第3話

下駄箱から靴を出すとき、長谷川さんをちらと見てしまう。そして我に返って、目線を戻す。申し訳なくなる。

「どうしたの。」

「ごめん、なんでもない。」

反射神経的に私の口から言葉が出た。長谷川さんはまた笑ってみせる。私は恥ずかしさを覚えた一方で、靴を履くというだけでこれだけの幸せがあるということに、胸が熱くなった。

私が先行して玄関を出た。しかし本音を言えば、彼女の表情を追い続けたかった。彼女は隣に並んできた。次の言葉が私の口から出た。

「今日も暑いですね。」

「そうね。とても暑い。」

「今日も家に帰ってしまうんですか。」

「それは、何か他に行きたい所があるということかしら。」

「いや、別に何か候補があるというわけではないんだけれど。」

私は後頭を掻いた。

「そうなんだね。」

彼女はまた笑った。


気づくと、また長谷川という表札のかかった家に着いていた。私はまた、彼女にさようならを言うほかなかった。彼女の家のドアは昨日と同じ音を立てて閉まった。


**


次の日の朝も同様にぼうっと考えた。私は本当に長谷川さんの友達なのか。それだけが唯一の気掛かりだったし、はっきりしたいと思った。私が思うに、すでに友達という域ではないことをしている。なぜなら、通常の男女は帰路を並んで歩いたりはしない。なにより私は…いや、なんでもない。


長谷川さんは、今日は一人で読書をしていた。私も一人席に着いた。ただ、長谷川さんが一人でいるからどうだというのは、別に、考える必要のないことだ。重要なのは、私が、どうであるかということだ。それで、次に私がするのは何だ。何だろう。何だっけ。

そんなことに頭を悩ませていると、先生が教室にやってきて、朝礼を始めた。先生の曰く、今日の連絡は、三限の体育の時間に身体測定があるだの、学年誌に訂正があるから直して親御さんに伝えろだの、そんなことだった。クラスの優等生は律儀に手帳にメモ書きをしていたが、実際何もしない人が大勢だった。そんな状況を副担任が見かねたのか、その連絡を言い終えてすぐ口を挟んだ。

「朝礼の連絡は、君たちが忘れそうなこと重要なことをまとめて伝えているのだから、もっと真面目に聞きなさい。ほら、できる人は手帳を開いていますよ。」

手帳を出したその優等生の顔は、後ろの席からは見えなかった。しかし、先生に言われて私は、確かにそうだったと気づくことができた。重要だと思うことを、率先して自ら行うのは良いことだ。それは間違いのないことである。

顔を上げると担任らはもう教室を出て行って、次に一限の古典の先生が教室のドアをひらいた。

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結んで解いて @niwatori_chicken

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