第9話 敵
刺さった場所が激しく痛む。神経が激しく刺激され、それが脳まで伝わりジンジンと響く。まるで酸でもかけられているかのように痛む。痛む箇所は右足のふくらはぎと左足の太ももだけだが、その痛みは全身に伝播するかのようだった。
しかし…痛む場所を見てみても、穴は空いていないし、血も流れていない。だとしたら…毒か?それとも幻覚…?
いや、他にも可能性として思いつくのは…
能力者。
どんな能力かはわからないが、それが一番有力に思えた。幻の痛みを与えるのか、あるいは…
そうだ。と、ボクは痛む場所を触った。かなりの痛みに、うめき声を上げてしまった。しかし、それによってわかったこともある。
触った箇所には液体が流れていた。そして、穴が空いている。傷があって、血が流れているということだ。
だとしたら、考えられる能力は…視覚か触覚に影響を与えるもの。視覚だったら傷が見えなくなっていて、触覚だったらこの痛みや液体の感覚は偽物だということだ。
そして…穴は一つではなく、四つあった。一か所に四つだ。幅は数センチ程度、長方形の頂点のように傷跡がある。一度に四つ穴を空けたのか、それとも一瞬で四回穴を空けたのか。四が一回か、一が四回か…おそらく前者だ。刺された時、一回しか痛みは感じなかった。
「大丈夫?何があったの?」
ローラが周囲を警戒しながら聞いてきた。言葉はボクに向けているが、目はせわしなく動いている。
ボクは迷った。どうやって説明すればいいのか。能力について言ってもいいのか。
…そうだ。聞ける相手ならいるじゃないか。
(ラキア、聞いてる?)
ボクは頭の中で問いかけた。わからないことがあったら聞けば良かったんだ。なんで今まで忘れてたんだ。と若干後悔しながら。
(聞こえてるよ。大丈夫そう?)
(大丈夫じゃないよ。だから、今の状況を教えてよ。ボクに何が起こってるのか)
(だめ。自分で解決して。私のためにも、あなたのためにもね)
頭の中で毒づいた。ボクのため?意味がわからない。ボクのためと言うのなら教えてくれよ。
(ただ、少しだけ教えるのなら、毒とか幻じゃないよ。今あなたを襲ってるのは、あなたの敵)
やっぱりか…だとすると、聞かなきゃいけないことがある。
(能力について、他人に喋ってもいいの?)
ローラにもこの状況を伝えなければ、状況は打破できなさそうだから、ボクはそう聞いた。
(いいよ)
ボクはその言葉に返事をせず、ローラの方を向いた。
「こんな状況だから詳しく説明できないけど、ボクたちに襲い掛かる敵がいる。そいつは超能力を持ってる」
「はぁ⁉どういうこと⁉」
こんな状況でふざけるな。という風に聞いてきた。
「多分、視覚か触覚に何かされている」
「…本当なの?」
ボクの言葉を信じ始めたのか、ローラはボクの方を向いた。
「本当だよ。ここに傷がある。だけど見えないでしょ?」
ボクは右足のふくらはぎを指さした。するとローラが屈み込み、そこを触った。そこが鋭く痛む。
「っ…」
「あ、ごめん。…けど、たしかに、あるね」
ローラにもこの傷を感じられている。ということは、能力の対象は二人以上にかけられるのか、あるいは範囲か。
「逃げた方がいい…よね?」
「そう…だね。またいつ襲われるかわからないし」
ボクはそう言って立ち上がろうとした。傷が激しく疼き、血が流れる感覚が強まる。
「だ、大丈夫…?歩けそう?」
「…多分、大丈夫」
そうは言ったが、強がりだった。何もしないだけでも痛いのに、歩くなんて更に痛みが増すだけだ。
だけど、それでもボクは森に向かって歩き出した。できるだけ速く歩こうとしたが、痛みのせいで早歩きくらいにしかならなかった。
大丈夫だ。ボクにはなんでもできる。そう自分を鼓舞すると、実際になんでもできるように思えた。だからといって走ることができるようにはならないが。
「えっと…何があったのか、もっと詳しく聞かせて」
歩きながらローラに聞かれた。剣は収められていた。
「わかった…ええと…そうだね。まずは、この世界には、超能力を持ってる人間がいる」
自分でも荒唐無稽な話だなと思いながらも、ボクは続けた。
「それで、今襲ってきてるのも、多分その超能力者。いろんなことを総合して、視覚か触覚に影響を与えてきてると思う」
「…その傷は、見えてないだけか、実際は無傷で痛いって感覚だけなのか。その二択ってこと?」
すごい推察力だな、とボクは感心しながら頷いた。
「うん。そして、敵の姿が見えない以上、開けた場所にいるのは不利。だから、とりあえず森に逃げ込んで、そこからどうするか考えよう」
ローラは頷き、そして新たに問いを投げかけてきた。
「カズヤは、その…超能力?を持ってるの?」
言ってもさして影響はないだろうし、いずれバレることだろうから、ボクははぐらかしたりせず肯定した。
「ボクの能力は…願いが叶うってこと」
「それ…かなりすごそうな能力だけど…今こんな状況になってるあたり、そこまで使い勝手は良くないのかな?」
ボクはローラの推察力に再び感心した。もしかして、かなり頭が良いんじゃないかとも思った。
「そうだね。心の底から願わないと叶わない。思うだけじゃ何も起こらないんだ。それに…ボクは物事にあまり本気になれないから、この能力はボクと相性が悪いんだ」
「そっか…それでもかなりすごい能力だけどね」
たしかにそうかもしれない。けど、それはボク以外が持ったらの話だ。ボクが持ったところで、役に立つことは普通の人よりも少ないだろう。
こんなすごい能力でも、ボクには持ち腐れ…と、ボクはネガティブな気持ちになっていた。
「曇ってきたね。これなら、見失ってくれるかも」
見上げると、たしかに空は雲で覆われていて、周囲は薄暗くなっていた。森の中に入ればさらに暗くなるだろうから、撒けるかもな…と、楽観的に思った。
しかし、直後に撒けない可能性がいくつも浮かんできた。
例えば、能力の範囲が何キロも及んだら、この速度じゃ逃げ切れないかもしれない。例えば、敵もその能力の影響でボクたちには見えなくなっていて、今もすぐそばにその敵がいるかもしれない。…と、いろんな可能性が浮かび上がる。
やっぱり、ここで死んじゃうかもな…そう思った時、
「いたっ」
と、ローラが声を上げた。見てみると、左の前腕を抑えている。そこを傷つけられたのだろう。
「…たしかに、傷は見えないけど、痛いね。急ごうか」
ローラはそう言って、ボクに肩を貸した。身長差があるためローラが少し屈む形になったが、それでもかなり歩きやすくなった。
「ありがとう」
感謝を述べつつ、ボクたちは歩く速度を上げた。もうすぐそこは森だった。息が苦しくなりながらも、ボクは歩みを止めなかった。
「…暗いね」
ローラが呟いた。森の中は木が生い茂っていて、木の高さは様々。二メートルくらいのものもあれば、十メートル以上のものもある。そして、それらにはすべて葉が大量にあって、結果として日光はほとんど入らなくなっていた。
木の間隔は一メートルほどしかなかった。なので少し進めば、森の外からボクたちの姿は見えなくなるだろう。事実、森に入ってから一、二分は経っているが、追撃はなかった。
それにしても…この傷が幻覚でなく本当にあった場合、今はどれくらい血を流しているのだろう?たしか、一リットル流れると死の危険があると聞いたことがある。ボクの場合は元から貧血だったりするから、それよりも早くリミットが来るかもしれない。
「何か、止血できるものはある?」
ローラにそう聞くと、鞄を開けて中を探し始めた。今も敵に見られていたら、無防備な姿をさらしてることになるな…と思ったが、敵の姿が見えない以上どうすることもできない。
「あった。巻き方はわかる?」
出してきたのは包帯のようだった。使ったことはないが、包帯と同じ形状のため、結び方くらいはわかる。
それを受け取り、ふくらはぎと太ももに巻いた。途端に包帯が赤く染まり…なんてことはなく、白いままだった。傍から見たら、無傷なのに包帯を巻いている変人にしか見えないだろう。
しかし、包帯のおかげで痛みは少し和らいだ。治療によって痛みが和らいだということは、この能力は触覚ではなく視覚に影響があるものなのか?
「それ、私も使うから、ちょうだい」
「あ、そうだよね。ごめん」
と、ボクが渡すと、ローラは右手だけで器用に包帯を巻いた。そして、巻き終わった時、
「った…まただ」
と、ローラが声を上げた。今度は脇腹のようだ。そこを押さえている。
逃げようと言うまでもなく、ボクたちは立ち上がって逃げていた。まだ敵はボクたちの姿を見失っていない。そうでなくても、まだ能力の範囲内にいる。どの道ここから移動しないといけない。
傷が痛い。和らいだとはいえ、それでもかなりの痛み。それに、少し気分が悪くなってきた。貧血になっているのかもしれない。
ボクは、この敵から逃げられるのか?…分からない…けど、どうにも逃げ切れる気がしない。根拠はないけど、ボクにはできる気がしない。
だったら…ここで、ボクは死ぬのか…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます