第10話 敵の能力
「何か、この状況を打開する手立てはある?」
足を動かしながら、ローラは訊いた。
「…一番は敵を見つけることだ。姿を現していないんだから、白兵だったら弱いと思う。それができなかったら、とにかく逃げる」
ボクはわかり切っていることを言った。頭がうまく働かないからこんなことしか言えない。
「その手立ては?」
「…わからない」
自分が情けなくなる。
「そっか…だったらとりあえず、敵の能力を正確に知ることからかな」
「知るって…どうやって?」
「まず、わかってることから推察して、そっからさらに検証する」
…そんなこと、できるだろうか?推察はできるだろうけど、検証はどうやって?…まぁ、やってみないことにはわからないか。
「まず、敵の能力は、視覚か触覚に何かをするってことだったよね?」
ボクも最初はそう思っていた。だけど…
「いや、多分だけど、視覚だと思う。だって、触覚だったらわざわざこんな傷跡にするかな」
傷は一か所に四つで、その傷もあまり大きくない。もし触覚を刺激できるなら、全身に激痛を走らせたりするはずだ。一度に四か所を刺されたような感覚を与えるなんて能力は少し考えにくい。だとしたらこの傷は、そうしたのではなく、そうしかできなかったと考えるのが自然だ。ボクみたいになんでもできるような能力なのかもしれないけど、そこまで考えたらきりがない。
そう考えて放った言葉に、ローラは頷いた。
「もしそうだったら…私たちは、その敵から逃げきれないってことになるね」
ボクは首肯した。刺された場所には何も刺さっていないし貫通もしていない。つまり、飛び道具を使わず、自身も見えなくして直接刺しにきてるということだ。そうだったら、移動速度が落ちているボクたちは、単純な走力では逃げ切れない。
「他には…何かある?」
ボクは少し考え、言った。
「多分、聴覚にも能力が働いてると思う。敵の足音とかが、一切聞こえないから」
その言葉に、ローラが頷いた時、
「いたっ…!まただ…」
またしても、刺されたようだ。今度は左の手のひら…今までに受けた傷の深さから考えて、多分、貫通してるだろう。
「早く対処を考えないと…何か、ある?」
ローラは鞄から包帯を取り出し、それを巻きながら訊いてきた。ボクは考えて…そして、一つの疑問が湧いてきた。
「なんで、傷が四つなんだろう?」
傷は一か所に四つ。一つではないのは…
「…そういう武器を使ってる?」
ローラが言った。たしかにそれも考えられる…けど、本当にそうだろうか?
「武器でボクたちを攻撃してるなら、もっと致命になる武器を使うと思う。それに、狙う場所も首とか胸だ」
「たしかに…わざわざこんな方法を取るってことは…」
「敵は人間じゃない?」
ボクとローラの言葉が重なった。
「それだったら、たしかに納得できる。牙で噛んでるって考えたら、傷跡が四つっていうのも、こんな傷跡になるのも、納得。…襲われるのに間隔があるのも、人間を見るのが初めてだから慎重になってるってことかも…」
そう考えると、今も敵…その動物は、ボクたちを襲おうと窺ってるということになる。もしこいつが慎重さなんてなく、やたらに襲い掛かって来るやつだったら、今頃ボクたちは失血死してただろうなと思った。もしかしたら、その動物自身も、自分の能力を把握していないのかもしれない。
「…だったら、敵はどんな動物だろう」
ローラが言い、ボクは考えた。鳥ではなく、中型の動物。爪や嘴―嘴で攻撃する鳥がいるのかはわからないが―では攻撃されていないし、傷は大きすぎず小さすぎてもいない。
その条件に当てはめたとき、いろんな動物がいるだろうが、ボクの脳内にはある動物が浮かんだ。
「…蛇?」
なぜかはわからないが、そのシルエットが浮かんだ。もし蛇だったらまずいかもしれない。毒があるからだ。
「たしかに、可能性としてはあるかもね。…もしそれが当たってたとしたら…かなりまずいね。毒もあるし、隠れることもできない」
蛇は熱を感知できる。だから、例えば暗い場所に逃げ込んでも気付かれる。それでまた噛まれたら、さらに毒が回ることになる。
ボクは蛇毒について記憶を巡らせた。たしか、毒が効き始める時間はピンキリ…数分で効くこともあれば、数日かかることもある。最初に刺されてからもう十分近く経っている。症状は…いろいろとあった気がする。ただ腫れるだけだったり、呼吸困難になったり…もし毒の効果が命にかかわるもので、それが回ったら…もう打つ手はない。
「早く対処しないと…なにか思いつく?逃げるでも、撃退するでも、殺すでも」
ローラに訊かれて、ボクは頭を巡らせた。
「見えない敵への対処で真っ先に思いつくのは、広範囲の攻撃とか、おびき寄せるとか。だけど…そんな方法、あるかな?」
ボクは悩んだ…が、思いつかない。ローラも同じのようで、これはなしになった。
「…川か湖があったら、それで撒けないかな?」
ローラの発言に、たしかにと思った。敵はあまり大きくはないから、もしかしたら泳げないかもしれない。問題は、近くにそれがあるかどうかということ、それと…
「ボク、泳げないんだけど…」
ということだった。足が着かないほどに深かったら水面に浮かぶことすらままならない。
やっぱり、ボクは足手まといなんじゃないかと思った。体力はない、運動神経もない、突出した何かもない。唯一あるのは願いが叶うという能力だけど、それもボクだとほとんど使い物にならない。敵から逃げたいと願っても、本気でそう思えないため叶えられないし、この能力のせいで右腕もなくなった。一応はローラが無理やりボクを連れてきたということになってるが、それでも足手まといになっているという事実は変わらない。
そんな風に考えていると、ボクの様子を知ってか知らずか、
「大丈夫。私が引っ張ってくから」
とローラが言った。それは川や湖があった時に、というだけではないように聞こえた。
その直後、ローラがうめき声を上げた。いきなりのことに、どうして?と思った。そのすぐ後に、
「…こっち、速く」
と、手を引っ張られ、右の方へと進んでいった。
「な…なにが?また噛まれた?」
見たところ傷はないから、またあいつにやられたのかと思った。
「違う。液体。多分、スライムの」
と、ローラは左の前腕を抑えながら言った。血は出ていないし、煙も上がっていない。それでも、相当に痛いことはその反応だけでわかるし、ボクも経験している。
だけど、それはおかしい。だって…
「そんなの、見えなかったけど」
スライムは、飛ばした液体に溶けた栄養を液体ごと取り込むことで生きている。その液体の射程距離や、スライムの移動速度の関係から、攻撃してくるのは獲物が数メートル圏内に入った時だけ。アンディに聞いたことだ。
スライムは派手な青色をしていた。葉の色が明るい緑で少しは似ているが、それでも明らかにスライムの方が鮮やかで、その違いは明白。いくら木が大量にあるとしても、その姿が全部隠れていない限り気付かないはずがない。だとしたら…
「…敵の能力が、見えてきたね」
ローラが言った。ボクも同じだった。
「…不都合なものを、見えなくする…」
その言葉が口から出てきた。その考えに至ったのは…ひとえに、ボクが普段からいやなことから目を背けているという事実に、自分で気付いているからかもしれない。
「多分、そうだろうね。…聞くだけだと脅威に感じないけど、かなり厄介だね…」
…もしボクが嫌なことにもちゃんと向き合ってたら、今のボクみたいにはならなかっただろうな…と、ボクは思った。明らかに今考えることではないし、異世界にいる今前の世界のことを考えても仕方がないのだが、それでも考えてしまった。
「どうする?能力は多分推察できたけど、その対処法は何かある?」
そう訊かれて、何かないかと考えようとした時、
「…!大丈夫⁉」
ボクの視界が揺れ、倒れそうになった。貧血か、毒か。どちらにしても、急がないといけない。意識がなくなったら、死が迫っていることにも気づかずに死んでしまうかもしれない。
「大丈夫。だけど、早くけりをつけないとまずいかも。今のが貧血か毒かはわからないけど、毒だったら最悪だ。完全に回ったらもう打つ手がなくなる」
「…だね」
気を取り直して、再び考えた。
敵は中型の動物。牙で噛んで攻撃してくる。移動速度はボクたちと同じかそれよりも速い。かなり慎重。そして…能力者。
どうしたらこの状況を打開できるだろうか?剣などで直接攻撃するのは、罠にでも嵌めない限り無謀だ。そして罠なんて作り方も知らないし、作る時間もない。だとしたらやっぱり、広範囲の攻撃…それか、おびき寄せる…
その時、ボクに天啓が降りてきた。しかし…それは天啓と呼ぶにはあまりに稚拙で、リスキー。だけど、それ以上に良い策が思い付くかと言われたら、自信はない。
だとしたら…やるしかないのか…?
願いが叶うという力 ぽぽ @popoinu
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