リベンジと対決
「薫ちゃん早いね。待たせちゃったかな」
「大丈夫ですよ。私が先に待ち合わせ場所にいないと滝野瀬さんが不安がって泣いちゃうかもって思いまして」
僕の気持ちを明るくするための薫ちゃんなりの冗談だったのだろうが狙い通り会って早々に口を大きく開けて盛大に吹き出してしまった。言葉にはまだ敬語が含まれているがからかってくれるほどには距離感が近くなったのだと歓喜する。
「かなり心配をかけてしまったみたいだね。でももう大丈夫、僕も前を向いて歩き始めたから」
「それはよかったです。それじゃあ行きましょうか、今日は嫌になるまで付き合ってもらいますよ」
薫ちゃんと一緒にいて嫌になるなんてことあるはずがないとただの揶揄だと理解している。だが張り切っている彼女の姿を見ているとこの先何が待ち受けているのか少し不安が芽生える。先陣を切るように薫ちゃんは歩き出したが目的地は今日の気分次第だったはずであり行先の知れない背中を慌てて追いかける。
「ちょっと落ち着いて薫ちゃん、ストップストップ。行くってまだ目的地を決めていないはずじゃなかったっけ」
先走る気持ちは薫ちゃんが今日を楽しみにしていてくれたことの証明で嬉しいがアテもなくいつかと同じように炎天下の中を歩き回るのだけは勘弁だ。
「私は冷静ですから安心してください。今日はあの日のリベンジをしましょう滝野瀬さん。ゲームセンター 、カラオケにショッピング。以前は私たち何一つとして遊べなかったじゃないですか」
リベンジとは夏休み三日目のことを示しているのだろうとすぐに察しがついた。どこも満員でたらい回しにされた苦い記憶が蘇る。あの日の上書きを今日しようというのであれば是非もないと薫ちゃんの提案に乗っかった。
夏休み終盤でもゲームセンターは熱気に包まれ大盛況だった。それでも以前のように一歩足を踏み入れることすら憚られるなんてことはなくリベンジしに来たんだと入店する。好きなゲームや気になるゲームを希望のままにプレイ出来たかといえば答えはノーだった。順番待ちをしてまで遊びたいゲームがあったわけでもなかったので人が並んでいるところは諦めクレーンゲームやメダルゲームを楽しんでいたとき、
「滝野瀬さん勝負しませんか。いろんなゲームがありますからそれぞれ一個ゲームを選んで対決って形式です。もちろん負けたら罰ゲームもありにして」
「その挑戦望むところだよ薫ちゃん。罰ゲームまでつけて後悔しても知らないよ」
インドアな僕に一人遊びのお供であるゲームの挑戦が申し込まれるとはとんだラッキーもあったもんだと内心でガッツポーズを作る。しかも罰ゲームもありと挑戦者からの申し出つきとは。勝負する前から軽口をたたけるほどには自信で溢れていた。
「よほどの自信があるみたいですね。では私はゲームを既に決めてあるので早速勝負といきましょう」
おそらく提案者である薫ちゃんはゲームセンターに入った時から僕と勝負するゲームを選定していたんだろう。どんなゲームだろうと受けて立つと意気込みながら小さな背中の後を歩き戦いの場へと移動した。
ナイスシュート ナイスシュート ナイスシュート……
バスケットゴールにシュートが入るたびに機械音が歓声をあげる。薫ちゃんに挑まれたのはバスケットボールのシュート対決だった。しかも画面に映る選手を動かしシュートを決めるのではなく己自身が選手となってシュートを決めるリアルバスケットボール。とても素人とは思えない動きで次々とシュートを決める薫ちゃんに僕は意表を突かれ一本取られた気分だ。ゲームと言われて想像するのはコントローラーやボタンを操作して遊ぶデジタルなものだった。確かにゲームの選定にルールはなく何も言えないがバスケットボールとなると満ち満ちていた自信が一気に消沈する。
「あと二球入ってたら今日の
頑張ってくださいと言われても勝てる気がしないどころかいい勝負を演じることすら難しい。バスケットボールなど体育の授業で少し触ったことがあるだけで素人に等しかった。今回の対決は三十秒以内に何点決めることができるかという至極単純なルールではあるがだからこそ経験の差が出る。僕自信がシュートを打つ以上はまぐれも期待できそうにない。一球入るたびに一点であり、薫ちゃんの点数が残るスコア表には25と表示されていた。一秒に一球投げるとしてミスが許されるのは五球だけ。勝つとなると四球だけである。もしかして勝ち目のない勝負を受けてしまったのだと今更ながらに後悔しながらも既に賽は投げられていると百円玉を入れた。
リングにボールが弾かれる音が虚しく響き、三十秒の間ずっと流れたいた愉快な音楽が鳴り止む。挑戦が終わりスコア表を確認すると7という悲しい数字が表示されていた。もう一回と泣きの一戦を申し込むまでもない完敗ぶりに僕は目の前のゴールから視線を移すことができない。
「一回戦目は私の勝ちですね。元バスケ部としては負けられなかったので一安心です。さ、次は滝野瀬さんがゲームを選ぶ番ですよ。どうしますか」
スコアを見た時点で薄々感付いてはいたがやはり薫ちゃんは経験者だった。であるならばはなから勝負にならないと負けて納得の種明かしであり切り替えるように敗北の二文字を頭の中から追いやる。僕が自信を持っているゲームとはスポーツではなくデジタルなシューティングゲームやレースゲームだ。今度は僕の土俵で戦ってもらうとゲームセンター内を一周し対決に相応しいゲームの選定を始めた。
「決まりましたか滝野瀬さん。このままだと私の不戦勝になってしまいますけどそれでもいいんですか。カウントダウン始めちゃいますよ〜。10、9、8……」
二回戦目の対決内容を決められずにいるとしびれを切らしたのかタイムリミットが突如設けられる。僕が得意とするゲームは存在していたのだがどれも人が並ぶ大人気ゲームであり待つ必要があった。次に人を待たせていると思うと勝負に集中出来ずまた負けてしまうのではという懸念。待っている間に勝負の熱が冷めてしまう恐れもありすぐに対決できるゲームを探す。
それにしても今日の薫ちゃんは積極的というか人当たりがいいというかとにかくグイグイ迫ってくる印象が強い。今は変化を暢気に喜んでいる場合ではなくもう時間がないのだと、人がいなくて僕が勝てるゲームという条件を念頭に視線を巡らせ、見つけた。
「1……」
「これで勝負しよう薫ちゃん」
僕が見つけ出したのはレバーやボタン、銃を使う得意とするゲームではなく己が拳で得点を叩き出すパンチングマシーンだった。ゲームコーナーの片隅にひっそりと設置されたサンドバックを目にしこれだと勝負の舞台を時間ギリギリで決断。運動は得意ではないが思いっきり殴るだけであれば技術も経験もいらないだろうという魂胆だ。さらに性別の差も大きく影響するだろうという下衆な考えのおまけ付き。得意分野ではないが力であれば僕に分があり勝負前から有利だろうと見込み勝てる自信が再燃した。
「練習なしの一発勝負でいいよね。それじゃあ僕が先行でいかせてもらうよ」
男子が女子に力勝負とは情けないにも程があるが、薫ちゃんは異論はないと無言の頷きを一つすると少し距離をとった。お金を投入すると正式なルールは分からないが助走をつけたほうがいいだろうと判断しサンドバックから少し離れる。薫ちゃんや他のお客さんが近くにいないと安全面を確認し終えると大きく息を吐き出し勢いよくサンドバックに殴りかかった。
パンという軽い衝撃音が響きスコア計測メーターが回転する。どれくらいの数値が平均的なのかとか何も知らない無知ではあるが計測したことのない自分のパンチ力の数値を期待して待つ。ルーレットのように回転していた数字がバンとう効果音と共に止まり結果が表示される。98それが僕の点数だった。結果発表が終わり画面が切り替わると今月のランキングが表示されていたが僕の順位は圏外。世間と比べたら貧弱ではあるが薫ちゃんが相手であれば負けはしないだろうと選手交代した。
拳がサンドバックにぶつかる衝撃音から違った。力強く鋭い炸裂音は力を余すことなく伝えられている証拠だろう。僕と違いお金を投入した薫ちゃんは助走をとらずサンドバックの前で腰を落とした。武人のようなたたずまいでサンドバックに相対する薫ちゃんの姿を目にした瞬間に察する。彼女は武道に精通していると。そして僕が敗北する未来までも。
深く息を吸いゆっくりと吐き出した薫ちゃんは見惚れそうなほどに綺麗な正拳突きを披露してくれた。拳を振り抜いた後のたたずまいも美しく、数字が回転し計測中のスコアボードなど御構い無しに薫ちゃんに見惚れてしまう。
「またまた私の勝利ですね。さっきは私の得意分野でしたけど、今度は滝野瀬さんが選んだものですから完全勝利です」
勝利宣言と共に二本の指を立てたピースサインが突き付けられる。力強い目をして薫ちゃんはいつの間にかいつもの柔和な笑みを浮かべており慌てて視線を逸らした。惚れ惚れする格好良さに目が釘付けになっていたことを隠したかったのと、何よりも力なら負けないと驕り挑んだにも関わらず敗北したことが居た堪れなくて直視できない。目を逸らした先にあったスコアボードには105という得点が表示されていた。バスケットボールだけでなく武道も習っていたのであれば先に教えてよと嘆きたくなる思いをグッと我慢して二度目の敗北を受け入れる。
「構えを見た瞬間に負けを悟ったよ。薫ちゃんは空手かなにか教えてもらったことがあるの」
「おじいちゃんが道場をやっていて小学生くらいまでお姉ちゃんと一緒に通っていました。数年前におじいちゃんが亡くなって道場も一緒に取り壊されたのでもう教えてはもらえませんが。もし今の姿をおじいちゃんが見たらそんなことのために教えたんじゃないって怒鳴ってたかもしれませんね」
由緒正しき武道の教えをこんな田舎のゲームセンター で披露していたら雷が落ちるのもうなずける。手を抜こうと思えば適当にサンドバックを殴ることも出来ただろうに。薫ちゃんなりの勝負に対する誠意を感じられただけでも負けて悔いなしと思えてしまった。
「どうしますか滝野瀬さん、もう一度再戦します。バスケットボールは私が有利すぎるのでこのパンチングマシーンで」
本来は負けた僕がいう
負けっぱなしで先輩としての立場や威厳が損なわれつつあるいまリベンジは必至なのだろう。このままではいけないと心の中にいるもう一人の僕が叫んでもいる。しかし裏切るようで申し訳ないが降参と首を横に振った。薫ちゃんに勘づかれないように堪えてはいるが恥ずかしい話、右手は今も痛みを訴え続けている。それに再戦したところで恥の上塗りをすることは目に見えており、今の僕は完全に自信を喪失してしまっている。コンディションにメンタルと滝野瀬智也は今や傷だらけだ。立ち向かうのではなく敗走する方が今の僕にはお似合いだった。
「決着もついたしちょっと休憩しない。体を動かしたから喉が乾いてもうダメかも」
「ちょうど私も同じことを思っていました。それではフードコートがありますからそこで休憩しましょう」
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