東から西へ

鏡の中 鏡介

第1話 押し付けた友人

朝と昼はギラギラとアピールしてくる太陽のせいで、家の外・中構わず暑い。

しかし、夕方になると太陽は日中テンションを上げすぎて疲れたせいか、だんだんと顔を見せなくなる。

夜になると太陽は布団の中へと眠るので、外は比較的に涼しくなる。

俺は心地よく涼しい風が全身に染み渡るのが好きだった。

ほのかに感じる夏の香りと、キリギリスと蛙の鳴き声を聞きながら過ごす夏の夜が好きだった。

そう最近までは───


「鳴き声は別にいいんだぜ?でもさ、夜なのに暑くない?」


俺、あずま 貴裕たかひろは数歩先で歩いている友人に語り掛ける。

望遠鏡が入ったケースを背中に担ぎ、夜でも暑いというのに長袖長ズボン姿、黒縁眼鏡を掛けている友人の名は空井そらい 耕平こうへい

耕平は天文部部長であり、今日なんとかの流星群が見れるので一緒に来ないかと誘ってきた。

俺は天文部の部員を誘えばいいじゃんと返事をした。

天文部は耕平を含めて三人、二年生の耕平、一年生の男子と女子だ。

耕平によると、その後輩の一年生二人は付き合っており、二人きりでどこかの山で流星群を見に行くらしいので断られたらしい。

確かに、カップルからすればラブラブしながら星を語り合うのには耕平は邪魔すぎる。

でも、それはそれで耕平に失礼だろと伝えたが、

「若人の恋愛を邪魔はしたくない」

「後輩もたしかに失礼だが、ストレートに邪魔と言う君の方が失礼」

と言われた。

ともかく、同情したわけでもないが、特に夏休みの宿題以外やることはなく暇だったので、一緒に流星群を見に行くことにした。


「そうだね。子供の時に比べたら、最近の夏は暑すぎる。全国では35度を超えているところもあるし、熱中症で倒れている人も多くなっている」

「このままじゃ来年は常に40度の夏が来て、地球溶けるぜ……。ところでなんで、お前暑いのに長袖長ズボンなんだ?」

「…連絡したはずだが?山には蚊が多いから、長袖長ズボンで来いと。そんな半袖コーデじゃ、全身パイナップルにされるぞ」

「俺、果物にされるのか?」

「例えだよ、例え」


どういう例えだよ。

決して高くはないが街を見下ろせることができる近所で知る人が知る山『盾山』。

その山頂に辿り着くまで、俺と耕平は高校生らしいくだらない会話を続けた。



盾山の山頂に着いた俺と耕平。そこには、人は誰もいなかった。

今日は流星群を見れる日というのに人がいないのは、少し不思議だった。

俺の考えを察したのか、ブルーシートを敷いた後、望遠鏡のセッティングを始めた耕平は言う。


「流星群を見れるからと言って、見に来る人なんてそうそういないぞ」

「そうなのか?」

「ああ、星は見上げたらいつでも見れる。わざわざ高いところに登ってじっくり見る人なんて少ないんじゃないか?それよりお前その袋には何が入っているんだ?」


耕平はブルーシートの上に置いているレジ袋に指を差す。何かが入ったレジ袋を持ってきたのも、置いたのはもちろんこの俺。

俺はフフフと不敵に笑い、耕平に手招きをし自信満々にレジ袋を広げる。


「こ、これは……!」


レジ袋の中を覗いた耕平は驚きの声を上げた。


「暑いからな…、いっぱい買ってきたんだよアイスをな!」


そう俺が買ってきたのは、80円ぐらいで買える『バキバキちゃん』というアイスキャンディー。味はメインであるソーダ、期間限定のアップル、オレンジ、レタスをたくさん買ってきたのだ。

俺は耕平に渡そうとアイスを取り出そうとすると、違和感がした。

なんか……タプタプしてない?

俺がアイスではなく、液体が入っている袋をタプタプ触っていると、耕平が呆れた声で言った。


「もしかして、夜だから溶けると思わなかったのか?」

「夜だからいけると思ってな……」


日中より涼しくなった夜、それでも季節は夏ということには変わりはない。

俺は無駄になってしまったアイスを眺めていると、耕平は俺を励ますように言った。


「全部混ぜてジュースにしよう……。今度からはクーラーボックスにいれような」

「お、おう……」


俺たちはブルーシートに座り、液体になったアイスを紙コップに入れ、それを片手に天体観測を始めた。



「あれがいて座で、あっちがアルタイル」

「へぇー、やっぱ星座に詳しいな」

「詳しくなかったら天文部部長失格だからな」


流星群が流れる予定時間まで、俺は耕平の星座の知識を聞いていた。

最初は適当に受け流そうと思ったが、耕平の解説が良いのか、中々に楽しい。

こいつ、将来プラネタリウムになったら良いんじゃないか?

俺が訳が分からないことを考えていると、耕平はスマホの画面を見る。


「そろそろだな」


耕平は楽しそうにぼそりと呟いた。


「そろそろ来るぞ。構えろよ東」

「痛い!」


流星群が流れる時間が来たのだろう。表情は変わらないが耕平のテンションが上がっていることを感じる。

そうじゃなきゃ、俺の背中をバチンと強く叩かない。


少し時間が経ったころ、星々が輝く夜空に一筋の光が流れては消えた。

もしかして、今のが流星群?もしかして一回だけしか流れないのか?

そんなことを思っていると、最初に流れた光に続くように、次々と流星が夏の夜空へと流れ始めた。


「す、すげぇ」


俺は初めて見る流星群に感嘆の声を上げる。

どんどん流星が流れている。例えるなら、間髪いれずに素麵を流しているみたいだ。

俺の素敵な例えを耕平に伝えてやろう。

さっきから黙っている耕平の方に振り向くと───


「ううううううううっっっ!これは宇宙の軌跡っっっ!!」


紙をくしゃくしゃにしたような顔をしながら、口元に手を抑え号泣していた。

こわっ。

いつも無表情だから、顔に感情を出しているのは珍しい。

そういやこいつ、流星群を見るのは今日が初めてだと言っていた。

初めての流星群を見ている時に、俺の素敵な例えを聞いたら、キレて殴られそうだから言うのは辞めておこう。

まだまだ流れる流星を見ながら、俺はあることに気づいた。

一つの光が俺たちの方に向かっている。

え?なんでこっちに向かってきているんだ?

というかアレはなんだ?

光ってよく見えないが、うっすらと黒い影が見えるのだ。

俺は、まだ涙を流している耕平の肩に手を置く。

うわっ、こいつの涙って肩にまで流れてんの!?どういう原理だよ。


「おい、空井!なんか来てないか、アレ!」


俺は耕平の肩を揺らしながら、声を上げる。

耕平は、我に返ったかのようにハッとすると、目を凝らしながらこちらに向かってきている光を見つめる。


「アレは……」

「アレは?」


さっきまでのしわくちゃになった顔から切り換わるように真顔になった耕平は、メガネの縁を指でつまみながら冷静に言った。


「隕石だな」


次の瞬間、ちゅどーんと効果音がつきそうな衝突音が、俺の情けない悲鳴と共に流星群を映している夜空に響き渡った。



光が衝突したせいで、盾山は激しく揺れ、もくもくと砂煙が辺りを漂う。

俺と耕平は衝突のせいで吹き飛ばされたらしく、俺は目をあけるとそこには夜空が広がっていた。

俺は数秒頭が真っ白になったが、状況を理解するためにとにかく起き上がるしかなかった。


「空井!大丈夫か!」


俺の隣で望遠鏡を守るように、抱えながらうずくまっている耕平に叫ぶ。


「まさか隕石が落ちてくるとはな……、今年の夏休みの部活動報告は厚くなるぞ」


言ってる場合かよ。

まあ、特にケガとかはなさそうだし良かった。

それより、あの光はなんだ?光の中に何かあった気がするし、本当に隕石なのか?

俺はさっきまでいた場所に駆け寄る。

砂煙が晴れてきたおかげか、その場所の状況を把握することが出来た。

そこには小さなクレーターが出来ており、クレーターの中心には───


「d;lsajgorjreaghrkaokoiw49ituej9ajgoeaiu0y[oejahguae0kihaepojh

hjagalkjd[ogjs[aogjdahjodahjbadkbdjhjaodjhojhoajdohjar!!!」


所々表面が削れており、羽と思われる部分が折れているロケットと思われる乗り物と、長い耳を持った可愛くてファンシーなデザインの着ぐるみが何か叫んでいる。

何故、着ぐるみと分かったのか。答えは明白、よくわからんことを叫んでいる着ぐるみの背中にはファスナーらしきものがあったからだ。


「お、おい大丈夫か?ケガとかしていないか?」


ロケットは人間一人が乗れるぐらいの大きさだ。

身長が俺より少し低いこの着ぐるみは宇宙人か?

とにかく奴の正体を知るために、話しかける。

あと着ぐるみの表面はボロボロになっており、綿みたいなのが出ているので、間違いなくケガはしていると思う。

着ぐるみは俺にポテポテと近寄る。

すると、短い腕をロケットの方に向け、ブンブンと縦に振った後、マッスルポーズをとる。


「hgihagrhaihg?hbnwe9utejryo[jeaojhea96u953uy60e@!」


何言っているか分からん。

でも、俺の言葉は理解しているのか?

着ぐるみだから表情が変わらないので、恐怖を感じる。

俺はこの後どうなるか考えていると、


「彼女、ロケットはぶっ壊れたけど、私は超元気!と言っているよ」


望遠鏡を脇に抱えた砂まみれの天文部の部長、空井耕平が俺に言う。


「お前、こいつの言葉が分かるのか?」

「いや、動きからしてそういうことを伝えたいんじゃないか?」

「ighaoi@hgr@eojgr@ejaogr[oea!」


耕平の言葉に着ぐるみは嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。

そうらしい。やっぱこいつは俺たちの言葉を理解している。

なら、日本語喋れよ。

俺が黙っていると、耕平は指をぱちんと鳴らし名案とばかりに言う。


「今日はアレだし、帰るとするか。東、お前彼女を家に連れて行って、ケガを直してやれ」

「は?」


こいつ何言ってんの?


「俺が連れて帰るの?なんで?」

「お前の方が適任だと思ってな」

「いや、俺言葉分からないぞ?さっきのジェスチャーもすぐに理解できなかったし、お前の方がこいつの言葉なんとなく分かるだろ?」


耕平は俺の言葉を聞きながら、そそくさと望遠鏡やブルーシート等を片付けている。

これはヤバい!こいつはすぐに面倒ごとを押し付ける!

前だって、天文部をSF研究部と勘違いし、勝手にライバル扱いしているオカルト部に絡まれた時、俺を部長と言い張って逃げた。

その後、俺はオカルト部の『ここが凄いぞオカルト情報』を延々と聞かされたのだ。

俺も言い訳をして、こいつに押し付けようとしたがすでに遅かった。


「すまない……、今日のことを覚えているうちにノートにまとめておきたいんだ。それに俺の家、ペット禁止のマンションだから連れていけないんだ。何か困ったことがあれば言えよ。相談に乗るぜ。じゃあな」


吐き捨てるかのように早口で言うと、耕平は俺と着ぐるみをその場に残し、山を下りて行った。

今困っているから、今相談に乗ってくれよ……。

まあ、ペット禁止ならしょうがないか……。

俺がうんうんと頷いていると、着ぐるみはロケットの操縦席の扉を開け、ボタンをカチカチしていた。

するとロケットは紫色の光を発しながら、みるみる小さくなる。

ロケットは光らなくなると、手のひらサイズの大きさになっていた。

着ぐるみは小さくなったロケットを拾い、ポケットらしきところにしまうと、


「どiehrjaihjaの?jgaihirwsaeghirah:あhiehjaiahejhjjioheaigijeaiよ!」


拳を前に出し、とてとてと前を歩きだす。

こ、こいつ俺の家に行くつもりか………!

大きな体をこてんと傾け、俺の方をじっと眺める着ぐるみ。

ぶんぶんと手を振ったあと、再び歩き出す。

あれはなんとなく分かった。


「どうしたの?早く行こうよ!」


きっとそんな風に言っているに違いない。

俺は諦め、着ぐるみを家に連れていくことにした。


覚えてろよ空井耕平!





次回、第2話「闇を覗くと、うんぬんかんぬん」

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