皆勤賞

香久山 ゆみ

皆勤賞

「お前って、小学生の時、夏休みのラジオ体操も毎年皆勤賞だっただろ」

 小山内がにやりと笑う。

「うるさいなあ。そうよ、皆勤賞でした。なんなら夏休みのプール開放日だって皆勤です」

 夏休みの学校。運動場や音楽室からは部活に励む青少年達の声が響くが、ここ教室には私と小山内しかいない。

 お盆前後の二週間は教室が解放されるから、集まれる人は集まって文化祭準備を進めましょう。という学校の方針だが、夏休みにわざわざ学校に来る奴なんてほとんどいない。一年生の時こそ、勝手が分からずちらほら集まってくるが、そこで他の学年はほとんど集合していないということを学ぶので、律儀な面々も二年時には顔を出さなくなる。現にクラスの文化祭委員さえ来ていない。

 うちのクラスの出し物は演劇だから、小山内と二人だけで集まったって、何にもなりゃしない。それでだらだら小一時間ほど時間を潰して、誰も来なかったということを確認して解散する。

 まったく生産性のない感じで、青春を無為に過ごしているといわれればその通りだとしかいいようがない。

 ならばなぜわざわざ出てくるのか。

 小山内のことが好きだから、なんてことはない。

 性分なのだ。「集合」といわれれば、是が非でも出席せねばと思ってしまう。もしかしたら本当に皆集合しているかもしれない。いや、皆じゃなくたって誰か来ているかもしれない。どうしよう、とりあえず様子を見に行こう。そうしていそいそ顔を出す。

 といって、いざ出席して誰もいなかった時に、「あの子一人で学校来てたんだって」なんて噂されるかと思うと、想像するだけで顔が熱くなる。間違ってもそんな羞恥に晒されたくない。だから誰もいなくたって、文句も言わず黙って帰る。そして実際何もしていないのだから、新学期になって皆で文化祭準備を始めた時に、まさか夏休みに集まっていた馬鹿がいたなんて誰も思わない。

 お互いけっして口外しないから、夏休みの教室にのこのこ現れる愚か者のことは、私と小山内の二人だけしか知らない。新学期の教室でちらと視線が合うと、小山内はにやりと笑う。

 余裕あるふりしてるけど、結局は小山内だって同じ性分のくせに。

 そんな馬鹿真面目な性格だから選ばれたのか、卒業の際、私は同窓会の幹事に任命された。

 だから私は、律儀に数年おきに同窓会を開催しては、仲のよかった子が誰も参加しないにも関わらず、皆勤で出席した。もちろん小山内も同類で、我々は居酒屋の隅にひっそり座って、皆が好き勝手注文して箸も付けなかった冷えたフライドポテトなどをむしゃむしゃ片付けては、また出席してるのかと皮肉を言い合った。

 久しぶりの再会でも、小山内と話すのは気安かった。同類ゆえの連帯感だ。そうして我々は知り合い以上友達未満という付かず離れずの間柄をのらりくらり続けた。

 卒業後二十年の節目の同窓会は、学年を上げての開催とあって、さすがに出席者が多かった。なのに、珍しく小山内から出欠の返信がない。それでも私はきっちり小山内の分まで人数に入れて会場を予約した。ホテルのビュッフェ貸切だ。

 受付で出欠確認をしたけれど、小山内は来ない。

 時間になり、受付を畳んで会場に入る。

 先生の挨拶を聞き、友人達と近況報告し合い、食べ物を取りに皿を持って会場をうろうろしていると、いた。

 小山内を見つけた。会場の隅で所在無さげにぽつんと立っている。

 私はそっと小山内の隣に並ぶ。

「来ると思ってた」

 声を掛けると、「うん」とほっとしたように返事した。会場では起業した会社が最近テレビに取上げられたという同窓生が、マイクを握って意気揚々と自社製品の説明をしている。

「……」

「……」

 小山内は昨年に結婚して、確か子供も生まれたはずだ。本当なら「おめでとう」って言うはずだったのに、言えない。

 代わりになる言葉を探して、でも見つからなくて。気が利かなくて、ほんと嫌になる。口ごもる私に代わって、小山内が口を開く。

「出席の返事届かなかっただろ。でも、俺の分も用意してくれてたんだな」

「うん」

「お前が幹事でよかったよ」

「……うん。でも、小山内、早すぎるんだよ」

 思わずぽろりと本音を溢してしまう。よせばいいのに。

「ああ、俺自身が一番驚いてるよ」

 小山内が眉根を寄せて苦笑する。ほら、傷付けた。

 現在のことも、未来のことも、話題にはできなくて、我々は学生時代の思い出を語っては、律儀だねえとたたえ合った。

 高校二年の時の英語が毎回小テストをする先生で、週四日の授業のたびに前日みっちり予習して不眠症気味になったこと。休講の連絡がなかったゼミの授業に、台風で電車が運休しているにも関わらずなんとか辿り着いて、閉ざされた正門を確認してから引き返したこと。「これ○○に渡しておいて。大事な書類だから」と託されたが、相手が外回り中だったため、定時過ぎまで戻りを待って渡したら、逆に気味悪がられたこと。小山内は、中学卒業後も相変わらずの性分だったようで、安心した。「分かるー」と全面的に共感するのは、私しかいまい。

「そろそろお開きだな」

 あっという間に時間は過ぎて、ちらほら帰り仕度をする人がいる。

「また来てね」

 彼が最後に何か言う前に、これだけは言っておきたかったのだ。私の意気込みに、小山内がくすりと笑う。

「ああ。……できれば、七回忌とか十三回忌とかのタイミングに合わせてくれた方が来やすいかも」

「了解」

 そう返事して、ふいと一瞬だけ会場に視線を移して、振り返ったらもう小山内の姿はなかった。帰るのも早すぎるよ。

 私は、亡くなった彼にまた同窓会の案内状を出すだろう。馬鹿真面目な私は、今まで年賀状だって自分から出すのをやめたことはないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

皆勤賞 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ