、どうやら成長したようだな」

『せやろ。ウチの調子もよくなってきている気がするねん。それで、ソウタのことやけどな』

 スズさんはおじいさんの方へ身を乗り出すと、一息に言った。

『今はちょっとワケありですねてるけど、協力するって言ってくれたで』

「……そうか。アイツを説得できたのか」

 おじいさんが少しだけ笑った。そして、あたしの方へ向きなおる。

「君しかソウタを説得できないと思っていた。ソウタを説得してくれて、ありがとう」

「いえ、あたしは何も……」

 おじいさんは、首を横にふる。

「アイツは、魔法を捨てた。しかし、最近は魔法を思い出そうと努力していたあとが見える」

 おじいさんが取り出した本は、この前ソウタくんが読んでいた、読めない字が並んだ本だ。

「これは、魔法について書かれた本だ。魔法の使えない人間には読めないようにしてある」

 ああ、それであたしが読めなかったんだ。

「わし以外の誰かが読んだあとが残っていた。……アイツが読んだとみえる」

 そう言って、おじいさんはあたしに真剣な顔で言った。

「ソウタは魔法を捨てた。でも使えなくなったわけじゃない。君の協力があれば魔法がまた使えるようになる。そして、今は君とソウタの協力が必要な時だ」

「あたしと、ソウタくんの協力が必要な時……」

「そう。ハルトくんの杖の暴走を止められるのはきっと、あなたたちだけだから」

 後ろから声がして、あたしとスズさんはふり返る。そこにはあたしのお母さん立っていた。

「お、お母さん!?」

「やっと思い出したみたいね。毎日、『魔法』って言葉を使う作戦、効果はあったかしら」

 うれしそうに言うお母さん。そうか、あたしに魔法のことや、ソウタくんとのことを思い出させるために、毎日のように『魔法』って単語を言いまくっていたのね、なるほど。

「あなたとソウタくんは、二人で一つ。二人で初めて、一人前の魔法使いなの」

 二人で一人前……。じゃあ、一人だと半人前だね。だめじゃん。

「うちの家も代々、魔法が使える家系だったの。でもだんだん、その力が弱まってきていた。あなたにいたっては、もう魔法は使えなかった」

 え!? うちの家も魔法が使える家だったの!? あたしは言葉が出ない。

「ソウタくんも、魔法はあまり得意じゃない。でも人の気持ちを読み取る天才なの」

 ソウタくん、『人の感情の色が見える』って言ってた。ねねちゃんの時も、植田くんの時も二人の気持ちをあたしに教えてくれた。あれは、ソウタくんの才能だったんだ。

「彼が困っている人を見つけて、あなたが事情を聞く。あなたは、人の心を開く天才だった」

 お母さんは、遠い目をする。おじいさんもうなずく。

「大きくなれば、さらにたくさんの困っている人を助けられるだろうと期待したものだ」

「でもね、人の気持ちが分かるって、いいことだけじゃないの。気持ち悪いって思われることもある。ソウタくんが見たくないと思った時でも、人の感情は勝手に見えてしまうから」

 お母さんの言葉に、おじいさんが顔をしかめた。

「人のマイナスの感情を吸い込みすぎると、ステッキは暴走してしまう。最悪の場合、持ち主は魔法を使えなくなり、ステッキは消滅する」

「それを食い止めてくれたのが、ゆかりちゃん、アンタだったんだ」

 おじいさんが目を細める。

「ソウタくんは、自分まで魔法や、ゆかりとの思い出を忘れちゃいけないって思いとどまったみたい。魔法が使えなくなることも、スズが消滅することも、なかった」

 おじいさんは小さく息づいた。

「ゆかりちゃんが魔法を思い出すまで、そっとしておこうと思っていた。しかし」

「ハルトくんのステッキの様子がおかしくなってきたの。だから、彼が暴走しても止められる人……、あなたとソウタくんの力が必要だと思ったの」

 お母さんが、おじいさんの言葉を続ける。

「あなたはソウタくんとのことと魔法のことを忘れてしまってる。だから、まずはソウタくんに引き合わせることにしたの」

 そこで、あたしはピンときた。

「もしかして、ソウタくんのくつ箱にあたしの手紙を入れたのは……」

「お母さんよ。お母さんが」

 な、なんてことを! でもあのことがなかったら、ソウタくんと話すことは、なかった。

「しかし、せっかく説得できたというのに、ソウタと君が仲たがいしてしまうとはな……」

 窓の外を見ると、黒い雲が空をおおっている。さっき見た、記憶の映像とそっくり。

「どうやら、ハルトのステッキが暴走を始めたらしい。さて、どうするか……」

 おじいさんがつぶやいた時、店のとびらが乱暴に開けられる音がした。

 あたしたちはとっさに、音のした方を見る。誰が来たのか分かった時、みんな笑顔になった。そこには、急いで走ってきたのが分かる、ソウタくんがいたの。

「おい、じじい! ハルトのステッキが暴走してる……って、お前」

 ソウタくんがあたしに気づいて戸惑った顔をする。あたしは、彼にピン止めを差し出す。

「広瀬くん、あたし、記憶が戻った。あなたとの思い出も、思い出した」

 そう告げると、彼はピン止めを受け取りながら、複雑な顔をした。

「ちなみにハルトくんの告白は、断った。うそついてないか、見てみてよ」

 しかたなさそうにソウタくんがあたしを見つめる。人の感情の色が読み取れる彼なら、今あたしがウソをついていないことが分かるはず。すると、彼の表情が少しずつ変化していく。

「……ほんとだ」

「納得してくれたんなら、あたしと一緒に、ステッキの暴走止めに行ってくれるよね?」

 ソウタくんは少しだけ悩む様子を見せた。しかし、おじいさんが言う。

「わしは別に、お前が魔法を使うことに対して文句を言うつもりはない」

 それを聞いて、ソウタくんは決心したようだった。

「……使って、いいんだな」

「だから、そう言っておるだろうが」

 おじいさんが、鼻をならす。ソウタくんはお母さんに向かって言った。

「すみません。娘さんを借りていきます」

「どうぞどうぞ。娘を末永くよろしくね」

 お母さんがソウタくんにウインク。どきどきしてる場合じゃない! しっかりしなきゃ。

 あたしたちは店をとび出す。手にはしっかりとステッキ状態のスズさんをにぎっている。

「ソウタくん、ハルトくんの居場所の心当たりはあるの?」

 いきなり名前で呼ばれて、ソウタくんは一瞬おどろく。でも昔は、ソウタくんって呼んでたし、いいでしょ。どうやらソウタくんも、気にしないことにしたみたい。

「……たぶん、学校。ここへくる中で、学校付近に一番雲が多かった気がする」

「分かった。じゃあ行こう」

 あたしたちは学校に向かって走り始めた。彼が言った通り、学校は黒い雲でおおわれていた。数歩先が見えないくらい、真っ暗。

「スズさん、なんとかできない?」

『まかせときっ』

 スズさんのかざりが光る。本当に、真っ暗。まるで夜中の学校に忍び込んだみたい。

「アイツは多分、屋上にいる。誰かの相談ごとを聞くときはいつもそうだったから」

 最近はあせっていたからか、時間を止めて、その場で話を聞くことが多くなったけどな。

ソウタくんの言葉を聞いて、あたしたちは屋上に向かう。ふと疑問が一つ。

「あれ、屋上っていつも、かぎがかかってなかったっけ?」

「ハルトは魔法でかぎを開けてたんだよ。それくらい気づけ」

「はいはい、ごめんなさいねー」

 ソウタくんの言葉に思わず、皮肉交じりに答える。悪かったね、察しが悪くて!

 でもソウタくんと話せることがうれしい。もう一生、話せないかもって思ってたから。

「あたしのあげたピン止め、大事に使ってくれてありがとうね」

「何だよ急に……」

 ソウタくんが困った顔をする。あたしが幼稚園の時にあげたピン止めを、今も大事に使ってくれていたソウタくん。あたしとの思い出を、忘れないようにしてくれてたんだね。

 そうこうしているうちに、屋上に到着した。屋上に見える影は、二つあった。

「……ハルトと、アイツのステッキだ」

 ソウタくんが低い声で言う。ハルトくんに向き合っている人物は、前に見た黒髪の少女だった。そっか、あの子はハルトくんの杖が人間の姿になっていたんだね。

 ハルトくんとハルトくんのステッキは、お互いに向かいあってにらみ合っている。

『もう、あなたと一緒に行動できません。今のあなたは、魔法の使い方を間違っています』

「間違ってなんかない! 今までちゃんと感謝の証を集めてきただろ!」

 ハルトくん、まるで別人みたいに怒ってる。ソウタくんは静かに言った。

「……あれが、今のハルトの本性だ。昔は、あんなヤツじゃなかった」

 ソウタくんの悲しそうな声。あたしは、ソウタくんを見る。

「……終わらせなきゃな」

『ケンカは終わりや。話は聞く。とりあえず、落ち着くんや!』

 スズさんがステッキ状態のまま、ハルトくんのステッキに向かって言う。

『話したってむだです。この人にはもう、あたくしの言葉は届きません』

ハルトくんのステッキが首を横にふりながら言った。ハルトくんが叫ぶ。

「もう、うんざりだ。魔法なんていらない。自分のために使えない魔法なんて、必要ないっ」

 パキンッという音がした。少女は消え、その場には、半分折れかかった杖が落ちている。

「まずい、このままだと本当に、ハルトは魔法が使えなくなる」

 ソウタくんがあわてた声を出す。このままだとハルトくんは、魔法に関する記憶を失う。そんなの、ダメだ。そうあたしが思っていると、スズさんが力強く言う。

『だいじょうぶや。ウチの相棒がなんとかするっ』

 スズさんはそういうが早いがあたしをぐいっと引っ張った。え、え!? このままつっこんだらあたし、ハルトくんとげきとつするんですけどーっ!!

 あたしは、スズさんに引っ張られるまま、ハルトくんにぶつかった。

 二人の男の子。幼稚園の制服を着た二人の胸には、『広瀬』の名札。多分、小さいころのハルトくんとソウタくんだ。きれいな女の人が笑顔で二人にそれぞれ、杖をわたす。 

「あなたたちはきっと、いい魔法使いになるわ。二人で助け合ってがんばるのよ」

 二人はお互いの顔を見つめあって笑った。場所が変わって、いすに座っているきれいな女の人と、その横に立つ男の子。ピン止めは……――、青じゃないからハルトくんかな?

「お母さん、だいじょうぶだよ。僕一人でも、すごい魔法使いになるから」

 また場所が変わる。これは最近のハルトくんと、人間の姿をしているハルトくんの杖だ。

「どうして僕は、これだけしか感謝の証が集められないんだ。何がいけないんだ……」

『やり方が間違っているんですわ。スズさんたちのやり方が正しいですわ』

 ハルトくんのステッキが静かな声で言う。ハルトくんは腹立たし気に言う。

「僕の何が間違っているって言うんだ! アイツらは魔法をちゃんと使いこなせてない! なのに、なんでアイツらの方が感謝の証を集められるんだ!!」

 ハルトくんはうつむく。

「僕は、絶対にいい魔法使いになるって母さんと約束した。だから、負けられないんだ。今まで魔法を使ってなかったソウタなんかに……」

 ああ、これはハルトくんの記憶なんだ。あたしは、そう察した。ハルトくんが必死で感謝の証を集めていたのは。お母さんに喜んでほしかったからなんだ。

「……ハルト、オレが悪かった」

 ソウタくんが進み出て、ハルトくんに言う。

「今さら、何言ってんだよ。お前に謝られたって、何の得にもならない」

 ハルトくんからきつい言葉がとんできても、ソウタくんは動じない。

「オレはゆかりとのことで、魔法を使うのをやめた。でももし、魔法を使うのをやめていなければお前が悩むことはなかったかもしれない。申し訳ないことをしたと思ってる」

 呼び捨てにされると照れちゃう。だけど今、そんなことを考えている時じゃない。

「人は誰でも、誰かに認められたいって思ってると思う」

 あたしは、ハルトくんに言う。彼ににらまれても、それでもあたしは言葉を続ける。

「ハルトくんは、お母さんに認めてほしかったんだよね。一人前の魔法使いだって」

 誰かに認めてほしい。それは、ごく自然なこと。長井さんもそうだった。彼女もご両親に認められたい気持ちで、努力を続けている。自分にだってできることがあるって信じたいし、自分の居場所がほしい。きっと誰でも一度は思うことなんじゃないかな。

「あたしは知ってる。ハルトくんが一生けんめい、人を幸せにしようと努力してたこと」

「……やり方は間違ってたけどな」

 ソウタくんがつけたす。余計な一言を付けないんでほしいだけどな……。

「だから、どうやったら人を幸せにできるか、一緒に考えよ?」

 あたしの言葉に、ハルトくんもソウタくんもおどろいた顔をする。

「魔法が使えなかったらいいのになんて、言わないで。この力は、誰でも持っているものじゃない。だからこそ、困っている人たちのためにあたしたちが、がんばらなきゃ」

 ふと空を見上げる。少しずつだけど、黒い雲が消えていく。

「……止まったな』

 ソウタくんが、空を見上げて言う。

「えっと……、何が止まったの……?」

 あたしが聞くと、ソウタくんが顔をしかめる。

「ハルトのステッキの暴走だよ。ギリギリセーフってとこだ」

「でも、ハルトくんのステッキ、折れかかってるよ……」

 ハルトくんのステッキを拾い上げてみる。ぎりぎりくっついている状態で、何かしょうげきがあったら、すぐに折れてしまいそうな、そんな状態。それを見て、スズさんが叫ぶ。

『せや! 折れてしもたら、ゲームオーバーや!』

「修理したりできそうなものは……っ!!!」

 あたしは急いで、リュックサックの中身をあさる。見つけたのは……、セロハンテープ。

「ああもう、仕方ない! イチかバチかだよ!!!」

 ハルトくんのステッキを、セロハンテープでぐるぐる巻きにする。

「うわぁ……雑」

 ソウタくんのため息は気にしない。ステッキが消滅することの方が一大事だもん。

「お願い、生き返って! ハルトくんのステッキ……っ!!!」

少しずつテープでくっつけた部分がまっすぐになっていく。ステッキが、弱々しく光った。

『少し乱暴ですし、あたくしの美学には反しますが……。感謝します』

 目の前に、黒髪の少女が姿を現す。うつむいていたハルトくんが顔を上げる。ハルトくんのステッキはハルトくんの前まで歩いていくと、笑った。

『ハルト、いい友達を持ちましたわね』

「友達じゃない」

 ハルトくんがきっぱりと言う。がーん。

『それなら、これから友達になればいい話ですわ』

 そうハルトくんのステッキが笑うと、ハルトくんはだまってしまう。

『……まだ、あたくしと一緒にいる気はありますの? 魔法を使う気は、ありますの?』

「……お前が消滅しなかったのが、答えだろ」

 ハルトくんの言葉に、彼のステッキは鼻をならした。彼女はあたしのところに歩いてくる。

『ありがとう。あの子、根は悪い子じゃないの。どうか、仲良くしてやってくださいな』

そしてステッキに戻って、ハルトくんの制服ポケットの中へ。その姿はきらきらしていた。

『お、おおーっ!?』

 スズさんの声で思わず手の中を見る。ソウタくんとハルトくんものぞきこむ。ステッキのスズさんが、きれいになっていく。さびていたところがなくなって星のかざりがかがやく。

『足りない部品って、これのことやったんかー!』

 スズさんが人間の姿になって、あたしたちの周りを元気に走り回る。

「どういうこと?」

『部品って。パーツやなかったんや。アンタやソウタの成長がカギやったんや!』

「……ああ、そういうこと」

 ソウタくんがうなずく。え、どういうこと?

『察しの悪いゆかりに、美人のウチが教えたる。持ち主であるアンタらが人間的に成長することで、持ち物のウチも成長する。つまりは、ウチは成長途中やったってわけやね』

 一つ、ていせい。スズさんは美人じゃなくて、ギャルだ。彼女は、ぴょんぴょんはねる。

『アンタらが成長したことで、ウチも進化した。これで魔法が使えるはずや!』

 なんかよく分からないけど、スズさんの願いだった一人前のステッキになるって願いごとはかなったってことだね。よかったよかった。

「……帰るか」

 ソウタくんが言った。あたしはうなずいて、ソウタくんと一緒に歩き出そうとする。そして後ろに気まずそうに立っているハルトくんをふり返って、声をかける。

「ハルトくんもほら、帰るよ」

 それを聞いて、ハルトくん一瞬顔がかがやいた。でもすぐに怒って言う。

「言われなくてもそうするよっ」

 これで、ひとまず一件落着。あたしたちは『魔法の杖工房』に向かった。

 それから数日後。あたしたちは、『魔法みたいに願いかなえますクラブ』を立ち上げた。

 メンバーはソウタくん、ハルトくん、あたし。ハルトくんの杖のユキさんと、スズさん。

 ちなみに残念ながら、スズさんはまだ魔法が使えないの。あれだけあの時、一人前のステッキになったって喜んでたけど。魔法が本当に使えるようになる日は、まだ先みたい。

 魔法を使わなくたって、人を幸せにすることはできる。感謝の証を集めることはできる。それは、数日前までのあたしたちが、実践してきたこと。だからあたしたちは、決めたの。

 魔法は使えなくても、魔法みたいに人を幸せにしていこうって。

「あ、ソウタくん。これあげる」

 放課後。部活動へ向かおうとするソウタくんにあたしは、チェックの紙袋をわたす。

「……何これ」

「自信作。開けてみて」

 あたしの言葉に、ソウタくんは顔をしかめながらも袋を開けてくれる。中身を見て、ソウタくんの目がだんだん大きく見開かれていく。

「バレンタインデーは終わっちゃったけど。ソウタくん用に作ってきたチョコレートです」

 ソウタくんはちょっとだけ照れくさそうに笑ってくれた。

「あー! 学校でプレゼントもらっちゃいけないのにー」

 ハルトくんが教室に入ってきて大声で言う。

「お前もバレンタインデーの時、たくさん女子からもらっただろ」

「そうだっけー? 記憶にないなー」

 ちょっとずつだけど、ソウタくんとハルトくんの仲もよくなってきた。本当によかった。

 まだまだ課題は山積み。でも三人と二本のステッキが協力すれば、きっと乗り越えられる。

 よーし。『魔法みたいに願いをかなえますクラブ』、がんばっちゃうんだから!

《完》

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わんだふる★ステッキ! 工藤 流優空 @ruku_sousaku

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