第20話 寂しいよ
そこまで言い切って、金時はお茶を啜り、話に節目を置いたようだった。
沈黙の時間が流れ出し始めた辺り、金時はこれ以上自分から話すつもりはないようで、私たちからの質問を堂々と待ち続けている。
それを理解したように体を微動させた真弓は、透き通るような声で金時に問いかけた。
「今の状況は掴めました。でも、それがどうして、さっきみたいに人間を襲うことに繋がるんですか? 確かに威厳や畏怖を感じさせるには一番効率的ですけど、それは長期的に見ればむしろデメリットとなってしまうのでは?」
「それなんだけどね……。ヨシツネから聞いた辺り鬼が出現したらしいけど、ああいうのは地獄から来てる連中さ。
だから、あいつらは神界からの刺客なんかじゃあない。今の状況の最もややこしいところは、新しい勢力が加わろうとし始めている所にあるんだよ」
「どういうことですか? 今は神界とこの世の戦いなんじゃあ……」
「う〜ん、説明しようとしても結構難しいんだなこれが。因果関係っていうのかな。つまり、神界とこの世が対立すれば必然的に地獄の方も活発に動くようになっちゃうのさ。地獄の管轄を担っているのは、この世と因縁を持つものばかりだからね」
そう言われると、真弓は遂に沈黙を貫き始めてしまった。
もちろん私にだって理解不能である。大事な要点ばかり挙げられても、その過程の線がどうやってつながっているのか分からないのでは理解のしようがない。
ブラックボックス状態というか、理屈をわかっていないけど公式だけを覚えるだとかそう言った感じだろう。
「地獄の者たちも人間が畏れるものを創造したことによって生まれた存在だと考えているんだけど、彼らはそれを理解した上で人間たちを超えよう、支配してやろうと目論んでいるのさ。
だからこそ、天界のものと地獄の者は結託し得ることもあるし、対立することだってある。その時の展開や対立者同士の思惑次第さ。つまり、私たちが戦う相手は出会うまで敵か味方かわからないって事だ」
「そ、そんなの理不尽じゃないですか! どうやって戦ったら良いか分からないなんて、そもそも戦う意味が……」
そう言ったのは、契約を交わした真弓ではなく私だった。気がついた時には、口から発せられていた言葉だった。
「戦う側じゃない君が言うかねぇ。君はもしかして、分かった気になっているだけじゃないか? 君の親友が戦う意味を、さ」
「そんなこと……!」
ない、とは言えなかった。
実際、真弓の戦う意味などこの短期間で分かるわけがない、と理解不能を正当化する気持ちと、これまで長い年月を共に過ごした相手の気持ちもわからないのかと自責の念に駆られる気持ちの二分化が起きていたのは自分にも明らかだったからだ。
金時は目つきを鋭く尖らせながら、私を諭すように静かな声で言った。
「だからこそ私たちは、何と戦っているか見失ってはならない。戦う意味がなければ、私たちは弱くなる。分かっているな?」
ただ、諭させていたのは私に対してだけではなかったらしく。
「大丈夫です。私の戦う理由は、そんな生ぬるいものじゃありません。もっと感じやすい、でも失ってはならないと思えるかけがえの無いものですから」
真弓ははっきりと、そう断言した。
真弓は変わったな、とそんなどうでも良いか良くないかわからない感動を、心に少し留めてみる。
先日まで天然刀マニアだった彼女は、まるで何かに取り憑かれているかのように常に一点を見つめて。
朗らかにころころと笑った顔は、糊を塗ったように、シワを深く刻み込んだまま仏頂面である。
確かに、しっかり者になったと言う点では好転と言えるかもしれない。
が、私の心の中は思いの外複雑なもので。
もっと私を見て。
もっと私を頼って。
私を、置いていかないで。
さっきまで真弓に助けてもらっていた手前、口には出せなかった私の頬からは、温かい水滴が伝っただけで、結局何も変わることはなかった。
神の使い yakuzin. @gyagyagya
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