第75話 師匠に会う
「そうね、鈴花さんの血なのね。細々したものもあるけど、中心はモノを作ることね」
向こうで言われたクラフトのことだろうか。別のものが出現するかもと期待していたのだが、そんな事は起こらなかったようだ。
「なかなか凄いわね」
ちょっと顔が引きつって見えるのは気のせいだろうか。
「自分自身が望むモノを創造できる可能性を持っていそうね」
物を作る才能があるということなのだろうか。
俺が考え込んでいると、彼女は立ち上がって部屋の奥に行き棚の中から箱を取り出して戻ってきた。
「これは、鈴花さんに託されたものなの」
その箱の中には一通の封書が入っていた。少し分厚いそれは表には何も書かれていない。
「いつか、自分のレシピを再現するだけでなく、作り手としての才能をもった人が現れたら渡してくれって頼まれたものよ」
彼女は少し申し訳なさそうに付け加えた。
「前回、来てもらった時には『作り手としての才能』というのが貴方にあるのかが分からなかった。だから、渡さなかった」
ふうっと息を吐いて。
「でも、貴方が、鈴花さんの待ち人だったのね」
その後に続けたかった言葉は。お互いに言いしれぬ思いが去来している。祖母ちゃんが何を為たかったのか、未だに俺には分からない。
「鈴花さんと貴方の力は少し違う。それが何を意味しているのかは私には判別が付かない。良いとか悪いとかでは無く、質が違うのでしょう」
そう言うと、山野辺のお祖母さん、物見の巫女はその封書を俺に差し出す。
「力を磨きたいのならば、この宛名の方に会い修行をお願いすると良いと伝言されているの。より良き作り手になるために。今ならば、酒呑さんが道案内をしてくれるでしょう」
俺には見えない宛先が、物見の巫女には見えるのだろうか。俺はその封書を何も言わず受け取った。酒呑に聞けば分かるならそれでいいと思ったからだ。
家に帰ってから、封印が解けたならば読めるようになったのではと期待して、祖母ちゃんが残したナナシのノートをみた。すると、印のあった部分に新たな文章が表れていた。
『研鑽を積みし者が、この先へ至る』
そうですか、以降のページが開かなくなってしまったということは、お預けはまだ続くのですね。この封書までが織り込み済みか。
結局、俺は仕事の段取りを付けて、しばらく留守にする事を決めた。修行がどのくらいの期間なのかも皆目見当がつかない。
そう言うと、祖父ちゃんは気にすることは無い、気の済むまでやってこいと言ってくれた。
一方で仕事の件がある。どのくらい時間がかかるかわからないから辞職したいと綿貫さんに申し出たが、休職する形となった。
「可能なのでしたら、当面の作り置きをお願いできればと思います。より良い物を作れるようになるのでしょう。待っています。戻られましたら、また復帰してください。楽しみにしています」
どうも物見の巫女からも口添えがあったようだ。
俺は一ヶ月ほどかけて、できるだけ様々な菓子類を作り貯めた。箱庭の食料庫は品質が長期に保つことができる。多めに作って納品しただけでなく、食料庫にも貯めておき酒呑に定期的に届けて貰うようにお願いする。
実は今までも何かあった時にも納品できるように余分に作り溜めしたものもあったのだ。勿論、品質が変わらないとは箱庭が保証してくれてはいるが、古い物から順に納品するようにしていた。
前に御門の眷属の立会人になった時の道行きと同様に、酒呑の腰紐を掴んで酒呑の言う近道を行く。提灯片手に素軽く良く訳の分からない道を進む酒呑の後ろをついていく。そうして、辿り着いたのは大きな洞窟の入り口。
「さて、帰りは迎えに来るからな。ここから先は我は行かん。お主一人で進むのだ。何、一本道で真っ直ぐだ。迷いようが無いわ。先に付けばジジイがいる。そいつに封書を渡せば良い」
光源が何かがわからないが、仄かに光さす洞窟を進んでいく。その奥の行き止まり。そんな場所に、その人は居た。白髪の矍鑠とした爺様だ。腕組みをしてから眼光鋭くこちらを睨めつけてくる。向こうの方が身長が高く、見下ろされているような感じを受けた。
「ふうん。お前さんが酒吞の言ってた鈴花の流れか」
しばらく俺の顔を見続けて、ふんと鼻を鳴らす。
「酒吞、あいつの目は節穴だったんか」
「いや、それは。俺が封印の珠で封印されていたからだと思います」
なんとなく、俺のせいで酒呑が見くびられるのが嫌だったためかそんな言葉が出た。だが、その言葉も鼻で笑われた。
「それでもさ。それで坊主。お前さん、何のためにここに来た」
俺は預かっていた封書を差し出した。それを手に取り読んでいくのを、不思議な気持ちで見つめていた。渡した途端字が浮き出てなんてことはなく、こちらからみえる巻紙のような手紙も何か書いてあるようには見えない。
封書の中の手紙は昔のもののように巻紙になっていて、それをくるくるとほどきながら読んでいく。なんか時代がかったそんな姿がよく似合う。
「んじゃ、お前、今から俺を師匠と呼べ」
「はい、師匠」
俺は素直にそう言うと、満足そうに師匠が頷く。
いつの間にか行き止まりだと思っていたその岩壁に扉が現れた。
「じゃあ、いこうか」
師匠のもと俺の修行が始まることになるのかと気を引き締めて扉をくぐったのだが。
部屋の中には箱が積み重なっている。いずれも木箱だ。大きさはミカン箱よりも大きいだろうか。それが手を伸ばせば届く位の高さまで積まれ、奥までびっしりと箱で部屋が埋まっているようにみえる。
その手前、自分達が立っている場所を中心にしてスペースが空いている。だがそこにも作業台や棚などがある。棚には様々な道具が収められている。
どうやら手前の部分は作業場のようだ。棚に収められている物に、幾つか見覚えがある。あちらの世界でお世話になった薬を調合するための道具類だ。
「お前はこれから、この箱の中にある手順書に従って指定されたものを作れ。必要な材料も同じはこの中にある。できたら箱の中に戻せ。ここにある箱全部が終わったら、次の部屋に行く」
訳も分からず立っている俺に構わず、師匠は続ける。
「おう、飯についてはコレを食え。丸薬だが一つ食えばしばらくは腹は減らねぇ。何か作業で分からない事があったら呼べ。じゃあ、頑張れ」
そう言うと、丸薬の入った袋を一つ俺に手渡して師匠の姿が消えてしまった。
「はあ」
俺は暫くその部屋にある大量の箱を見て、呆けてしまった。
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