終わる世界で、君と

堂円高宣

終わる世界で、君と

 突然、空に太陽よりも大きな光球が現れ、轟音とともに恐ろしい速さで南西の方向に駆け抜けていった。頭上を通り過ぎる時、肌が焼けるような熱気を感じた。

 その光球が山の稜線の向こうに消えてからしばらく経って、猛烈な地震が起こった。山道を歩いていたリュウスケは体が浮かんで転びそうになる。後ろにいたキョウコが悲鳴をあげて転倒した。

 リュウスケは揺れ続ける地面に翻弄されながらキョウコに駆け寄り、その体を抱きしめて伏せた。キョウコがしがみついてくる。心臓が早鐘のように打っている。地面は揺れ続けている。その振動はすさまじく、横たわっている体が地面で飛び跳ねそうになる。

 しばらくして、やっと揺れがおさまってきたと思ったら、今度は横揺れが来た。道の左右に生えている大木が根元から折れそうなくらい揺さぶられている。キョウコが大きな声で叫び続けている。どこかで山が崩れたのだろうか、ドドドドと大きな地鳴りがしている。折れた木の枝や大小の石が飛んでくる。リュウスケはキョウコの頭を抱えてかばう。


 揺れが収まった後、辺りには土埃が舞い、湿った匂いがしている。ずいぶん長い間、揺れ続けていたように思えるが実際は数分間の出来事であった。

「キョウコ、どうした?立てる?」

「足が痛いの」

 彼女の足を見ると、大きな擦り傷ができて血がにじんでいる。

「折れてはいないようだ。だいじょうぶだよ。さあ立って」

 リュウスケはキョウコを抱え上げ、肩を貸して立たせた。

「急ごう、学者たちの予測は正しかった。隕石は南の浅い海に落ちたようだ。地殻を破って噴火が始まるだろう。もう暫くすると爆風もやってくる。早く洞窟に入ろう。あそこならきっと安全だ」


 リュウスケたちは山の中腹にある鍾乳洞を目指している。その中ならば爆風や火山弾を避ける事ができるはずだ。山崩れで入口がふさがっていないか心配であったが、そのあたりは運良く崩れておらず、二人は無事に鍾乳洞の中に隠れる事ができた。

 洞窟の中はひんやりとした空気が保たれていた。二人はようやく人心地がつく。入口は狭いが、数十歩進むとトンネルが広がり、ちょっとしたホールのような広間になっている。広間に入ったところには、まだ入り口からの光も届いており、薄暗いがお互いの表情がわかるくらいの明るさはあった。

 二人は壁際に並んで腰かけ、抱き合った。リュウスケはキョウコの膨らんだ下腹部にそっと触れてみる。彼女の体の中には彼の子が宿っているのだ。先ほどの転倒が、お腹の子供に悪影響を与えなければ良いのだが。

「どうしよう、もう世界は終わるのかしら」

 キョウコは泣き出しそうな表情を浮かべている。

「だいじょうぶだ、最初のインパクトを乗り切れば、後は、なんとかなる。僕たちの子供のためにも絶対に生き延びなくては」


 突然ゴーという轟音とともに洞窟の入口から火傷しそうに熱い風が吹き込んできた。硫黄の匂いがして、その風を吸い込むと喉が焼けそうになる。隕石落下時の衝撃波が到達したのだ。二人は息を詰めて洞窟の更に奥に避難する。重ねてドン、ドンという音と振動が起こる。隕石が地殻に開けた穴で超高温となった岩石が蒸発し、大規模な噴火が起こった。それによって噴き出したマグマが火山弾となってあたりに飛び散っているのだ。入口から差し込んでいた陽光が陰り、洞窟の外が暗くなる。空には真っ黒な噴煙が立ち込めてきている。蒸発した硫黄分が多量に含まれた噴煙は触れただけで皮膚が火傷するほどの高温となっている。

「もう終わりだわ、私たちの町も、町の人たちもみんな焼けてしまった。私たちだけが生き残っても、もう暮らしていくことなんかできない」

「そんなことない、巨大隕石といっても地球全体が崩壊するわけじゃない。このあたりは落下地点に近いから、爆風と津波と火山灰でほぼ全滅だろうけど、もっと北の方なら、それほど被害も大きくないはずだ。2、3日ここに隠れていて、噴火が収まったら北に向かおう。僕が必ず君を守るよ」

 リュウスケはキョウコを抱いている腕に力をこめる。キョウコも抱き返してきた。世界は、未来は、どうなるかわからない、でも、この瞬間に寄せ合った頬のぬくもり、二人が互いを想う気持ちだけは、間違いのない真実だと思われた。


 だが、その時、降り注ぐ大きな火山弾が鍾乳洞のある山を直撃した。洞窟の壁が、天井が崩れてくる。真っ暗闇の中で、二人は崩れてきた岩石と土砂にうずもれてしまう。リュウスケはしっかりとキョウコを抱きしめているが、全身が土砂に包まれて身動きができない。息もできない。薄れてゆく意識の中で、彼はキョウコに呼びかける。

「ごめんねキョウコ、君を守ってやれなかった。でも君を想う心は決して消えない。何千万年経っても愛してる」


 テキサス州の発掘現場では白亜紀末期の地層から見つかった恐竜の化石の発掘が進められていた。ほぼ全身が見えてきた化石を前に、研究者たちが慎重にタガネを打ち込みながら話をしている。

「保存の良い骨格だ、ほぼ全身が残っている。しかも二体だ」

「これはトロオドンだな。知能の高い恐竜で集団生活をしていたと言われている」

「なんか、この二匹、抱き合っているように見えないか」

「オスとメスかな、ひょっとすると恋人どうしだったんじゃないか」

「6600万年のあいだ保存されてきた愛の化石かもな」

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