終
もうダメだと思いました。
しかし、この瞬間。私は気づいたのです。ユメは私が踊れなかった時に踊りたいと願うだけでいいと言ったこと。そして私が踊れるようになったこと。つまり
────逃げたいです。お願いです。ここから逃げさせてください。
私はそう強く願いました。
すると私はいつの間にか行き止まりを抜け出しユメの背後に移動していたのです。
「しまった」
後ろからユメの焦ったような声が聞こえました。私はこのチャンスを逃すまいと再び走り出しました。
「何をしているのよ、ピエロのみんなも手伝いなさいよ!」
ユメが叫んだ途端、ドドドドドッと大勢の人がこちらに向かってくる音が聞こえてきました。そう、あの道化師たちが加わったのです。おかげでまた挟み撃ちにされてしまいました。前からやってくる道化師たちの顔はみんな笑っているように見えて、しかしよく見ると苦しさや恨みが見えました。このままだと挟み撃ちで捕まってしまいますが、願えば逃げられます。私は再び願い道化師たちの背後に移動しました。その途端元いた場所に道化師たちがどんどんと積み重なったのです。間一髪でした。
ホッとしたのも束の間。私がそこから逃げたと気づいたのか、数人の道化師がこちらに向かって走ってきました。再び心臓をバクバクと鳴らしながら走りました。
「待ってください」
突然、道化師が言葉を発したので私は思わず足を止めてしまいました。
「あ、よかった。この通路を抜けると撒けます。行きましょう」
私はこの道化師たちの言葉を信じていいのか悩みましたが、危うくなればまた願えば大丈夫なので信じてついていくことにしました。しばらく行くと小さめの扉があり、扉を開けると机と椅子だけが置かれた部屋がありました。
「さあ、どうぞ」
道化師の一人が椅子を引いてくださり、私はそこに腰掛けました。
「ここは僕たちのような長年いる道化師のみの部屋なのでユメちゃんも他の道化師たちも気付けないと思います。万が一のことがあれば先ほどの能力を使ってください」
助けてくださった道化師三人も椅子に座りました。
「ところであなたはいくつですか?」
「25です」
「若いですね。ここの世界に来たということはあなたも現実では相当大変だったのでしょう。ちなみに僕たちは右から50、48、49の元サラリーマンなんですよ」
49の道化師が教えてくれました。すると今度は50の道化師が話しました。
「今回は災難だったと思うが、どうかユメちゃんを責めないであげてほしい。私たちはよくユメちゃんの過去の話を聞かされてるから何をしてるのを見てもどうしても可哀想に思えてな」
「ユメさんは生まれてすぐ両親が亡くなられて施設に引き取られたそうです。施設では友達もできずずっと一人で……。とても寂しさを抱えていたのだと思います。この夢の中でもよく俺たち道化師と遊んでますから。そう思うとユメさんに道化師にされたこと、どうしても憎めません……」
48の道化師は腕で流れない涙を拭いました。
「あの白衣の男はあの子と遊ぶ気もないのに遊ぶ約束をして日々実験に協力させてたらしい。最低なやつだ」
50の道化師は両腕を組みながら話しました。
「あなたご家庭は?」
49の道化師が尋ねてきました。
「独身の一人暮らしです」
「僕と一緒ですね」
49の道化師はエアハイタッチをしてきました。
「こんな話してる場合じゃない。そろそろ帰らないと本当に戻れなくなるぞ」
50の道化師は私の肩を強めに叩きました。
「僕たちはみんな帰れなくてここにいるので帰り方がわかりませんね……」
「さっき瞬間移動できてたよな?どうやった?」
「願ったら……」
「あぁ、なるほど」
三人の道化師たちは私に拍手をしました。
「確かに願えって言ってたよな……よし、願って、そして帰れ」
50の道化師が私の背中を押してくれました。
「三人はどうなるんですか?」
タブーな質問だったのに、私は気になったことを思わず聞いてしまいました。
「ピエロになったばかりの時は暴れないように感情を抑制されてな。で、私たちみたいに長いことこの世界にいるとだんだん抑制されなくても勝手に落ち着いて最終的に無になるんだ」
「最終的には感情が無になって俺たちはみんな悪夢の登場人物になるらしいです」
「あなたは抑制されてないですね」
「うるさい」
50の道化師は49の道化師の頭を軽く叩きました。
「まあ俺たちは現実では死んでるのでもう帰れません。あなた一人どうか、無事に帰ってください。あと、俺たちはもうすぐその悪夢に送られることになると思います。だから俺たちの力ではもう誰かを救うことはできません。どうか現実の世界の皆さんにこのことを教えてあげてください」
「あと親を大切にしろよ。親より先に自分が逝くかもしれないからな」
「将来家庭を持ったら大切にしてあげてください」
「仕事辛いと思いますが頑張ってください」
私は三人の言葉を聞いた後、感謝を込めて深くお辞儀をしました。そして、
────現実に帰りたい。目を覚まさせてください。
私は強く願いました。
気がつくと私は玄関にいました。そういえば帰った後すぐにここで寝てしまったことを思い出しました。夢の内容があまりにも濃かったのであまり寝たように感じられません。
時計の短針は八、長針は一を指しておりカーテンの隙間から日光が漏れていました。今から用意しても今日の仕事には間に合いません。会社に休みの連絡を入れた後、夢の中での出来事を思い出しました。
どうか現実の世界の皆さんにこのことを教えてあげてください。
私はゲーミングチェアに座ってパソコンを起動させるとメモにひたすら言葉を打ち込みました。ただ書いたところで妄想の話と言われるだけ。それに私自身もこれは自分が見た夢であって本当なのかどうかわかりません。それならばいっそ妄想の話として書けばいいのです。そしてこれを何処か小説のサイトに投稿しよう。
あなたも疲れた時、もしかしたらこの夢を見るかもしれません。初めは良さそうに見えてもそれは良い顔をした地獄です。ここにいれば天国、なんてそんないい話はありません。
夢のお姫様にはご注意を。
夢のお姫様にはご注意を。 夢居式紗 @shikisasan
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