第76話
それからずっと物を造っている。師匠のいう通り、箱には材料と作り方が入っている。作るモノはやはり薬のようだ。最初は単純な物だった。一つづつ熟していくと、段々複雑なものになっていく。
そうやって次々と手順通りに作っていく。その中で失敗すると材料が総て元通りに戻ってしまい、一からやり直しとなる。だから、出来るまで作り続ける事になる。
手前にあった列の一番上から箱を取っていき、一つずつ箱の中身を吟味して、薬を完成させていく。きちんと手順通りに完成した薬を箱に収めるとその箱は消えてしまう。そうやって、一つ一つの箱に指定された薬を作って収めていく。
部屋の中にあった最後の箱が無事に消えると、壁に扉と師匠が現れた。
「おう、終わったか。この部屋では俺を呼ばなかったな。お前が元々作れるモンだったのか」
「はい。前に薬師のところで仕事をしていました」
だが、今回作った多くの薬は俺の知らないものだった。こことあちらとでは調合が違う事もあったのだが、調合の仕方すら知らなかった未知のものも多かったのだ。そういうのは一度、二度失敗したが呼びかけずにすんだ。
「そうかい。じゃ、次な」
そう言って、扉を開けて次の部屋へと導かれる。
隣の部屋は、同じような作りだが棚に置かれている道具が違う。見たことの無いものが多い。
「ここは、何を作るんでしょうか」
「おう、靴だ」
俺の疑問に簡単に師匠が答えてくれる。
「俺は、靴なんて作ったことがありません」
戸惑ってそう言うと、師匠はカラカラと笑った。
「そうか、そうか。それじゃまずは俺が一つ作ってやろう」
適当に箱を一つ見繕うと中身を取り出す。武闘派ともみえる体躯で有りながら、しなやかな手つきで一足の靴を仕上げていく。師匠が作り上げたのは紳士用の革靴。箱に靴を収めると、箱は前の部屋と同様に消えた。
「んじゃ、後は頑張んな。分からない事があったら俺を呼べ」
そういって前と同じように丸薬の入った袋を渡してくれる。
「そうだ、今回はこれも渡しておこう。傷薬一式だ」
そういって、別の大きめの袋を取り出した。
「使い方は中に説明書があるから、先に読んどけ。怪我してから使い方を読んでも遅いからな。塗り薬を飲んで腹を壊したら笑ってやるぞ。まあ、何かあっても俺を呼べ」
そう言ってまた消えてしまった。息を一つはき、俺はまずは幾つかある薬の使い方を読むことから始めた。確認しておくのは大事だろ。あんな事言われたしな。
この部屋も箱が無くなると、隠れていた壁に扉があって次の部屋があって、同じ事を繰り返す。そうして幾つもの部屋を進んでいく。
靴の次は服、アクセサリー、盾、弓など、日用品から武器防具まで様々な物を作ることとなった。次々と部屋ごとに決められた物を作り続ける。
腹が減れば丸薬を口にする。そうするとしばらくは喉の渇きも感じない。この一粒が何食分にあたるのか分からない。疲れれば効率が下がるから、角に置いてある布団を引いて寝た。起きている間はひたすら箱の指定された物を作り続けていた。
一風変わった物を作る部屋もあった。今まで食べていた丸薬、酒呑の使っていた腰紐と提灯など、魔の物が使うような道具を作る部屋だ。
封印の珠さえあった。この頃の俺は、ただひたすら指定された物を作るのに集中していたが、さすがにこの部屋は興味が尽きなかった。
そして、箱の無い部屋に至った。鍛冶場だ。何故だろうか。此処まで来て初めて、何を読まなくても、言われなくとも、どうすればいいのかがわかる。
「それじゃあ、始めるかい」
真面目な顔で師匠がそう言う。相方を師匠が務めてくれて二人で刀を打つ。そして、一本の刀が打ち上がる。研ぎは俺の仕事だ。
「これで終いだ」
その刀の拵えを整えると、師匠がそう言った。満足そうなその顔に、何だかんだこちらも嬉しくなる。
「鈴花の血はいい仕事をしたもんだ。さすが、俺の血を引くだけのこたぁある。まあ、相方の血統は気に入らねえが。それでもアレの強さは認めざるおえねえからな」
カラカラと笑う。今、俺の血を引くって言ったよな。ならば、師匠は俺の遠いご先祖様って事なのか。
「俺は此処から離れられねえ。外のモンに好き勝手させられないからな。此処は俺たちの住処だ。余所者の好きにはさせねぇよ。お前もしっかりな」
そう言って、俺を送り出してくれた。有無を言わせぬ雰囲気で、問う雰囲気では無かった。
「だが手詰まりにはなってきていた。洞窟の奥の幾つかは、主不在にされちまったし、ヌシは名を失ったしな」
俺が出ていく後ろ姿を見送りながらも呟いた師匠の言葉は、俺には届かなかった。
刀一本携えて、久々に洞窟の外へ。ちょっと太陽が眩しい。今はまだ午前中だろうか。
「おう、どうであった」
酒吞がいつの間にかそばに現れた。一体どうして俺が出てきたのが分かったのか。
「ああ、うん。修行の修了だとこいつを貰った。それ以外に作った物は、全て置いてきたが」
「ほう」
少し酒吞の顔が引きつっている。布で包まれていながら、何かわかるものでもあるのだろうか。俺には普通の日本刀に見える。
「なあ、中にいる間は時間の経過が分からなかった。俺が此処に入ってからどのくらい経ったんだ。教えてくれないか」
実は時計はしていたのだが、洞窟に入った時に止まってしまっていた。スマホは箱庭に置いてきたので手元に無い。箱庭にも一切入らなかったので、時を知る術が無かった。そうだ、箱庭、どうしているだろう。なんであそこにいるときに、箱庭の事を思い出さなかったのだろう。
面白そうな酒吞の顔。
「この洞窟は少し変わっている。ジジイの結界のせいらしい」
その言葉に首をかしげる。何が言いたいのか。
「お前がここに入ってから、十日だ」
へっ、と変な声が出た。
あの作業量、どう考えても数年は経ったと思っていた。一部屋終わらせるのに、途中から寝た回数だけをメモしておいた。そこから、一日に一回寝ていたとしたら、七年ぐらいは経っている可能性があった。
俺があっけにとられていると、酒吞は悪戯が成功したかの如く笑った。
俺だけが年取ったりしてない ? と少し心配になった。そういえば、髪は然程伸びていない。爪は作業をする為に何度か切ったが。
パクパクと言葉が紡げない俺に、酒吞がポンッと肩を軽く叩く。
「あそこは時の流れが変化する。よかったな、外の流れが速ければ百年後になっていたかもしれないぞ」
酒呑は面白げに俺の顔を除くけど、衝撃を受けた俺はそんなのを気にする余裕なんて無い。
「ええ、俺だけ一人年取ってるのか」
「ああ、それもないから安心しろ。あそこは時間の流れが何か違う」
心中複雜になった。それに何となく居心地が悪くなる。
「なんか随分長いこと村を離れる決意と言い方をしちゃったのに」
「細い事を気にする奴だ。何も問題あるまいて」
酒吞に呆れられた。解せぬ。
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