エピローグ

 高校一年生の二学期は幕開けと共に騒がしい日々が続いたことを今でもよく覚えている。三日しか付き合えないで有名だった東山葵がついに止まり木を見つけ最長記録が更新されたとなればクラス中の誰もが目を丸くするほどに驚き、そして噂を撥ね除けた人物は一時期注目の的となった。何を隠そうその人物こそクラスでは空気同然の扱いだった滝野瀬智也であり、誰も想像をしなかった人物というのもあってか富んだ話題性をもたらし一時期は時の人となったのだ。

 どうなるか先行きが不安だった高校生活の三年間も今は懐かしい思い出でありあれからもう五年の月日が経とうとしている。展望台で告白した日から今日まで僕と東山薫の関係は途切れることはなく、高校生の時に囁かれていた何日付き合えるかという『東山チャレンジ』は今も継続中だ。現在は僕も薫も大学生になり充実したキャンパスライフを送っている。二十歳になりお酒も解禁されたわけだが薫の実年齢は一歳下であり文句を垂れながらも自重していたりする。五年目を迎えるまでには楽しいことだけでなく些細なことで喧嘩して落ち込んだり心を痛めることもあった。それも今では思い出の一部となり二人に結ばれた赤い糸をより強固にしてくれたのだ。


「もういつまでお姉ちゃんと喋ってるの。これからはいつでも会いに来れるんだし毎回毎回そんなんじゃお姉ちゃんも大変だよ」


 話すというと語弊があり正すならこれまでのことを報告していたわけであって長く時間を使っていたという感覚はなかったが、東山葵の名前が刻まれた墓標の前で手を合わせていると横から脇腹を薫に小突かれてしまった。大学生になり本格的にお金を稼げるようになった僕たちは時間は経ってしまったが念願だった東山葵が眠るお墓を建てることが叶ったのだ。そして今日が初めてのお墓参りでありもう少し話させてくれてもと思いつつも、いつでもこれると言われるとその通りであり目を開けこれまでの報告を今日のところはこの辺でと終わりにした。


「やっぱり自分の名前が刻まれた石碑に手を合わせるって違和感がすごいよ。私じゃなくてお姉ちゃんの名前だって分かっていても、普段からそう名乗り友達から呼ばれているからかやっぱりなんか変な気分」


 東山薫は東山葵であり東山葵ではない。今日に至るまで彼女の秘密を知るものは僕と哲希の二人きりのままなのだ。薫が体験しているのはこの先誰も味わえないであろう感覚であり少しどんな感じか味わってみたいと思わなくもない。東山薫が東山葵として日々を歩み始めてからももう五年だ。ちなみに東山薫の失踪も五年でありこの件に関しては一応七年という失踪期間を満了すると死亡したとみなされるらしい。そうなると彼女が背負う二つの名がどちらも墓石に刻まれることになるのだがそのときはどんな事を思うのか少し気になった。


「そろそろ戻らないと講義に遅れちゃいそうだし行こうか葵」


 左腕に巻かれた時計を確認すると猶予時間は二十分ほどしか残されていなかった。本当は全ての講義を終えてから来るつもりだったが居ても立っても居られず、講義がない合間時間に僕たちはお墓を訪れていた。長く報告していたのは僕であり言えた立場ではないが時間ギリギリなことは事実であり、また来るよと墓石に別れを告げると身を翻し歩き出す。数歩歩いて聞こえて来たのは僕が砂利を踏む足音だけであり、背後に薫が付いて来ている気配がない。どうしたのだろうと振り返ると頬を膨らませ唇を尖らせる拗ねた子供のような少女がこちらをじっと見て頑なに動かないと態度で示していた。どうしたんだと彼女の元まで戻り、なんとか機嫌を取ろうとなだめるも効果なく観念して理由を聞いた。


「名前。二人きりのときは薫って呼ぶって約束した」


 約束を忘れていたわけではないが学内など人がいる場所では葵呼びをしており、同棲中の家の中や学外で二人きりのときは薫呼びをしてと言われているのだ。現在は学内でこそないが少し前まで校内にいたため頭のスイッチが切り替えられておらずつい葵と呼んでしまっていたらしい。葵呼びするべき場所で薫と呼んでしまったのではなくて良かったと安堵しつつも、また新たな可愛い一面を見つけてしまったと心は温かさに包まれていた。僕が悪かったと要望通りに彼女の本当の名を心を込めて呼んだ。


「また来るねお姉ちゃん。それじゃあ罰として智也には下までおんぶしてもらおうかな」


 墓石に向かって手を振り別れを告げると恥ずかしげもなく僕に有無を言わせず飛びついてくる薫。一応すぐそこにお姉ちゃんが眠っているんだけどなと僕は若干背中に伝う冷や汗を感じつつも抱きとめると薫はさらに付け足すよに口づけまでした。飲み物の間接キスで顔を真っ赤にしていた姿が懐かしむように思い起こされ時間の経過と彼女の成長を感じた。恥じらいを捨て直接好意を示してくれることはありがたいが場所は少し弁えて欲しくもあり未来が少し心配でもあったり。

 抱擁しあったままふと目線を上げれば青い空はどこまでも続いており、僕は思い人の香りに包まれていた。葵も薫も生きる世界で今日をそしてこれからを生きていく。

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云十人目の彼氏 いけのけい @fukachin

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