夢のお姫様にはご注意を。

夢居式紗

 みなさんお疲れ様です。初めまして。私は普通のサラリーマンです。


 ある晩のことでした。この日は私のミスで上司と夜遅くまで残業をしていました。実は仕事でのミスはこれが初めてではなく、社会人になってまだ三年しか経っていないのにあまりにミスが多いので上司からのお叱りもだんだん長く、そして厳しくなっていました。私はこの仕事が向いてないのでしょうか。溢れそうな涙を必死に堪えて自分のミスの埋め合わせをしました。残業が終わるとどっと疲れが襲い、私は家に入るとスーツのまま玄関で寝てしまったのです。




 気がつくと、私は椅子に座っていました。周りを見渡すとおとぎ話に出てくるようなお城の中。斜め前を見ると小中学生ほどに見える少女が、階段を登った先にある玉座に座ってこちらを見ています。パステルピンクのドレスとヒールが高めの靴、金色のティアラ、黒髪ロング。身に纏っている物のひとつひとつが、少女がこのお城の中のお姫様だということを表していましたが、顔や背丈が幼いので仮装にしか見えませんでした。


「ようこそ夢の世界へ」


 ────夢の世界。

 少女の発言で私はこれが夢であることに気づきました。

「あなた、この世界に来たということは相当お疲れのようね。ここは現実の世界に疲れたものだけが来れる夢の世界。ユメはこの夢のお姫様よ。ユメ様って呼んでね」

 この少女、ユメは私の方へコトコトと音を立てながら階段を降りて私の前に立ちました。

「さっそくだけど、ユメと一つ踊ってくださる?」

 ユメは私の手を取りました。

「私、踊ることが苦手なんです…」

 実は私、恥ずかしながら昔から運動は苦手な方でダンスも避けて生きてきました。子供の遊び相手として付き合えばいいのですが子供の前であまり恥ずかしい姿は見せたくないというプライドがありました。

「大丈夫。ここはあなたの夢の中。あなたが願えば何でもできるのよ? だから願って……踊りたい、と」

 ユメは私の両手を掴んで引っ張るので私は渋々立ちました。するとユメは手を頭ほどの高さにあげて大きな声で呼びかけました。

「ピエロたち、今からパーティーを開くわ。用意なさい」

 ユメの一言で扉から続々と部屋に道化師たちが入ってきました。全体的にパステルカラーでカラフルな道化師たち。白色の顔面には赤色の涙マークが描かれていました。ある道化師は楽器を運び、ある道化師はユメと私が座っていた椅子を運んでいく。物の移動を終えると今度は数人の道化師が楽器の演奏の用意をし、余った道化師は壁に沿って並びました。


「さぁ、始めましょう!」

 この合図で道化師たちは演奏を始めました。

 ユメは私の手を引っ張ってダンスが苦手な私に構わず踊り出します。ユメは履いているハイヒールのヒールが高く、また相手をしている私の身長も高いせいか、時々バランスを崩していましたがやはりとても上手に踊っていました。私も必死についていこうとしましたがやはり私のダンスは誰よりも劣っています。全く上手く踊れず、ユメもさすがに踊りにくそうにしていました。

「無理に自分の力でついていこうとしないで! ほらさっき言った通りに願って! 私は踊りたいって」

 ムスッとした顔で言われてしまったので私はユメに言われた通り、願いました。


 ────私は踊りたい。踊らせてください。


 すると驚くことに、私の足が、腕が、勝手に動き始めたのです。

 前後に、左右に、時には回転をして。滑らかなワルツと軽やかなダンスはとても心地良く。私はこの時間に心を奪われていました。


 曲が終わると同時に踊りも終わりました。すると先ほどまではあんなに嫌で仕方なかったのに、今はとても寂しく感じました。

「物足りないわ。よければもう一曲一緒にどうかしら?」

「もちろん」

 私はすぐに返事をしました。

「あ、でも先にドレスとメイクを変えたいわ。少々お待ちを」

 そう言い残して、ユメは複数人の道化師とともに、どこかへ行ってしまいました。


 かなり踊っていたのですが夢だからなのか喉も渇かずお腹も空かず、疲れもしません。残った私は何もすることがなく、ただずっと立っていました。しかし、だんだんと退屈に感じてきてしまい、楽器を持ったまま動かない道化師たちに「少し散歩してもいいですか?」と尋ねました。しかし誰からも返事がありません。壁に沿って突っ立ている道化師にも尋ねましたが返事はありませんでした。きっと彼らはユメの指示以外のことはできないのでしょう。

 私は勝手に部屋から出て行きました。

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