第4話 新入居者
男が、興奮のるつぼに陥っていた時に、通路で女性とばったり出(で)会(くわ)した。彼女を見る覗き男の視線を、女性が異様に感じたのは当然だったのかも知れない。
女性が男に強い嫌悪感を抱いたその日から、彼女は転居を考えた。そして、数週間後には実際に転居して行った。
女性の突然の引っ越しに、もしやバレたのでは無いかとの淡い不安が男を襲う。
だが、何の苦情も、また調べに来る事も無く、男の不安は次第に消えていった。
女性が引っ越ししてから一ヶ月ぐらい経った或る晩。男の部屋のチャイムが鳴った。男はドキッとする。
恐る恐る、ドアの覗きレンズから来客者を見る。ドアの外に立っていたのは見掛けぬ女性の姿。
男は安堵してドアを開ける。
「こんばんは。私、今度この上の部屋に越して来たアキです。宜しくね。これ、私の名刺。暇があったら来て頂戴。お待ちしています」
女は、高級そうなティッシュ箱と名刺をくれた。
「はあ、どうもご丁寧に」
部屋に戻った男は、内心喜ぶ。化粧なのか整形したのかそれとも地顔なのか、なかなかの美人。
早速、上階住民の生活パターンを探る。名刺に風俗店見え見えの店名が記され、営業時間も夜である。
なので、前住人の女性と同じ様な行動パターンだと知る。
覗き男は警察が遣って来たらとの心配から、念の為盗撮装置を外していた。それを再び稼働できるように取り付けた。
土曜の深夜。男は、ワクワクドキドキでモニターにしがみ付いた。
二階の人の気配は、微かに響く足音で推測できる。酔った足取りのような音が聞こえて来た。しかも、複数。友人を伴って来たのだろうか。「おお、二人か。楽しみが倍以上に増えたな」
男は、胸を躍らせる。
モニターは、ユニットバス入り口ドアから漏れて来る部屋の灯りを映し出す。そのドアがようやく開いた。
入って来た人物は、立ったまま便器に向かい、スカートをたぐり上げる。更に、派手なショーツを無造作に摺降ろすと、とんでもない物を取り出した。
「野郎じゃ無いか!」
モニターを覗いていた男は、思わずひっくり返った。
「お釜ちゃんかよ。いやいや彼奴は友達の方だろう」
そうブツブツ言いながら、モニターに映る顔に目を遣った。
「この前、引っ越しの挨拶に来たあの女、いや、男だ」
覗き男のショックは計り知れない。
「いやいや、若しかしたらもう一人は彼女かも知れない。それに期待しよう」
男は、暫く様子を見る。
再びユニットバスのドアが開いた。既に下着姿の人物。急いで便器の前に立つ。
「ワァー! こいつも野郎だ」
男は、気分が悪くなった。
翌々日の夜。男は静かに盗撮セットを外しに掛かった。執念にも似た熱意で、足場を作りユニットバス壁に穴を開けた。
しかし今は、懐中電灯の灯りを頼りに、うんざりする気分で撤収作業を行う。やる気の無さからだろうか、足場解体中に足を滑らし、自分の部屋のユニットバス天井をへこましてしまった。
ヤバいと言う気分と嫌気が男を襲う。男は、解体作業を中途半端で終わらせ、ユニットバスの天蓋を閉じた。
一ヶ月後、男は以前住んで居た二階の女性と同じように、逃げ去るようにして引っ越していった。
その、引っ越し後の掃除に来たのが岩田である。彼は、一目でユニットバス天井のへこみに気付いた。
岩田は、このアパートを管理している不動産屋に報告する。検討の結果、保来探偵事務所に調査を依頼する。そうして、保(やす)来(き)探偵の功もあり無事修繕費を住民だった男から徴収するに至る。
了
ゆにっとばす 大空ひろし @kasundasikai
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