紳士たれ
お昼時を過ぎていた事もあってかフードコートは空席が目立ちドリンクを購入すると二人掛けの席に腰を下ろした。時刻を確認すると夕方に差し掛かろうかという時間でゲームセンターだけでかなりの時間を消費してしまったことを知る。長時間遊んでいたことに後悔はないが夏休み三日目の初デートで出来なかったことをするには時間が足りない。薫ちゃんは何時まで大丈夫だろうかと頭の片隅で思いつつも、次の目的地を決めるよりも先に決めなければいけないことがあると話を切り出した。
「僕から言うのも変な話かもしれないけど罰ゲームで僕は何をしたらいいのかな」
喉が渇き体力の限界だと話が逸れたことでその場で言い渡されることはなかったが勝負に敗れた僕には罰ゲームが待ち受けているのだ。自ら進んで口にしなければ運よくあやふやに出来たかも知れないが、紳士であれと都合のいい展開は拒絶し潔く罰を受ける覚悟を示す。
「確かに変かもですね、そんなに罰が受けたいですか。もしかして滝野瀬さんはいたぶられたい系の人だったりして」
「違う、それは誤解だ。僕に変わった癖はない……はずだ」
「そこはないって言い切ってくださいよ。逆に怪しいです」
今日はずっと僕に対する発言の切り口が鋭い薫ちゃんだった。まるで年上の先輩にもて遊ばれているような奇妙な感覚を味わわされている。実際に僕に年上の先輩がいたわけでもからかわれた経験があったわけでもないが。
「話を戻すけど罰ゲームはもう決まってる?勝ち取った権利なんだから遠慮なく言ってくれていいよ」
誇るべきことは何一つないが覚悟は決めたと胸の辺りを軽く叩く。これ以上の冷やかしが飛んでくることはなく細い顎に手を当てると薫ちゃんはしばし沈黙し悩んでいた。そして、
「それでは罰を発表します。滝野瀬さん、夏休みのうちにもう一度私と遊んでください。その時はプラン立てから全てお任せします」
どんな罰が宣告されようが一切動揺しないように気を引き締め背筋を伸ばし聞いていた僕は罰にすらなっていない内容を全て聞き終えるとだらしなく背もたれに身を預けた。薫ちゃんは遊んでとお願いするが、僕からしたら付き合っていないだけでほとんどデートのお誘いと同義だ。今日みたいにまた薫ちゃんと出掛けられるであれば罰ではなくご褒美でしかない。僕が計画を立てるという条件付きではあるが些細なことだった。
「約束するよ、残り少ない夏休みのどこかで薫ちゃんのために一日時間を用意するって」
「はい、楽しみにしています」
そう期待されてしまっては腕が鳴るというもので、薫ちゃんの微笑みにそして期待に応えられるようにと目前のあどけない笑みを胸に刻んだ。
「それではそろそろ行きましょうか」
「ちょっと待って、まだ一つしか聞いてないけど。僕は二回負けたんだ罰も二つ受けるべきだろう」
僕の目の前に置かれていた氷だけが入ったグラスを手に取ると自分のグラスをもう片方の手で持ち立ち上がろうとする薫ちゃんを慌ただしく引き止めた。互いに選択したゲームで勝負したのだから二勝した薫ちゃんには二つ罰を与える権利があるのだ。律儀かも知れないが約束を反故にすることだけは自分自身が認められない。
「やっぱり滝野瀬さんって……」
「違うんだ薫ちゃん、お願いだから変な誤解だけはしないで。二勝したんだから正当な権利で当たり前のこと。僕だって勝負が始まる前から二つ罰ゲームを思い浮かべ勝ったら言うつもりだったんだから」
必死の弁明を受け両手に持っていたグラスを一旦テーブルの上に手放すと再び薫ちゃんは思考する姿勢へと移行する。今度はすぐに案が出てこなかったようで随分と悩み唸っていた。
「決めました。今日ではなくていいのでお姉ちゃんと付き合っていた頃の話をいつか聞かせてください」
これまた罰といっていいのか判断の難しい罰ゲームが言い渡される。薫ちゃんが何を思い、何を知りたいのかはすぐに察することができた。僕にしか見せてくれていなかったであろう東山葵の姿を語ってあげられるのだ。人生で初めてできた恋人との甘酸っぱい日々を誰かに話す日が来るとは思いもしなかった。哲希に話していた惚気話は数えないものとするが。
「薫ちゃん、時間はまだ平気そう?この後早速お姉ちゃんの事も含めて話したいんだけどどうかな。もちろん場所を変え……」
「有ヶ丘、ですよね。時間は大丈夫です、行きましょう滝野瀬さん」
思い出深い話をするには相応しい場所があると告げる前に食い気味で身を乗り出され言葉を被せられてしまう。お見通しですと言わんばかりに破顔する薫ちゃんを前に自分の顔が熱を帯びていくの感じながら僕も笑った。
「もし滝野瀬さんが対決に勝っていたら私にどんな罰ゲームをさせるつもりだったんですか。さっき考えていたみたいなこと言ってましたよね、教えてください」
有ヶ丘へと向かう道中に薫ちゃんから違う世界線だったらの話を振られた。
「そんなこと言ったけな〜」
「はい、確かに言いました。『薫ちゃんには罰を与える権利がある。僕は勝ったら罰ゲームを何にするか決めていた』と確かに言ってました」
声真似付きで僕がしたらしい証言を提示された。僕の声ってそんなに低い感じかと薫ちゃんにはそんな風に聞こえているんだと少しショックを受けた事は内緒にしておこう。真似をしたからとはいえ自分で薫ちゃんと口にする事は恥ずかしくないのだろうかと疑問を抱えながら罰を打ち明けた。
「僕が勝ったらジュースを一本奢ってもらうつもりだった」
「そんな事でいいんですか。滝野瀬さんって欲がないんですね」
そうかもねと笑って受け流したが薫ちゃんは的外れな事を言っている。欲がないなんてことがあるはずもなく秘めたる願いは隠したのだ。僕が考えていた罰ゲームは距離感を近づけるための一手となる敬語の使用禁止だった。
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