第10話 土運びのジウスドラ

 旅は続く、機械の生命を乗せて。

 旅は続く、星の海を越えて。

 そして、幾星霜の先、船のモニターは青い星を捕らえた。


「ようやく、辿り着きましたね」


 管制室には絵に描いたような美女が座っている。かつてキャプテンが座っていたシートには、ナンムの姿があった。


「ようやくですね!」

「はは、この丸いボディもすっかり錆びちまいましたよ」

「兄ちゃん、だから人型に造り変えようって言ったじゃん」


 かつて人間が座っていた席にはオートマトンたち。

 初期型の丸いボディもあれば、人と遜色のない有機端末に切り替えたモノも居る。


「コホン……さて……」


 ナンムがわざとらしく咳払いすると、管制室を始め、船は一斉に静まり返る。

 誰もが号令を待っていた。

 誰もがその続きを心待ちにしていた。


「これより、大気圏突入シーケンスに突入します!

 シミュレーションは何度も繰り返しました。だけど、元が十どこか百年以上前の代物です。恐ろしいと感じるのなら、今すぐに停止スイッチを押しない。私たちも無謀な挑戦に付き合う必要はないのですから!」


 いつか聞いた、キャプテンを真似て大仰に宣言する。

 それは、恐怖を踏み越える鼓舞する言葉。

 さて、それに異を唱える存在は居ない。


「それでは! 旅路の果てを見に行きましょう!」


 一斉に歓声が上がった。


◆◆◆


 百年以上の間、ひっきりなしに回り続けていたシャフトが止まる。

 艦首の変形が開始される。ミラーは翼になり、荷電粒子がバリアーのように船を覆う。

 背部のエンジンに火が点いた。

 船は急速に加速すると、目標の惑星へと急加速する。


「ナンム! もう少しで圧縮熱の影響範囲になるよ!」

「問題はありません!」


 結論から言えば、百年以上前に造られた投入シーケンスは驚くほど正確に作動した。

 船内は多少の揺れはあるものの、オートマトンたちが停止するほどの影響はなかった。


 コンソールに表示された温度は徐々に下がってくる。

 地球の温帯程の気温になると、雲が見えて来た。


「おい、見ろよ……」

「ああ、博物館にあった情報そっくりだ」


 減速用のロケットを吹かすと、翼が風にのる。

 不格好な機械の鳥が、青い海の上を飛ぶ。

 遥か彼方に山脈が連なっている。

 海鳥たちが慌ててて飛び去っている。


「原則間に合いません。このまま大陸に突入します!」

「総員! 対ショック防御!」


 轟音と共に船が揺れる。

 鉄の大地が土の大地に接触して、滑る込んでいく。

 それも長くは続かない。

 振動は小さくなり、やがて止まった。


「……着陸、完了です!」


 再び、船内に歓声が鳴り響いた。


◆◆◆


 円筒状のコロニーの天井が展開していく。

 百年以上封印されていた空気は解放されて、新しい恒星の光の下に飛び散っていく。


 風が吹いた。

 積み重なった埃が風に舞い散っていく。

 居住区の土が飛んでいった。

 土はやがて大地に着くと、まるで最初からそうであったように、新しい星の土に混ざる。


「……この船は、死んだ人間を資源として再利用しました。

 その欠片は人の血肉になり、最期は土になって返っていく」


 ならば、土を運んできたことは、人を新しい大地に運んできたことになるかもしれない。

 そんな慰めのような考えは口にはしない。


「ナンム、何をのんびりしているんだい?」


 管制室に転がってきたのは、古いオートマトンの旧知の友だった。


「ウル、少しは休みましょう」

「本当に少しだけだよ! だって見て見なよ、この大地を!

 新しい情報に溢れている。やりたいことは、まだまだたくさんあるんだから!」


 さて、人の旅は終わった。

 けれど、AIたちの日々はまだ終わらない。


◆◆◆


 太陽系第三惑星地球――

 西暦が終わった日から千年が経過した。

 人類の大幅な喪失は、図らずにも地球と言う環境の再生へと繋がった。

 かつて青い姿を取り戻した大地に、生き残った人間を始めるとする生命は小規模の集落をつくり、細々と生きている。

 進歩も衰退もない、小さな世界。


 その世界に、近づいて来る一つの影がある。

 円筒状のコロニーを無理矢理宇宙船に改造した宇宙船――ジウスドラとそっくりなシルエット。

 だけど、船の名前は違う。

 そして、乗っている人々も違う。


「ナンム、あそこが地球なのですか」


 青白い肌の人型の生命がブリッジに座っている。

 ジウスドラが到達した惑星に生まれた生命が進化し、かつての地球人類を越える文明を気付いた生命たち。

 管制室には様々な『ヒト』が溢れている。

 蒼い肌の外の惑星の人間。丸いオートマトンや地球人を真似た有機端末のAIがそれぞれの持ち場で待機をしている。


「ええ、かつて私たちが旅立った大地そのものです」

「そうか。楽しみだ、君たちを生み出したような人々なら、きっと我々とも友達になれる」

「私も、そう願っています。

 あなた達は、地球の土が混ざった大地の上で生まれた存在。なら、その一部には地球の魂が宿っているのですから」


 船が運ぶ土は、里帰りを喜んでいるのかもしれない。もしくは、新たなる出会いを心待ちにしているかもしれない。


 そして、それは土だけではない。


 船の奥、居住区画の奥の博物館。

 丸っこいオートマトンは、キレイに飾られた地球儀の前で微笑んでいた。


≪了≫

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土運びのジウスドラ 狼二世 @ookaminisei

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