ふくべ

栃木妖怪研究所

第1話 西瓜

 自宅から数キロ離れた所に、立地条件は悪くないのに、何故か私が物心つく前から人家が出来ない、結構広範囲な荒れ地があります。


 最近は建設会社が土地をまとめて購入して、もともとの地名とかに関係なく、〇〇ニュータウンとか、××ガ丘などの独自の地名をつけて分譲住宅を販売しております。

 つい最近まで田圃であったところが数か月後には住宅街になってしまうことも珍しくない昨今ですが、その地域だけは、何故か商店の一軒も出来ないのです。


 高校生の夏の終わりの頃でした。私の高校は受験への影響とかで、運動会と学校祭を交互にやるため、卒業までに運動会を二回やる学年と学校祭を二回やる学年のどちらかになってしまいます。

 私と兄は同じ高校で間が一年空いているので、同じパターンで1年の時は運動会、2年が学校祭、3年が運動会というパターンになっておりました。

 

 2年の時、学校祭の準備で、出し物が学校の閉門時間までに作ることができず、友人の家に集まって、出し物のお化け屋敷のお化けを作っておりました。

 時間も20時を過ぎ、今日はここまで。ということで、自転車で帰宅しました。

 

 当時は、まだコンビニなどはなく、20時に空いている店などありません。腹が減って、とにかく急いで帰ろうと、普段通らない道を通り住宅が全くない、例の荒れ地を自転車で突っ切って行きました。


 自転車の前照灯は頼りなく、ダイナモ発電の電力は安定しないので、道が悪いと振動のたびに電気が強くなったり弱くなったりと、叢を照らしても数メートル先も見えない状態です。

 夏の終わりの叢は、秋の虫の大合唱で、自転車が近づくと一斉に鳴くのを辞めて、四方八方に飛び出してきます。

 顔や手足にも虫が激突し、大きいものですと痛いくらいです。

 荒れ地の周りには、遠くに街灯と民家の明かりがぼんやり見えます。月が出ていたので、頼りない前照灯だけでも、叢の中の一本道を進むことが出来ました。

 風はもう秋の風となり、まだ気温は高いのですが、真夏の夜よりは湿度が下がっておりました。

 

 草と埃が混じった匂いの中をどんどん進んでおりますと、一部草が刈り取られているところに出ました。

 そこは僅かに小さな丘になっておりました。丘の上に、道端で無人で野菜を販売しているような台が置いてありました。


 ベンチの脚を高くして、背もたれを無くしたような形です。販売台の上には、売れ残りなのか、西瓜が三つ置いてありました。

「ここ、西瓜畑なのかな?」とも思いましたが、この辺りでは、あまり西瓜を作ってはおりません。

「あ、干瓢のふくべか。もう季節も終わりだから、干して細工物にするのかな?」などと思いました。

 干瓢は夕顔という植物の雌花の下の部分が、受粉後に膨らんでいって、大きな西瓜ぐらいに成長します。西瓜と違うところは、縦じまがなく、淡い緑色になります。球体ではなくやや上の部分が細くなって、太った瓢箪といった感じでしょうか。

 7月の終わりごろに収穫して、干瓢専門の機械についている棒で中心をさし、回転させてリンゴの皮むきのように薄く長く剝いていきます。それを天日で干した物が、干瓢となります。

 皮を剝かないで、そのまま乾燥させ、中身をくり抜いて鬼の面などに加工したものが、百目鬼という民芸品となります。

 

 ふくべにしては、やけに毛の様なものが巻きついております。南方の椰子の実の様にも見えます。

 気になって自転車を停め、近づいてみました。物凄く嫌な気分になって来ました。おかしいな。と思いつつ近くによって見たら、三つともフクベではなく、八つ墓村のドラマか映画で見たような落武者の生首に見えました。

 ヒェ!と思った途端に、三つの首が目を開けて、物凄い形相で睨んで来ました。


 後はよく覚えておりません。夢中で自宅に駆け込み、祖母の部屋に飛び込んで、なんとか今見た事を話ますと、

「またお前、とんでもない物を連れてきたね。今度は厄介だ。」と、塩を撒き、祝詞を唱え始めましたが、

「こりゃダメだ。宮司さんに電話して。すぐに。車出して!」と、母に言って、私には何度もお祓いをしながら、地元に天平の時代から続く神社に連れてこられました。


 この神社は、悪霊払い等やってはいないのですが、宮司が我家と家族ぐるみの付き合いなので話を聴いてくれました。宮司が、

「なるほど。私に出来るかどうか分かりませんが、まずは穢れを祓ってみましょう。」と、酒や塩を撒いて何度もお祓いをしたのちに、本殿に私を入れ、宮司、禰宜、権禰宜の三人で長い祝詞をあげてくださいました。


 やがて祝詞が終わり、宮司さんが、

「さて、これから話す事は、口外法度に願います。」と、神妙な顔で話されました。

「君が入って、生首を見たというのは、◯◯地域の荒地だね?」

「そうです。」

「何故、よりによって今日入ってしまったのか・・・。実は、あそこは御一新前までは、この地域を納めていた藩の処刑場でね。君が見た台があった場所は、首を晒しておく所だったんだよ。これはうちではなくて、お寺さんの方なんだけど、あそこを供養していて、毎年今日が慰霊祭をやる日なんだ。で、今日は忌み日で、供養をした後は、明日の日が昇るまで、立ち入り禁止になるんだよ。ロープが張られていた筈なんだが、とれてしまったのかな。いずれにしろ、もう大丈夫だけど、普段通らない場所は、安易に入らない様にね。」と言われ、うちに帰りました。


 それから40年。まだその場所は、荒地のまま、人家が建つ気配はありません。  了

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