第8話 少年との出会い

 エラがゆっくりと森を抜け出すと目の前に広がるのは自然の息吹を感じる光景だった。木々の間から漏れ出す光が柔らかく大地を照らし、開けた空間には風が吹き渡り葉がさらさらと揺れる音が耳に心地よく届く。

 木々に囲まれた世界から抜け出し、新たな環境に包み込みこまれるような感覚にエラは目を細めた。遠方には町が見え、町までの道は簡易ながら舗装されている。迷うことは無さそうだ。


「やっと森を抜けたんだね。結構かかったけど、これで一息つけるかな。外に出られたし、大丈夫だよね……」


 エラはやや安堵の表情を見せ、肩の力を抜いて深呼吸をする。

 ルミナがその隣で軽やかにステップを踏みながらエラの足元を跳ね回った。


「魔石の件は一先ず大丈夫だと思う。でも魔力の流れは未だ不安定ってところかな。大魔法使いがいるとかって感じじゃないんだけどさ。人間が雨の日に頭が痛くなるっていう感覚と似てるかも」


 ──ルースは頭痛持ちで家に居る時はよく愚痴ってたんだ。

 ルミナの声は相変わらず軽快だが、声は相変わらず直接頭に響いてくるような感覚のまま。彼女はルミナのその姿をぼんやりと見下ろしていた。すっかり気を抜いているエラとは対照的にルミナは未だ森での事が腑に落ちないらしい。


「無事に抜けられはしたけどなんか気になるんだよね……魔石のことも、魔力の流れのこともさ~」


 エラ、まだ持ってるよね?さっきの魔石。

 不意に名を呼ばれ、エラは先ほど拾った魔石を懐から取り出し手に取って眺める。小さな輝きを放つそれは、どこか不思議な魅力を持っている。彼女は魔力に詳しいわけではないが、何か特別なもののように思えてならなかった。

 ──初めて魔石を手に入れたからかもしれないけれど。


「まあ深く考えなくてもいいんじゃない?現に何もいないんだから」

「そうだけど……でもな~んか気になるんだよなあ。魔石の方は町で誰かに鑑定してもらえたりできないかな?僕は喋れないからエラにお願いすることになるけど」


 覚えてたら何とかするよ……覚えてたらね。

 エラは呟くように言い、魔石を大切にポケットにしまい再び歩き始めた──魔石はいざとなれば魔力の補助としても使用でき、売れば金策にもなる。持ち歩くこと自体に危険性は無いため、今後も見かけたら拾っていこうとは思うものの……その度にルミナに鑑定しようと言われるのでは堪らない。何とか慣れてもらおう。

 風が吹き抜ける中、エラとルミナはその開けた道を進む。しばらく歩いたところで前方に少し影のある小高い丘が見えてきた。丘の向こうには先程よりもくっきりと町の輪郭が見える。背の高い建物、特徴的なシルエットの建物──ようやくエラは田舎から町に出たという実感が湧いてきた。


「ここを越えれば次の町かな?」

「うん、もう少しだね。でも気をつけて、何があるかわからないし」


 エラは少し期待を込めて呟く。

 ルミナの声が耳に届く。やはりルミナは自分よりもずっと冷静で慎重だ。

 お母さんから動物や魔物は気配に敏感とは聞いていたけれど……。

 確かに森の中とは違い、ここからは人や何か他の存在と遭遇する可能性が高くなる。エラは慎重に周囲を見渡しながら、歩を進めた。

 ──丘の頂上に差し掛かったその瞬間、エラは遠方に小さな影を見つけた。誰かがそこに座り込んでいるようだった。ルミナが彼女を制止するように黙って足を止めるも、エラはその影に向かってゆっくりと近づいていく。


「誰かいる……?」


 不安が少しだけ胸を過る。

 魔物だったらどうしよう──とはいえ負傷した人や迷子だったら?

 エラは制止を余所に一歩一歩慎重に近付く……しかし近づいてみると、それはただの少年だった。

 年の頃はエラと程近い。服はぼろぼろで顔には少し疲れが見えるが、怪しい雰囲気は感じられない。全体的に乱れているが、陽光を反射する金髪は宝石のように煌めている。髪は少し長めに伸び、前髪が額に垂れかかるほど。瞳は大きく、翡翠を思わせるような深緑。目の下には濃い隈が出来ている。

 ──身嗜みを整えたらきっと綺麗な子なんだろうけど。

 表情には無力感が漂い、弱々しい印象だ。少年の肌は青白く、頬には淡い血の跡が付着している。薄い唇は少しだけ開き、息を整えている様子だ。


「あの……大丈夫?」

「……あ、あぁ……うん、大丈夫……」


 エラが声をかけると、少年は驚いた様子で顔を上げた。

 少年の顔には不安と緊張が浮かんでいる。エラの背後からルミナが顔を覗かせているが、特に驚く様子は無さそうだ。むしろ一人と一匹の存在に驚いている。

 少年は小さな声で答えたが、その声には少し戸惑いが感じられた。


「ずっとここにいたの?怪我してるの?」

「……ううん、身体は大丈夫。少し前に転移魔法でここに来て。でもどこに行ったらいいのか分からなくて……」


 何やら訳ありようだ。

 彼の申告通り、身体中に付着している血は彼の傷によるものではないようだが……何かに襲われて逃げてきたとかそういうこと?

 少年は一見すると手ぶらだ。エラのように鞄を持っているわけでもなければ、傍に武器らしい物も見当たらない。かと言って地元の人間であれば──土地勘の無い自分達ならともかく周辺の弱い魔物に襲われることも少ないだろう。

 ──一先ずは迷子と考えた方がいいかな?

 エラは背後のカーバンクルを振り返るとこくりと頷いた。「可哀想だから町まで連れていってあげたら?」と言うあたり、今回は同意見のようである。



「そっか、何か困ってるんだね。私も今、次の町に向かっているところなんだけど、一緒に行く?」


 エラは優しく笑いながら手を差し出した。少年は少し戸惑いながらもその手を見つめ、やがてゆっくりと立ち上がった。


「……ありがとう。でも、僕……」

「何かあったなら話してみてよ。力になれるかもしれないし。私はエラ、こっちはカーバンクルのルミナ。あなたの名前は?」


 少年は一瞬、言葉を詰まらせる。

 エラはそんな彼に近づき、柔らかい声で語りかけた。少年は少し目を伏せながら、やがてゆっくりと口を開いた。

 ──僕はセリス……セリスって言うんだ。

 エラは彼を待たずにその手を握った。握手のつもりではあったのだが、彼は目を泳がせて戸惑っている──握手よりも先に、何か服を貸してあげた方がいいかな?

 エラは鞄から一枚上着を取り出すとセリスに差し出す。流石に血に濡れた状態で町に入るわけにはいかないだろうから。

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異世界少女漫遊記 Theo @Theo_0

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