第29話 君と隣で

 僕たちが旧展望台に来たのは何も人目を忍んで薫ちゃんと会うためなどでは決してなく、やるべき事が明確にあったからであり羞恥心に駆られ逃げ出してしまった薫ちゃんを放っておくことはできなかった。何よりこれから行うことは力仕事であり男手が必要だろうから捨て台詞を真に受けて木陰で薫ちゃんが戻ってくるのを待っているわけにはいかない。そんなことをしたら次は暴言ではなく拳が飛んできそうだ。そうならないよう手に持ったままだった残りのジュースを一気に飲み干すと、地面に突き刺し木の根本に立てかけておいた二本のスコップを手に取り追いかけた。

 女の子らしいというべきか、いくら穴があったら入りたい状況だったとはいえ茂みに飛び込むのは抵抗があったらしく立ち止まっていたため少し遅れて後を追った僕ではあったがすぐに薫ちゃんに追いついた。背後で足を止めるとさて第一声はどうしたものかと思考を巡らせる。何が正解でそもそも正解などあるのかも分からないが自分なりの答えを見つけるしかないのだ。空気を読んでかずっと鳴いていた蝉の声は急に遠くなり沈黙が気まずいと背を向けたままの薫ちゃんに言葉を投げかける。ここは何も見ていないと否定し謝っておくのが吉か、それとも本当に見てはいないが可愛いかったよと何とは言及せずにジョークっぽく流すことが吉か他にも色々と迷った中で口にしたのはやはりというべきか弁明と謝罪だった。


「いいですよ、もう。間接キスや下着を見られたくらいであたふたしちゃう私が子供すぎるんです。これからは堂々と躊躇いなく口付ける様も下着も見せつけて逆に羞恥を芽生させるくらいのカウンターパンチを食らわせられるくらいにならなきゃいけないんですよ。今日はその授業料ということにしておきます」


 思考が危険な方向に転化しており自暴自棄にならないでと心配ではあったが、振り返ってくれた薫ちゃんの表情からは赤みが引き普段通りの笑みが戻っていたため胸を撫で下ろす。恥じらいを誤魔化すための冗談だろうと話半分で受け止めると、手にしていたスコップを一本渡してから前に出ると案内するように僕は茂みへと足を踏み入れ道を作る。正確な場所こそ把握していなかったが大体この辺りだったと目星をつけ歩いているとすぐに目的の場所へと到着した。


「これはまた派手にやってくれちゃってますね。私の埋め方に問題があったとはいえ許せないです」


 足場が悪く掘り返された形跡が目立つ地面を眺めながら薫ちゃんは忌み嫌うように嘆いた。僕たちが今いる場所は東山葵を尾行して訪れたあの日に身を隠すために入り込んだ茂みの奥地であり、遺体が埋められているという現場だった。今日は掘り返され土から顔をのぞかせていた白骨を再び埋めるためこの場所を訪れたのだ。

 この場所で眠る東山葵のことを思い出し今回の話を薫ちゃんに持ちかけており、その時に別の場所に移そうかという話になった。しかし具体的な場所が出てこず放置しておくと他の人に見つかってしまう恐れもあったのでひとまずもう一度同じ場所に埋めなおそうということで話はまとまった。残っているのは骨だけであり動物が匂いを嗅ぎつけ三度掘り起こす心配はいらなかったかもしれないが、念には念をと可能な限り深く穴を掘った。


「薫ちゃんお願いしてたもの持ってきてくれたかな。掘り終わったから先に入れちゃっていいよ」


 一仕事終えると額からは汗が垂れ落ち手で拭いながら辺りをならしてくれていた薫ちゃんに声をかけた。骨だけでは少し寂しいということで一緒に遺品も埋めてあげようと薫ちゃんにはあらかじめ家から思い出の品を探してきてもらったのだ。スコップを土に差し込むと服が汚れることなど気にせず少し離れて腰を下ろした。入れ替わるように新しく出来た穴の前で薫ちゃんはしゃがみ込むとポシェットから探し出してきた物を取り出しそっと穴の中に置いた。手を合わせ長い黙祷を捧げると薫ちゃんはゆっくり立ち上がり「次は滝野瀬さんがどうぞ」とこちらに歩みを進め僕は先ほど見ていた光景と同じように穴の前でしゃがみ込む。

 東山葵との思い出は数知れず残っているのだが、物となると話は別であり探し出すのに苦労した。そんな中で僕が選びポケットにずっと入れてあった二本のミサンガを取り出し穴の中に置かれた骨に結びつける。一本は僕がプレゼントされたものでありもう一本は今日この場所に来て穴を掘っているときに偶然出てきた彼女がつけていたミサンガだ。願うことがあるとすれば安らかな眠りただそれだけである。倣うように手を合わせこれまでの感謝と共に長い長い黙祷を捧げた。


「これで今日の目的は達成しましたね。何から何まで付き合っていただき本当にありがとうございました」


 最後は二人で一緒に土を被せて穴を埋めると薫ちゃんはもう何度目か分からないが頭を下げ感謝の言葉を口にした。当たり前のことをしただけでありそう畏まられるとむず痒いものがある。


「それじゃあ行きましょうか。今は冷たい物が欲しい気分ですね、滝野瀬さんはどうですか。これまでの感謝を込めて今日は私が奢りますよ」


 ありがたい申し出ではあったが後輩から奢られるというは気がひけるのだが、最初で最後だと思えばそれも悪くはないかとも思えた。その申し出には大賛成なのだが僕が今日ここに来てやろうと思っていたことがもう一つだけあり薫ちゃんには悪いが時間をもらい付いて来てもらう。

 僕が目指す場所は立ち入り禁止である展望台の頂上であり階段を上り切ると妨げるものは何もないと爽やかな風が吹き抜けた。薫ちゃんは柵ギリギリまで駆け寄って風を浴び、何度見てもいい眺めとはしゃいでいる。僕はこの展望台からの景色を見るのは今日が初めてではあったが有ヶ丘に負けず劣らずの眺めだった。


「眺めが最高で風も気持ちいいですよ滝野瀬さん。あれ、どうしてそんなところでずっと立ったままなんですか。早くこっちに来て一緒に風に当たりましょうよ」


 背後を振り返った薫ちゃんはきょとんとした目で僕を見つめていた。展望台に上ろうと誘ったのは僕であり彼女の反応は正しいいのだが、心の準備をするため立ち止まり自分を落ちるかせる必要があったのだ。高まっていた薫ちゃんの気分が少し落ち着いた今が好機だと僕は屋根の下から太陽の元へと一歩を踏み出し、東山薫に告白した。


「聞いてほしいんだ薫ちゃん。僕は君のことが好きだ。東山葵ではなく東山薫に惚れてしまったと何に誓ってでもそう言い切ることが出来る。ずっと東山葵のことを思っていた、でも今いるこの場所で君が全てを話してくれた日から全てが動き出し東山薫に触れた。花火大会の日に見せてくれた表情はとても綺麗で儚く今も目に焼き付いている。あの日だけじゃない、今日見た一面もそしてこれからの全ても葵ではなく薫なんだ。これから一生をかけて君を幸せにする、だから僕と恋人になってくれませんか」


 ずっと失恋を引きずったまま春休みからずっと僕は生きて来た。しかし東山葵がこの世界にいないことを知ったあの日から葵は薫に為り変わり夏休みの二人だった時間を思い返し、似た境遇だったこともあり惹かれていた。何より強く思ったことは僕が東山薫を幸せにしてあげたいただそれだけだであり、この先もずっと笑っていてほしかったのだ。東山葵がいなくなったから妹である薫ちゃんに姉の姿を被せているなんて思われたくないし言わせない、僕は心の底から東山薫が好きでありずっとそばにいてほしい。


「はい、こんな私で良ければ喜んで」


 目元は潤んでいたがそれでも満面の表情で返って来た返事は最高の結末であり天にも昇る心地だった。その後すぐに薫ちゃんは目から大粒の涙をこぼし、何度も頬を伝う滴を払いながら嬉しい涙を流し続けた。僕はゆっくりと彼女の元まで近寄ると震える体をそっと引き寄せ包み込むように抱きしめる。この先何があっても東山薫だけは命に代えても守り抜き、幸福感で満たすことを誓った。




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