第3話
その後、仄香は寮の森で演奏していたのを有栖に全部聞かれており、彼女の演奏と合わせる事となった。そしてその腕前を褒められ、オーケストラ部への入部を勧められた。そして、あっさり承諾した。
* * *
姫乃森市第5区―――
一方、街では別の騒動が起こっていた。幅の広い幹線道路を目一杯占拠して眼前に蠢く「人ならざる者」に対して、必死の消耗戦を強いているのは、『アエテルニタス正教会』から派遣された魔術師たちだった。過去のデータを元に、武装は盾と銃のみという簡易的な装備でこの場を凌ごうという、その「考え」自体が甘かった―。部隊員は既に悲鳴を上げている。
「対魔獣徹甲弾、第2波まで持ちそうにありません!」
人ならざる者に対しての対抗手段として、開発された「対魔獣徹甲弾」。既存の軍事力が通用しない相手に、術式を搭載して粉砕しようという脳筋的発想だ。
「クソッ!あともう少し持ちこたえてくれよ!」
狼狽えるが悲しいかな、眼前に迫る敵の数に対して弾のストックは限界に近づいてきている。つまりいつ切れるか分からない状態だ。パニック状態になって、無闇矢鱈、明後日の方向に、薬莢を撒き散らしている始末だ。
「なっ、弾切れ!?」
トリガーを引くも、空気の抜けたように空回りしている。毒牙を前に敵に対する強烈な恐怖と、諦念感が襲い始めてきた。刻一刻と迫る死のカウントダウンを前に、精神が錯乱し始めてきている。
「うっ、おおおグワアアアアアアア!!」
断末魔の悲鳴と共に、確かに「人だったもの」の肉塊がその場にドチャっという音を立てて崩れ落ちる。
「ッ.......!!」
現場の阿鼻叫喚な悲鳴をイヤーカフ越しに浴びてモニターを眺めながら、フレイムスクリング教会長ヒルダ・ユングリングはひたすら痺れを切らしていた。どれくらいキレているかと言うと、先程から腕組した腕を左手の人差し指で叩いて、嫌がるオペレーターに怒声を浴びせて逆ギレしたくらいだ。
硝子張りの広々とした清廉な空間に、5畳間くらいの面積を占有する巨大な天球儀、日時計代わりに天井から吊り下がるフーコーの振り子、純白の、無駄に清潔感のある洗練された内装は「結婚式場」と呼んでも差し支えないレベルだが、『教会』の立派な総本山である。―司令室はその地下にある。
「降魔省に支援要請を出したわ。間に合ってくれればいいのだけれど....」
とこぼしてヒルダは大きな溜息をつく。手元に設置された電話の受話器を取って指定の番号にコールした。一悶着あったが、なし崩し的に了承してもらえた。やり取りを終えて、ヒルダはスチール製のチェアの背もたれに倒れ込むようにもたれかかる。
「降魔省の奴らも使えねえな、人使いが荒いつーっか、俺たち見捨てられてるんじゃないんすかね?」
兵曹の一人が疑問を呈す。前線はガタガタで疲弊してきており、そうではない彼も含めて無力感が募りつつあった。その矛先が目の上のたん瘤である降魔省に向いていた。
「あんま言わないほうがいいっすよ、そういう事」
「楽しい遊びをしているようだね、我々も混ぜてくれないかな?」
「だ、誰だ貴様ら!」
鬼のような形相で問い返す下っ端魔術兵曹を尻目に、突然現れた男は済ました顔で続ける。
「お、おい!名乗らないなんて、ひ、卑怯だぞ!」
「そうだそうだ!いきなりやってきて水を刺してくるなんて只者ではない」
あちらこちらからシュプレヒコールが上がるが―。
「名乗る必要もない。何故なら我々の名前を聞く前に君達の命は無いからな」
そう一蹴して、男は懐から剣を取り出すと高速で十字を切る。剣先は早すぎて見えなかったが、その軌跡は確かに「十字」を描いていたように見えた。
数秒後、魔術兵達が倒れ、そこには血飛沫が飛び散っていた。
「何ですって?」
ヒルダはただただ、唖然としていた。
* * *
数時間前、姫乃森市東部―。
仄香とアルシエルは『教会』からの命で、ある魔術師が拠点にしている場所に派遣された。そこは、市街地の一角だが
前庭は雑草が生え放題で荒れており、おおよそ足の踏み場と呼べる場所はない。それでも恐る恐る雑草をかき分けていく。
「ここじゃと聞いておったんじゃがの、人っ子一人おらんぞ」
2人が歩いているのは天井の高い廊下だった。両端の壁には細長い楕円形の窓が設置してあり、光が差し込んでいる。左手側に延々と並ぶ列柱が回廊の長さを象徴している。
「そうだね、でも探し回ったら奥にいるかも」
コツコツと大理石の床を、ローファーの踵を鳴らしながら進む。
「来たな」
聞こえてきたのは廊下の遥か奥からだった。
「誰!?」
そこに立っていたのは、遠目からだとパッとは見えないが一人の魔術師だった。短髪にジャケット姿、おおよそ魔術師と呼べない、ジャンキーなファッションに身を包んでいた。
「お前たちか!さっさと片付けるぞ仄香ど...の......」
眼の前を人の影が流星のような勢いで過ぎ去った。
気合を入れようと腕をまくったアルシエルが言い淀む。その見つめるさきには一人の少女が、まるで白鳥のように舞って、戦っていた。
「ハァッ!ヤア!!」
威勢のよい掛け声が天井にこだまする。手元には術式を施した二挺拳銃。繰り出される術式も、この身に感じる魔力の波動からして並大抵のものではない―。
「あ、あの......」
仄香はその少女に向かって声をかける。
「貴方達誰よ。危ないから下がってなさいよ」
声に感づいた少女は振り向きざまに冷たい目で見返す。
「なぬぅ...」
アルシエルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で立ち尽くす。
乱れた髪をかきあげ、地面に降り立ったその少女は、白銀のサラッとした長髪が目を引く女剣士だった。いや、「女剣士」と形容はしたが、戦闘時には術式を使用していたため「
「誰じゃ!?貴様もこの館の魔術師の仲間か?」
「何言ってるの貴方は?私の名はヴィオレッタ・ライトストーンよ。分かったら良いから下がってなさい」
「でも...」
冷徹な目つきが仄香をキッと見つめて、仄香は思わず足がすくんで言い返す気力もなくなった。そのままヴィオレッタと名乗る
二挺拳銃の片方を相手めがけて銃口を手向けて詠唱する。
「
刹那、稲光の如き閃光が走る。
眩しい―。
だが、同時にそれは美しかった。
放たれた閃光は彗星の如く壁や天井、床を駆け巡り、やがて天に消えゆく。
相手は数メートル吹き飛ばされ壁にのめり込んでいた。壁は大きく窪み、ヒビが入っている。血が顔を滴り落ちている。
見た限り、瀕死の状態かのように思われたのだが...。
「フッ...甘いな、この程度...」
相手は力を振り絞って声を出すが、咳き込んで吐血している。
「なっ...まだ動く余力があったか」
相手が左手に握った剣を壁に突き刺して這い出し、床に飛び降りる。
そして、腰を引いて物凄い勢いで駆け寄ってくる。
「これを喰らえええぇぇぇぇぇええ!!!!」
剣先に纏った黒の閃光がヴィオレッタの腹部を直撃する。
「うっ...ガハッ...」
不意打ちを食らったヴィオレッタは窓ガラスに衝突する。
「あ、あの、て、手伝いましょうか?」
仄香はヴィオレッタの方に目をやり、恐る恐る提案する。
ヴィオレッタは首を縦に振る。
「仕方ないわね。ここで私一人で粘るのも合理的じゃないわ」
そして、左腰に手を当てて鞘を出現させて、そこからレイピアを抜き取る。
「相手を二方向から追い詰めて、殲滅する」
「最終攻撃は余に任せるのじゃ!」
「てやあああ!」っと叫び、ヴィオレッタは踵を踏み込んで、レイピアを振り回しながら、相手に斬りかかる。
仄香もそれに追随し、楽器ケースから「フランベルジュ」を出して、流れ弾のように飛び散る波動を躱しながら、銃撃を浴びせる。
「何を!!」
相手は同時攻撃を受けて疲弊しきっているが、まだ抵抗を続けているが―。
直後、敵の前から2人が散開し、アルシエルがペンダントの鍵穴に鍵を通す。
そして、真紅の大剣を天に掲げる。
「
振り下ろされた大剣と共に、不死鳥の火焔が現れる。その不死鳥が大地と天を燃やし尽くし、やがて飛び立っていった。
「終わったわね、お遊びは終わりよ。分かったら帰りなさい」
「ちょ、ちょっと待って下さい!何か、お父さんの、古戸守吉継さんについて知ってることって無いですか?」
仄香は去ろうとするヴィオレッタを呼び止めようとするが―。
「そんな人のこと、知ってることなんて一つもないわ」
「そ、そうですか。なんかごめんなさい......」
「.......」
対するヴィオレッタは無言だ。そのまま、剣を鞘に納めて踵を返す。
その時だった。市庁舎の鐘楼から鐘の音が鳴り響いてくる。
その音の数も一つじゃない、複数の鐘の音がタイミングもバラバラに入り混じって、
「一体、何よ?」
「分からない...」
3人は呆気にとられている。しかし、間もなく足元から光に包まれ、やがて上半身、そして全身を覆っていく。
光に覆われた後、そこに3人はいなかった。
* * *
「何だ此処は?」
眩んだ目を開けたら、そこは煉瓦造りの巨大な円形の空間だった。天井は高く、壁には扉がついている。見回すと、人が集まって皆困惑の表情を浮かべている。
「ここはあの丘に建つ古城の一室ではないか...」
間もなくして虚空が赤黒く光り、そこから何者かが出てくる。その者はドレスの上に軽装の甲冑を身にまとっている。そのドレスは胸元と肩があらわになっており、ウエストはスカートだが、脚にも鉄の甲冑らしきものを配置している。
「よくお越し下さりました、紳士淑女諸君。私は『
「皆さんは『
その顔には貼り付けたような笑顔が浮かんでいるが、発する言葉にはどこか人間ではない雰囲気がある。
「どういう事だか知らんが帰してくれ!!」
「
集められた民衆は当然の如くパニックになっている。そして外の扉に駆け寄ろうとするが―。
「五月蠅い蠅がわらわら居ますね。良いです。撃ちなさい」
裁定者が口にしたら、四方八方に銃を構えた黒い騎士が顕現する。
「おい、何をする気だ!?」
次の瞬間、逃げ惑う者がまるで蠅のように、銃撃の餌食になって倒れていった。
「..............ッ!!」
アルシエルは舌を噛む。
「
先程の笑顔からは想像もつかないような冷淡な目だ。
「良いですか?これは人間が生まれ落ちた時から持つ『原罪』を滅却する聖戦なのです。つまり聖なる戦いです」
「さぁ、『
再び鐘の音が鳴り響く―。
気づいたら仄香達は、学院の寮にいた。
World's end Carnival Melevy @coffee_necone
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