第77話 懐かしの我が家?
「おう、迅。何か忘れ物か」
祖父ちゃんが戻ってきた俺に声をかける。そうだよね、こんなに早く戻ってくるなんて、俺を含めて誰も思わないよね。いや、俺自身は感覚的に言えばすごく久しぶりなんだよ、祖父ちゃんに会うのは。でも、祖父ちゃんからすれば十日しか経ってないんだよな。
祖父ちゃんが何も言わないので、どうやら俺一人だけ年取ったことにはなっていないようでちょっと安心もした。
俺は祖父ちゃんの顔を見ながら言葉がすぐに出なかった。どうにもばつが悪い。
「ああ、えっと。ただいま。修行、終わったんだ」
漸くそれだけを口にした。その俺の言葉にちょっとキョトンとした祖父ちゃんだったが。少し考えると、ポンと手を打った。
「そういや、祖母さんが若い頃修行に行くと言った時、一ヶ月ぐらいで戻ってきたか」
ウンウンと頷く。
「良かったじゃねえか。お前は祖母さんよりも早く終わったんだな。祖母さんはかなり才があると言われたそうだ。それ以上って事じゃねえのか」
祖父ちゃんがそう言って喜んでいるので、良いのだろうか。逆に才能がないので早めに返されたって事も、いやそれは無いな。だが、才があるとも言われなかった。
これはあれか、才能のある奴の方が時間をかけてもらえたってことか。それで考えれば、才能がそれなりだった奴はそれなりの時間で終わりって事か。俺が頭の中で色々と考えていると、祖父ちゃんは俺が疲れていると思ったのだろう。
「まずはお帰り。家に入って、ゆっくりしてろ。綿貫達には後で連絡すれば良いからな、すぐに仕事に戻らんでも大丈夫だろう。俺はちょっと外にでてくるから」
「お前、菓子類は作り置きがあったな。仕事をすぐに戻らんでも問題は無いな」
家で取りあえず休んでいると、酒呑が話しかけてきた。
「ああ、そうだな。でももう戻ったから復職しないとな。きっと綿貫さんも驚くよな。俺の感覚だけ、もの凄く久しぶりなんだが」
正直、ずっと物を作り続けてきた。戻ってきてほっとしたのだろう、それまでには感じなかった事だが身体がだるい。
酒呑は少し考えたような様子を見せる。
「おう。仕事はしばらく休め。如意樹を植えに行くぞ」
そう言えば、前にそんな話をしたが結局ダムの所に果実を採取しに二度ほど行った。他の場所にも行こうと言われていたことを思い出した。あの頃はまだ夏で暑かったが気が付けばもうすぐ冬だ。
「ああ、種子は箱庭の所に仕舞っておいたんだっけか」
「苗がある。案内しよう」
酒呑に引っ張られて連れてこられたのは箱庭の中だ。久々に入った気がする。入った途端にギョッとした。箱庭の中の土地が拡がったのか、今まで境界部はぼやけていたのに周囲がはっきりとして向こうに別の家が見える。それどころか家から道が続いている。まるで別の村の風景のようだ。ここから見える家は一棟だが、遠景に山並みが見えるではないか。しかも田畑が遠くまで拡がっていて。一体これはどういうことなのだろう。
「箱庭もな、喜んでいる。お前が修行を収め力を増したことでこれだけ広がれたのだから」
立ち止まり、周囲を見渡す俺に酒呑は嬉しげに言うのだが、広がるにも限度があるのではないかと、突っ込みたい。
「童はお主の家に住み込みで入ったが、あやつがいる分だけ家が新たにできた。新たな魔の物をお前がここに迎えれば、また広がり家も増えよう。ふむ、楽しみだ」
どういう事かと問うたのだが、酒呑の答えは素っ気ない。
「どういう事といわれてもな。ここは箱庭だからとしかいいようがなかろう。箱庭の事は後で箱庭に聞け。まずは如意樹だ」
スタスタと先を行く酒呑の後をついていくと、樹木畑のような場所につく。そこには何種類かの苗が育てられていた。そのうちの一角に如意樹が6本ほど植えられている。高さは1メートルもなく風に葉をそよがせている。あの大木と同様に滑らかな白っぽい樹皮、葉は少し輝いているようにも見える。
「大元の種子がお前由来だからだろうか。どうにも、我が植えることはできぬらしい。それでここで若木まで育てたのだ。だが、種子だろうが若木だろうが、お前ならば問題はあるまい」
さわさわと葉が揺れる。俺はそれを見ているだけで、のんびりとした気分になった。
「ちょっと待て、洞窟ってうちの裏山にあるみたいに人が管理してるんじゃないのか。場所に寄ってはお前みたいに土着の連中だっているんだろう。勝手に入って良いのかよ」
酒呑はふいっと顔を逸らす。
「おいおい、俺に後ろに手が回るような事をさせるなよ」
「そんな事にはならん。我は常識人ぞ。今の時代の事も見知っている。表の道を行かねば良いだけだ。一度我が行っている故、道は繋がっている」
多分、こうなると酒呑は引かない。どうしても如意樹を植えたいのだろう。だが、常識人って、何を言っているんだろう。
「なあ、酒呑。植えに行くのはいいけどさ。なんで如意樹をそんなに彼方此方植えたいんだ。実を食べたいのなら、あのダムの場所でも十分だろう。足りないのか。それとも別に理由があるのか」
「昔、如意樹はどの洞窟に一本はあったのだそうだ。失われてから洞窟の様相がおかしいという話だ。我は裏山の洞窟に縛られるまでは、気ままにしていたので詳しくは知らん。今はまだ問題は無いのではないかな、世の中に妖物は然程跋扈してはおらんから」
酒呑は御門の眷属達から、色々と話を聞いたのだそうだ。
今の時代は、如意樹を失った洞窟から出現する妖物が増加した。しかもそれまでの妖物とはまた違った雰囲気を持つものが多くなったのだと。洞窟はそもそも地相が歪み陰陽のバランスが崩れた場所に生じ、その影響を受けた生き物が変化したのが妖物であり、魔の物であった。ところが生き物を媒体としない、その場に生じた瘴気からのみで生ずる妖物が増えたのだという。
如意樹は地相の歪みが拡大しないように抑える働きもしていたのだろうと考えられるというのだ。それが外れてしまい、徐々に歪みが増大してバランスが崩れ、それによって瘴気が発生しているのだろうと。
「お前、そう言う事は早く言え。分かった。如意樹を植えに行こう」
異世界帰りは平凡な日常を夢に見る 【改訂版】 凰 百花 @ootori-momo
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