冒険者長屋の仁義なき戦い 〜エロ本珍騒動〜

とりにく

冒険者長屋の仁義なき戦い 〜エロ本珍騒動〜

 冒険者長屋――そこは様々な種族や背景を持つ冒険者たちが共同生活を送る場所だ。古びた木造二階建ての建物は、幾多の冒険談と秘密を抱えている。その共有スペースは、疲れた冒険者たちの憩いの場であり、時に騒動の中心地となる。長年の足音で擦り減った床板は、そこを歩む者の足音に合わせてきしみ、壁には無数の傷跡が刻まれ、それぞれが物語を秘めている。

 夕暮れ時、窓から差し込む赤い陽光が徐々に薄れていく。ろうそくの明かりがゆらめき、テーブルを囲む四人の冒険者たちの影を壁に映し出している。その影は生き物のように揺らぎ、彼らの動きに合わせて踊っていた。


 彼らの前には、ガロンが河原で拾ってきた一冊の本が置かれていた。その本は、まるで禁断の果実のように、四人の視線を釘付けにしていた。部屋の空気は、緊張と好奇心が混じり合う独特な雰囲気に包まれていた。

 ガロンは筋骨隆々とした人間の剣士だ。短い赤毛と額の傷跡が特徴的な彼は、単純で正直者だが、世間の機微には疎い。彼の大きな手は、剣を握るのと同じ力強さで本を掴んでいた。眉をひそめながら、おもむろに本を手に取った彼の表情には、困惑と興味が入り混じっていた。

 本の表紙には奇妙に誇張された人間の女性が描かれており、触れるだけで妙な感触がした。その感触は、ガロンの指先から体中に広がり、彼の心臓を早鐘のように打たせた。

 ガロンは咳払いをして、緊張した面持ちで口を開いた。彼の声は、普段の豪快さとは裏腹に、わずかに震えていた。


「おい、みんな。俺が河原で拾ったこの本、何だと思う?妙に薄いし、表紙もなんだか…パリパリしてるというか…」


 その言葉に、テーブルを囲む他の三人が興味深そうに身を乗り出した。椅子がきしむ音が静寂を破った。


「待って、ガロン!その本...ただものじゃないわ」


 エルフィーナは、しなやかな体つきの女性エルフの魔法使いだ。知的で冷静な彼女だが、意外と世間知らずな一面もある。長い銀髪をなびかせながら、慎重に本をのぞき込んだ。彼女の鋭い眼光は、まるで本の秘密を見抜こうとするかのように、ページを隅々まで探っていた。エルフィーナは慎重に本を観察し、深く息を吸った。


「これは間違いなく、異世界からもたらされた奇書よ。私の師匠が話していたの。時折、異界から突如として物や人が召喚されることがあるって。これは...その一つに違いないわ」


 彼女の言葉に、他の三人は驚きの表情を浮かべた。エルフィーナは続けた。


「しかしまあ……なんて独特な絵ですこと。人の体の……構造が詳細に描かれていますわね。しかも、この角度は……」


 彼女は首をかしげ、困惑した表情を浮かべる。その仕草は、普段の知的な雰囲気とは対照的に、少女のような無邪気さを感じさせた。


「解剖学的に可能なのかしら?私の知る限り、エルフの身体ではこのような姿勢は……」


 彼女の言葉を遮るように、グランプが身を乗り出した。グランプは年老いたドワーフの戦士だ。豊富な人生経験を持つが、その分だけ悪知恵も働く。白髭と禿げ上がった頭が愛嬌ある風貌を作っている彼は、眼鏡を掛け直し、咳払いをした。その仕草には、長年の人生経験から来る余裕が感じられた。


「ほほう、これは……かなり興味深い資料だな」


 グランプは眼鏡の奥で目を細めながら言った。彼の声には、興奮と懐かしさが入り混じっていた。


「人間の身体の……柔軟性には驚かされるな。若い頃の私でも、こんな体勢は……」


 グランプは言葉を濁し、にやりと笑った。その笑みには、若かりし日の思い出が垣間見えた。


「グランプさん!」


 エルフィーナは顔を赤らめながら抗議の声を上げた。彼女の声には、驚きと恥じらいが混ざっていた。グランプは両手を上げて、無邪気な表情を装った。しかし、その目には悪戯っぽい光が宿っていた。


「いやいや、純粋に学術的な興味からの発言だよ。ドワーフの身体構造と比較して、非常に興味深いものがあるってだけさ」


 テーブルの向かいに座っていたリリアは、世間知らずの美少女人間聖職者だ。純粋で献身的だが、その優しさゆえに騙されやすい。淡い栗色の三つ編みとあどけない表情が特徴的な彼女は、顔を真っ赤にして、目を見開いた。彼女の澄んだ瞳には、困惑と恥じらいが満ちていた。


「あの……これって……その……裸の人が……え、えっと……」


 リリアは小声で続けた。彼女の声は震えていた。まるで自分の言葉に驚いているかのようだった。


「抱き合って……」


 そう言うと、彼女は顔を両手で覆った。その仕草は、まるで幼い子供のようだった。


「こんなの、神殿では見たことも……」


 不自然な沈黙に包まれる一同。


 ガロンは眉をひそめ、真剣な表情で本を見つめ直した。彼の目は、まるで敵を見極めるかのように本を凝視していたが、その瞳には明らかな動揺が見てとれた。


「うーん……」


 彼は数秒間黙って考え込んだ後、突如として立ち上がり、声を張り上げた。しかし、その声には不自然な裏返りが感じられた。


「よ、よし!わかったぞ!これは間違いなく高度な戦闘技術を記した指南書だ!そう、間違いない!」


 彼は胸を張ろうとしたが、その動作は少し大げさすぎた。自信に満ちた表情を作ろうとするものの、目は泳ぎ、額には汗が浮かんでいた。


 エルフィーナは驚いて、ガロンを見つめた。彼女の表情には、呆れと同情が入り混じっていた。


「ガロン、なにをどうしたらそんな結論が?」


 ガロンは咳払いをして、やや大きすぎる声で答えた。


「み、見ろよ、この激しい動きを!これは明らかに格闘技だ。この…独特な組み方も、きっと相手を制圧する技なんだ!ほら、この絡み合い方!」


 彼は本を指さし、熱心に説明を続けようとしたが、指が震えているのが明らかだった。


「こ、こんな技を使えば、どんな相手だって一発で……その……やっつけられる!」


 エルフィーナは顔を赤らめながら咳払いをした。彼女の声は少し高くなっていた。その姿は、普段の冷静さとは対照的だった。


「い、いいえ、これは明らかに魔術書ですわ。この……独特な姿勢は、きっと魔力の流れを表現しているのよ。ほら、この線」


 彼女は恥ずかしそうに指さした。その指先は、少し震えていた。


「これは明らかにマナの経路を示しています。この……うねうねとした線が……」

「ほう、これがマナとはねぇ……」


 グランプは髭をなでながら、にやりと笑った。彼の目は楽しそうに輝いていた。その表情には、長年の人生経験から来る余裕と、悪戯心が混ざっていた。


「いやいや、若い衆。目の付け所が甘いぞ。これは人生の機微が詰まった教科書よ。この……緻密な描写は、人間関係の複雑さを表現しておる。あー、若者の教育にはうってつけじゃ。特にこのページ」


 彼はページをめくりながら続けた。その動作には、まるで宝物を扱うような慎重さがあった。


「ここなんか……」

「「グランプさん/様!」」


 エルフィーナとリリアが同時に声を上げた。その声には、驚きと抗議が混ざっていた。リリアはおずおずと顔を上げ、小声で言った。彼女の声は震えていた。まるで自分の言葉に驚いているかのようだった。

「でも……これって……神聖な……儀式の……その……」


 彼女は再び顔を両手で覆い、か細い声で付け加えた。


「愛の儀式……」


 一瞬の沈黙が訪れた。部屋の空気が重く、張り詰めたものになる。まるで時間が止まったかのようだった。ガロンは立ち上がり、拳を握った。彼の目は決意に燃えていた。その姿は、まるで戦場に向かう戦士のようだった。


「よし、決めた!俺が預かって研究するぞ!この技を会得すれば無敵だ!毎晩寝る前に研究だ!」

「ダ、ダメです!魔法使いの私が解読せねば。これは魔術的に非常に価値があるのです!」


 その言葉にエルフィーナは慌てて立ち上がった。椅子が軋む音が響いた。彼女の動きには、普段の優雅さは見られず、焦りが滲んでいた。彼女は本に手を伸ばしながら続けた。その手は、まるで聖なる遺物に触れるかのように震えていた。


「はっはっは!若いもんには刺激が強すぎる。この程度、経験豊富な私が預かろう。人生の教科書として保管しておくのじゃ。毎晩、枕元において……」


 グランプはニヤリと笑いながら割り込んだ。彼の目は狡猾な光を放っていた。その表情は、長年の人生経験から来る余裕と、若者をからかう楽しさに満ちていた。彼はガロンの手から本を奪おうとした。その動きは、年齢を感じさせないほど素早かった。


「あの……私が……祈りを捧げながら…保管します…きっと神聖な儀式の説明書に違いありません……」


 リリアは顔を真っ赤にしたまま、おずおずと言った。彼女の声は小さく、しかし必死だった。その姿は、まるで祈りを捧げる巫女のようだった。そう言いながら、彼女も手を伸ばした。


 突如として、四人で本の取り合いが始まった。ガロンは本の端を掴み、声を震わせながら叫んだ。


「は、離せ!これは戦士の秘伝書だ!そうに決まっているだろう!」


 彼の主張は必死すぎて、かえって不自然に聞こえた。


「いいえ、魔術書です!」


 エルフィーナは反対側を引っ張りながら、そう主張した。彼女の声には、普段の冷静さは微塵も感じられず、必死さだけが溢れていた。


「人生の教科書じゃ!」


 グランプは下から本を持ち上げ、声を張り上げた。その声には、若者たちと張り合う喜びすら感じられた。


「神聖な……儀式の……」


 リリアは上から本を押さえつつ、つぶやいた。彼女の声は小さかったが、決意に満ちていた。


 部屋中が騒然となる中、突然ドアが開く音が響いた。


「やあ、みんな。何をそんなに……おや?」


 明るい声とともに現れたのは、長屋の管理人であるスケイルだった。ドラゴンボーンの青年である彼は、真面目で几帳面だが、人型種族の感覚とはズレていることも多い。青みがかった鱗と角が特徴的な彼は、首をかしげながら部屋に入ってきた。


 慌てた四人は本を取り合ったまま、そのバランスを崩した。本はバラバラになり、床一面に散らばってしまった。ページが宙を舞い、ゆっくりと床に落ちていく様子は、まるで雪が降るかのようだった。

 スケイルは好奇心いっぱいの表情で尋ねた。彼の目は興味深そうに部屋中を見回していた。その眼差しは、まるで新しい世界を発見したかのように輝いていた。


「みんな、どうしたんだい?何か面白いものでも見つけたのかい?」


 そう言いながら、彼は散らばったページを拾い始めた。ガロンは焦って、汗をかきながら答えた。彼の声は普段よりも高くなっていた。まるで少年のような声色だった。


「い、いや、何でもないぞ!ただの……その……」


 エルフィーナは慌てて、髪をかきあげながら言い訳を始めた。彼女の頬は真っ赤だった。普段の落ち着きは何処へやら、完全に取り乱していた。


「ち、違うんです!これは……その……学術的な……」


 グランプは冷や汗をかきながら、髭をいじりつつ言った。彼の声には珍しく動揺が感じられた。長年の人生経験も、この状況では役に立たないようだった。


「まあ、ただの……お遊びじゃよ。昔の遊びを思い出してな……」


 リリアは顔を真っ赤にして、指を絡ませながらつぶやいた。彼女の声は震えていた。まるで祈りを捧げているかのようだった。


「あの……私たち……勉強を……その……」


 スケイルはページをじっくり見ながら、首をかしげた。彼の表情は純粋な好奇心に満ちていた。その無邪気さは、場の緊張感とは不釣り合いなほどだった。


「ふむ……人間たちの体操の本かな?面白い姿勢をしているね。これは柔軟体操?」


 四人は絶句し、顔が青ざめた。部屋の空気が一瞬で凍りついたようだった。まるで時間が止まったかのような静寂が訪れた。

 スケイルは明るい声で続けた。彼の顔には無邪気な笑みが浮かんでいた。その笑顔は、状況を全く理解していない者特有の、純粋なものだった。


「でも、どうやらバラバラになってしまったようだね。実は便所の紙切れでね、ちり紙が必要だったんだ。これを貰っていくよ。人間の体操を見ながら用を足すのも悪くないだろう。体を動かす意欲が湧くかもしれないしね」


 そう言いながら、彼はページを集め始めた。


「ま、待てよ、スケイル!そ、それは……大切な……」


 ガロンは絞り出すような声で叫んだ。彼の顔は真っ青だった。まるで魂が抜けたかのような表情だった。


「ち、違うんです!あれは大切な資料で……その……」


 エルフィーナは真っ赤な顔で、手を伸ばしながら必死に説明しようとした。彼女の声は焦りに満ちていた。普段の理知的な態度は完全に崩れ去っていた。


「いや、それは貴重な資料でな……教育的価値が……」


 グランプは額に汗をかきながら言い訳を考えた。彼の目は落ち着きなく部屋中を見回していた。長年培ってきた機転も、この状況では役に立たないようだった。


「神聖な……その……儀式の……」


 リリアは目を覆ったまま、小声でつぶやいた。彼女の声は祈りのように聞こえた。まるで神に救いを求めているかのようだった。


 スケイルは不思議そうに四人を見た。彼の目には純粋な疑問が浮かんでいた。その無邪気な表情は、状況の深刻さを全く理解していないことを如実に物語っていた。


「ん?何かあったのかい?みんな妙に慌てているけど。この体操の本が大切なら、早く言ってくれればいいのに」


 ガロンは他の三人と目を合わせ、諦めたように溜息をついた。彼の肩は落ち、声にも力がなかった。まるで全ての闘志を失ったかのような姿だった。


「い、いや……何でもない……持っていってくれ……」


 スケイルは笑顔で答えた。彼の表情には少しも疑念の色はなかった。その無邪気さは、状況の滑稽さをより際立たせていた。


「そうかい。じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」


 にこやかに手を振り、彼は部屋を出て行った。ドアが閉まる音が響き、長い沈黙が流れた。その静寂は、まるで重い毛布のように部屋全体を包み込んだ。四人の冒険者たちは、まるで魂を抜かれたかのように、ぼんやりと虚空を見つめていた。彼らの表情には、信じられない出来事が起こったという驚きと、どこか解放された安堵感が入り混じっていた。


「俺の……戦闘の書が……」


 ようやく、ガロンがため息をつきながら肩を落とした。彼の声は落胆に満ちていた。その姿は、戦いに敗れた戦士のようだった。


「魔術書が……こんな用途に……」


 エルフィーナは顔を両手で覆ったまま、椅子に崩れ落ちた。彼女の声は震えていた。普段の冷静さは完全に失われ、ただ呆然としているようだった。


「まあ……人生何が起こるかわからんもんよ……体操の本になるのも人生か……」


 グランプは苦笑いを浮かべながら、髭をなでた。彼の目には諦めと共に、どこか楽しそうな光も宿っていた。長年の人生経験が、この状況をも笑い飛ばそうとしているかのようだった。


「神聖な愛の儀式が……」


 リリアは小声で呟きながら、祈るように手を組んだ。彼女の頬には涙が光っていた。その姿は、まるで聖女の像のようだった。


 四人は同時に深いため息をついた。その声は、まるで魂の底から絞り出されたかのようだった。部屋中に響き渡る、長く重い吐息。


「「「「ああああー!」」」」


 しばらくの沈黙の後、エルフィーナが咳払いをして、静かに言った。


「こ、この件については……絶対に……」


彼女の声は決意に満ちていた。少しずつ、いつもの冷静さを取り戻しつつあるようだった。


「二度と……誰も……」


リリアは小声で続けた。彼女の目は固く閉じられていた。まるで誓いを立てているかのような真剣さだった。


「口にしないことに……決まりだな」


 ガロンは強がりながら言い切った。彼の声には、わずかながら普段の力強さが戻っていた。


「同意じゃ。さて、一杯やるか。これで今日の記憶も薄れるじゃろ」


 グランプは立ち上がり、棚から酒瓶を取り出した。彼の動作には、長年の経験から来る落ち着きが感じられた。まるで日常の一コマのように自然な仕草だった。


 グランプが注いだ酒は、ろうそくの明かりに照らされて琥珀色に輝いていた。四人は弱々しくグラスを合わせ、元気のない声で言った。


「戦闘の書に」

「魔術所に」

「教科書に」

「儀式書に」


「「「「かんぱーい…」」」」


 彼らの声は、まるで最後の力を振り絞るかのように小さく、部屋の空気にすぐに吸い込まれてしまった。しかし、その小さな乾杯の音は、彼らの絆を再確認するかのように、静かに部屋に響いた。


 この世界では、時折、異界から人やモノが突如として召喚されることがあるという。それは時に強大な魔法使いであったり、伝説の武器であったりする。しかし、今回召喚されたのは、どうやら「日本」と呼ばれる異世界の「エロ漫画」なるものだったようだ。スケイルの手によって、その存在は永遠に葬られることとなったが、四人の冒険者たちの記憶の中で、この奇妙な「召喚物」の痕跡はいつまでも消えることはないだろう。

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