第48話
列車に乗って小一時間、ハドソン川に沿って走り、教えられた語学学校の最寄りの駅に到着した。スマホで目的の場所を探す。あった。スマホに教えられた経路で、歩き出す。彼はずっと考えていた。グラハムらと別れた後、歩きながら。列車の中でも、ずっと考えていた。今も思考は停止しない。なんだか歯車が動き出した。そう感じていた。自分が動くことで、進むことで、その先に道はあるのか、それとも行き止まりかとドキドキしながらそれでも歩いていると、歯車が動き出し、道が拓ける。音を立て、ガシャンガシャン、ギギギギギ。歯車が動き出す。進むべき道が見つかる。そんなイメージ。歯車は、そう、人だ。動き出し、進み出し、人と出会うことで、さらなる道が見つかる。行くべき目的地が見つかる。自分が動き出したことで、人と出会い、教えられ、あるいは導かれ、行くべき場所が見つかる。自分がずっと同じ場所に居座っていたら、人と出会うこともない。歯車が動き出すこともない。でも・・・じゃあ、原動力はなんだ?自分を動かしているそもそもの原動力はなんだ?原動力が無ければ、歯車が動くことはない。自分を突き動かしているもの。それを探す。記憶を手繰る。久我か?久我を見て動き出したのか?いや違う。久我はきっかけだ。きっかけに過ぎない。久我みたいにはなれない。俺もそこまで馬鹿じゃない。久我と自分とじゃ天と地ほどの差がある。あいつと自分とを比較しちゃだめだ。確かに久我を見てじっとしては居られなくなった。でも、久我は俺の原動力ではない。じゃあ、何処だ?何だ?記憶を遡っていく。専門学校での出来事。高校時代の出来事。わかっている。ほんとはわかっている。ずっと蓋をしてきていた記憶。中学時代。ここだ。ここでの出来事。きつかった。好きだったサッカー。楽しかったサッカー。それを奪われた。いや、違う。そうじゃない。そこじゃない。どこだ。自分が一番蓋をしてきた記憶。サッカーを辞めて、それから・・・それから・・・・・・・・・・・
全校集会。体育館。・・・・ここだ。みんなの笑顔。眩しいほどの笑顔。晴れ晴れとした、満足気な笑顔。心から笑っている。俺は?俺は何処にいる?並んでいる。集団の中で、整列し、同じ格好で整列し、下から壇上の皆の顔を見て、眩しすぎて見てられなくて、それでも顔を上げて見つめている。自分を消している。自分をなかったことにしようとしている。血の流れを停止しようとしている。嫌いだ。この時の自分が嫌いだ。一番嫌いだ。大嫌いだ・・・・・・・・
そうか、そうだ、嫌いなんだ。この時の自分が嫌いなんだ。ここだ。ここなんだ。ここに戻りたくないんだ。もうあんな想いをするのは嫌なんだ。逃げて、逃げたくせに、そこから逃げたのは自分のくせに、自分を嫌悪している。自分のことが許せなくて、自分のことが情けなくて、自分のことが嫌なんだ。嫌だ・・・・嫌だ・・・・・・・
でも・・・・それが今の原動力になっている?自分の今の原動力に?だったら・・・・だったら・・・無駄じゃないんだ。あの時の自分。嫌いな自分。今の力になっているんなら、あの時の俺も、、、俺だ。俺自身だ。そうだ。全部自分自身だ。消さなくていい。あの時の自分が、今の自分の力になってくれているのなら、全部無駄じゃないんだ。知らなかった。負の感情も力になること。負の感情でさえも自分自身の力になってくれているのだ。あの時のような想いは二度としたくない。そう想うことでの力。強さもあるんだ。すべての過去が今の自分だ。すべての過去の出来事によって今の自分がここにある。あの時サッカーを辞めてなかったら、あいつらが全国に行ってなかったら、今ここに自分はいない。壇上での皆を見上げている自分がいなかったら、今の俺はここにいない。過去の出来事すべてが、今自分をここに、この場所に連れて来てくれている。いまの自分の原動力になってくれている。受け入れるんだ。今まで生きてきた全てを。全ての出来事を。全ての感情を。
空を見上げる。雲一つない青空が広がっていた。上地の心を照らし写したような空が広がっている。彼は歩き続けた。住宅街に入ってきたようだ。個別住宅や、3階建てや5階建てのマンションが見られる。マロニエの街路樹が所々に並んで木陰をつくっている。語学学校は近い。教えられた通りに着いた。一軒一軒の番号を見て回る。あった。白い壁に語学学校の看板が小さくあった。透明なボードに黒字で書かれている。マンションかと思われたが、おそらくこの建物全体が語学学校なのだろう。三階建ての白い建物。スマホをポケットにしまう。二段ある階段の先のドアノブを触ろうとした瞬間、中から人が出てきた。がちゃ。すっと後ずさりをして、開く扉を避ける。
「あっ、ソーリー。」
中から出てきたのは女性の東洋人だった。秋色のセミフレアスカートに、カジュアルなプルオーバーを着ている。綺麗でおしゃれな人だ。上地がそう思った瞬間、その東洋人は
「えっ。」
っと発した。日本語。日本人?たった一言で上地はそう思った。
「えっ、上地君?」
驚きで顔を上げる。彼女の顔を見る。
「上地君?」
彼女は?誰だ?知り合い?・・・そうだ。髪も少し伸びて、黒髪だった色も明るい色になっている。化粧もしていて。一瞬わからなかった。いや、そんな、こんなところで。まさかと思うでしょう普通。
「えっ?上地君だよね。あれ?違った?」
上地は笑顔になる。
「あっ、あの私、中村。中村真由子。覚えてる?忘れちゃったかな?あの高校で、弓道部で・・・。」
なんだか慌てる彼女。少し可愛いと思う。忘れるわけがない。ちょっとの時間、気が付かなかっただけだ。なんかすごく綺麗になってるし、でも・・・それにしても・・・
「歯車回りすぎだろ。」
思わず声が出た。
「えっ?なに?あ、私ね、私、ここの語学学校に今通ってるの。ひょっとして上地君もここの語学学校に?」
忘れるわけがないよ。好きだった人だ。大好きだった人だ。ほんとに、ほんとに大好きだった人だ。忘れるわけがないよ。口の中に甘い甘いコーヒーの味が蘇ってくる。そうだ。もし・・・もしもだ、もしもう一度この人のことを好きになったら、今度こそ伝えよう。ちゃんと伝えよう。
上地は笑顔で右手を差し出した。あの頃のように。いや、今度は自分から。そして一言こういった。
「アイム ユキヒト カミヂ。アイ ドゥライク トゥ テイク ア クラス!」
おわり
雲雀の卵 浰九 @kiyushito
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