このお城のような建物は庭を囲んだ設計になっているようで、外に出て見ると四方が壁に囲まれていました。外は鳥の囀りも虫の鳴き声も一切聞こえません。そのせいか少し奇妙に感じました。



「そこの君」

 突然、どこからか声が聞こえてきて、私は驚いて尻もちをついてしまいました。後ろの低木がカサカサカサと揺れ、私は夢の中だから何か怪物が出てくるのではないかと身構えました。しかし、出てきたのは白衣を着た40ほどの男でした。

「こっちに隠れなさい」

 私は白衣の男に腕を引っ張られ、茂みの中に引き摺り込まれました。

「君、よく部屋を出た。これで第一関門はクリアだ。この調子で頑張れば君はこの夢を抜け出せる」

 私は白衣の男が何を言っているのか理解ができませんでした。返事をしない私に白衣の男は少し怒り気味になって言いました。

「まさか君、この夢の中にずっといたいなんて思っていないだろうな? ここは夢だ。君は現実に帰りなさい」

 現実────私はこの言葉に嫌悪感を覚えました。

「いやです。現実は毎日仕事仕事。しかもミスばっかりで残業だらけ。毎日上司に迷惑かけて怒られて、もう生きているのもしんどい……。だけど、夢なら仕事なんてしなくていい。それならずっと夢の中にいたいんですよ。」

 私は日々の労働のストレスを白衣の男にぶつけてしまいました。白衣の男は私の胸ぐらを掴むと私に前を向かせるように思いっきり上に引っ張りました。

「あぁ、現実は辛いだろう。しかしここは君の想像してるような場所ではない。いいか、よく聞きなさい。このまま夢の中にいれば君は道化師にされてしまう。私は今まで忠告を聞かず道化師にされてしまう奴を何度も見てきた。道化師になれば二度と現実に戻れなくなる。一生お姫様にこき使われるぞ」

 白衣の男は一生懸命私に訴えました。しかし、私は彼の言うことを信じられませんでした。

「私はあのユメを生み出した人間だ。と言ってもあの子は施設で引き取った子でな。実験に協力してもらっていたんだがその事故で亡くなってしまって……」

 どうやら話を聞いていると白衣の男は見た目通り研究者で、ユメは元は普通の人間だったようです。

「こんなことを話している場合ではない。君はこの世界から早く目覚めなければいけない」

 私はまだこの男を信じるべきかわかりませんでした。しかし一旦は流されてみよう、そう決めました。

「わかりました」

 私は目を覚まそうとしました。が、起きられません。

「すみません。目を覚ますことができませんでした」

「おそらく君自身が拒否しているからだろう。目覚めるにはこの夢の恐ろしさを知るしかない。さぁ、こうなったら行こう」

 白衣の男は私の腕を引っ張り、茂みを出ました。



「ユメ、ずっと原因が知りたかったの。みんな急にキョロキョロし出したりいなくなることが多くって」

 建物の中に入った瞬間、どこからかユメの声が聞こえました。

「それも全部お前のせいだったのね」

 角から出てきたユメを見て、白衣の男はピタッと止まりました。ユメの顔は苛立ちと悲しみでいっぱいでした。

「バレてしまったか……。そうだよ、ユメの父さんだよ」

 白衣の男は私の腕を離すとユメの方へ近づきました。

「違う、お前はパパじゃない。ユメの人生を自分の趣味のために犠牲にした最低人間だ」

 私は話が理解できませんでした。ユメは私を見ると大声で言いました。

「あなたはこいつのこと信用するの? こいつはユメを夢の中に閉じ込めたんだよ。ユメのこと殺したんだよ」

 今度は白衣の男が私に向かって訴えてきました。

「違う。ユメは実験の事故で死んだだけ。私が殺したんじゃない」

「何言ってんの? お前がユメを騙してこんな実験に参加させて。そのせいでユメ死んだんだよ。おかげでずっと本当に一人だった。全部お前のせいだ」

 ユメは大粒の涙を流しながらあぁあぁ泣き出しました。白衣の男はめんどくさそうな顔でユメを見ています。

 しばらくして泣き止むと今度は小さく笑いました。

「ユメ、実験の間自分でこの世界作ったんだよね。そのおかげで閉じ込められてからもお城でピエロのお友達たちとずっと遊べてる。足りない部分はあるけど、この世界を作っておいてよかった。お前は自分からこうなりにきたんだね。ユメがお前をピエロにしていっぱい遊び尽くしてあげるね」

 ユメは白衣の男の手を握りました。

 すると、白衣の男は道化師になってしまったのです。初めは叫び暴れていたのですがすぐにおとなしくなりました。

「あははっ、これでユメに逆らえない。この夢から出られない。いっぱい遊んで、時が来たらとっても恐ろしい悪夢にぶち込んでやるわ。そこで一生苦しめばいい」

 ユメは高笑いをして喜びました。しばらくした後、今度は笑顔でこちらを見てきました。


「次はあなたの番よ。あなたもピエロにしてあげる。そしてユメと遊びましょう!」

 ユメが私の方に向かってきました。ここは逃げるしかありません。


 しかし、私にはこの世界の土地勘がないのですぐに行き止まりに来てしまい、ユメに追い詰められてしまいました。

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