スライム一匹倒せない最弱勇者が、魔王軍を壊滅させるまで

間章11 とある皆々の所感

　いやー！　ゲッカ様、まさか魔王を丸め込んじまうとはなー！

　けどオイラぁ、この御方はいつかでっかいことをやり遂げると信じてたね！

　……なんて、酒場では嘯いたものの。

　もちろん、そんなのは嘘っぱちだ。

　毎日毎日オイラが勤める門の前を通って行くゲッカ様の事を応援してたのは本当だけど、それは……なんつーのかな。

　出来の悪い子ほど可愛いっつーかさ。

　いつかスライムくらいは倒せるといいな、くらいの応援だった。

　なのに、ゲッカ様は……ホントもう、すげぇお方だよ！

　おっ、そろそろ凱旋パレードの時間か？

　おっしゃ！　ゲッカ様の晴れ舞台、拝まない手はないってもんだぜ！

　なんせ、もしかするとこれでもうゲッカ様のお顔を見れるのも……。

　へっ……なんだか涙が出てきちまいやがったぜ。

　マスター！　このホットドック、ちょっとマスタードが効きすぎなんじゃないのかい！

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　ゲッカ……やはりお前は、一角の男だったようだな。

　此度の和平が成り立ったのは、ゲッカが魔王に対等以上の存在であると認められたからに他ならないだろう。

　ふっ……ここに来た当初、才能の片鱗こそ見せていたもののひ弱な少年だった頃からは考えられんな。

　最初の手ほどき程度とはいえ、ゲッカに剣を教えた身として誇らしい気持ちだ。

　惜しむらくは、それほどの腕があってもゲッカは……。

　いや、それでも鍛錬したことは無駄にはならんだろう。

　ゲッカには、これからも励んで欲しいものだ。

　などと、自分が言うまでもないことか。

　なにせ、あのゲッカだからな。

　む……そろそろ、民とゲッカの交流会か。

　自分も、警備の指揮に入らねばな。

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　ゲッカ殿が持ち帰った成果は、余の想像を遥かに超える驚くべきものであった。

　魔王軍との和平などありえぬと最初は切り捨てかけたものの、考えてみれば悪い話ではない。

　いや、むしろ素晴らしいことだ。

　たとえ今代の魔王を倒したとて、いずれ新たな魔王が出現するであろうことは歴史が証明している。

　永遠に終わらぬはずだった、いつから始まったのすら定かでない人界と魔界の争いそのものを、ゲッカ殿は終息させたのだ。

　これを偉業と呼ばずして、なんと呼べば良い！

　無論この和平、魔王の言を信頼すればという前提ではあるが。

　余と対談した魔王からは、誠実さが……いやそれどころか、命を懸けてでもいるかのような必死さが感じられた。

　これも、ゲッカ殿が魔王を説得してくださったからだろう。

　まったく、改めて己の目の節穴さと我が娘の慧眼を実感するばかりよ。

　ゲッカ殿にならばこの王位、譲ることに全く異論はない……いや是非ともお願いしたいくらいなのだが……。

　しかし、ゲッカ殿は……。

　おっと、そろそろ主要国首脳会談に出ねばいかん時間か。

　ゲッカ殿に負けぬよう……とはいかんだろうが、せっかくここまでお膳立ていただいたのだ。

　余も、余の責務をまっとうしてみせようぞ。

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　いやはや、まさか魔王イリス様が人間との和平をお考えとは。

　思えば、我々魔族としてもいつ終わるとも知れぬ戦いに辟易としているところがあったのでしょうなぁ。

　もっとも私がそれに気付けたのは、こうなってどこかホッとした表情を浮かべる魔族が多くいたのを見たからこそ。

　それを予め鋭く見抜き着々と準備を進められていたとは、魔王イリス様のご慧眼にはまったく恐れいります。

　『智』のコモドなどと呼ばれておっても、魔王イリス様の深遠なる知慮には遠く及びませんな。

　もっとも、もしジロバやケメレなどの武闘派が生き残っていれば頑なに反対したことでしょうが……今にして思えば、魔王イリス様は和平に当たって邪魔になる者をあえて勇者に始末させていたのかもしれませんなぁ……。

　恐らく、勇者に本気を出させたというのも魔王イリス様の策略だったのでしょう。

　私は気絶しておったので体感してはおりませんが、あの時魔王城にいて勇者の力を体感した者は一人残らずチビったそうですからな（無論、魔王イリス様は除きますぞ）。

　生き残った反対勢力の意思をそれで削いだのでしょう。

　勇者ゲッカ……魔王イリス様と、対等かもしれぬほどの力を持つ人間。

　もしかすると魔王イリス様は、そういう者を待ってらっしゃったのかもしれませんなぁ。

　出来る事なら先々も魔王イリス様と共にあってほしいと願ってしまいますが、彼奴は……。

　……おぉ、いかんいかん。

　今日は人間たちに向けた魔王イリス様のスピーチが行われる日でしたな。

　魔王イリス様のお言葉は思慮深すぎて、普通の者には恐らく伝わりますまい。

　私がしっかりその意図を汲みとらせていただき、お伝えせねばなりませんな。

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　……アタイとしたことが、無様に生き残っちまったか。

　しかも目覚めてみりゃ、魔族と人間が和平だって？

　ハッ、んなもんアタイからすればチャンチャラおかしいってもんだね。

　なんせ魔族同士、人間同士だって争いが絶えないんだ。

　特に人間って奴ぁ、自分たちと違うモンを見ると迫害せずにはいられない生き物さ。

　生まれつき強力すぎる《テンプテーション》を身につけちまってたアタイも、女どもからは売女と蔑まれ、男どもからは……チッ、くだらないことを思い出しちまった。

　けど……。

　けど、アイツは……勇者は、ゲッカは、違ったな。

　アイツのアタイを見る目には、アタイに触れる手には、下心の欠片もなかった。

　ただただ、優しくて……。

　……って、何考えてんだいアタイは。

　アタイともあろうモンが、今更恋する乙女みたいになりてーってか。

　ハッ、それこそ笑えてくるぜ。

　アタイはもうそんな綺麗な身体じゃねーし、何よりゲッカの奴はいずれ……。

　……っと、そういやもうすぐゲッカが見舞いに来るとか言ってたけっかな。

　アタイの傷を治したのもゲッカだっていうし、一応礼くらいは言っといてやるか。

　……ちっと、髪の手入れもしとくかな。

　……って、アタイは男の前に出るときゃいつだって本気モードなだけだし！

　別に、ゲッカだけが特別なわけじゃねーんだからな！

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　ぶっははは。

　いやー、笑えたわー。

　めっさ笑える展開やったわー。

　なんや世間では魔王がご主人はんに説得されたみたいな風潮になっとるようやけど、現場にいたウチから言わせればあんなもん完全に脅し以外の何物でもなかったからね。

　あっこまで力の差ぁ見せつけられたら、死ぬか降伏かの二択しかないやん。

　ご主人はんが自分の命差し出すて言い出した時はウチも素ぅでビックリしてもうたけど、あれもあえて無防備な姿を曝け出すことで力の差を見せつけて魔王を最大限絶望させるための布石やったんやね。

　あれ魔王、完全にチビっとったで。

　ホンマ、ご主人はんは面白いお方や。

　……はぁ。

　これからウチ、どないしようかなぁ。

　別にウチかてナチュラルボーンキラーなわけやあらへんから、魔王を斬れへんようになったこと自体はどうでもえぇんやけど。

　ご主人はんほどの使い手に出会えることなんてもうありえへんやろうしなぁ。

　なーんか、存在意義を見失ってもうた感じやわ。

　出来ればご主人はんかウチ、どっちかが終わる時まで添い遂げたいんやけどなぁ。

　けど、ご主人はんは近いうちに……。

　ん、お……？

　なんやご主人はん、ウチの出番かいな？

　勇者の力を示すパフォーマンス？

　なにそないに自信なさげな顔してはりますねん、そんなもんウチに任せときぃや！

　……って、え、ちょ……？

　確かに任しとき言うたけど、それは、ちょ、魔力注ぎすぎんほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！？

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　ククク……。

　我はご機嫌である。

　なぜなら我、ついに我にピッタリのドレスを手に入れたのじゃからな！

　勇者にねだったら用意してくれたのじゃ！

　……なんかその時、妙に生暖かい目で見られたような気がするがの。

　なんじゃったんじゃろうな、あの「そうだよな男だって幼女みたいな格好したい時もあるよな」とでも言いたげな視線は……。

　ま、まぁそれはともかく。

　なんと我、勇者の前だと普通に喋れるようになってきたのじゃぞ！

　大成長じゃな！

　なんせ我、めっちゃ成長期じゃしな！

　この一月で、身長じゃって一ミリ伸びたのじゃ！

　……もっともこの一月といえば、大勢の前で何度もスピーチしたりで我、思い出すだけでげんなりするのじゃが……まぁスピーチ言うてもコモドが勝手に喋るだけじゃから、別に我はなんも考えずに突っ立って笑うておればよかったんじゃけど。

　勇者と遊んで……もとい、構ってもら……もとい、共に崇高なる時間を過ごすことを所望する我としては、遺憾の意を表明する所存であるぞ。

　我、勇者以外にまともに話せる者おらんからの……。

　とはいえ……勇者のおらん世界にも、そろそろ慣れねばならぬか。

　じゃって、勇者はもうすぐ……。

　うっ……ぐすっ……。

　な、なんじゃ、コモドか！？

　壮行パレードの準備！？

　わかっとる、今行くわ！

　　　◆　　　◆　　　◆

　嗚呼、嗚呼。

　民衆に手を振るゲッカ様。

　真剣な表情でスピーチされるゲッカ様。

　街で子どもたちと戯れるゲッカ様。

　どれも素敵すぎますわぁ。

　ゲッカ様が広く認められたこと、わたくし自分のことのように誇らしく思います。

　でも……。

　少し……いいえ、とても。

　同時に、寂しくもあるんですの。

　なんだか、わたくしだけのゲッカ様でなくなってしまったみたいで……。

　な、なんて！

　元々、ゲッカ様はわたくしだけのものなんかではありませんわよね。

　何を考えているのかしら、わたくしったら。

　これは、とても喜ばしいこと……そう、喜ばしいことなのです。

　けれど。

　時折ふと、ゲッカ様が思い悩むような表情を浮かべられるのが少し気になっています。

　それも、日に日にその頻度は高くなってきているようで。

　ゲッカ様、何に悩んでおいでなのでしょう……？

　魔王城でも結局足手まといのままとなってしまいましたし、何かわたくしで力になれるようなことばあれば良いのですけれど……。

　もっとも、それも差し出がましい考えなのかもしれません。

　だってわたくしとゲッカ様は元々、住む世界の違う者同士……なんですもの。

　……いけませんわね、こんな暗い顔をしていては。

　もう、ゲッカ様と一緒にいられる時間もあと僅か。

　精一杯笑って見送りませんと。

　ゲッカ様は、明日……。

　嗚呼。

　　　◆　　　◆　　　◆

　『それ』は、歓喜に震えていた。

　『それ』には、予感が……。

　いや、確信があった。

　あの人間は、今日。

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